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めんどくさがりと屋上

 例えナイスアシストをしても、弟は平常運転。


「もう、兄ちゃん! またかよ!」


 まただよ。


 せめて布団を部屋の隅に投げさせない事が今後の課題になるだろう。大丈夫。人類は進歩し続けてきた。科学の力に頼ろう。


 覚醒。着替え。下にいく。


 台所には母さんだけで、ティーウィルス保持者はいなかった。いたら隔離指定だ。二度と日の目を見せるな。俺はあのAIが正しいと思ってる。自分だったら? 脱出するよ。岩盤ぶち抜いてやる。王様に「地表までどれ程の岩盤が」とか言われてやるよ。


 あーあ。月曜日なんて無くなればいいのに……。無くなったら次は火曜日を、最終的に金曜日を無くす。そしたら毎日が夏休み〜って歌ってやんよ、ノリノリで。


 毎日のルーティンワークに辟易しながら足取り重く、俺は今日も学校へいく。






 お昼だよー。


 ……知ってる? 俺にとっての授業って黒板なんスよ? テスト返却されようが見直ししようが君(黒板)以外目に入らない。うわヤバい。お近づきになりたくない。

 英語と数学が返ってきたよ。数学の答案返却時ロリ子の友達に「サンキュー」って背中叩かれた。ロリ子、アワアワ。お礼いいながら叩くとか、女心の理解は俺には無理と判断するに否めない材料だよね? 端的に? 女、コワい。

 そのままロリ子に引っ張っていかれたが、イジメの始まりだったらどうしよう。家にこもっても仕方ないね?


 第六感がビンビンに働いた俺はパンを購入した。おばちゃん! イカカツサンドとエビカツサンド! 余り人気ないから余裕で手に入った。


 第六感が、「教室で食うな! 結婚が決まるぞ!」って言うから、今日は違う所で食うよ。マジか? 第六感。


 しかし、日々コイツには姉(第六天魔王)からの致命傷を避けるという実績があるため、信頼度限界突破している。断じて五限をサボるためじゃない。


 そこで、セレクト!

 いちぃー。中庭。リア充の溜まり場。俺が行くとゴラァな視線が飛んでくる。却下。

 にぃー。空き教室。いけない情事が行われる所。マジで誰か来たら気まずさがヤヴェー。却下。

 さーん。屋上。立ち入り禁止場所。鍵がかかっているがー、俺様には突破できる!


 最初から屋上に向かっていたがな! 戦いは始まると同時に終わっていたのだよ!

 孫子曰わく、百戦危うからず。百回も戦いたくねぇよ……。バトルジャンキーか? 孫子。


 屋上の踊場につく。あのドアは開かない。鍵かかってるから無理。しかし! 問題はこの窓! 当然カギは溶接されてる。が、俺は窓を上にズラした。そしたら、そう! 窓外れるんだよ!


 俺はいそいそと屋上に出ると、窓をハメ直した。



 屋上には先客がいた。屋上を仕切ってるフェンスの、向こうに。







 最近ホントにお祓いとかすべきなのか悩む十六才男子高校生俺。


 フェンスの向こうの先客は腰まで届く長い黒髪を、風に遊ばせている女子だ。スカートをされるがままはためかせている。…………………………………………………………………………………………………………………どうっなってんだよ?! 何で見えない?! はっ! 違った。こんな事をしてる場合じゃない。


「そこの女! ちょっと待ったぁ!」


 俺は異議あり! とばかりに右手を翳す。女は片手でフェンスを掴んでるので大声で話しかけても大丈夫だろうと思った。


 振り向いた女は整った顔に黒縁のメガネをかけていた。


 魚の濁った様な目をしてやがる。


 俺は黒縁メガネに叫んだ。届けこの思い。


「遺書を書いてから飛べ!」


 も〜、うっかりだなぁ黒縁? そのまま飛んで死んだら俺がなんか疑われちゃうじゃん? 女子高生が飛び降り! 屋上に影?! みたいな? 俺に迷惑がかからない形で実行してくれる?

 ふーやれやれと言わんばかりに無造作に近づく俺。


 理解力が高いのか、黒縁は俺の言いたい事を正確に読み取ったようだ。


「そうね。確かに、遺書が無ければアナタが疑われてしまうでしょうね」


 おおー。なんか久しぶりにマトモな会話のキャッチボールしてるよ。涙腺にジワッときたよ、何故?


「つまり……、今、アナタの生殺与奪の権利は私って事でいいかしら?」


 涙腺決壊。世の中には狂った女しかいないのか? それともこれが女の子の標準? だとしたら生涯独身だよ。


 黒縁は何が楽しいのか笑っている。


「私はここで死んでしまうけれど、アナタも社会的には死ぬわね?」


 くっ! 流石にうちの姉と性別が同じなだけあるな。脅しって僕の周りにはいっぱい。


「…………要求を聞こう」


 聞くだけ。


 そこで黒縁は少しフリーズすると、「……要求……要求……」と小声でぶつぶつ唱え出した。


「ないわ。苦しみなさい」


 ない(笑)とか。ない(怒)とか。ない(泣)とか。もうなんだよコレー! モンスター発見しちゃったよ! ポケットには大き過ぎる巨悪だよ! 確実に初対面の男子に「苦しみなさい」とかどっかの鬼畜(姉)を夢想するよ。


「…………何だか手が痺れてきたわ」


 黒縁は後ろにダラーン。右手一本で体重を支えてる。あれ? 楽しんでません?


 俺は黒縁の後ろの幻影(姉)にいつも通りの対処をした。ふっ、貴様の攻略法は既に確立されている。造作もない。


「今からコンビニにダッシュで行ってポテチとジュースを買ってくる!」


「…………いきなり何を言っているの?」


 慌てるな。


「アイスもつけよう。一番高いのだ」


「……会話をしてちょうだい。意味が分からないわ」


 トドメだ!


「君のいつも購読する雑誌。新刊も一緒に、だ」


「…………アナタの頭が大分残念なのは理解できたわ」


 バカな?! まだ欲しいというのか?! 後ろの(スタンド)はウンウン頷いているのに?!


 俺は驚愕の顔で呟いた。


「話にならない!」


「……奇遇ね? 私も丁度そう言おうかと思っていた所よ」


 会話ってキャッチボールが大事。


 黒縁が軽く息を吐き出し、体勢を元に戻そうと右手でフェンスを引く。



ボキッ



 掴んでいたフェンスが折れ、黒縁の目が軽く見開かれる。


 そりゃそうだ。長い事放置されているフェンスは錆びてるしボロボロだ。急に負荷を掛けたらそうなる。


 俺は一足跳びにフェンスの手前に移動した。黒縁の体が傾き始めた所だ。四十五度。


 このままだと、フェンスが邪魔で手を掴む事はできないし、トロトロフェンスを登っていたらそれこそ間に合わない。登ったらね?


 俺は一瞬で跳び上がりフェンスの上に着地すると、傾いた黒縁と目があった。九十度。


 フェンスの登頂部を蹴り加速すると、右手で黒縁を抱きかかえ左手は屋上のヘリを掴む。勢いつけ過ぎた。なんか左手で掴んだ所がメキッて言ってる。


 懸垂の要領で屋上に戻ると、黒縁を抱きかかえたまま飛び上がりフェンスの中に着地する。



 俺はポイッと黒縁を放り捨てる。黒縁が落ち着いて、視線のピントが俺に合うのを待って、俺は言った。


「遺書を書け。疾く」


 俺はあの姉と姉弟だよ?


「……そもそも、死ぬ気はないのだけれど」



 え? そうなの? なーんだ。じゃあ、もう関係ないね? 漸くお昼タイムって事でいいね?


 俺は庇のある屋上のドア付近まで行き、そこに背を預けて座った。

 ポケットから昼飯を取り出す。サンドイッチは潰れていたが、コーヒーは無事だった。


 ……まぁいい。コーヒーが無事で良かっただろう。このコーヒー、コーヒーって名前のクセに中身カフェオレだからな。紛らわしい。ホントありがとうごさいまーす。


 ホクホク顔で食事を始める俺に黒縁が近づいてくる。やらないからな!


「盗らないわよ」


 何で分かったんだ?! さては、


「私はサトリよ」


 やっぱり?!


 黒縁は「嘘よ。アナタ、顔に出てるもの」と言うと、俺の隣に腰を降ろした。だから俺は、ドアを挟んだ反対側の壁に移動した。


 …………。


「……アナタって変な人ね?」


「お前程じゃない」


 正確に言えば、女性には負けるよ。色んな意味で。


「私は三年生よ。アナタもし年下な」


「あなた様には適いますまい」


 被せ気味で。


 黒縁がトコトコ近づいてきて俺の隣に座る。もう移動しないよ? ……疲れるからね……。


「別に狙ってないわよ?」


 なんも言ってねえよ。ホントは欲しいんじゃないの?


 俺が二つ入っているイカカツサンドの片方を差し出すと、黒縁は、俺の手を通り過ぎてエビカツを穫った。寧ろ盗った。……開けてないのに。


 二人でむしゃむしゃ食べる。


 最近女の子とご飯食べるの多いな……。この前なんかアーン(推定三才)されちゃったし! ……平和な食事って望んじゃ駄目なのかしら。


 喉が渇いたのかコーヒーも盗られた。女性に逆らう事の愚を俺は知っているので、何も言わない。飲みかけだよ?


 黒縁はパックの反対側を開けるとゴクゴクいった。やだこの人豪快! そりゃそうよね? 女性だものね?


「私は無糖が好みよ?」


 知らねえよ。


 黒縁はエビカツの一つを返してくれた。コーヒーは残っていなかった。

 残ったエビカツをガツガツ食う。黒縁はジッとそれを見ていた。


 食事が終わると、黒縁は質問してきた。


「アナタ名前は?」


「八神健二」


 ごめんね弟よ。兄ちゃん保身の為にお前の名前を出すよ。


「何年生」


「一年」


 答えた所で叩かれた。


「三度目よ。敬語を使いなさい。――ああ、それと御礼をまだ言ってなかったかしら? さっきは助けてくれて、どうもありがとう」


 叩いた後にお礼をいうのが今の流行りなの?! だとしたら、やめて! 俺のライフはもうゼロよ!


 そこで黒縁は少し悩んで、


「ちゃんと御礼した方がいいわよね? 何がいいかしら?」


「いえ先輩です大丈夫! 先輩を助けるとかコレ身に余る所存ゆえ!」


「……アナタ大分国語がおかしいわ。……まぁいらないと言うなら無理に押し付ける訳にもいかないわよね?」


 黒縁が「どうしたらいいかしら?」とぶちぶち言い出した。俺は『この眼鏡からどうしたら脱出できる?』と左右に目線が飛ぶ。


 それをどう勘違いしたのか、黒縁が、


「……体が目的なの? いやらしい」


 とか言い出した。も、全然サトリじゃないよ。妄想暴走少女だよ。

 黒縁は背が俺と同じくらいで、手足が細く色白でスレンダーだ。茶髪の方がスタイルはいい。


 グーが飛んできた。


「……先輩何故ですか?キチンと敬語で喋ってるじゃないですか?」


「勘よ」


 根拠なしなのに暴力とか。どの筋の人ですか?


「私は暴力団員ではないわ」


「すげぇよ先輩。でもあんまり顔(心)読まないで貰えますか?」


「頭目よ」


「すげぇよ先輩。今後あんまり僕に近づかないで貰えますか?」


 そこら辺で、黒縁は少し俯いて肩をプルプル震わせていた。怒ってますか?


 黒縁は顔を上げると、俺に向かってこう言った。


「アナタ、私の部活に入らない?」


「……先輩。実は俺、未来人でも宇宙人でもなければ超能力者でもないんです。だから先輩の部活の入部条件に満たないと思われます」


「私はあんなパーじゃないわ、一緒にしないで」


 パーて。


「でも、似非文芸部でしょ?」


「……そうよ。何故分かったの?」


「いや、先輩って太宰好きなのかなって…………」


 ついでに言うと、本もしゃもしゃしそうだよね? あれにも屋上落ちあるし。


「太宰先生よ。タイトルはアナタぴったりなのにね……」


 誰が失格やねん。命の恩人やろ。寧ろ模範過ぎるわ。


「アナタと喋るのは楽しいわね? 創作意欲が湧くわ。何故かしら?」


 知らんがな。


「……先輩、創作って何作ってるんですかー」


 興味ないけどね。喋るの楽しいって言われた後に「じゃあ、そゆことで」とか帰ったら怒りそうなんだもん……。帰るタイミングはどこ?


「小説を書いているわ。文芸部だもの。さっきも『魔が差す』時の心情が知りたくて屋上の縁に立って見たんだけど、恐かったわ。……心情はイマイチ判然としなかったわね?」


 イカレが!


「入部の件だったわね。いいわ。認めてあげる」


 頼んでねえよ!


「……先輩。俺は辞退しましたが?」


「辞退は却下するわ。安心なさい。これは私の御礼よ?」


「お断りします」


「アナタが断る事を断るわ」


 偉大なる海の王様ですか?


 その後ダラダラと言い合いは続いた。どのくらい? 帰りのホームルーム終わるまでだよ。俺は最初からサボる気だったのだが、黒縁が最後まで付き合ったのが意外だったね。見た目真面目そうだったから。

 関係ない事だが、屋上のドアは開いていた。黒縁が普通にドアを開けた瞬間、崩れ落ちちゃったよ。何でも少し前から鍵が壊れているそうだ。教師共、仕事しろ。

 ところで何で黒縁はそんなこと知ってんだろね?


 入部の件は上手くかわしたよ! テニス部入ってるしね(弟が)。


 最後に、


「――――また来るわ」


 と言って、三年のクラスの階に黒縁は去っていった。


 屋上にだよね? 俺ん所じゃないよね?

 できたら一年のクラスの階をウロウロしてくれる事を祈りつつ、俺も自分の教室に戻っていった。






 放課後が、まだ続くよ!


 下手しなくとも授業受けてた方が楽だったな。俺の第六感に対する信頼度が少し下がった。




 ホームルームが終わった後なので、廊下にはそこそこ人がいた。俺もそんなに目立つ事はなかった。それとは別に……なんか俺の教室の前、注目されてね?


 俺の教室の前に茶髪がいた。鞄と紙袋を下げている。こっちは微妙に目立ってる。俺待ちじゃないよね? きっとそうだよ。信じるって大事。それだけで救われるんだから。


「あ、八神」


 軽く手を上げて茶髪が近づいてくる。救いって何ですか?


「君さ、遅くね? 何処いってたの?」


「お前、名前どうやって……」


「名前? 君ン家の表札。あとタメって言ってたから」


 当然といった感じで茶髪が気安く笑いかけてくる。

 茶髪は紙袋を軽く持ち上げて、


「制服。クリーニング終わったから持ってきた。元々、汚れてはなかったと思うけど、一応ね」


 渡してくる。


 こちらを気にしてた有象無象がその言葉に反応する。耳を塞げ! 携帯を置け! くっそ本当に何もないのに。


 茶髪は気にならないのかニコニコ話し続けた。


「あたし朝も覗いたんだよ? でも君いなくてさー。昼も来たけど、昼休みいっぱいまで待ったのに帰ってこなかったっしょ。鞄はあったから居るのは分かってたけど。放課後はあたしのクラス先に終わったから、鞄取り来るまで待ってよ〜って」


 なにこの子健気! 悪いのはサボった俺だったんスね?


「だからさ、この前泊まった時に聞けば良かったんだけどー、あんな事あたしも初めてだったから、パニクっちゃってさ、……番号交換しとこ?」


 アホめ! あと周り! 明らかにザワつくんじゃねえよ! せめて聞いてない振りを維持しろ! くそっ! ライフカードオープン、セェッレクト!


「あ、俺携帯持ってない」


 嘘だけど。


「……この前ベッドでピザ注文してたじゃん」


 カウンタートラップって卑怯だよね? 考えたのだれ?! ならば必殺三十六計!


 茶髪が半眼で睨むのを無視し、俺はやましいことは一つも無いですよ? という顔で教室に入り鞄を掴み昇降口に向かった。しかし茶髪は付いて来る! エンカウント率高いくせにボスキャラとかおかしいだろ。


「ねー、番号ー」


「……違う、今は持ってないって意味でさ、家に置いてきたから……」


「そうなんだ? じゃあ、家行くよ」



 サレンダー。


 相手の手札が多すぎるよ。一枚で逆転とかできない。


「あっ! 何だよー、ポケット入ってたわー、大丈夫だったわー、じゃあ、交換しよか」


「…………」


 茶髪は疑わしげな視線を俺に向けてきたが、番号を交換すると嬉しげに笑った。


「マメにチェックしてよ? あたしって結構気にするタイプだからさー」


 周りの事も気にして欲しかったよ。


「じゃあ、またねー」


 茶髪は笑顔で手を振りながら帰っていった。


 またね恐怖症になりそうです。




 帰り道で茶髪から、


『初メだよー(形容できない絵文字群)既読ないじゃーん(言葉にならない絵文字群)』


 とメールがきた。


 俺は『俺、機械音痴でさ、電話しかしない』とメールを返した。




 その後、茶髪から電話がかかってきたのは言うまでない。

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[良い点] 女性(モンスター)の描写と、文体のリズムが秀逸杉 [気になる点] 作者様には偉大なる『姉』様が? [一言] 主人公ガンガれ!
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