LOVE GAME
キーワード。
遊び・最低
管理人さん。
女を提供する者。
捕食者殿。
女を喰らう者。
女はまるで聖女のような微笑みを浮かべながら、目の前の男にその笑みとは想像もつかない程大胆に、穢れを知らぬような肢体を絡ませた。
「今日の貴女は大胆だね。他の男にもそうなのかな?」
「いいえ、貴方にだけよ。私がこんなことをするのは」
熱に浮かされた女は、気付かない。
頬に触れる女の手を取った男の瞳に、嘲りの色が浮かんでいたことに――――。
『LOVE GAME』
ここは、とある一室。物置のように物で溢れかえるこの場所には、こぢんまりとした机とパイプ椅子が二踋。
椅子には、眼鏡をかけた少女が腰かけていた。
少女は、腕時計に視線を落とすと、この部屋と外の世界とを繋ぐ扉へと視線を向けた。
少女が視線を扉に向けてから数分後。
一人の人間がノックすることなく扉を開け、少女の小さな世界へと入り込む。
その瞬間、強い光が部屋を照らし出し、少女が眩しそうに目を細め、部屋に入ってきた人物を見つめた。
「やあ、管理人さん」
「お久しぶりです。捕食者殿」
「ほんと、久しぶりだよね。管理人さん」
少女を管理人と呼んだ青年が口を開くたび、毒々しいまでの赤く色付いた唇が目を惹いた。
ワックスで整えられた黒髪。それは、白い肌に映え。
大きな瞳とすっとした鼻筋が配置されたその顔立ちは、男性的というよりは女性的であり、青年の危う気な雰囲気をより一層際立たせていた。
だというのに、青年を前にした少女は、表情一つ変えることなく無表情なまま。
こともあろうに、この妖艶な青年を捕食者と、そう呼んで。
「ねぇ、管理人さん。どうしてあの女を俺に宛がったのかな?」
青年は少女の前まで来ると、既に用意されていたパイプ椅子に腰かけた。
すると、二人の距離が、ぐんと縮まる。
というのも、青年が隔てられたように置かれた机を気にすることなく、ぐいっと身体を近付け、少女の髪に触れながら顔を覗き込んでいるせいに他ならなかったのだが。
そんな青年の行動は、彼が初めてこの部屋に来た時から変わらないことだった為、少女はこの青年はこういうものだと理解していたし、また納得もしていた。
だからこそ、今日も青年の好きなようにさせている。
「管理人さんに紹介してもらったあの女……ええと“聖女様”?あれ、三日もしないうちに飽きたんだけど」
「それは、申し訳ありません」
相変わらず少女の表情に変化は見られなかったものの、謝罪の言葉から微かに滲む罪悪感を感じ取った青年は、「謝罪の言葉が聞きたかったわけじゃないから、謝らなくていいよ」と、そう少女に優しく微笑みかけた。
「俺はね、ただ知りたいんだ。管理人さんが何を思ってあの女を紹介したのかを。
俺に貴女の考えや思っていることを全て教えてくれるかな?」
青年の両手が少女の頬を包み込み、上向かせた。
そのせいで少女の瞳に映るのは、青年の姿のみ。
少しでも顔を近付ければキス出来そうなその位置で、青年は少女の言葉を待った。
「私なりに捕食者殿は、割り切った関係でいられる合理的な女性。
または、自分の顔に相当な自信を持つ方との交流が多いのではと、そう推測いたしました。
ですから、ここはあえて捕食者殿が経験したことがないような“王道”というものを選ばせて頂きました。
――真っ白で穢れを知らぬ清らかな女性。
そんな女性を己の色に染め上げ、穢すことに意味があるのではと思い、男の気配がなく尚且つ性格が良く、異性は勿論のこと同性からも慕われる聖女のような女性ならば、捕食者殿の目に新鮮な存在として映るかと思いました。
……ですが、どうやら私の考えは捕食者殿のお気に召すものではなかったようですね。
申し訳ありません。また、お役に立つことが出来ませんでした」
伏せられる瞳。青年は、そんな少女を見下ろしながら口を開いた。
「……確かに、管理人さんの言う通り俺も割り切った仲になれるような女を喰ってきたよ。
だからね、最初は新鮮だったと思う。管理人さんが紹介してくれた女は。けど、何だろうね。
やや鈍感で天然なところってさ、他の男にとってみれば庇護欲を誘うものなのかもしれない。
けど、俺的には物足りなかったかな?……ああ、でも。あの聖女様。
ヤればヤる程“聖女様”とかけ離れた存在になっていく様は、それなりに愉しかったかな?
物凄く滑稽だったけれど」
まぁ、それなりに愉しめたのも事実だから、貴女が謝る必要はどこにもないんだよ?と、少女に告げることで、少女の伏せられた瞳が再び青年の瞳を捉える。
そのことに満足気に細められた青年の瞳。弧を描くように深まる笑み。
その光景はまるで、少女の行動一つに青年の心が揺さぶられているようでもあった。
「あぁ、聖女ついでに前回の……“王女様”だったかな?あのとき聞きそびれたから今聞きたいんだけどね。
あれは、どういう理由から選んだのかな?あれもあれで個性的だったけれど」
「“王女様”は、あの当時流行しておりました所謂ツンデレブームに便乗させて頂きました。
顔、体型におきましては、男性向けのエロゲーを参考にしつつ、童顔、巨乳、背が低く、尚且つ華奢。
それでいて、感情豊かな子とさせて貰い、テーマは『はねっかえりな王女様』です。
また、個人的な意見を申し上げれば、この体型にて大人しい性格も有りなのではと思いましたが、それでは次の聖女様に性格の点で被る気が致しましたので、避けさせて頂いた次第です」
「へぇ。エロゲー、ね。管理人さんって、そういうのもやるんだ。意外」
「いえ、兄がよくその手のものをプレイしては、私に自分なりの評価を一方的に言ってくるものですから」
青年は少女の言葉を聞き終えた後、そう、と吐息を漏らすようなぐらいの小さな声で呟いたきり、二人の間に沈黙が流れる。
少女は、ただただ至近距離にいる青年を見上げ、青年は何か思案しているようでもあった。
暫くの間少女から視線を外していた青年だったが、徐に少女にかけられていた眼鏡を外す。
途端に少女の視界は、ぼやけた世界を映し出す。
それでも、不思議と青年の外貌を捉えているような気がしていた。
「貴女が過去紹介してくれた女たちはね。やっぱり俺にとっては、物足りないものでしかなかった。
別にそのことで管理人さんを責めるつもりはないよ。けれど、そうだね。
そろそろ最初に俺が来た本来の目的に移したいところだけど……。
ね、管理人さん。次は、貴女が俺の恋人にならないかな?」
吐息すら感じ取れるその場所で、微かに唇を触れ合わせながら囁いた青年は、蠱惑的な笑みを少女に向けた。
――この“次は、貴女が俺の恋人にならないかな?”という言葉。
これは、捕食者と呼ばれる青年が、管理人の少女から紹介される女性と関係を持ち、別れた後すぐ、少女に向けて繰り返されてきた言葉でもあった。
何せ、青年が当初この部屋に訪れた理由が、この管理人と呼ばれる少女と恋人になることであったのだから、当然と言えば当然のことである。
だが、少女は青年が初めて来たときから、今の今まで繰り返されてきた言葉に「ご遠慮しておきます」と、すぐにでもそう返してきたのだが、今回はちょっと違うようだった。
少女は、ほんの少しの間逡巡した後、青年の顔を見返す。
「……私は、どうやら貴方とのこの関係を楽しく感じ始めているようです。
ですから、今貴方とこれっきりになるのだとしたら、少なくとも初めてお会いしたとき以上に貴方との別れを寂しく思う自分がいるのでしょう。
それは、すなわち貴方が最も嫌う“女”に私自身が変わりつつあるということ。
……これは、私個人の勝手な意見ではありますが、貴方とのこの歪なやり取りの中で、貴方は“女”という部分に惹かれているように見えてその実、嫌悪しているようにも思えました」
一度言葉を切った少女は、何かを試すような色をその瞳に宿し、青年に問いかける。
「そんな“女”に私は、なろうとしています。ですから、貴方と最後の駆け引きです。
この場で縁を切るか。それとも、恋人ごっこを開始するのか。二つに一つ。
捕食者殿……いいえ、牧瀬君。貴方は、どちらを選びますか?」
少女の言葉を一言一句聞き漏らさなかった青年は、微かに笑った。
「考えるまでもないよ管理人さん。元々俺は、貴女を堕としたくてここに来たってこと、忘れたとは言わせないよ?」
するりと頬に触れていた右手が、少女の項を撫で上げる。
「それじゃあ、始めようか。この、終わりのない恋人ごっこを。
でも、これだけは忘れないでね。このゲームを始めると貴女が口にした時点で、貴女は既に俺のモノになったということを。
それだけは忘れないでね、琴子」
ゆっくりとした動作で唇を重ねた後、青年はゲームの開始を告げた。
「―――それじゃあ、ゲームを始めようか管理人さん?」
『LOVE GAME』 了
物語の設定というなの余談である。
管理人さんと捕食者殿がいる舞台は、とある学校の一室。
そこは、旧校舎の中にある場所で、初めは管理人さんだけが使用していた、彼女の小さな世界でもあった。
騒がしい教室も嫌いではなかった少女だったが、静かな場所も同時に嫌いではなかった。
そんな折、見つけた小さな隠れ家に、少女はときめきを隠せなかった。
それ以来彼女は、その場所を自分の居場所と勝手に決め込み、取り壊されるその日まで無断で使用していたのだった。
少女に齎される一時の静寂。隔離された世界。
それら全てが、少女にとって心穏やかにさせるものの一つだった。
けれど、彼女の小さな世界を壊す来訪者が訪れることになる。
それが、後に捕食者と呼ばれることになる青年―――牧瀬、その人だった。
彼は、これといって美人でも可愛いと騒がれるような存在でもない、一見根暗のようにも見えるこの少女に恋人になって欲しいのだと、そう言う。
だが、少女は断った。
何故だか分からないが、本能的にこの男は危険だと――そう、心が警鐘を鳴らしたからである。
無表情だが、どこか警戒するような色を滲ませた瞳で青年を見つめる少女に、牧瀬は笑みを零し『貴女に、いきなり告白して悪かったね』と、そう謝罪した。
少女は、目の前にいる男は一体何がしたくて、何が言いたいのか分からなくなっていた。
いきなり、付き合って欲しいと言われ、そして何故か謝られた。
戸惑う少女を尻目に牧瀬は、踵を返すとそのまま部屋を出て行こうとする。
だが、取っ手に手をかけたまま振り返り、『あぁ、今は引き下がるけど、気が向いたら俺の恋人になってよ』と、軽い口調でそう言うのだった。
少女は、そんな青年に『それは、絶対にありえません』と、言い返す。
更に“私のような人間と付き合うよりも、貴方には、貴方の横を並ぶに相応しい女性と付き合ったほうがよろしいかと”――こう、続けた。
それを聞いた青年は、手を離すと少女との距離を詰める。
“それじゃあ、貴女の言う俺の横を並ぶに相応しい女性とやらを紹介してよ。
もし、その中で好きな奴が出来たら、この話は無かったことにしてあげる。
けれど、紹介してくれた女が駄目だったら今の発言は撤回しない。貴女に付き合って欲しいと言い続ける。
さて、貴女はどうするかな?俺に女を紹介してくれる?それとも、このまま言い続けようか?
付き合って欲しい。俺のモノになってよって“
――こうして始まった、青年と少女のゲーム。
この開始から、二人の呼び名は管理人と捕食者となった。
名の由来。
『管理人』紹介する女性の名、年齢、性格、在籍する学校並びに会社を把握する者。
『捕食者』管理人さんから紹介される女を尽く堕とし、飽きたら捨てる者。
その後の彼ら。
恋人ごっこ継続中。
過去陥落させてきた女とのやり取りと少し違うのは、捕食者である牧瀬が管理人である琴子に執着している点に尽きる。
今までの彼なら飽きたらすぐに捨てるということをしてきたが、琴子という存在は別格である模様。
その理由は謎。ただ言えることがあるのだとしたら、琴子を自分という名の檻の中に閉じ込め、飼い殺しにしてやりたい程愛しているということだろうか。
その狂気じみた思惑を琴子に悟られないように、じわじわと真綿で包み込むように彼女を追い詰めていく。
それが、牧瀬の愛し方だった。