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天使の言い分  作者: ろく
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第二十話

 そう一基は切り出したものの、中々話し出さない。はやく言えって。じゃないと緊張感半端ないから。持たん。

 汗が足元に滴り落ちる。近くをうぞうぞしてた蟻がそれにびっくりして、あちこちに散らばりだす。

 おれはそれをぼうっと眺めていた。そのうちに蟻も落ち着いたのか、さっきと同じ速度で歩き始めた。

 でもおれの心臓はまだ早いまんま。

「洋平くん!」

 こっちに走ってくる足音がした。立ち上がって振り返ると、同時に理絵がぺこんと頭を下げた。

「ごめんなさい! ありがとう!」

 顔を上げた理絵の目は、見事に赤くなっていた。ほっぺたも赤くなってるけど、本人は元気そうだ。少し遅れてこっちにやってきた母親も同じく、目が赤く腫れていた。

 でも二人ともすっきりした顔をしていた。うん、良かった。……良かったな、理絵。

「お騒がせ致しました」

 ぺこりと頭を下げられる。

「いえ、とんでもない」

 おれは反射的に手を振りながら言っていた。

 まあ実際は、お騒がせさせられまくりだったわけですが。

「あ、お母さんはあっち行ってて」

 理絵はぐいぐいと母親を押す。おいおいって思ったけど、母親も理絵も、さっきみたいなぴりぴりした感じは無い。

 母親がこっちの声が聞こえないくらい遠ざかったのを確認して、理絵はもう一度頭を下げた。

「ありがとう、洋平くん」

 頭を上げる。

「ありがとう。お母さんと、ちゃんと話せて良かった」

「そっか。そりゃ良かった」

 理絵は笑顔だ。うん、笑ってくれてておれも良かった。

「わたし、会えたのが洋平くんで良かった。ありがとう」

 ……。

 思わず黙るよ。

 いやあ、なに、何か、……こちらこそっていうね。

 感謝されるとやっぱね、こう、染み入るっていうか。

 おれも、生まれてきても良かったんだなあっていうか。

「ねえ、何かお礼させて?」

「良いってそんなの。とりあえず出てってくれりゃおれはそれで安穏と暮せんの」

「あ、じゃあやっぱり童貞捨てちゃわない?」

「は?」

「わたし、洋平くんだったら良いよ」

 …………。

 思わず黙るよ。

 さっきとは違った意味合いで思わず黙っちまいますよ。

「愛のあるセックスなら良いんでしょ? わたし、洋平くん好きだもの。洋平くんはわたしに優しくしてくれたし、叱ってくれたわ。だから好きよ」

「……っ、うっせーよ中学生。アホな事言ってないで帰れって」

「じゃあ、わたしが高校生になったら相手にしてくれるの?」

「しません!」

「じゃあ大学生になったら? 二十歳になったら?」

「おま、ばかだろ。良いから帰れって」

「……洋平くんの臆病者」

 あ?

「洋平くん、怖がりでしょ。好きになられるの怖いって思ってるでしょ。好きになってほしいけど、でも同時に怖いんだよね。いつか相手が自分のこと好きじゃなくなるのが怖いんだよね」

 ……何この子怖い。何で当たってんの。

「それに童貞捨てたいって思ってるけど、やっぱりそれも怖いんだよね。セックスに対して潜在的に怖いのよね。欲自体は有るけど嫌悪感あったりもするのよね」

 ……怖いよー。何この子。

「言ったでしょ。わたし、天使なの」

 にこりと笑った理絵は、そりゃもうかわいかった。まさしく天使の笑みってやつだ。きれいな黒髪に出来た輪っかは、ああ確かこういうの天使の輪っかって、言うん、だっけ……。

「……いやいや」

 いやいや、まさかな。

 無い無い。

「大丈夫よ。洋平くんならすぐに人を愛せるわ。洋平くんを心から愛する人だってすぐ見つけられるわ」

「……そりゃ、どうも」

「天使の予言よ。もっとありがたがってよ」

 ……いや。だって何か、お前怖いんだもん……。

「それじゃあね。ありがとう、洋平くん。きっとすぐまた会えるわ」

「それも予言か?」

 それには答えず、理絵はにこにこ笑って手を振った。母親と合流した理絵がもっかいこっちに手を振ったので、おれも手を振り返す。

 ……何か、マジですぐ会う気がする。だって理絵がそう言ったし。

 いやいや。

 いやいやおれ、しっかりしろ。

「落着だな」

 二人の背中が見えなくなった頃、一基が呟いた。

 いやいやお前、してないよ落着。

「で?」

「何がだ」

「さっき、言いかけてたことだよ」

「ああ……」

 一基がすいと視線を逸らす。一旦俯いて、けど、すぐに顔を上げて、おれに視線を合わせた。

「洋平」

 んん、何。マジ顔やめて。びびる。

 何を言われるんだろうか。うお、めっちゃ緊張してきた。

「うちで働かないか」

「……へ」

 間の抜けた声が漏れる。

「ずっと誘おうと思ってた。父さんももう無茶のできる歳じゃないし。俺一人だと、……心細い、から」

 視線を逸らして、一基はまた俯いた。

「お前なら、仕事もよく知ってる。それに俺が家族に相談持ちかけた時、父さんも母さんも多恵子も反対しなかったし、だから」

 一基はどっちかと言えば無口なタイプだ。こんなにいっぱい喋ってるのとか珍しい。

「でも、俺はお前が営業系ばっかり受けてるのを知ってた。オフィス狙いなんだろうと思って、迷惑だろうかと思って、……言い出せなかったんだ。普通の会社と比べたら給料も安いしな」

 と、ふざけた感じで一基は笑う。

 つか、めちゃくちゃ瞬いてんですけど、おれ。たぶん一秒間の最高瞬き回数記録自己新更新だよ。

 や、だって、びびるっしょ。嬉しいびっくりだけどさ、……ええ?

 何かこういうの言うことわざなかったっけ。たなぼた? 塞翁が馬? 何だっけ。

「返事は今すぐじゃなくて良い。いや、今断ってくれても良い」

「いや」

「……そうか」

「や、ちょ、違う違う、否定のいやじゃなくて、今のは接続のいやだって」

 一基が顔を上げる。不安そうな顔に、何てえか、瞬きの回数が増えるってか。

「うあ、や、あの。……はい、喜んで」

 断るわけないっしょ。しかし何つー返事だ。居酒屋での癖が出た。

 一基は驚いたみたいに何回か瞬きして、そんで、笑った。

「……ありがとう」

「……いや、こっちこそ」

 うお何か照れる。こっぱずかしい。

 顔見合わせてんのが何か恥ずかしいので、とりあえず背を向けた。煙草吸いたいけど、や、別にそういう気分じゃないんだけどこの空気を誤魔化したい感じで吸いたいんだけど、ライターが無い。くそう。

 ほんとに良いんだろうかとか、今聞いたのマジ話なんだろうかとか、不安になる。

 や、だって、……おれもあの久保さん家のあったか空気にマジで入って良いの?

 とか不安になってたら丁度、一基がこれからもよろしくなと呟いた。

 ……マジ話って確信だ。どうしようか。嬉しい。嬉しいです。

 あ。そういやおれ、一基に謝ってないや。先越されて言えてない。

 結局佳代には謝れて、ないし。せめて一基にはって思うけど。何て切りだそうか。

「……エプロン」

「が、どうしたんだ」

「や、その。……悪かった、なー、と思って」

「……いや」

 ……一基、お前ね。それ悪い癖だよ。笑いたいなら我慢せずに普通に笑えって。

 空はアホみたいに爽やかだ。入道雲と真っ青な空とか、爽やかにも程がある。

 何かこうも爽やかだと、逆にインモラル気分が恋しくなるね。

 だからおれは、

「あーあ、どっかにイイ女落ちてねーかなー」

 童貞捨ててー、とか照れ隠しも兼ねて、わざとらしくぼやいてみたりなんかして。


 ああ、でも。

 天使はもう、マジ勘弁な。


                                    【完】

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