ある人から見た、神子という存在は
キーワード。
異世界トリップ・人柱・歪んだ世界
俺。
“神子”の存在に疑問を抱く異質な存在。
神子。
異世界から無理矢理召喚され、“神子”に仕立て上げられた女性。
神子が現れた。
俺たちが住むこの世界に。この国に。
“神子が顕現した”そのことに人々は、歓喜した。
その事実に誰もが酔いしれ、神子である少女を祭り上げようとした。
けれど少女は、そんな周囲を受け入れることが出来ず、ただただ帰して欲しいと願い、――そして、泣いた。
お父さん、お母さんと、何度も。何度も声が嗄れるまで呼び続けた。
しかし、周囲はそんな少女の姿を許さなかった。
“神子”という存在は、気高く、聡明で、人とは隔絶された至高の存在である。
だというのに、神子は願う。元の世界に帰りたいと。親に会いたいと。
それは、周囲にとって喜ばしくない状況だった。だから、少女を“神子”として仕立て上げた。
少女がそれを望んでなどいなかったにもかかわらず。
しかし、少女は気付く。
“神子”であれば、この世界で生かされる。
逆に“神子”でなければ、必要とされない存在と成り果て、簡単に捨てられると。
それから神子は、泣かなくなった。常に偽りの笑みを貼り付け、慈愛の微笑みを民に向ける神子。
周囲が作り上げた“神子”が、人々の前に現れる現実。
人々はその姿に安堵し、そして同時に、さすが神子様と称えた。
しかし、と思う。
果たして人々は、神子である少女が自分たちと同じ、ただの人であることに気付いているのだろうか?
迷い子のように親を、故郷を求め、心の中で泣いていることを知っているのだろうか?
そして、自分たちが年端のいかない子供に重い足枷を填め、自由を、自我を奪っていることに、どれだけの人間が気付いているのだろうか?
それとも、こんな疑問を抱いている俺が、異質なのだろうか?
だが、それでもいい。他の人間と違っていても構わない。
俺には、どうしても彼女が神子とは思えない。ただの人が、神の子には決してなりえないのだ。
―――だから“神子”とは、すなわち人柱。
彼女は、見知らぬ世界で、見知らぬ人々の為に、その心を殺してゆく。
その生命が尽き果てるその時まで。
だから、俺はこの世界を。この国を敵に回してでも彼女を、この理不尽な世界から解放してやりたいと、そう思った。
だが、そう思うだけで、何も出来ずにいた。
それは、彼女を見捨てることと同じで、泣くように笑う彼女の姿を見つめるだけだった。
やがて、俺はどうしたいのか?何がしたいのか?そう考えるようになった。
泣いている彼女の為に俺は、何を、どうしてやりたいのか。
……いや、そんなの分かりきったことだった。
俺は、彼女が自由に生き、心の底から笑えるようにしてやりたい。
だが、彼女は俺の存在を知らない。そんな俺が、勝手に彼女を想い、勝手に事を起こそうとしている。
だから、今から俺がすることは、彼女にとって迷惑なことかもしれない。望まないことかもしれない。
それでも俺は、彼女に自由を返したい。俺たちが奪った自由を。
……いや、違うな。彼女の為だなんて綺麗事を言っているが、本当は、ただ……。
ただ俺は、彼女の……自由の下で笑う貴女が見たいんだ。
『ある人から見た、神子という存在は』 了
その後。
男は、神子を国から奪った。それを、神子が望んだから。
元の世界に戻れないのなら、一人の人間として人間らしく生きたいと、そう願ったから。
男の手を取った神子は、その国から逃げ出した。人々を捨てて。
彼女は、彼女であるために全ての柵を切り捨てたのだ。
国外逃亡を果たした彼らは、この世界で強大な力を誇る国へと入国し、市民権を得た。
そうすることで、神子として仕立て上げた国への干渉から逃れたのである。
何せその国は、“神子”という曖昧な存在を嫌っていた。
しかし、国内には複数の宗教が存在する。
ただし、政に口出し出来ぬよう権限の一切を与えられてはいない。
その国において王族が全て。王を崇拝する国家。
それ故に、“神子”を祭り上げる国からの干渉を受けつけなかったのである。
そうして、彼女はただの人として自由を得た。
嬉しそうに。幸せそうに。年相応に笑う彼女の姿に、男は自分の願いが叶ったことに、ただ静かに喜ぶのだった。
勇者、神子、聖女、巫女。それら全ての存在は、一重に“人柱”と称してもいいのでは?と思ったのです。
結局のところ、一人の関係のない人間を世界に捧げることで、成り立つ平和。
贄として、犠牲を払うことによって得られる平穏。
召喚した側は、召喚した者に助けを求め、縋り、祭り上げる。けど、その実自分たちが優位に立とうとする。
そんな気がしてならないんですよね。