少年と老婆
少年は、昼間でも日の差さない薄暗い書斎に、半ば閉じ込められて育った。
初めは暖かく陽のあたる明るい部屋で、やさしい笑顔の両親に守られていた。
もちろん、言葉を教えたのも両親だった。覚えが早く、どんどん話せるようになる我が子。
他の子供よりも早く歩き出し、試しに教えた文字もすらすら覚え、書斎の本を読み漁るようになった。
特に教えなくても、自分で考え調べあげ、とても幼子が理解できるはずもない事を平然と飲み込んでゆく。
次第に両親は喜びよりも、恐怖に襲われた。
得体の知れないモノに接した、純粋な恐怖だった。
成長するにつれ美しくなっていくことすら異質なものを感じ、親子の関係はぎこちなくなってゆく。
両親は少年が人目に触れないように、家の中に閉じ込めるようになった。
それも、自分たちにも目にも触れないところ――いつも薄暗い書斎へと。
両親とともに眠っていた温かいベットはない。母が運んできていた食事は、いつの間にかメイドが運ぶようになっていた。
どれだけ知識を学んでも、何故自分に対する両親の態度が変わったのか分からない少年は、両親にそれ以上嫌われたくなくて、おとなしく言うことを聞いていた。
行く当てなどない幼い少年に、他に生きる場所などなかった。
ただ、気まぐれに、家の庭に出て両親とお茶をさせてもらえることがあった。そんな時、少年はわずかながらも笑顔を浮かべ、そんな少年を両親は、苦悩の入り混じった瞳で見つめていた。
そして家の庭に出られても、両親が共に過ごすこともなくなった。代わりに、庭へだけは出る事を許され、それを両親のやさしさだと、すがりついた。
そんなある日。
「やっと。やっと会えたね」
「……おばあちゃん、だあれ?」
庭の片隅でひとりきりで本を読む少年に、どこから入って来たのか、見慣れない老婆が声をかけてきた。
「ふふ……。年相応のふりをするのはおやめ。私にそんな事は必要ないよ。お前の自我はもう、3歳の子供のそれじゃないだろう」
「……な、んだよ。あんた。なんで、ボクが分かるんだよ」
少年は意識的に、両親が望んでいるだろう姿を演じていた。誰も見抜けなかったのに、一目で破った老婆に思わず動揺した。
「それはもちろん。お前が私の可愛い息子だからさ」
「……ボクの親は、父さんと母さんだけだ」
「お前を愛してもいないのに?」
「っ!」
悲痛な顏をして黙り込む少年に、老婆はにい、とわらって言った。
「こうして私とふつうに話しているのが同族の何よりの証拠さ。ふつうの子供は、みんな逃げるか怯えてしまうからね。そうはならない、私の愛しい子供を、ずっと探していたよ」
「探していた……? ボクを……? 愛しい……?」
「そうさ。私はね。どうしても子供が欲しかったんだよ。強い、強い力を持った、悪魔の子がね」
「あくま……?」
「私の体では、種を蒔く事しかできなくてね。種を蒔かれた子供は、腹の中で私の子としてすりかわるのさ。ほとんどの種は芽吹いてもすぐダメになっちまう上に、ひとりひとり確かめなきゃならないのが難点だが、この町の女だけは、いい畑になってくれる」
「なんで……」
「さあね。とにかく、この町の女でなきゃ種さえ蒔けなかった。それよりも、じきにお前の力が開花するよ。楽しみにしているといい」
「力?」
「心に闇を持った人間を思うように操れるようになるのさ。手を触れずに物を壊すこともね。私が教えてやるよ」
「っ。いらない、そんなの! ボクは、あくまじゃない!」
「大丈夫。私が傍にいれば、すぐに楽しくなってくるよ。お前を唯一愛している、この私が傍にいればね」
「愛……? あなたが、ボクを?」
「ああ。お前が欲しくて欲しくてたまらない、愛を与えてやれるのは、この私だけ」
それから、老婆は夜になると少年のもとにあらわれるようになった。少年が方法を尋ねると、ひょい、と肩を竦めて秘密だ、とおどけて言った。
その顏は意外にも茶目っ気のあるもので、身構えていた少年は、思わずぷっと吹き出した。
そうして、少年は、もう一度生まれ直したのだった。心の奥底で、光を求めてもがきながら。
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