カミサマ代理人
誰かが、よんでる。
少年は誰かに呼ばれた気がして、ふらふらと友だちの輪から抜けていきました。
他の子どもたちは、遊びに夢中で少年がいなくなったことに気が付きません。
少年が向かった先は、それはそれは深い森。その奥のほうにいる、誰かが呼んでいるのです。
村からどんどん離れていきます。次第に大きくなる不安と戦いながら、それでも少年は必至に呼び声の方向に向かっていきます。
やがて少年は、その場所にたどり着きました。
あたり一面に生えるこけ。緑色のじゅうたんのようです。そこには2メートルほどの白く美しい蛇がいました。緑に白はよく映えて、少年の目は自然と蛇に向きました。
蛇は言いました。
私は誤って地上に落ちてしまった神だ。地上は私の力を吸いとってしまう。私の力が戻るまで、その美しい心に住まわせてもらえないか。
と。
心優しき少年は、澄んだ黒き瞳に白い大蛇をうつしてこう言いました。
あなたの力が戻るまで、わたしの心に住めばいい。わたしに出来ることならば、お手伝いしましょう。
と。
少年が気が付いた時にはあたりはすっかり暗くなっていました。いつの間にか、眠っていたようです。
神様と出会った場所は、みたこともない森の中でした。しかし少年は、今朝遊んでいたところのすぐそばに眠っていました。
ですから、あの出来事は夢だったのか、とちょっぴり残念な気分になりました。
気をとりなおして、少年は家に帰ろうと思いました。
村へと続く山道を歩いていると、声が聞こえてきます。
神様神様、どうかわたしに大きな実が育つよう、見守っていてくださいな。
神様神様、どうか大地が潤うように、一緒に願ってくださいな。
小さな小さなささやくような声でした。
少年はとても驚きました。そして、あの神様が僕の心のなかでゆっくりと休んでくれているんだと安心しました。
村に近付いていくと、少し大きめの声が聞こえてきました。
神様神様、神様のおやしろさまよ、そちらは人が住んでいます。行ってはなりません。
どうして人が住んでいるところに行ってはいけないの?
少年は思いました。
あの村には、お母さんもお父さんもいるのです。 親が恋しくない子どもなど、いるでしょうか。少年は、両親に会いたくて、家に帰りたくて、仕方がなくなりました。
ついに少年は走りだしました。
声が追ってこられないように。
一目散に走って、走って、とうとう村の外れにある自分の家に帰ってきたのです。
たちまち頭がずきずきと痛みはじめます。
きっとたくさん走ったからだと少年は思いました。
ただいま。
家の扉を開くと、おじいさんとおばあさんが目を丸くして少年を見つめていました。
少年も、自分の家に、知らないおじいさんとおばあさんが住んでいることにそれはそれは驚きました。
しかし、おじいさんとおばあさんは、ひそかに震える声で、少年の名前を呼びました。
おじいさんとおばあさんは少年の両親だったのです。
両親は少年が無事であったことを知り、涙を流しました。
当時のままの少年は、神様のおやしろとなっていると言います。
突然少年は耳を塞ぎました。
耳元で大声を出されているような気分です。
それは、人間の強い願いたちでした。
頭が割れてしまいそうです。
たすけて、たすけて。誰かたすけて。
少年の願いを聞く者はありません。
大粒の涙がぽろぽろと頬を濡らして行きます。
神隠しにあって、一度は諦めた子どもを、消えた当時のままの少年を、もう両親は手放したくはありません。
しかし愛しい子どもは苦しんでいます。
両親は、泣く泣く子どもの背を押しました。
お逃げなさい。
人の願いが聞こえぬ場所まで。
どうか無事に、与えられたお役目が果たせますようにと願いながら。
子どもは走り出しました。両親に見送られながら。
どれだけ遠くに来たのでしょうか。
少年は森の中にいました。
いつのまにか、頭が割れそうなほどに響いた声は、囁くように小さくなっていて、それくらいが少年に心地好く響きました。
少年はうずくまって、たったひとり、静かに静かにいろんな声を聞いています。
ずっと、ずっと。
少年よ
懐かしい、あの神様の声が響いてきました。
お前の心は今もなお、美しい。おかげで私は天上に帰ることができる。私はお前の望みを叶えよう。さあ、望みを言いなさい。
少年は答えます。
わたしは神様のおやしろとして、神様のかわりにたくさんの願いを聞いてきました。しかし、わたしの願いを聞く者はいなかった。
神様の願いは誰が聞くのでしょうか。
願わくは、すべての心ある者に、心のよりどころがあらんことを。