指先
キーワード。
ひねくれ者・能力者・ツンデレ娘・恋人未満
神室きさ。
神室一族当主の娘。跡取りである。
神室家が操るのは浄化の炎。きさの能力は高いが、海人には劣る。
ただし、彼女本来の力が自由自在に出すことが出来るようになれば、話は別なのかもしれない。
……基本、海人に対してはツンデレ仕様である。
白凪海人。
旧姓:神室海人。分家筋。炎を操ることが出来ず、真逆の水の力を操る。
その能力は高い。きさの炎すら消すことが出来る。
幼少の頃より周囲の環境が悪かったため、心が歪みひねくれ者に。
再び出会ったきさに対して、ついついからかってしまう(本人、可愛がっているつもり)
どうしてこんなにも目が離せないのか。不思議な感覚だと、きさは感じていた。
それと同時に、そんな思いを抱いている自分自身にも驚きを隠せないでいた。
『指先』
今、秘かに女性の間で話題となっているモダンな建物の喫茶店に、二人の男女が向かい合うように座っていた。
傍から見れば恋人同士のような二人ではあるが、二人の間で交わされる話の内容は、恋人同士が交わすそれではなかった。
甘い言葉を囁き合うわけでもなく、本日の仕事に関して話す二人の間には、どこか殺伐とした雰囲気が漂っていた。
そんな雰囲気だろうと気にすることなく話し込む二人。
少女の方は表の世界でも、裏の世界でも有名なかの神室家の跡取り娘。神室きさという。
――裏の世界。
この世には、普通の人には見えざる化け物を退治する者達が存在している。
その者達が永きに渡り存在していたことは、表の世界には知られていない。
彼らは、表の世界の人間にその存在を知られることなく、刈り取るために存在している。
それが裏の世界の真実。
その裏の世界で有名なのが神室一族である。
この一族から生まれる者の大半が実力者。
そのことに誇りを持ち、表と裏の世界で生きる彼らを、行く行くは統べることになるのが、彼女――きさであった。
彼女の向かい側に座る男もまた神室家のものであった。
ただし、彼は分家の者であり、きさたちが使う浄化の炎を操ることが出来なかった例外である。
その事実が幼少の彼の心を傷つけた。周囲の人間は、炎の力を宿さなかった幼子に冷たかったのだ。
呆れる者、馬鹿にする者、その存在を気にも留めなかった者。
彼の心を慰め、癒してくれる存在はいなかった。彼の両親も含めて。
そんな彼は、高校卒業と共に家を飛び出し、その名を白凪海人と変え、水の力を得ていた。
炎とは真逆のその力を。
彼と少女が出会ったのは、半年前のこと。
すっかり性根がひねくり曲がった男が、24のときに仕事の関係で再び神室家の敷居を跨いだことが出会いである。
その日以降男は、神室家に戻ることはなかったが、裏の世界の仕事に関し、きさとパートナーになる。
パートナーになった理由は長いので割愛させて貰うことにして……と言いたいところだが、少しだけ説明すると……。
きさは、浄化の炎を操る自分よりも、力のある海人に尊敬と嫉妬の感情を抱いた。
そこまでは良かったのだが、彼の不誠実な態度が気に食わず、つい突っかかってしまうのである。
女に対してだらしのないように見えるその言動と行動もそうだが、なによりもきさをおちょくる男についカッとなってしまうのだ。
そんな二人の関係にきさの父親が、次代の当主となるには感情に振り回されすぎている娘に喝を入れたのである。
こんなことで冷静さを欠くようでは、一族の者たちの上に立つ資格はない。
当主としての自覚を持たせるため、海人のパートナーとし、彼自身には、仕事を依頼することにした。
彼の傍にいれば、精神的にもだが、きさよりも遥かにその能力が高い海人を利用すれば、己の力に過信することなく精進するだろうと踏んだのである。
しかし、海人にしてみれば、面倒の一言に尽きた。
まぁ、きさをからかうのは楽しい。が、それだけだと、うまみがない。
何か美味しいことがなければ、仕事を一緒にしたいとは思えなかった。
だが、きさの力は美しかった。いつも出せるような炎ではなく、時折出てくる彼女本来の力。
その美しさは、いつまでも見ていたいものだった。
そう思っていた矢先、きさの父親から彼女のスキルアップを同時に依頼された。
もし運が良ければ、あの美しい炎が見られるかもしれない。
そう考えた海人は、きさが危機に瀕しない限り、全てきさ任せにしていた。
それに、きさの父親から依頼される仕事の報酬が多い。
何もしないで、運が良ければきさの力を見ることが出来、尚且つ報酬が多いとなれば、なんとも美味しい話だった。
そんな彼の思惑に気付かないきさだけが憤慨する。
どうして自分ばかり刈り取っているのに後ろで何もしないで立っているだけの男が、一族からの報酬をたんまりと受け取っているのか、と。
内心、地団太を踏んでいた。いや、踏み続けていた。
* * *
「で、今日の仕事は?」
きさは、相手にそう聞くと目の前に置かれている紅茶のシフォンケーキに手を付けた。
シフォンケーキを食べやすい大きさにフォークで切ると、添えられていた生クリームをたっぷりとつけ、その小さな口に運び、もぐもぐと咀嚼する。
(ん、美味しい)
その瞬間、きさの顔が蕩けるような笑みを浮かべた。
きさの容姿は、どこからどう見ても美少女そのものであり、無防備な笑顔は一瞬にして周囲の人間を虜にしてしまう程の威力だった。
実際、何人かの男性や、何故か同性の女性ですら少女の笑顔に見惚れていた。
だが、目の前の男性は少女の無防備な笑顔に何も感じていないかのように少女に促されるまま、その口を開いた。
「ん?ああ、当主に話を聞いてきたがなんてことはない。お前一人で大丈夫だろ」
店員が運んで来たコーヒーに口をつける。
カップから匂い立つ芳醇な味わいのするコーヒーに満足した海人が、少しだけ口角を上げた。
その間、きさは男の言い分に納得がいかず、きっ、と睨みつけた。
やっぱり、こいつだけ美味しい思いをするなんておかしいわよ!と、いつものように文句の一つや二つ言ってやろうと思ったが、コーヒーカップの取っ手を掴む海人の指に視線が行く。
男の人にしては、やや細く長いそれ。
それでも、女性の手とは違って骨ばっているそれは、確実にきさよりも大きい。
目が離せなかった。それどころか、相手が海人であるというのに思わず見惚れてしまった。
その整った指に。その、手に。
(ん?いつもならここで文句の一つや二つ言われるはずなんだが……)
未だ何も言葉を発しないきさに訝しむ。
先程まで、美味しそうにそのさくらんぼのような色をした唇に運んでいたケーキに目もくれず、じぃっとある一点を見つめている。それが、自分の指であることに気付くには、時間が足りなかった。
「なんだ、きさ?俺に見惚れてんのか?」
コーヒーカップをソーサーに戻すと、カチャリと鳴った音が酷く耳に響いたようにきさには感じられた。
意地悪そうな笑みを浮かべ、からかうような口調がきさの耳朶を打つ。が。反応に遅れてしまった。
それまで、海人の手に魅入ってしまっていたから。
ようやく海人の言葉を理解したきさの顔が、恥ずかしさからその顔や耳までも真っ赤に染め上げていく。
「ばっ、そ、そんなわけないじゃない!!」
さも見惚れていましたと言わんばかりに噛みつくきさに、ニヤニヤと唇を歪め、目の前にいる彼女のそんな態度に可愛いなと心の中で思った。
しかし、そんな態度をきさに見せることはなかったが。
「そーか、そーか。見惚れていたのか、きさちゃんは」
わざときさを煽るようにそう言えば、
「くっ……///」
実際に海人の指に見惚れてしまっていたきさには、返す言葉もなかった。
行き場を無くした怒りをケーキへと矛先を向けたきさは、もぐもぐと口いっぱいに頬張っていく。
そんなきさの姿に再びコーヒーカップに口をつけようとした海人の口は緩やかな弧を描き、その瞳は愛しい者を見るようなものだった。
先程まで流れていた殺伐とした雰囲気はなく、恋人同士特有の甘やかな空気が二人を包み込んでいた。
『指先』 了
個人的に、ひねくれ者とツンデレお嬢様の組み合わせが好きなんですよね。