覚えられるか馬鹿!⑤
殿下・俺。
多分一番常識人に近い。
フィオナの姉からは、ご同類扱いを受けているちょっぴり可哀想な人。
『殿下の関心』
狂戦士。
それは、過去の遺物。
人であって人ではない存在。
彼らは、人の手によって弄られ、強靱な肉体と永き生を得た。
だがあいつらは人としての理性がないに等しい。
同じ人間に壊され、狂った人間にされた可哀相な奴らだ。
しかし、彼らの存在は、何十年も前の戦争で姿を消したきり消息がつかめないという。
一時は彼らを作り出した我が国に報復するのかと懸念はあったが、結局彼らが何かしてくることはなく平和な時が流れている。
だが、そんなときだ。
愛する弟と妹に家庭教師として現れた男が口にした言葉。
狂戦士について無邪気に質問する弟にあの男は言った。
「とても怖い存在ですよ。それと同時に可哀想な者たちです。
少し前の戦争で彼らはいなくなったと言われておりますが、今はとても幸せそうに暮らしていますよ」と。
俺の視線に気付いたのだろう男は、ふとこちらに視線を寄越すと意味深に嗤った。
どういうことだ?
何者なんだこの男。家庭教師となった男の調書をもう一度読み直す。
長命種であるエルフと人の合いの子。
なら、一度は狂戦士の姿を目にしたことがあるのだろう。
だが、“今は”とはどういうことだ。
どこかで彼らを見たということか?
それはどこで?
……男が勉強を教えているのは、何も弟たちだけではないようで、そのどこかの貴族の屋敷で飼われているのを目にしたという線も捨てきれない。
「ふ……」
楽しくなってきたな。
最近は夜会だのなんだのと退屈していたところだ。
媚を売ってくる貴族連中。娘を俺にと寄ってくる母娘。
その中にいるのかもしれない。狂戦士を子飼いする者が。
それがどういう人物なのか見てみたいとそう思った。過去の王族が手懐けられなかった存在をどのように……。
* * *
あの男の担当している女共が多く中々真相には辿りつけない。
寧ろ、自ら厄介事に突っ込んでいるような気がしないでもないなこれは。
にしても、臭いな。
噎せ返るような香水の匂い。
色々な匂いが混ざりすぎてかえって異臭に近い。
そして、これでもかと塗りたくられた化粧。
化粧を落としたらさぞかし素敵な容姿が見られるんだろうな?
……ああ、駄目だ。我慢ならん。
楽しいだろうと思った矢先のこれには堪える。
そんなときだ。
「ああ、もう。なんでこんなところにわたくしがいなくちゃいけないのかしら?
こんな時間があるなら、可愛い可愛いあの子の声を聞いていたいわ。
……あら?ごきげんよう殿下」
その女は、青白い月の光を背に、美しい顔を歪ませて俺に微笑んだ。
これが、彼女と俺の出会いだった。
彼女は周りの女のように媚びへつらうことなかった。
それどころか、俺の相手をしているくらいなら妹と一緒にいるほうが何百倍も有意義だと吐き捨てる始末。
まぁ、彼女の言い分は分かる。現に俺も弟たちといるほうがいい。
だが、狂戦士のことが気になるのも確かだった。
聞けば、彼女の妹もあの男の勉強を受けているらしい。
だが、残念なことにその妹は未成年でデビューしていないそうだ。
一度話がしてみたかったと言えば、彼女の顔がみるみるうちに歪み始める。
最初の頃は驚いたが、彼女は妹のことを愛しているそうだ。
俺のような兄妹愛ではなく。大分間違った方向性でだが。
まぁ、俺自身に被害はないので、その妹さんには同情してしまう。
……そういえば一度そんなに好きなら首輪でも填めたらどうだ?と言ったな自分。
あの頃は、冗談を冗談で返したつもりだったのだが。
それを聞いた彼女は、頬を赤く染めて可愛らしい顔で手を握ってくるものだから、不覚にもときめいたのは確かだ。
だが、次の日に実行したことを聞かされたときには、淡い恋の芽も一瞬にして吹き飛んだが。
すまないな妹さん。
それ以来、彼女はご同類認識を抱いたらしい。
非常に不本意なのだがな。
あれから月日は流れ、彼女と俺の仲を疑う者が出てきたそうだ。
疑うも何も俺たちの間に愛なんて可愛いらしいものが生まれる筈はないのだが。
まぁ、傍から見るとそうでもないようで、標的が彼女に向かっている。
が、彼女に関しては心配していない。
寧ろ仕掛けるほうの心配をしてしまうのは何故だ?
そんなときだ。不自然にも彼女への嫌がらせが未然に防がれていることに気付いた。
彼女が何かしているわけでもない。
何者かが彼女を護っている。
そんなことが出来るのは誰か?
通常の人間ならば出来ないことだ。
家庭教師の男の言葉を信じれば、狂戦士が彼女を護っているとも考えられる。
が、男はこの目で見たというような口ぶりだった。
それだとこの夜会に男はいない。
そして、彼女が夜会に出る時間帯に家庭教師として彼女の家に訪れているという。
まさか、彼女の妹さんが……?
いや、まさかな。無理矢理話を繋ぎ合わす必要はないな。
時間はまだ一杯あるのだから。
『殿下の関心』 了