摘み取られるその瞬間に
キーワード。
暴力・ヤンデレ・分岐点
園前雫。
駿に目を付けられた不幸な少女。
男子学生・生徒・青年・後代馬駿。
雫に目を付けた男子学生。
暴力は、当たり前。
いつもと変わらない日常。
退屈だけど、満ち足りた日々。
その均衡は、脆く崩れやすいものだと知らなかったあの頃。
少女はその日、大きな分岐点に立たされていた。
その選択によって、今後の人生が大きく変わることを、
少女は、まだ知らない―――。
『摘み取られるその瞬間に』
雲一つない快晴。
「ふわ~いい天気だねぇ」
どこまでも澄んだ青空に目を細めた少女――園前雫は口元を緩ませ、今日はなんだかいい日になりそうだと、心の中で呟いた。
雫は、通い慣れた通学路を歩いていた。
綺麗な校舎に目を輝かせ、心躍る想いで立花学園に外部入学した頃も過ぎ、今年で高校生最後の年を迎えようとしていた。
そう思えばなんだか感慨深く、新入生のときとはまた違った新鮮さを感じる。
とはいえ、この立花学園は小・中・高・大学と存在しているため、雫が望めば来年から大学生としてこの学園に通うことも可能だ。
しかし、雫がこの学園に入学したいと思ったのは、高校卒業後に就職したいと思ったからだ。
そのため、選択科目の中に専門教科を学ぶことが出来る、この学園に外部受験したのである。
だが、学んでいく内に、今よりももっと多くのことを学びたいと思うようになった。
このまま進学するも良し。若しくは、外部の学校に受験するという手も残されている。
しかし、進路希望を変更する場合、1学期の前半に教師にその旨を伝えなくてはならない。
このまま何もしなれければ、就職活動を行い、企業から内定を貰えれば、春には社会人になるのだろう。
そうなれば、この桜も今年で見納めかもしれないという気持ちがあった雫は、今年もいい一年を送れるといいなと、校門へと続く桜の並木道を歩きながら、そう思った。
* * *
雫が通う高等学校へと続く道は、小学生、中学生、大学生、大学院生の全ての者が利用するため、学校の敷地内に入った途端に横幅の広い道となっている。
その道には、100本の桜が左右に植えられ、桜が咲くこの季節は、圧巻の一言だった。
ひらひらと頭上を舞い踊る淡い桃色の花弁。
石畳の道に落ちたそれは、さながら桜の絨毯のようだった。
今年を含めれば既に3回見ていることになるが、それでも毎年感動してしまう。それ程までに幻想的だった。
雫は、頬を緩ませながら桜並木の下を歩く。
今日は、早くに目が覚めてしまったこともあり、いつも以上に早い時間帯に歩いていた。
いつもの時間帯であれば、多くの人がこの道を通るため賑やかなのだが、今日はいつもと違って人もまばら。
この辺一帯、静かな空間を作り上げていた。
陽気な雰囲気も好きだが、たまにはこういった静寂な雰囲気に浸るのもいいかもしれないと、心を癒された雫は、
「なんだか、得した気分かも」
目を楽しませてくれる景色に思わず独り言を漏らした。
程なくして高等学校へと続く道の分岐点が現れる。
左に行けば高等学校へと続く。まっすぐ行けば大学がある。
実は、この分岐点前に小学校と中学校へと続く道があったが、まぁ、それはいいだろう。
いつものように左に逸れた雫は、舞い落ちる桜に見惚れていた。
まっすぐ前を向くことなく、横や、頭上へと顔を向けながら歩いていた雫は、どんと音を立てて誰かにぶつかった衝撃にたたらを踏む。
雫は、歩いている人が少ないことをいいことに、桜の花びらに目を奪われ、注意力散漫になっていた。
人がいることを認識していたにも関わらずに、だ。その結果、人にぶつかってしまった。
雫に非があるのは明らかであり、慌てて謝ろうとしたとき、
ぐっと、息が詰まった。
雫がぶつかった男子学生が雫の胸倉を掴み上げ、手繰り寄せた。
その勢いで間近に迫る男子学生の顔。
一見整っているようにも見えたがその実、粗削りな造りをしていた。
だが、醜いわけでもない。眉間に皺を寄せれば凄味が増し、それすらも様になっている。
その、どこか危険な匂いを纏った生徒は怖いものを感じさせるが、それとは別に女を惹きつけるものを確かに持っていた。
そういう意味では、雫を手繰り寄せた生徒は、女が近寄ってくるいい男なのかもしれない。
けれど、胸倉を掴まれている雫にしてみれば、この青年の顔立ちも含めその存在は、恐怖以外の何物でもなかった。
カチカチと音を立て怯える雫は、恐怖で何も言えなくなっていた。謝罪の言葉も。
そんな雫を静かに見つめる青年。その瞳に苛立ちは見えなかった。
それが、酷く印象的だと思った瞬間、――身体の痛みを覚える。
「……っ!?」
青年は、掴んだ雫の身体を地面に勢いよく叩きつけていた。
身を守ることすら出来なかった雫の身体は痛みに、心は一瞬にして恐怖に呑み込まれ、立ち上がる気力すら削いでいく。
―――怖い、こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい……っ!
軽くぶつかった代償として与えられた痛み。
青年への恐怖が雫の心を一瞬にして蝕み、侵していく。
いやだ、いやだ。逃げたい、にげたい、にげたい……。……こわいよ。
誰か……っ、誰でもいい!誰でもいいから助けて!
堰を切ったように溢れる心の叫び声も、この青年以外の耳に届くことはなかった。
ただでさえ雫は、いつもより早くに登校している。人もまばらだった。
雫たちの後ろを歩く生徒もいたが、二人のやり取りを遠巻きに見るだけ。
関わりたくないとばかりに、ばたばたと音を立てて校舎の中へと駆け込んでいく。
その音に絶望しながらも、彼らの気持ちを理解していた。
もしも、自分じゃなかったら。倒れているのが知らない誰かだったら……他の生徒のように逃げただろう。
そう思えば、雫は救いの手を差し伸べてくれない生徒たちを詰ることが出来なかった。
じわり、と滲む涙が頬を伝い、石畳の道を微かに濡らす。
じくじくと痛む頬。鈍痛の恐怖で動くことすら出来ない雫の傍を離れようとはしない青年。
もういいでしょ!?気は済んだんじゃないの?こんな、こんな……。
早くどこかに行って欲しいと望む心とは裏腹に、雫の顔の前にしゃがみ込んだ青年は、雫の髪を掴み上げ、涙に濡れた顔を見ると、ふ、と小さく笑みを零した。
「……俺に、言うことがあるだろ?」
優しく、まるで恋人に囁きかけるような甘い声。
けれど、そのギャップが余計に雫の恐怖心を煽らす結果となり、引き攣った悲鳴が喉を震わせる。
「……っ、余所見をしていたせいで、ぶつかってしまって「ちげーだろ」
遮られた言葉。
「御託はどうでもいいんだよ」と、低い声で吐きながら掴み上げていた手を離し、抵抗することなく再び地面に叩きつけられた顔。
あまりの衝撃に一瞬気を失うかと思った。
寧ろ、そうあって欲しかったと思ったが、意識が暗転することはなかった。
骨が軋むような痛みがあるような気がする。小石に皮膚が突き破られ、微かに血が流れているかもしれない。
そんな自分の状況に、ぼろぼろと大粒の涙を流し、みっともなくひいひいと喘ぎ声を漏らす雫の首に緩慢な動作で青年の骨ばった大きな手が伸びてくる。
そっと、微かに力が籠められた瞬間、――殺される!と思った。
度重なる痛みと恐怖で雫の顔は青ざめ、パニックに陥る。
「いやあああああああああ!!!……やめ……っ!!!!」
暴れもがく雫の姿に青年は愉しげに瞳を細め、口元を歪ませて嗤った。
緩やかに雫の首を締め上げながら。
「……あ……っ、」
ひゅーひゅーと細くなっていく息と共に漏れ出る微かな声。
抵抗することも許されず、ぐったりとしていく身体。
雫の視界は涙で滲み、青年の姿すらぼやけて認識することも出来なかった。
恐怖と言う名の鎖に雁字搦めとなった雫は、弱り果てていた。
その姿を見下ろしていた青年は、不意に力を緩め、涙でぐちゃぐちゃになった雫の顔を覗き込む。
「もう一度チャンスをやる。お前は俺に何と言うべきだ?」
犬歯を剥き出し、満足気な笑みを浮かべながら青年は問う。
その姿を虚ろな瞳で見た雫は、荒く息をする中、
「……っ、申し訳……ござい、ません……」
その言葉に笑みを深くした青年は、その肉厚な舌で雫の頬を舐め上げ、涙を拭う。
そうして、耳元で「よく出来ました」と、甘く囁いた。
その瞬間、雫の意識は閉ざされ、青年の逞しい腕の中に落ちた。
こうして雫の最後の高校生活が幕を開ける。
一人の男に目を付けられた雫は、恐怖でその身も心も絡み取られ、青年の存在をその身に刻み込まれる。
そんな一年を……いや、その一生を青年――後代馬駿の手で与えられることになる。
例え、泣いて喚いても。逃げようとしても。
駿の執着から逃れることも叶わず、全て摘み取られる。その希望ごと――。
『摘み取られるその瞬間に』 了
なんか、暴力をふるうヤンデレを書いてみたかった(爆)
一応今度の展開としては、「てめーに拒否権はねーんだよ」ってことで、無理矢理恋人にする。
ああ、そうそう。
雫が駿の存在を知らなかったのは、外部から受験した雫と、持ち上がり組の駿は校舎が別れているため。
東校舎に雫たち外部受験生、西校舎に駿たち持ち上がり組となっている。
駿は、煩いのが嫌いなため、朝早くに登校するくせによく屋上でさぼっている(さぼっても、成績は上位というね)
もしくは、一限目以降に登校してくる。
だから、二人が出会うこともなかった。
けれど、ぶつかったことで大きく変わる、と。
基本駿は、いいとこのボンボン(学園の理事長の孫/お決まりですよね分かります)
人としては、最低野郎。暴力は基本買い取る専門。売ったりはしない。面倒だから。
気に入らないことがあれば、頭使って相手を追い詰めるか、分かりやすく暴力をふるうかのどちららか。
今回の二人のやり取りは、一部の生徒が知ることになるが、雫の知らないことだが、駿自体有名な人なので誰もが口を閉ざす。
もしくは、知らない外部生も関わりたくないため口を閉ざしていた(罪悪感はあるものの)
さて、ぶつかっただけで痛めつけられた雫。
理由は、さっさと謝罪の言葉を言えばよかったのに、余所見していた云々、駿にとって言い訳がましかったのが気に食わなかった。ただ、それだけのこと。
そんなことはどうでもよくて謝れよ、と。
泣きじゃくる雫を見て嗜虐心が煽られ、もっともっと泣かせてやりたくなる。
次第に欲しいという欲求に駆られ(おもちゃとして)屈服させたところで堕ちた、と確信する。
それから、自分の恋人という立場とクラス編入をやってのけ、恐怖を与えつつ、たまに本物の恋人のように優しく接する(最初は意図的に。徐々に本心へと変わっていくといいよね!爆)
雫も雫で、数か月は夢なら覚めて欲しいと願うけど、早々に諦める。
逃げることが叶わないのなら、もう開き直って普通に相手したほうがいいかもと、前向きな考えを抱くようになり、駿と話すようになる。実は、そこから駿が雫に優しくなって(まぁ、独占欲。溺愛状態)
いつか本当の恋人になっていたら、それはそれで可愛いかなって思う。