さよなら小夜曲・中編
『さよなら小夜曲・中編』
勇者様を先頭にして、仄暗い回廊を進んでいく。
等間隔に窪む壁に設置されている燭台の炎が怪しく揺らめき、じりじりとした熱を感じる。
時折ピチョン、ピチョンと水が石畳の床に落ち、静かな空間に響くその音が、やけに耳につき、不気味さを増していた。
「……不気味なところですね」
大事そうに両手で杖を抱えたローランが、不安を滲ませた声で呟く。
それにいち早く反応した勇者様が、そっと彼女の肩に触れ、
「大丈夫だ。俺たちがいるから、そう不安がるな」
「……はい」
仄かに頬を赤らめ、小さく頷くローランの小さな手を取り、肩を並べて歩き出す。
それはまるで、恋人同士さながらの光景。なのに、まだ恋人じゃないだなんて、……笑える。
心の奥底から苦いものがこみ上げてくるような感覚に、唇を噛み締めてやり過ごそうとしたけれど、無理そうだった。
いっそうのこと、早く付き合ってくれたら諦められるのに、とそう思う反面、そんな二人を見たくないと思う自分がいる。
……恋って、こういうものなのかな?
切なくて、苦しくて、でもそれに勝る程に恋焦がれる。それは、綺麗でもあり、醜い感情。
知らず、武器を握る手に力が籠った。
――ああ、いっそうのこと知らなければよかった。こんな想いを知らなければ私は……。
泣きそうになる私に、気遣うような視線を感じた。
俯いていた顔を上げれば、心配げに揺れる瞳が私を見ている。ファミルダとハッシュだ。
私の少し前を歩いていた彼らの瞳は、何か言いたげだったけれど、私はそれに気づかないふりをした。この醜い感情と共に。
* * *
あれから私たちは、数え切れないほどの戦闘をこなした。戦闘が繰り返されるたびに疲弊を強いられていく。
さすが、魔王の居城なだけあって、今まで戦ってきたどの魔族よりも強い。それが大きな要因なのかもしれない。
それでも、ここで歩みを止めるわけにはいかなかった。
だって、私はあのとき――。
感慨に耽っていたせいなのかな?
一瞬過去の出来事に意識を傾けていた私は、気付けば仲間達と共に大扉の前にいた。
とうとう、この時がきた。最終決戦に備え、所持していた薬草を使って今までの傷を癒す。
本来なら、ローランの治癒魔法を使いたいところだけれど、この後の決戦のために少しでも魔力を温存してもらう必要があった。
薬草やポーションを使って、傷ついた体を癒していく。
「……行くぞ。皆」
勇者様がその仰々しい扉に手をつけ、ゆっくりとした動作で開けて行く。
後ろに控えた私たちは、勇者様が扉を開けている最中に攻撃を受けないよう身構えた。
ぎぃ……と、古めかしい音を立てながら開けられる扉。
眩しい程の光が視界を遮り、
「……魔王は、どこだ?」
誰よりも早く視界が回復した勇者様が、そう、ぽつりと呟いたのが聞えた。
驚きと戸惑いを孕んだ言葉に、未だ光に慣れない目で見れば、魔王がいるとされている広間には、大勢の魔族が私たちを待ち構えていた。
しかし、肝心の魔王がいない。彼の者が使う筈の紅の玉座には、誰もいなかった。
逃げたとはさすがに考えられない。困惑する雰囲気が私たちの間に漂い始める。
「貴女様のご帰還を心よりお待ちしておりましたよ、魔王様」
全ての魔族の前に一人で立っていた男性。その彼から静かに告げられた言葉に、
「……なんのことだ?」
腰に下がっている柄に手をかけながら、警戒心を顕に勇者様が敵対する。
それからどのくらいの時間が経ったんだろう?
短くも長い沈黙が両者の間に流れ、そして――……。
「……ただいま、皆」
『さよなら小夜曲・中編』 了
……ねえ、勇者様。
あのとき交わした約束、――今でも覚えてる?