私の無能な婚約者
大好きでした。
何があってもこの愛は変わらない。そう、心の底から思っていたのです。
私の婚約者はこの国の第一王子でした。
それはもう、見目麗しく、女性だけではなく、男性すら虜にする容姿。理知的な振る舞い。鍛錬で磨かれた体。私は彼の全てを愛していました。
そして何よりも、私の名を愛おしそうに呼んでくれるのが好きでした。
でも、ある日。一人の少女がやってきて、彼の心を奪っていったのです。
許し難いことでした。全てを燃やしつくしたいとさえ思える嫉妬心。彼を取り戻すため、私はあらゆる手を尽くしました。それこそ少女をこの世から、消そうとするほどに。
しかし、全ての企みは、失敗に終わり、罪は白日のもとに晒されました。
私は、彼の私を軽蔑する瞳を二度と忘れることはできないでしょう。心まで凍てつかせるような鋭い目。彼はもう、甘い声で私の名前を呼んではくれませんでした。
第一王子の愛する者を傷つけた魔女。私は、そうして処刑されたのです。
※
首と胴が切り離されてから、
驚くべきことに、私は天国にも、地獄にも行くことはありませんでした。
目が覚めたのは自分のベッドの上。
時は戻り、鏡の中の私は、幼い少女時代に戻っていたのです。
まだ若い侍女が言いました。
今日は、王子との初顔合わせの日だと。
これはきっと、神様からの贈り物だと思いました。
きっとやり直してみせる。鏡の中の自分に、私はそう誓ったのです。
※
結論から言えば、やり直しは成功しました。
だけど、私はまた。処刑台に立っていました。
あの時よりも、ずっと歳を取ったけれど。
やり直しで、私は王子を無能にすることに決めました。彼が政治について勉強をしようとすれば、「貴方は頭がいいから大丈夫」と遊びを提案し、彼が鍛錬をしようとすれば「貴方は強いから大丈夫」と甘いお菓子をあげました。彼が何をしようが、しまいが、「貴方が正しい。他が間違っている」。そう、囁き続けました。
そうして出来上がったのは丸々太ったズブで阿呆な男。
かつて、私から彼を奪った少女は、変わり果てた今の彼には見向きもしませんでした。それどころか卑しい者でも見るかのように蔑んだ眼差しを向けるほどでした。
そうして邪魔者は去り、私は無事、王位を継いだ彼に輿入れ、王妃となったのです。
幸せでした。やっと彼を手に入れることができた。
しかし、誤算もありました。権力と金というものは、ありあまる欠点さえを補うようで、王位を継いでからは、彼に擦り寄ってくる女が増えてしまいました。頭が空っぽの彼は、夜な夜なそんな女たちと色に溺れました。
私は彼には魅力のない無能な男でいて欲しかった。永遠に私だけのものであって欲しかった。だから彼が、王になってからも、私の夫になってからも囁き続けたのです。
増税、圧政、内乱……。聡明な忠言をする家臣は理由をつけて首をはねました。
そんな日々が数年続き、ついに耐えきれなくなった民たちは立ち上がりました。
革命はあっけないほどあっさりと成功しました。
王族たちや、甘い汁だけ吸っていた側近たちは一人残らずとらえられ、次々と処刑されていきました。
愛する彼は、たった今しがた、私より先に処刑されました。
首斬り役人が、彼のブヨブヨで、舌だけがでろりと飛び出した頭を民衆に掲げます。
ああ!なんて愛らしいのでしょう。
彼は逝った。きっと一度だって、彼は私の手のひらで踊らされていたなんて思っていないでしょう。それでこの世を去った。その愚骨さ、無様さが愛らしくて愛らしくて。私の胸に幸せが広がり続けました。
民たちは歓喜の声をあげ、次に私の首がはね飛ぶのを今か、今かと待ち望んでいます。
ああ、死など恐るるに足らず。
私と彼はこれから、誰も邪魔することのできない地で、地獄の業火に灼かれ続けるのです。永遠に。
満面の笑みを浮かべる私は、さぞ不気味だったことでしょう。
役人たちが乱暴に私の首を木枠に嵌めました。
最後に聞いたのは、シャッいう刃が降りる音と大歓声。
それと同時に舞い上がる血飛沫の中に、
私の体がありました。
「地獄についたら、私の名前を呼んでもらうわ」
私の視界は空中をぐるりと舞い、そしていつのまにか何も聞こえなくて、何も見えなくなりました。
終




