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手折られた花の行方は・3

……ほんと、今更だったんですよね。



『手折られた花の行方は・3』



長いこと暗い世界にいた私にとって、城内の廊下とはいえ、あまりの豪華さに一瞬眼が眩みました。

それでも、誰かに会いたくて。


……いいえ。“誰か”ではなく、たった“一人”の人に会いたくて。顔を見たくて。

押さえきれない衝動に駆られた私は、随分と久しく訪れていなかった部屋へと向かいました。



……私は、独りになってからずっと考えていました。

夫となった人物は、なんとも理不尽な理由で私を妻にしましたが、私の傍にいる間は誠実で、優しい人でした。

だというのに私は、彼の優しさを素直に受け入れることが出来なかったのです。……といっても、それは最初の間だけでしたけど。

彼の傍にいると、心の中がぽかぽかと温かくなり、次第に惹かれている自分がいました。

けれど、その想いを抱くこと自体、元の世界の人たちを見捨てているような気がして怖かったのです。

あちらの世界で私のことを心配してくれているであろう家族。そして、友達。それを思えば、自分だけがこちらの世界で幸せになろうだなんて……。

時間が経つほどにその想いは“罪悪感”というモノになり果て、彼から与えられる優しさを素直に受け入れるだけの余裕なんてなかったのです。



――だから、これは。そんな私への罰なのかもしれません。


*  *  *


行き慣れた部屋は、微かに扉が開いており、その取っ手に触れようとしたとき、



「あのような存在と夫婦になるなど、それこそありえんことだ」



酷く、冷たい声。それが、私の耳を――侵していく。



夫の声だと分かっている筈なのに、記憶の中に存在していた彼と似ても似つかない冷酷な声に、私の身体が硬直しました。

「ふふっ、酷い方。それでは、カオル様をただ単に利用しただけではありませんの?」

鈴の音のような可愛らしい声が、くすくすと音を立てて彼に笑いかけます。

「ふん。それがどうした?……まぁ、それでも体裁のことを考えて優しくしてやっただけましだろう?とはいえ、こちらも嫌々しているというのに、ああも無碍にされるとはな。……全く、お互い様だというのに」



このような物言いをする人を私は……――知りません。



ここから離れることも出来なくなってしまった私は、彼らの声に耳を傾けることしか出来ませんでした。

ぎしりとベッドが軋むような音が耳を掠め、

「ふふっ。でも、今ではそれすらもしませんのね?」

「些か面倒になってきてな。それに、アレと夫婦になったこと自体、多くの者は知らんからな。いつでも切り捨てられる」

「まぁ、怖い人」

私には決して真似することが出来ないような甘い声を奏でる女性と、それに応じる私の“夫”だった男性ヒト

“妻”であるはずの私のときとは違うその親密な男女の光景は、私に嫌というほど“現実”を突き付けるのでした。




始めから必要とされていなかった“いらない妻”である私に、いつまでも傍にいてくるほど“優しい夫”は存在しなかったのだ、と。



……だから私に、あの部屋を……。



「……そんなこと、初めから分かっていたじゃないですか」



ぎしぎしとベッドが軋み上がる音を背に、覚束無い足取りで自室へと戻るしか、今の私には出来ませんでした。



『手折られた花の行方は・3』 了



自らの手で手放したというのに。

勝手に期待して。勝手に失望して。


私は、一体……何がしたかったのでしょう?

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