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キーワード。

悲恋・異世界トリップ・贄・軟禁・記憶の喪失・ご都合主義



ゆき

生贄の女性。


啓志けいし

雪と想いを通わせていた人。


セイ。

雪を保護した異世界の人。

薄れていくの。貴方との想い出が。



「僕たち、夫婦にならないか?」

貴方の、その照れた顔が。


「君が贄になるだなんておかしい!!」

そう言って、私を守ろうとしてくれた貴方が。


「そうだなぁ。子供は、いっぱい欲しいよな。特に君に似た可愛い子供が」

貴方が語る未来が。


「この村も、ここの人たちも皆、狂ってる。今どき生贄だなんて――」

蝕まれていくの。貴方との記憶が。



「―――僕と一緒にこの村を出よう」

私に手を差し伸ばしてくれた貴方のことが。



「ゆき、……っ、………にげ、ろ……」

消えていくの。貴方の声が――。



「共に生きよう」

抱き締めてくれた貴方が、――いない。



こえ



昼夜問わず濃い霧に覆われた“囚われの森”にまがが出現したと、国からの報告を受け、囚われの森近辺に常駐する警護隊25名が、先発隊として向かうことになった。

「……隊長。今日は、一段と霧が濃いですね」

「そうだな」

警備隊の隊長である男は、空を仰ぎ見た。

真っ昼間だというのに、濃い霧と生い茂る木々によって太陽の光が遮られ、視界が悪い。

慣れた場所だというのに、いつもより数段濃くなっている霧と、辺り一面に漂う瘴気にあてられ、馬たちも落ち着きがない様子だった。


――“禍”

それは、怒り・憎しみ・悲しみといった負のエネルギーを糧に瘴気を生み出し、人々を脅かす存在。

負の感情というのは、誰しも抱えているものであり、根絶することは難しく、幼少の頃より感情のコントロールの仕方について学んでいる。

それでも、人が禍になることもあるため、人々が禍へと堕ちないように、国内に数多くのカウセリングが存在している。

これは、負の感情を爆発させて、禍にならないよう未然に防ぐものであり、国はそのことに力を注いできた。

しかし、今回現れた禍は、凶器といっていい程純度の高い負の塊。

これでは、今まで国が尽力してきたことが、全て無駄だったと言える。

その為に国は、人々に知られる前に普段から微量の瘴気が溢れている囚われの森で、秘密裡に処理することを決めた。

幸いにも森の近くには、少数精鋭の警護隊が常駐していた為、すぐにでも処理をすれば、問題がないように思われたのだ。


「……やけに静かだな」

「ええ、そうですね。いつもなら、魔鳥の鳴き声一つ聞こえてきてもおかしくはないのですが。……この霧と、いつにない瘴気のせいですかね?」

「そうかもな」

ぱきぱきと、乾いた小枝を踏み締める音だけが森の中で響く。

まるでそれは、嵐の前の静けさだった。

急ぎ、禍の元へと向かう警護隊の面々に緊迫感が漂う。



さ、……。

――さ、ん。

―――……し……さん。



「……隊長。声が聞こえませんか?」

「ああ」

隊長である男を先頭に、馬を走らせるスピードを上げた。


*  *  *


警護隊がそれを発見した場所は、円を描くように、その辺一帯の草花が枯れ果てていた。

一目見て、禍から生み出された瘴気のせいだと分かった。瘴気は、他の生命を絶つ。

隊長が部下に目配りし、中心で蹲る禍を包囲するよう指示を出す。

その間、禍は警護隊の存在に気付くことなく、泣きじゃくっていた。



「啓志さん!啓志さん……っ!!」



見たこともない装束に身を包んだ女性が、一つの名を何度も繰り返し言い続けていた。

「……隊長」

不安そうな表情を隠すことが出来なかった一人の青年が、自分たちを纏める男を仰ぎ見た。

禍は脅威であり、悪とされている。

それは、禍が放つ瘴気が無抵抗な人間を襲うからだ。禍として異形の存在と成り果てた人間は、その場で処理され、浄化される。

しかし、未だ人の姿を保ったままの上、夥しい程の瘴気を垂れ流しているというのに、こちらを襲う気配が一切感じられない。

それどころか、周囲に漂う筈の瘴気が、瘴気を出しているこの女性の背中へと這い上がっていく。

異様な光景と、初めて見る現象に誰もが次の行動を躊躇う。そんな中、隊長が禍である女性のもとへと向かって行く。

後を追おうとする部下たちを、その手一つで制して。


女性の前にしゃがみ込んだ男は、そっと女性の肩に触れる。女性の身体がピクリと、微かに揺れた。

のろのろと上がる女性の顔は、流した涙でその絹糸のような艶やかな黒髪を張り付かせていた。

男は、何も言わずに女性の髪を払う。すると、涙に濡れた漆黒の瞳が現れた。

「啓志さんが……!啓志さんが、私のせいで……!私の、せいでっ……!!」

女性は、男に何かを訴えかけるように叫ぶ中、泣き疲れたのか意識を失い、彼女を抱きとめた男の腕の中で眠りについた。


*  *  *


「おはよう。ユキ」

「おはようございます。セイさん」

片手に朝食を運んで来た男、――セイと呼ばれた男が、雪という女性の前にやって来ると、彼女の視線に合わせるようにしゃがみ込む。

二人を隔てるように透明な薄い膜が存在し、これをこの世界では“障壁”と呼ぶ。

効果としては、未だ溢れ出る瘴気を結界内に閉じ込め、地上に漏れ出るのを防いでいる。


といっても、瘴気は雪の背中に刻まれた刻印へと還るので、微々たるものだったが、用心するに越したことはない。

何せ、禍を生かしていることを、誰にも知られるわけにはいかないのだ。


「……今日は、何を見た?」

「霞ゆく記憶の中で、あの人の顔を見たんです」

そう言って、儚い笑みを浮かべる雪。

そんな雪に、そうか、と呟くように言ったセイは、ここに至るまでのことを思い返していた。


*  *  *


―――あの日。ユキを発見したとき、彼女の背中に瘴気が還って行くのを確認した。

眠る彼女の白い肌に刻まれた刺青。それは、何かの植物を髣髴とさせるような刻印。

深々と刻まれたそれに、目を逸らす部下が何人かいた。


「……隊長。その女性を、どうされるおつもりですか?」

「連れて帰る」

セイが呟くように言った言葉に、部下たちは息を呑む。

「お言葉ですが隊長。その禍を持ち帰ってどうするというのですか?」

追及するような言葉だったが、その声は、セイを心配しているようにも聞こえた。

例え、特殊なケースだろうと、禍は禍。それ以外の何物でもない。

人々の脅威となるならば、処理しなければならない。

それが例え、どんな理由からだとしても、私情で生かしてはいけない。

生かすということは、罪を犯すということになる。



「結界の中に閉じ込め、禍となった大本の理由を消す。……俺は、この女が脅威になるとは到底思えない。

現に瘴気は、俺たちを襲うどころか女の背中へと還って行く。救える命があるなら、俺は救ってやりたい」

そっと、指でなぞっていた刻印から離すと、雪の背を隠すように着物を引き上げた。


このとき、彼女の身体に結界が構築され、彼女の周りを覆う瘴気が、結界の中に閉じ込められた。

しかし、瘴気の純度が高いため、結界からほんの少し瘴気が漏れ出てしまったが、この森から発せられる瘴気として誤魔化せると踏んだのである。


*  *  *


セイたちの応援に来る筈だった後続隊は、森の外で待機中だったが、先発隊として処理に向かったセイが、任務を遂行したことを報告した時点で、この件については解決したものとして扱われた。

後続隊が、現場に向かわないことを知っていたからこそ、雪をこの場から連れて行くことが出来た。

禍は跡形もなく散るもの。それが常識だ。だからこそ、処理が済んだことを伝えれば、わざわざ亡骸を確認に来る者はいない。


裏をかくようにセイたちが禍を生かしたとも知らず、後続隊が戻っていく。

自分の隊以外がいなくなった頃。セイは、身に付けていた外套で雪の身体を包むと、闇に紛れるようにその場を後にした。

部下と共に滞在所に戻ると、急ぎ自室に戻った。すぐさま部屋の中にも結界を構築し、ベッドの上に雪の身体を静かにおろす。

程なくして目を覚ました雪は、混乱し、錯乱状態に陥った為に、セイが魔法で無理矢理寝かしつけた。

その後、漸く落ち着きを見せた雪の話を聞くうちに、セイは禍となった理由を知ることになる。


【手記】


・ユキがいた場所は、ニホンと呼ばれる国に在る小さな村。


・ユキは、巫女に選ばれる。巫女とは、すなわち生贄。


・その村は、古くから続く慣習にのっとり、巫女として年若い娘を生贄としてきた。


・ユキには、心通わす男がいた。名を、ケイシという。

彼は、生贄そのものを否定していた異端児であり、現当主の息子だったらしい。


・二人の想いは“生贄”という存在に引き裂かれることになる。

ケイシは、当主の命により部屋に閉じ込められる。

ユキは当初の予定通り、その身体に刺青を穿たれる。それは、人の負を集め天へと還すもの。

巫女である彼女は現世より隔離され、その生涯を終えるそのときまで、瘴気を浄化する道具となる筈だった。


・ユキが幽閉される前夜に迎えに行くと、ケイシは告げていたらしい。

二人でこの村を抜け出して、静かに暮らそうと。

だが、彼の目論見は失敗する。部屋から抜け出したケイシは、ユキが眠る部屋の障子に手をかけたとき、後ろから刺され絶命。

目の前で殺されたケイシの姿を見て、ここで瘴気が発生したと思われる。

その後、気付いたときには、ここに居たそうだ。


*  *  *


啓志という存在が生き続ける限り、雪は瘴気を生み出し続ける。セイは、苦渋の決断を下すことになった。

少しずつ雪の中から啓志の存在を、彼との記憶や、不都合な記憶。日本についての記憶を抜き取っていく。

記憶を抜けば抜くほど、雪から溢れる瘴気の純度は落ち着きを見せ始め、セイを安心させていったが、同時に心に鈍い痛みが走った。

だが、セイはその痛みに見て見ぬ振りをし続け、これは雪の為なんだと言い聞かせた。


完全に記憶を抜いた後、ようやく雪が結界の中から外の世界に出られるようになった。

今の彼女には、日本にいた記憶も、贄のことも、啓志のことも、一切覚えていない。

雪の記憶の中にあるのは、この国の常識や感情のコントロールの仕方。セイによって作られた記憶で構成されている。

この世界で生きていく為には必要なことなのだと、自分に言い聞かせてセイが植えつけた新たな記憶。

感情のコントロールが上手くいかず、暴走したために禍になりかけたこと。

奇跡的に助かったものの、記憶のほとんどが失われてしまったこと。

目を覚ましたときに半ば軟禁状態なっていたのは、瘴気を抑える為だと教えられていた。

そこまでしておいて雪の性格や思考が大きく変化しなかったのは、ある意味奇跡とも言えた。


「おはよう、ユキ」

「はい。おはようございます、セイさん」

はにかむ様な笑みを浮かべる雪。

初めて見るその表情にセイは、眩しいものを見るかのように目を細めた。






――コエが。

声が聴こえたの。

あの人の、愛おしい聲が。



彼の傍で、僕の分まで幸せに生きて欲しいと――。



『聲』 了



あの人の声が聞こえなくなったとき、私に刻まれた刺青は、なくなっていたのです。

贄となる筈だった女性が、異世界トリップをしてしまったら?というのが書いてみたかったんです。


個人的に心残りなのが……。

生贄なので、刺青の浄化=瘴気が雪の身体を蝕むという設定にしようと思ったんですけど、多くの瘴気を引き連れて浄化したら即死なんじゃないか?と思って。

(トリップ時が生贄の儀を始める寸前だったため、溜りにたまった多くの“負”と己自身で出した“負”と共に連れて来てしまったという設定がありまして)

生贄の場合、その設定のほうがしっくりするとは思うのですが、そんな設定にしたら本編で死んじゃうので、即死ではなくて浄化し続けるために監禁され、人々の為の“犠牲”という立場にしました(というか、途中で匙投げました/爆)


そうなると、結局外の世界で暮らす場合、他人の負の感情を浄化することになる=ばれたら大変=普通の人として暮らすことが出来ない。と思ったので、最後の最後で啓志に登場してもらいました。

すんごくご都合主義な展開とはなりましたが、個人的に贄となった女性が異世界トリップをしたという部分が書けただけで満足です。

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