愛という名のエゴ
キーワード。
歪んだ愛・アンハッピーエンド・死・異世界
カナン。
ヤックが好きな女の人。
ヤック・ブルソン。
カナンに好かれている男の人。
魔族の男。
???
【愚かなる人間よ。貴様は、我に何を望む?】
「私の願いは昔から変わらない。彼の幸せだけを願うわ!」
『愛という名のエゴ』
私は、物心が付く前からヤック・ブルソンという男の子が好きだったわ。
彼と私は所謂幼馴染で、小さな頃から寝食を共にしてきたの。
だから、私がヤックに恋心を抱くのは、必然だったんじゃないかなって本気でそう思っているわ。
だって私、ヤックへの恋心を自覚したその日からお互いが大人になった今でも彼だけを愛しているんだもの。
これって運命よね?この恋は本物でしょ?恋に恋しているわけじゃない、正真正銘の恋。
ああ、なんて素敵な響きなのかしら。
私のこの愛は本物。本気の恋をしているって、なんて素敵なことなのかしら!
この想いを友達に聞いてもらいたくて熱く語ったわ。
どれだけ私がヤックのことを愛しているのかをね。
そこには、彼を取られないための牽制も含まれているわ。
ふふ、私だってやるときはやるのよ?
牽制兼私のこの想いを友達に話したの。
そしたら皆して呆れたような顔するのよ?酷いと思わない?
皆一様になんであんな男を……って。
しかも、心配しなくても誰もヤックには惚れないから安心しなさいって言うの。
もう、失礼にも程があるわ!
あ、でも。皆が言うようにヤックは、人目を引くような素晴らしい容姿をしているわけじゃないわ。
それなら、領主の息子さんの方がよっぽど見目麗しいもの。
しかも彼は容姿だけじゃなくて、学や武芸にも秀でているから傍から見ると完璧な人ね。
私はよく分からないけど、人当たりもいいから男女問わず好かれているらしいわ。
特に女性からの好意は凄いわ。彼に憧れる人は多いもの。
よく彼の姿を見ては甘い吐息をこぼす女性を見かけるわ。私の友達を含めてね。
けど、私にとってあんな男どうでもいいわ。興味ないもの。
だって私の一番はいつだってヤックだけ。
ヤックが傍にいてくれるだけで私の心は満たされるの。
こう、心がぽかぽかと温かくなるような不思議な感覚。
自然と寄り添いたくなるのよね。
こういうのってリラックス効果っていうのかしら?この安心感はヤック以外から得られないの。
それにね、ヤックは誰に対しても優しいんだけど、兄妹のように育った私には、それはもうこれでもかっていうくらい甘やかしてくれるわ。
妹扱いっていうのは、ちょっぴり悲しいけど、あの優しさが好きだったりするのよね。
なんていうか、ある意味特別扱いされているような気がして優越感に浸れるもの。
ああ、けどこれだけは言わせてね。
何も優しいからヤックのことを好きになったわけじゃないのよ?
今までにヤック以外からも優しくされたことがあるけど、私ってばその人に靡かなかったもの。
心が一つもときめなかったわ。でも、ヤックは別よ?
ヤックの傍にいるときは、とくん とくんって心臓の音が早鐘を打つの。
そうなるたびに私は、本当にこの人だけを愛しているんだって実感したわ。
同時に私は、ヤック以外絶対に好きにならないんだって、そう確信したの。
……でもね、本当は違っていたの。
私が彼に向けているこの感情は、普通のそれと少し違っていることに私は気付いてしまったの。
あれは、一週間前のことだったわ。
ヤックに好きな子がいると友達から聞いてしまったの。
それを聞いた私が感じたのは、嫉妬でも怒りでもなかったわ。
寧ろそれとは正反対の感情。
それは、嬉しさだった。
その感情に私自身が驚いたわ。
私は、彼のことが心の底から好きなんだって思っていたけど本当は……。
本当のところ私は、彼の幸せだけを心の底から願っていただけなんだと、そう自分の本音に気付いてしまったの。
だからきっと私は、今の今まで彼に告白しなかったのね。
私の幸せは、彼が幸せになることだったから。
私自身のことは二の次で、彼が私にとっての全てだということ。
それって、どこか狂気染みたものだって今の私にはちゃんと分かっているわ。自覚しているもの。
そう、私は彼が幸せになれるなら、なんだって出来ると思う程に愛してる。
それは、危険性を孕んだ穿った愛し方だって思われても構わないわ。
だって私には、そういうふうにしか彼を愛せないんだもの。
だから―――――。
「私の願いは昔から変わらない。彼の幸せだけを願うわ!」
……ねぇ、ヤック。
貴方は優しい人だから、きっと私のこの行動に本気で怒ってくれるかもしれないわね。
けど、私……後悔はしていないわ。悪魔にこの命を差し出すことを。
それで貴方が幸せになれるのなら、私は幸せだわ。
だからね、笑って?
貴方にはいつまでも笑っていて欲しいから。
だから、笑って欲しいの。私のいない世界で。貴方の好きな子と一緒に、いつまでも笑っていてもらいたい。
それが、私の幸せなの。
――――こうして一人の女性は、一人の男性の幸せだけを願いその命を散らした。
* * *
【愚かなる人間の娘よ。
貴様が死んだことで、貴様が愛した男の幸せは絶たれた。
皮肉なものよ。
男が愛していたのは、貴様自身だったのだからなぁ、カナン?
……くくっ、ほんに人間とは愚かな生き物よ。
簡単にその命を差し出し我に縋るとは。
……いや、それ程までに愛していたということか。
だが、貴様はその愛し方を間違えた。
なにも我にその命を捧げる必要はなかったのだからなぁ。
貴様があの男に誰が好きなのか聞いておれば良かったものを。
まぁ、今更だな。
そんなことよりも。なぁ、カナン。
魔族に命を差し出した者は全て例外なく輪廻の輪から外される。
魔族に対価を支払った代償にな。
だから、貴様は来世どころか世界の終焉を迎えるその刻まであの男と巡り合うことはない。
その逆もまた然り。
……くくっ、我を憎むか?
だが我は忠告しただろう?我にしては珍しくな。
さて、我はそろそろ行くとするよ。
一応貴様から対価を貰ったのだ。
貴様が望んだ未来と少々手順が変わるかもしれんがな。
あの街の者たち全てから貴様の存在を消してきてやろう。
そうしなければ、貴様が愛した男が幸せになることはないだろうからな。
……だから、まぁ。暫しの間待っておれ。なぁに、すぐ戻るよ。
あの男の悲しみの元凶を取り除き、貴様が望んだ幸せとやらに導いてくるさ。ちゃんとな】
一人長々と喋り続けた男は、すぐ傍で穏やかな顔で眠るカナンの頬に触れるとその場から消え失せた。
カナンと交わした約束を果たすために――――。
『愛という名のエゴ』 了
女の人が男の人のことをこれでもかっていうくらいスキー!というものを書きたかったんだけども……。
なんでこうなった?爆
もうちょっと可愛らしいお話になる筈だったんだけどな(遠い目)