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天使の言い分  作者: ろく
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第十五話


 煙草吸い終わって、吸殻を灰皿にいつも以上にぐりぐりして、おれは立ち上がった。

「あっ、どこ行くの?」

「んー、久保家」

「ま、待って、わたしも行く!」

 サンダルをつっかけるおれを、理絵は慌てて追いかけてきた。

 外はわりと涼しかった。爽やかだった。まだ朝だしね。暑いには暑いけど。

「つかお前、確か部屋出られないとか言ってなかったっけ」

「う、言った、けど。良いの、例外もあるの」

「何でついてくんの」

「……だって、洋平くん、ひとりじゃない方が良いかな、って」

「何だそりゃ」

 隣を歩く理絵は、ジャージに裸足でローファーだ。何かシュールな格好だな。

 その理絵は、何か言いたそうにたまにおれをちらっと見上げてくる。でもすぐに俯いて、黙ったまんまおれの隣を歩いていた。

 ほんとなら久保家行くまでまだ時間はあった。でも、何かさ、今なら一基にごめんて言いやすいような気がすんだよね。

 てか、ごめんって言ったその後にさ、一基に何て言われても平気っぽそうっていうか。もし何か衝撃的なこと言われても、今ならマヒしてるくさいから、平気かなあ、と。

「あの、洋平くん。さっき、何言おうとしてたの?」

「んー……」

 おれは言い淀んだ。や、別にすげえ事言おうとしてたからってわけじゃなくて、単に喋るのが面倒ってだけなんだけど。

 でも、おれをじっと見てくる理絵の視線に根負けした。ま、言いかけて黙ったまんまってのも申し訳ないか。

「あのさあ」

「うん」

「お前、なきゃよかった、って言うのやめとけよ」

「え?」

 うん。そりゃ「え?」だよな。説明不足です、ごめん。

「この先さ、誰かに『~なきゃよかった』って言うの、やめとけってったの」

 理絵は不思議な顔をしている。いやまあ、そりゃそうだろうな。

「言われた側は、結構ダメージでかいから。必殺の一撃だから」

 会わなきゃ良かったって言われても、会っちゃったんだし。仕方ないじゃん。おれの所為でもないだろ?

 生まなきゃ良かったって言われても、生まれてきちゃったんだし、仕方ないっしょ。おれの所為なのかよ。

 そういうの言われたら、何か、ものすんごい否定された気分になる。ものすごく痛いです。

 それが、自分も相手が好きで、そんで、相手にも自分の事好きでいてほしいってんなら尚更ね。

 まあ、おれにそう言った二人は正直、今も好きかって聞かれたらビミョーだけど。好きか嫌いかの二択なら好き寄りかなあとは思うけど。

 とりあえずは、ダメージでかいよって事伝えたかったんだよ。

 うおう、言ったら何か急に恥ずかしい。こういう感じの言うの苦手だ。理絵が神妙な顔してんのが何かより一層照れくさい。

 そしたら急に理絵が手を繋いできたから、恥ずかしさもより増すってもんだ。照れに任せて振り払おうと思ったけど、理絵の手はあったかくて、振り払うのはもったいない気がした。

 夏のおかげで二人して汗だくだから、手のひらもやっぱべっとべとで気持ち悪い。でもおれはやっぱり手を払わない。

 手ぇ繋いでくるって事は、理絵はまあ、おれの事嫌いじゃあないんだろう。と、どっか客観的に考える。

 嫌われてないってのは嬉しいよ。でも同時に、何か怖い。理絵がこの手を離す瞬間が、何か怖いっておれは思った。

 しかし何てえかさ、さっき佳代がおれを一回も振り返んなかったのが何となくショック。

 ああ、うん。勝手な言い分だよ。でもさあ、仮にもそっちから好きって言ってきてくれたんだしさ、もうちょっと未練とか有っても良いんじゃね?

 って、うん。未練あんのはおれの方だ。でもそれは、めちゃくちゃ佳代に惚れてたからってわけじゃない気がする。

 ああ、分かった。

 おれは、おれの事を好きでいてくれる佳代の事が好きだったんだ。

 だってさあ、佳代が走ってっちゃった時、追いかけようって思わなかったもん。繋ぎとめようって思わなかった。まあ、固まってたからってのもあるけど。

 佳代のこと好きだよ。好きだったよ。ずっとおれの事好きでいてくれるって思ってたよ。

 だからおれはきっとまだ未練持ってんだ。おれが佳代を好きなんじゃない。佳代におれの事を、好きでいてほしいから。

 おお、何か詩的。ポエッティだ。ポエッティっぽさで誤魔化してるけど、結局のところの結論は、おれって超嫌な奴っていうね。嫌な奴っつーか、どんだけ自分可愛がりなんだよっていうね。

 うあー、何も考えたくないんだけどー。このまま色々考え続けてたら絶対気分超鬱るわー。でも駄目だー、人間は思考する葦である的なアレだわー、違うかー。うあー。

 佳代が、この先、他の誰かに惚れてヤっちゃうんだろうなとか、考えたら、すんげえ嫌な気分だわー。

 何なのこれ、独占欲? 支配欲的な? どっちも違う気がする。何だ、わかんねえや。でも嫌だ。

 でもさあ、好きだって言ったんだからさあ、ずっとおれのこと好きでいてくれよ。

 勝手言ってる。分かってる。

 実の母親だっておれをずっと好きでなんていてくんなかったんだから。そんなの無理だよ、知ってる。

 でも嬉しかったんだよ。おれの事好きって言ってくれてさ。認められた気がしたんだよ。おれ好みの女の子に告られちゃってさ、そんでさあ、思ったわけだよ。生まれてよかった、なんてさ。

 そんで妄想したりしたわけだよ。子供はやっぱ二人かなあとか、一姫二太郎みたいな、そういう、気の早いどころじゃないことをさ。

 おれは絶対子供幸せにするんだ、とか、さ。

 まあ、結局童貞のまんまなんですけどね。

 しかも、おれの事好きって言ってくれる女の子だったら誰でも良かったのかよとか、自分の事を責める自分も発見しちゃって、自己嫌悪の嵐なんですけどね。

 あーあ、だから深く考えんの嫌だったんだよ。めちゃくちゃ気分重い。しんどい。

 だってのに、もう久保酒店着いちゃうし。

 今ならいける! って思って出てきたけど、マヒってたのが治っちゃって、今は逆に超逃げたい。

 だって無理だって。今もし一基に何かひどい感じの事言われたら、おれ超ショックだよ。更に倍率ドン的だよ。

 ……帰ろっかな。


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