恋を知らない 前編
キーワード。
異世界トリップ・誤召喚・事故・悲嘆・執着・依存
私。
少年の召喚術のせいで、誤って召喚されてしまった少女。
ジーク。
“私”を召喚してしまった少年の友人の一人。
彼・少年。
“私”を誤って召喚してしまった張本人。
異世界トリップをしたヒロインたちは、飛ばされた世界で恋に落ち、紆余曲折を経て結ばれ、その手で幸せを掴み取った。
……けど、この手の小説に出てくるヒロインたちは、本当に“恋”に落ちたの?
たった一人、知らない世界に投げ出されて。自分の今までの人生を奪われて。縋る手もなくて。
そんな中で、手を差し伸ばしてくれた相手に恋心を抱いて。
……それって、本当に恋だったの?
その感情が恋に似ていると、錯覚しているだけじゃないの?
『恋を知らない 前編』
何度寝ても覚めない悪夢。窓から差し込む光は清々しいはずなのに、私にとっては陰鬱な気分にさせるだけ。
両手で顔を覆い、小さな嗚咽が漏れる。泣くだけで家族のもとに帰れるのなら、何度だって泣いても良い。
けど、泣いて現状が変わるとも思っていないし、ちゃんと理解しているつもり。
……つもり、だけど。何度泣いても涙が枯れることはなくて、心が悲鳴を上げるの。
痛い。
苦しい。
帰りたい。
帰して――、と。
なんで、私だったのかな?どうして、私じゃないと駄目だったのかな?そんなことばかり考えてる。
けど、私には答えを出すことも出来ない問題で、私を呼び出したこの世界の人でも答えられるものじゃなかった。
だって、私がこの世界に呼ばれた理由なんてないから。
召喚術の練習をしていた学生の一人が、誤った召喚陣を書いてしまった。彼は、それに気付かないで術を発動させてしまっただけの話。
途中で教師が気付いたみたいだけど、発動した術を無効化させることはなかったの。
召喚陣を失敗した場合、妖精たちが出てくることもあるけど、よっぽどの力がない限りそんなことは起きなくて、大抵の場合は、何も召喚されないことのほうが圧倒的に多いから、誰も気に留めていなかったの。
だってそれは、誰でも一度は経験したことのある“失敗”になる筈だったから。
けど、何が作用してそうなったのか今でも分からないらしいけど、私はその誤作動してしまった召喚術でこの世界に召喚されてしまった。
それが、約一月前に起こった出来事の全て。
学校側は責任を負うと私に約束してくれたけど、そんなの私には何の意味もなかった。
元居た世界にあった全ての繋がりを断ち切られ、私が“私”である為の何もかもを、この世界が理不尽にも私から奪っていった。
最初は現状に頭が追い付かなくて、次に怒りが込み上げてきて、癇癪を起すしかなくて、最後には哀しみしか心に残らなかったの。
―――もう、戻れない。
もう二度と、会えない。
どれだけ会いたいと望んでも。どれだけ喉を枯らして叫んでも。私の声は、家族には届かなくて。家族の声も、私には届かない。
それがどれだけの絶望だったか。きっとここの人たちは、知らない。
だから、いつも。……いつも私を見る目は、戸惑いと、罪悪感と、―――そして、呆れが綯交ぜになっていた。
* * *
私を誤って召喚してしまった彼は、泣き続ける私を見ては、罪悪感を抱きつつ、どこか戸惑っている。
そんな彼の傍にいる友人は、いつまでも泣くことしか知らない私を見ては、うんざりとしたような、どこか怒りが混じったような瞳を向けてくる。
いつまでも泣く私に対して、嫌気がさしているのかもしれない。
それとも、泣くことしか出来ない私に、罪悪感を募らせる彼を想ってなのかもしれない。
そう考えたところで、私の哀しみは一層深まるばかり。私には、もう彼らのような友達も……いないのに。
心の拠り所も、居場所も奪われた私に頼れる人なんていなくて、誰を頼ればいいのか分からない。
「……っ、」
でも、本当は……。本当は、早く立ち直らなきゃって分かっているの!
彼の傍にいる彼女と、もう一人の友人である彼が向けてくる視線に鋭さが増す度、くよくよしてちゃ駄目なんだって!!分って、……いるけど。
けど、私は……!小説に出てくるヒロインたちみたいに、強くないから!!!
誰かの助けがないと一人で立っていられないような、弱い人間なの……っ!!
……彼女たちが羨ましい。どんな状況に立たされても、その現状を受け入れられるだけの強さがある。
物事を冷静に見極め、自分が何をすべきなのか、哀しみに囚われることなく、前を向いて逞しく生きる彼女たちが。
羨ましくて。眩しくて。
うじうじと泣くだけで、現実逃避ばかりして、周りに迷惑しかかけられない自分が酷く惨めで、……嫌になる。
「……おい。いつまで泣いていれば気が済むんだ、お前は?」
耳朶を打つ、やや低めの声。
のろのろとした動作でベッドから上体を起こし、声が聞こえた方へと視線を向ければ、一人の男が立っていた。
私を誤召喚してしまった少年の友人、―――ジークが、そこに居た。
『恋を知らない 前編』 了