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天使の言い分  作者: ろく
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第十七話

 で、無言だ。

 そりゃもう超無言。呼吸すんのもためらうくらいに無言。誰か喋ってくれ、後でガリガリ君買ってやるから。

 ……やっぱし無言。しゃーない。

「……で」

 どうにかこうにか言った言葉は、その一音。いや、だって他に何て切り出せば良いか分からんかったんだもん。つか、皆して一斉にこっち見んのやめてくれ。びびるから。

「あの、理絵、サン」

 とりあえず元凶の理絵に話を振る。

「何で、逃げたんだ?」

 不思議に思う事はいっぱいあるけど、ありすぎてどこから聞いたら分からんけど、とりあえず聞きやすいとこから聞いてみることにした。

「……久保先輩が、いたから。びっくりしたの」

「私?」

「びっくり、したし。それに、黙って休んでるから。怒られると、思って」

「いや、まあ、そりゃ、無断欠席は怒りたいけど」

「……ごめんなさい」

「えー……っと。まあ、うん、良いよ。いや、良くはないけど」

 重い空気の所為で気まずいのか話しにくいのか、多恵子ちゃんは途切れ途切れにそう言った。

「なあ理絵。んじゃ、さ。そもそも何で休んでんだ?」

 休んでるってか、んー……。

「や、そもそも、何でおれんとこ転がりこんでんだ?」

「転がりこむ?」

 びっくりした顔と声で多恵子ちゃんが身を乗り出す。後で話してやるから、と一基が戸惑う多恵子ちゃんに耳打ちしていた。

「……だって……」

 理絵の声が震えて、見る間にぼろぼろ泣き出した。うおお……泣かしてしまった……。

「だって、だって、帰りたく、ないもん」

 しゃくりあげながら、理絵は涙声で言う。

 どうしようかと視線で一基に助け舟を求めるけど、一基も首を振るだけだ。

 とりあえず理絵が落ち着くのを待とう。ああでも待ってる間こっちが落ち着かねえええ。

 秒針の音がやけにでかく聞こえる。あと理絵がしゃくりあげる音とか洟をすする音とか。

 待ってる間やる事もなく、ぼんやりと本棚を眺める。……あ、あれ八巻抜けてる。そういやおれ借りたまんまだ。

「わたし、いらない子なの」

 何か唐突にすげえ発言キター!

「だから、出てきても、平気なのよ」

 いやいや。……ええ?

 いや、まあね。人それぞれ事情はあるだろうけども。家庭のジジョーってやつがさ。

 理絵はさっきよりちょっと落ち着いたみたいだ。手の甲で涙を拭って、大きく溜息をついた。

「リコン、するんだって」

 離婚。

「何でって聞いても、あなたはまだコドモだから知らなくても良いのよとか言って教えてくれないの。オトナには色々あるのよって。わたしが知ってるのは、わたしはこの先お母さんと一緒に暮すってことだけ。お父さんとはあんまり会うなって言われてるわ」

 理絵は笑った。でもうまく笑えないみたいで、口もとの筋肉が変な感じに動いた。

「不思議。わたしはお母さんもお父さんも好きよ。でもお母さんはお父さんを嫌いで、お父さんはお母さんにキョウミ無いの。お母さんとお父さんがお互い好きで、それで、わたしが生まれたのにね」

 ……ああ、だから「いらない子」ね。

 まあ、分からんでもないよその気持ちは。勝手にガキ作っておいて、そのくせ離婚するのよもう会わないわバイバイって言われても、ああハイそうですかとは、言えんよな。

「ごめんね、洋平くん」

 理絵はまたぼろぼろ泣きながら、おれに謝る。

「わたし、いっぱい、迷惑かけてるよね。ごめんね」

 ……そんなに目ぇ擦るなよ、痛いだろ。つか、そんな泣きながら謝るのは卑怯だって。許さんわけにはいかんだろ。

「ごめんね。迷惑って分かってたけど、でも、帰りたくなかったの。嫌だったの。でも、ごめんなさい」

 そっから先は言葉にならなかった。理絵は泣きじゃくって、抱えた膝に顔を埋めた。

 そんであの、突拍子もない嘘ってわけか。まあ、理絵の目論見としては大成功なんだろう。普通に家出してきたって言われてたら、おれは即追い返してただろうし。

「……ごめん、なさい。……わたし、こんなことしなきゃ良かった」

 ほんとにな。

 結果的に捕まえたのがおれだったから何もなくすんだけどさあ、変なのに声かけてたらどうすんだ。今頃ロリ中学生ハメ地獄とかになっててもおかしくなかったんだぞ。

 つーか理絵、お前さっきのおれのおせっきょー聞いてた? おれ、なきゃよかったとか言うなって言わなかったか?

 もー、おれの恥ずかしさを無駄にしやがってこいつはよー。

 思わずでっかく息を吐く。理絵がびくっと肩を竦めた。いや別にお前を責めてるわけじゃないよ。腹は立ってるけど。

 さてどうしようか。

 おれはね、女の涙に弱いんだ。それもこれも母さんがおれ見て泣いてたからだよ。

 生まなきゃ良かったって泣く母さんを、泣き止ませる事はできなかった。だっておれは生まれてきちゃったし、死にたくなかったし。

 会わなきゃ良かったって泣く佳代を、泣き止ませる事もできなかった。だって会っちゃったんだし、今更どうしようもないし。

 でもさ。

 こんな事しなきゃ良かったって泣く理絵を、泣き止ませてやる事はできるかもだよな。

 女の泣き顔はあんまし見たいもんじゃないっしょ。やっぱ、笑ってる方が良い。

 母さんにも佳代にも、おれは、何もしてあげられなかったし、笑わせてあげられなかったけど。

 じゃあせめて、理絵は笑わせてあげたいよ。これも、いわゆる一つの三度目の正直ってやつかね。

 おれはティッシュの箱を掴んで立ち上がった。理絵の前でしゃがんで、箱で理絵の頭をぺこんと叩く。

 理絵は泣き腫らした目でおれを見上げた。

 おれはすうと息を吸って、ティッシュの箱を理絵に差し出す。


「実はさ、おれ、天使なんだ」


「……へ?」


「お前を助けるために、ここにいんだよ」



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