自衛隊2
放置してごめんなさい。
自衛隊が参加した「それ」の掃討作戦は基本的に防衛省のデータベースから閲覧することができる。また、その参加した各連隊の駐屯地にその作戦の資料が保存されている場合もある。
純粋な興味。人を助ける「それ」というのは確認されていない。自衛隊や警察が注目するのは過激であり、行動を起こしそうと予測される組織が殆どだ。彼女の場合、所属も分かっていない。「それ」、特に異形は基本的に何らかの組織に属している。組織のバックアップを受け、戦力を強化する事、基本的に日陰者同士で安心できる環境を作ること。それが目的である。「それ」の情報提供にある程度の懸賞金がかかるようになった今、「それ」に安心できる場所は少なくなった。
しかし自衛隊はこのような事態に対応する必要がある。彼女をリーダーとした組織があった場合。そしてその行動が起こされた場合に備え、情報を未然に収集する必要がある。その結果が駐屯地のとある部屋の中で、警察、自衛隊合同、ではなくただの寄せ集めの捜査の始まり始まりというわけだ。
「監視カメラからの画像はあの一件だけでなく、複数確認されたんです。」
鑑識係、まず俺にこの事態を知らせた男が複数の画像を差し出してくる。そこには先日確認された女性のような異形の画像と、時々移りこむ人の姿があった。基本的に防犯カメラからの撮影だが、画像は鮮明なものもあれば不鮮明なものもある。
俺はそれを一枚一枚確認すると、後ろに控えていた山村に差し出す。
「鑑識さん、この異形、立体画像……と言えばいいんですか。そんな風に出来ませんか?」
山村はそう鑑識に要望する。
「ちょっと時間が掛かりますよ?あと、仮面付けてますね。これじゃあ顔が分からないな」
仮面をつけている。つまり詳しい人相が分からないと言う事。基本的には異形は人間にも変化できる。平時の人物を追跡する時にはそういう情報ももちろん重要だ。山村が部屋のテーブルに置いた画像を再び覗き込む。少しある事を思いついた。
「鑑識?これさ、目撃者のほうも立体画像に出来ないか?」
目撃は富士市に集中している。富士市の中から一人一人虱潰しにでもしていけばやがて目撃者、最後には異形に辿り付くだろう。まあ、そこまでには当然多くの時間と人数が必要だが。
その答えに鑑識は驚く。返ってきた言葉は「鑑識ではありません。寺内です」そんな言葉だった。
数日後、鑑識改め寺内が数枚の写真を手に戻ってきた。身長は160cm程度。女性。10代か20代。それを連隊の司令部に報告し、市内にて捜査の許可を求める。「それ」が「アカ」の数倍も大嫌いな連隊長はそれを承諾し、警察に許可を取り付ける。 許可はすぐに出た。しかしこの発案者である俺と山村の出向が条件だった。
暑い。関西の方はもっと蒸し暑いだろうが、ここも十分に暑い。夏はもう暦では終わっているのだ。地球温暖化というものが段々進んでいっているのだろうか。
数年前の夏も、7月と言うのに猛暑日になっていたが、今年の夏もこれに負けず劣らず暑かった。ポケットから取り出したハンカチで汗を拭う。鞄も持ち歩いている。中に入れておいたペットボトルの中身はもう空だ。
「それで、自衛官が聞き込みですか。何で警察がやらないのでしょうね」
訳は色々とある。基本的に「それ」に対する対処は、自衛隊が行う。「それ」に対して諜報、情報収集を行い、状況を優位に進めると言う理由があるそうだが、要は警察を蚊帳の外にしたいのだ。
基本的に「6.23」から警察庁、警視庁と防衛省との関係はまるで陸軍と海軍のような関係である。片方は司法を守るため、もう一方は防衛のためと日々いがみ合う事に余念が無い。全く持って素晴らしい事だと思う。
流石の警察と言えど、日本の軍事組織である自衛隊に勝手に動き回られてはたまらない。要は自分の面子が潰れるのだ。一方の防衛省も、あまりにも我が侭を言えば危険な事態になりかねない。警察との対立が深くなれば、当然「それ」への対処にも悪影響が生じる。
そこで、市民に直接接触して行う調査に関しては警察の許可が必要となっている。現実的に自衛隊が行うのはその例に当たらない張り込み調査が主になっているから、これが利用される例が少ないのだが。
「自衛官の方が」「警察じゃないのか」
聞き込みで始めに言われた言葉はこのくらいだった。疑惑の目や、不信の目で見られるのは余りよい気分ではない。といっても、事件を続けさせ収束できていない行政への不信があっても当然であるし、どうしようもない事である。謝っては見たが、それで解決してくれるのなら苦労はしない。
しかし根気よくやっていれば結果はある程度出て来ると言うのは本当の事で、調査開始から2日目、昨日の事だが彼女を知っているという人が現れた。今日は珍しく山村がいなかった。用事があるとの事だった。
彼女の家はごく普通の家。何処にでもありふれた普通の家。ここに彼女は一人暮らしている。そして、最も重要なのは彼女が「それ」なのかもしれないということだった。彼女が在宅するであろう日曜を狙う。学校なので平日の昼は授業を受けているだろうし、夕方や土曜には恐らく部活動があるだろう。夜間は何があるか分からない。もしかしたら「それ」の襲撃を受ける恐れがあるからだ。だからこそ今日と言う選択だ。
「浦式」そう表札が書かれた彼女の家のチャイムを押す。ブザーと共に返答が帰ってくる。
「どちら様ですか?セールスはお断りしていますが」
涼しい女性の声。読みは当たった。
「自衛隊の安西と申します。『それ』の出現の件について聞き込みに参りました」
事務的な返答を返す。
「そうですか。私に答えられる範囲ならばお答えします。少々お待ちください」
数秒が長く感じられた。扉が開き、彼女が出てくる。ビンゴだ。写真とほぼ同一人物。彼女は「どうぞ」と告げて家へ案内する。通された先はリビングだった。
「お茶、要りますか?」
彼女の俺への扱いは客人なのだろうか。それとも敵なのだろうか。彼女はコップを二つ取り出して、冷蔵庫の中の氷を数個ずつ入れてテーブルに置く。おそらくそこから察するに、細工はされていないのだろう。自分にも同じ物を出すのだろう。少なくとも信用はできる。
「そうですね。遠慮なく頂きます。まだ暑いですしね」
今日も暑かった日本は異常気象なのだろう。亜熱帯気候なのではないかとさえ思う。その分、ある程度エアコンの効いた家の中は居心地がいい。
それに頷き、彼女はペットボトルの麦茶をコップに注ぐ。差し出された麦茶はやはり冷えていて渇ききった自分の喉を潤してくれる。
一服した後で、本題に入る。
「単刀直入にお伺いしても宜しいですか」
「私に答えられる範囲ならば幾らでも」
それを聞くと、即座に自分は鞄から写真を取り出す。それをテーブルの上に乗せ、彼女に見せる。
「『それ』についてお伺いします。これは貴方ですか」
一瞬、彼女がたじろいた気がした。
夏休みなんて嫌です。