手折られた花の行方は・2
彼は、彼なりに私を愛してくれているのだと、そう思っていた私は、本当に馬鹿だったのかもしれません。
彼が私を愛することなんて、そんなこと……あるはずなかったのに。
『手折られた花の行方は・2』
あまりスペースのないこの部屋は、私に与えられたもの。
まるで、檻の中に閉じ込められているような気分になってしまうこの簡素な空間には、小さな箪笥が一つ。
その中には、必要最低限の衣類が片付けられています。
他にこの部屋にあるのは、私がよく腰掛ける小さなベッドに簡易キッチンと食器棚。浴室にトイレ。
そして、食事を摂るために使われる木製のテーブルと椅子が一脚。
一応、餓死させてはいけないと思ったのでしょうか?一日に二度、食事が運び込まれます。
王宮の廊下と繋がっている唯一の扉。それには、食事のトレイを出し入れ出来るだけの入り口があり、日々の食事はそこから私の部屋に運び込まれる仕組みになっています。
だからこそ私は、いつも私のために食事を運んでくれる人の顔を、一度も見たことがありませんでした。
この現実が、私と彼らを隔てる大きな壁のようにも感じられます。
けれど、そのことに私は文句を言うことが出来ませんでした。全ては、己の行いから招いたこと。
だからこそ、この状況に悲しむだなんてことは、今の私に許される筈がなかったのです。
誰かが運んでくれた今日の食事を机の上に置き、椅子に腰かけてから、両手を合わせます。
元の世界から切り離された今でも欠かせない習慣。それはまるで、昔に縋っているような気もしますが、それに目を逸らし、知らない振りをし続ける弱い自分。
「……いただきます」
もそもそと、本日の朝食に口をつける。もちもちとした触感のパンに、瑞々しい野菜で彩られたサラダ。
甘さが口いっぱいに広がるパラミアという果実。飲み物は、トレイを運ぶ前に自分で淹れた紅茶。
「……はぁ」
何度目かも分からない溜息が零れます。……召喚当初は、こうではありませんでした。
あのときも散々でしたが、少なからず人と接する機会はあったのですから。
それが、せめてもの救いだったと気付いたのは、それから後のこと。
私は、自らの手でその手を振り払ってしまったのです。後悔と、悲しみしか生まないとも知らずに。
一度振り払った手を、もう一度握り返してくれる程、この世界は優しいものではありませんでした。
他人によって、しかも理不尽な理由で私の居場所を無慈悲にも奪われ、心に痛みと苦しみを味わった私は、彼らの全てを拒絶し続けました。
その結果。彼らとの間に存在していた、今にも切れてしまいそうな細い糸を断ち切ってしまった私の心に広がったのは、初めてこの世界に連れて来られたときの痛みとよく似ていて。
それに気付いたときには、何もかも遅かったのです。
ただ、生かすためだけに食事を与えられるだけの生活。生かしてもらえるだけ、ましなのだと。それこそ、破格の待遇なんだと、自分に言いきかせる一方で、
……独りぼっちは、あまりにもさみしい。
そう思うこと自体、愚かだと分かっていても。自業自得なんだと知りながらも。
私は、ただただ寂しかったのです。
* * *
扉一枚の向こうには、多くの者が忙しなく働いています。独りが寂しいのなら、それを認めて彼らに会いにいけばいいのです。
だって、私は閉じ込められているわけではないから。扉に鍵は存在せず、出ようと思えばいつでも出られたのです。
ですが、彼らを拒絶し、望んだ結果がこの部屋だというのに、今更寂しいからという理由で彼らに会いに行くことが、怖くなかったと言えば嘘になります。
今更会いに来る私に対する彼らの態度を想像しただけでも、手が震え、心臓の鼓動が早くなるのを感じていました。
それでも、例え彼らに今更何を言い出すんだ、と詰られようとも、鬱陶しがられたとしても、私は……。
――独りでいることに耐えられなくなった私は、初めてこの小さな箱庭から飛び出しました。
『手折られた花の行方は・2』 了
飛び出した世界は、どこまでも眩しく。
それと同時に、どこまでも残酷でしかなかった。