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天使の言い分  作者: ろく
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第十一話

 酔っ払いに絡まれたり新人の子の指導してたりするうちにピークは過ぎて、ようやっとこさ休憩に入れた。

 や、ほんとはもっと前に休憩時間一応有ったんだけどね。入る間が無かったんです。毎度の事だけど。

「悪いな洋平。いっつも休憩入り遅くなってさ」

「や、まあ良いスよ」

 申し訳なさそうに店長が手を合わせてくる。かく言う店長もお疲れのご様子だった。

 吸うか、と差し出された煙草をありがたく頂いて咥えて、それで気付いた。佳代に貰ったジッポは家だ。その後何やかんで新しいのを買ってない。

 おれがわたわたしてるのに気付いた店長が火を分けてくれた。ありがとうございます。

 煙を吐く。そしたらようやく、休憩って気分になった。

「なあ、話考えてもらえたか?」

「あー……」

 話ってのは、ここの社員にならないかって話。その気があるなら、上にもちかけてみるって店長は言ってくれてる。

 おれはずっと返事を保留にしたまんまだった。

「お前、接客業向いてると思うんだけどな」

 無精ひげを擦りながら、店長は苦笑いをする。

 まあ、そうスね。おれも、多分向いてると思う。こっちで働いてる時も、久保酒店で働いてる時も、楽しいって思うし。

 でも踏み切れない。てのも、ここの内情色々知っちゃってるから。

 店長始め、社員の人達は休憩もろくに入れてない。入れたとしても、立ったまんまメシなんてザラ。休日出勤もザラ。そんで残業代も出ない。

 や、他のとこだってこんなんばっかなのかもしんないよ? でもさ、こんなんだって分かってて飛び込むには勇気いるでしょ。

「……えっと、すみません。もうちょっと、考えさせてもらって良いですか?」

「……そっか。ま、色好い返事期待してるよ」

 おれの肩を軽く叩いて、店長は表に戻っていった。その背中がめちゃくちゃ疲れた感じだった。三十路なったばっかだってのに哀愁漂ってる。

 短くなった煙草をもみ消す。パイプ椅子に背中を預けたら、ギィって軋んだ音が鳴った。

 まあ、逃げだっておれだって分かってるよ。

 営業系ばっか受けてるのは、それしか募集してないってもあるけど、おれがその仕事をちゃんと知らないからってのも有る。

 知らないから飛び込みやすいんだ。しんどさを知らないからさ。や、はい、まあ、甘えた考えだよ。分かってる。

 自分に向いてるだろう接客業は、積極的には受けてない。だってどこもかしこも、多分内情こんな感じだろうし。あ、はい。甘えてます。ごめんなさい。だって怖いです。

 可能なら久保酒店でずっと働きたいけど。一基の親父さんになら『君には何が出来るの』『何でうちなの』って聞かれても、ちゃんと答えられるよ。

 『おれは商品陳列が得意です。力仕事だって苦じゃないです。POP描くのも好きです。配送も楽しいです』『地域密着してるところが良いなって思います。あと、ここで働いてたら久保家の家族になれたみたいで、すごく嬉しくなります』ってさ。

 ま、陳腐な答えだけどもね。

 さっきまでは忙しすぎて考えてる暇無かったけど、こうやって時間出来たら他にもいろいろと頭に浮かんでくる。

 佳代の拒絶オーラとか、佳代の拒絶オーラとか、佳代の拒絶オーラとかがさ。

 ……いつからおれと別れたいって思ってたんだろ。おれと一緒にいるの、いつからしんどいって思ってたんだろ。

 あの日フラれるまで、おれはほんと全然気付かなかった。就職決まったら、一緒にどっか旅行しようって誘おうかなーとかも思ってた。もちろん下心込みで。

 けど佳代は全くそんな気分じゃなかったんだよな。おれがお前の一挙一動に一喜一憂してんの見て、キモいとか思ってたのかな。ハートの絵文字も別に意味とか無かったのかな。

 おお、見事にネガティブだ。ネガティブスパイラルでござる。

 こういう時は何でも良いから無理やりにでも気分を上げないと落ちるばっかって知ってるけど、上げ方を忘れちゃってる。

 あー帰りてー、帰って布団にくるまって何もしたくねー。

 あ、でも帰ったら理絵がいるや。

 ……一基ん家も、行きづらいし。……漫喫でも行くとするか。

 と、結論出したらちょうど、休憩室のドアが開いた。

 そんですぐ閉まった。

 えらく勢いよく閉められた所為で、バタンておっきな音がして、耳がちょっとキンてなった。

 ……追いかけて、文句とか言えたらおれも多少は格好良い男なのかもなんだけどさ。ヘタレにゃそんな甲斐性ありません。閉められたドアをぼんやり見つめるだけです。

 しばらくしたらもっかいドアが開いた。今度はゆっくり。時間的にゃ多分そんなに経ってないんだろうけど、えらく長く感じた。

「……ごめん。ちょっと、びっくりしたの。誰もいないって思ってたから」

 髪の毛をいじりながら、佳代が休憩室に入ってくる。俯いたまんまおれとは目を合わせようとしない。

 いや、とか何かあいまいな感じの声を多分おれは出したと思う。佳代はドアのところに立ったまんまだ。

 はいこれ。落ちてた。

 そう言ってピアスを渡して、部屋を出てけば良いのかもしんない。

 けど、やっぱ黒髪きれいだなーとか、やっぱおれ好みだなーとか考えるばっかで、おれは動いてくれようとしない。

 ……ん? あれ?

 おれって佳代の見た目ばっかが好きだったのか?

 いやいや、そんな事無いと思うけど。一緒にいて楽しかったし、映画の趣味とかも合ったし。

 好みの子に告白されて嬉しくて、正直あんまし深く考えないでオッケー出して、そんで付き合い始めたわけだけどさ。

 でもやっぱ好きだったよ。もっと好きになりたかったし、もっと好きになってほしかったよ。

 ……んん? あれ? 過去形?

 おれ、今でも佳代のこと、好きなはずなんだけどな。引きずってんだけどな。あれ?

「洋平くん、機嫌悪い……?」

 佳代のおずおずとした声に、おれはハッとして顔を上げる。

「……まあ、良くは、ない」

 正直な感想をそのまま述べる。

 そりゃまあそうだろ。フラれて、バイト先じゃツンケンされて、それで機嫌良くいられる方が怖いだろ。

 って思ったら何か急に腹が立ってきた。むかむかする。さっきの佳代の態度とか思い出して、苛立ちが抑えらんない。

「……つーかさ、あんまし避けたりすんなよ。せめて仕事中は愛想よくしろって。他の奴らやりにくそうじゃん。意識しすぎじゃねえの?」

 苛立ちそのままに、むかむかを言葉にしてぶつける。ちょっとだけすっとした。

「……別に避けてないし」

 冷たい声で佳代が言った。その冷たさに、おれの背中もすうっと冷えていく。

「被害妄想だよ。っていうか、自意識過剰なんじゃないの?」

 冷たい、ひんやりした声。

 最初と同じ、バタンっておっきな音をさせて、佳代は部屋を出て行った。耳がキィンて痛む。

 ……佳代ってああやって怒るんだ、そういやおれらケンカした事あったっけ、無かったような気がするや。

 ああ、怒らせた。ほんとのほんとに拒絶された。

 考えながら、おれは何となく笑いたいような気がしてたような気がしないでもない。

 何か、……何だろね、どうしようか。

 駄目だ、もう無理。

 ピアスはポケットに入ったまんまだ。


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