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天使の言い分  作者: ろく
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第十四話

 あれ、シャンプーこんだけだったっけ? もっと有ったような気がするんだけど……。

 って、ああ。理絵か。髪長いから。佳代よりも長いかな。

 ……はあ。

 ひきずってんねえ、我ながら。

「洋平くん、まだ?」

「いや、今入ったばっかだし」

「わたしおしっこしたい」

「……お前ね……」

 何でお前はそんなにおっぴろげなの。もうちょっと慎みとか恥じらいとか身につけなさい。

「あとちょっとだけ待ってろって……」

「無理!」

 ……ユニットバスですみませんねえ。

 適当に頭洗って体も洗って、ごわついたバスタオルで水分を拭う。

 急いで服着て外に出ると、入れ替わりに理絵が飛び込んでいった。そこまでせっぱつまってたのか?

 さて、まだまだ久保酒店のバイトに行くまで時間がある。それまでどうしようか。

 ほんとなら早めに行って早めに入るか、一基の部屋でごろごろしてたいんだけど。でも、一基と顔を合わせづらい。

 まあ、行かないわけにゃいかんから行くけどさ。それまでどうしよ。寝てようか。理絵も、昨日の今日で襲い掛かってはこないだろうし。

 ……一基にもちゃんと謝れるかな。エプロンぶつけてごめん。でもお前も悪いんだからな。隠し事とかひどくね? や、全部何もかもおっぴろげにしなくても良いけど、おれに関する事なんだろ? だったら言ってくれても良くね?

 うん、良し。エア謝罪は完璧だ。……完璧だよな?

 佳代にも、謝れたら言いんだけどね。ひどい言い方した、ごめん、ってさ。

 そんでピアスもちゃんと返したい。

 でも佳代と会うとしたら居酒屋以外で会う事は、……多分もう無いんだろな。次シフト重なった時に渡したいん、だけども、うーん……。

 佳代のあの拒絶オーラを思い出して、おれは臆病になってしまった。次に話しかけようとして、またあんな感じだったら、……うん、きっついなあ。

「ふあー、すっきりしたー」

 憂鬱気味なおれを無視して、理絵はすっきりしまくった声と顔でユニットバスから飛び出してきた。

「……理絵、女の子はもっとさ、こう……、何だ。慎んだ方が良いと思うわけで……」

「洋平くん、そういうの駄目だよ。女の子は、とか言うお説教。わたし嫌い」

「いや、でも、……何だ」

 理想とか、やっぱ有るっしょ。足開いて座ってほしくないとか、煙草は吸ってほしくないとか、色々さ。

 ……まあ良いか。これ以上何か言うと理絵がうるさそうだ。理絵は反論し足りないって感じの顔してるけど。

 さて、おれもションベンして何か食べよ。そんでもっかい寝よ。

 ……って、ご来客ですか。ピンポーン。間の抜けたチャイムの音がした。何か宅急便とかかな。

 玄関チャイムの受話器上げて返事して、返ってきた向こうの声に、そりゃもうおれはびっくりした。

 佳代だ。

 え、どうしたんだろ。ちょ、うるさいって心臓。

「誰?」

「あー……彼女? や、違う。元カノ……?」

 声まで震えてら。落ち着けって。

「えと、わたし、どうしよ」

 おれのびびりが伝染したのか、理絵もちょっと慌てた感じだ。

「え、あ、えと、そうだな。ちょ、ちょっとの間トイレ居てくんね?」

「あ、はい。分かった。……あっ、靴、靴」

 理絵は自分のローファーを持ってユニットバスに向かう。ドアが閉まるのを見届けて、ふうと一息だ。

 何だろ。より戻したいとか? いやいやまさかな。いや、でもな。いやいや。期待とか、しない方が良いって。

 大きく深呼吸して玄関に向かう。緊張しすぎて血の気引いてる感じだけど、頑張れおれ。

 震える手でドアを開ける。

「……ごめん、いきなり」

 佳代はおれを一瞬だけちらっと見上げて、すぐに目を逸らした。おれも何となく佳代に視線を合わせづらくて、『いや』とか言いながら顔を背ける。

 二人して無言。黙ったまんま、じっとしてた。

 しばらくしたら、佳代が俯いたまんま言った。

「あたし、バイト辞めようと思って」

 固い声の調子で、佳代の表情は想像ついた。多分睨むみたいな、強い瞳をして言ったと思う。おれにバイバイした時みたいな。

「洋平くんと、一緒にいるの、つらいし」

 まあ、そりゃおれもだけど。

「秋になったら、就活、始めようと思うし」

 ああ、三回生だもんね。イイワケっぽく聞こえるけどね。

 ってさっきから色々思っちゃいるんだけど、どれも声にはなってくんない。

「……ごめん。洋平くんの事、嫌いになったわけじゃないの」

 ようやく佳代は顔を上げた。

 だからかな。分からんけど、ようやく、おれも考えてた事が声になった。

「じゃあ何で無理なんだよ」

 佳代はやっぱり強い目をしてた。ぎゅっと奥歯を噛んで、おれを睨むみたいに見上げてくる。

「…………ごめん。嫌いじゃ、ないの。でも違うの。ごめん」

「……意味分かんねえ。そっちから告ってきたんだろ? なのに無理? ほんとマジ意味分からんって」

 自分でもびっくりするくらい、するすると言葉が出てくる。

 おれを見上げる佳代の目は、もう睨むみたいにどころじゃなかった。まさに睨んでいた。

 その佳代の目から、涙が零れる。

 おれは固まった。

「……好きだから告白したんだよ。別れるつもりで告るわけないじゃん。好きだったよ! 好きだから、もっと一緒にいたいから好きって言ったの!」

 おれは呆然と佳代の泣き顔を見ていた。佳代はぼろぼろ涙を零している。

「そうだよ、好きだったよ。でも違ったの。冷めるつもりなんてなかったよ! ずっと好きでいられると思ってたよ!」

 佳代が涙を拭う。

 何か、言わなきゃ。

 でも何て言ったら良いんだろ。分かんね。何か言いたいんだけど。でもその何かが分かんない。

 せめて肩をぽんてするとか、さ。そういう気の利いた感じの事をした方が良いんだろうなあとは思うだけで、結局体は固まりっぱなしだ。

「……会わなきゃ良かった」

 こんなに泣いて恥ずかしい。

 泣き笑いの顔で佳代が言う。

 目とか鼻とか、赤くなってて痛そうだなっておれは思う。泣いてほしくないんだけど。泣きやんでほしいんだけど。でもどうすりゃ良いのか分からんですよ。

「ごめん。じゃあね」

 ぼんやりしてたら、佳代ははっきりした声でそう言った。そして背を向けて階段を駆け降りていく。

 あ、今日はサンダルなんだ。カンカン高い足音がしない。こないだはめちゃくちゃ響いてたから。

 階段降りきってからも佳代は走ってった。こっちを振り返りはしなかった。

 佳代が角を曲がって、佳代の背中が見えなくなっても、おれは何か、ぼんやりしちゃって、……会わなきゃ良かったって言われてもなあ……。

 それは今日来なきゃ良かったって事? それか、おれ自身に会わなきゃ良かったって事?

 確かめたいけど。何か今になって言いたい気分になってきたけど。どうしようもないし。面と向かえばおれはどうせ、言いたい事の三分の一も言えやしないんだろうし。

「……あの、洋平、くん……」

 おずおずした感じで理絵がおれを呼ぶ。けど、応える気力が無かったおれは結果的に理絵を無視する形になってしまった。ごめん。

 とりあえず玄関を閉めて部屋に戻る。ベッドに腰かけてポケットに手をつっこんだら、理絵のピアスの感触がした。

 取り出して、手のひらに転がしてみる。

 しばらく眺めて、おれは衝動に任せてそれをごみ箱に捨てた。

 多分そのうち捨てた事後悔したり罪悪感抱いたりするんだろうけど。でも、持ってたら持ってたで何かもやもやしちゃうんだろうし。

 捨てても持ってても嫌な気分になるんなら、捨てちゃってバイバイすんのは、きっと間違いじゃない。

 あ、何かすっきりした。楽になったっつーか。でも何かぽっかりしたっつーか。

 あー、ちょー煙草吸いてーやー。一服一服。

 佳代がくれたジッポでおれは煙草に火をつけた。このジッポで吸うラスト一本だ。

 このジッポもこれ吸い終わったら捨てよう。ごみ箱に捨てちゃって良いのか分からんから捨て方調べよう。エコ大事。

「あ、あの。洋平、くん」

「んー?」

 思っきし煙を吐き出す。

「……えっと」

 困惑した顔で理絵が言う。ローファーを手に持ったまんまなのがおかしかった。

「……なあ理絵」

「え、な、何?」

「……まあ良いや」

 理絵に言いたい事あったんだけど、ごめん、何か喋んの面倒になっちったや。




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