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天使の言い分  作者: ろく
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第十六話


 足を止めたおれを、理絵が不思議そうな顔をして見上げてくる。

「母さんすまん! 便所行くから手伝ってくれ!」

 親父さんが叫んでるのが中から聞こえて(親父さんは絶賛腰を故障中だ)、奥さんがあらあらって感じで呆れてるのが中から聞こえて、店の前を掃除してた一基が何やってんだって顔で中をちらっと見る。

「お兄ちゃーん、ごミ袋そっち持ってったー?」

「ああ。悪い」

 店の中から多恵子ちゃんの声がした。いっつも朝早い多恵子ちゃんがまだいるって事は、今日は昼練の日なのかな。

 何か良いねえ。家族って感じでさ。ふんわりあったかいみたいな感じで、良いなあって思うよ。

 でもだからこそ帰りたい気分は倍増だってのに、一基の男前野郎はこっちに気付いちゃうし。

 思わず後ずさるおれを追いかけようとして、一基が足元のゴミ袋に躓く。

「お兄ちゃん何やってんの。あ、洋平くんだ。おはよ、う……」

 こっちに気付いた多恵子ちゃんがにこやかに挨拶してくれたけど、何か様子が変。語尾が消えてったのは何でだ?

 びっくりしたみたいな顔してるから、そんなにおれ変な顔してたかなとか思ったけど、そういうのでもない感じだ。

 あ、もしかして理絵に驚いてる?

 理絵の方を見てみたら、理絵も何か驚いてた。

「天田さん……」

 そう多恵子ちゃんが言った途端、理絵が手をほどいて走り出す。

 ちょ、どこ行くんだよ!

 でも突発自体に弱いおれは、咄嗟に動けずにおろおろするばっかだ。何なに、何なの。何が起きてんだ。

 びゅんと目の前を誰かが通り過ぎてったと思ったら、一基だった。逃げた理絵を追っかけて、腕を掴んで捕獲する。

「や、離して!」

 抗議する理絵を無視して、一基は理絵の腕を引っ張ってこっちに連れ戻す。ちょちょちょ、怖い怖い、何かいろいろ怖いって一基。

「離してってば!」

 一基は無言でがっちり拘束中。すげえよお前。

 こっちに近づいてきた多恵子ちゃんが、困惑した顔で言った。

「え、天田さん、だよね? 手塚附中の……」

 え。てづぷっつったら、超良いとこの私立じゃなかったっけ。や、おれこっち地元じゃないから詳しい事あんまし知らんけど。

 んん、てか、え? 知り合い? え、何、どういう事?

 理絵は逃げるのを諦めたのか、一基の手を掴むのをやめていた。でも代わりに俯いて、きゅっと唇を噛んでいる。

「どうしたの? 何で最近休んでるの?」

 おお、多恵子ちゃんから先輩オーラが……。いや、じゃなくて。知り合い確定?

「休むならちゃんと連絡しないと駄目だよ。皆心配してるよ?」

 あ、もしかして部活関連の知り合い? ぽいなあ。話的に。ああ、そういや合同演奏会するって言ってたな。それ関係かな。たぶん。

 理絵は俯いて黙ったまんまだ。痺れを切らしたのか、多恵子ちゃんがおれを見上げて首を傾げる。

「洋平くん、天田さんと知り合いなの?」

「や、知り合いっつーか……」

 何なんだろうか、この関係は。

「……まあとりあえず、俺の部屋にでも移動するか。人目もあるしな」

 一基が助け舟を出してくれる。すまん。

 部屋に移動中も、理絵はずっと黙っていた。多恵子ちゃんも聞き出すのを諦めたのか黙っていた。

 二人を部屋に通す。一基は座布団を取りに行った。や、待て。いや、待ってください。この空気の中におれを残さんでくれ。

 手伝う素振りで逃げ出して、一基の後を追う。一基が他の部屋から持ってきたクッションやら座布団やらを受け取って、部屋に戻る途中、一基に軽く肩を叩かれた。

「この前はすまん。黙ってて悪かった。後でちゃんと話す」

 小声でそう言うだけ言って、一基は部屋の片付けに取り掛かった。いつもそこそこ整頓されてる部屋だけど、今日はちょっと散らかってる。珍しい。

 てきぱきと動く背中を、おれは何となく蹴りつけたいような気分だった。

 先に謝られたらこっちが謝るタイミング逃すだろうが。ばか。



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