第098話「番外編『連鎖しなかった疑心暗鬼』:仇敵接触!主役?悪役?」
今回はグレース(ロザリオ)視点です。
ヒロインと悪役令嬢の本音が出ますよ。
迷宮都市メレンゲの冒険者ギルドから、私たちは馬車に揺られて新たな任地へと向かっていた。
パプリカ領、ピメント。
アスパルテーム伯爵家が治める飛び地の辺境であり、つい先日まで「何もない枯れた大地」と噂されていた場所だ。
今回は、ギルドマスターからの特命――という名目の、パルスイートからの引き抜きに応じた『ギルド・ピメント支部』の立ち上げメンバーとしての異動である。
馬車に同乗しているのは、相棒のトレハと、私を過保護なまでに溺愛する保護者(支部長)、シンディさんだ。
「グレース、疲れてない?
クッション、もう一枚敷く?
それとも冷たいお茶でも飲むかしら?」
「大丈夫ですよ、シンディさん。
……っていうか、この馬車、全然揺れないですね。
それに、外の景色……」
私は窓枠に手をかけ、目を丸くして外を眺めた。
辺境のド田舎に向かっていると聞いていたのに、馬車が走っているのは土の道でも石畳でもない。
継ぎ目のない、真っ平らな灰色の道――『コンクリート舗装』された高速道路だったのだ。
(いやいやいや、中世ファンタジーの世界観でコンクリートのハイウェイっておかしいだろ!
もしかして、コンクリートって普通にあんの?
どっちにしたってパルスイートの奴、なんつー内政チートやってんだよ!)
煙をモクモクと上げる、巨大な工場群(ハラペーニョ工業地帯)。
まずはその異様な光景に圧倒される。
「……どんだけ現代的なんだよ!」
思わず素の声が漏れた。
驚きの中、御者が馬車を高速道路の分岐を回り道する方向へと進めた。
「すみません皆さま。
ちょっと遠回りになりますが、テーマパークの近くを通ってから領主館に来るようにとお達しを頂いておりまして。
お時間は少し掛かりますが、是非グルコース領の様子をご覧になってくださいませ」
(テーマパーク?
いやいや、ここ異世界だよね?
なんでこんな辺境に夢の国があるんだよ!)
内心で盛大にツッコミを入れつつも、高速道路からの殺風景な風景をしばらく眺めていると、さらに前方に広がる異様な景色が目に入り、私は絶句した。
広大な敷地にそびえ立つ、巨大な鉄骨の輪――『大観覧車』と、お伽話から抜け出してきたようなファンシーなお城。
「……田舎ってレベルじゃねぇ!」
(これ、千葉じゃん!?
テーマパークっていえば、あそこが一番手だろ!
俺、隣の県生まれだけど、完全に千葉臭する気がする!
潮風まで吹いてきそうな錯覚に陥るわ!
……実は行ったことねぇけど!)
私の脳内で、前世の記憶が激しく警鐘を鳴らす。
しかし、隣で窓の外を見ていたトレハが、呑気な声で解説を入れてきた。
「あー、あれが噂の『ワンニャン・ランド』っすね!
犬と猫がいーっぱいいて、触り放題の夢の楽園らしいっすよ!
早くモフモフしたいっす~!」
「……犬と猫?」
「そうっす!
犬と猫がメインキャストのテーマパークっす!」
「……ネズミとかアヒルじゃなくて?……」
「なんでネズミなんすか?
害獣っすよね?
アヒルも別に可愛くない訳じゃないっすけど、モフモフとはちょっと違うっすから…」
私は窓ガラスに額を押し当て、心の中で激しいノリツッコミを炸裂させた。
(いや違う、これは千葉じゃねぇ!!
有名テーマパークなら『多摩』だってあるぞ。
夢の世界ならそっちも候補に……)
だが、そこまで考えて、前世の記憶のさらに奥底から、ある固有名詞が引っ張り出された。
(!!
あ~…今になって気が付いた…
犬と猫のテーマパーク。
二子玉川だわ…
昔あった犬と猫のテーマパークだこれ…!
元・隣県民として、多摩川を越えた先にかつて存在した夢の施設を、即座に思い出せなかった自分を全力で恥じるわ……)
一人で勝手に羞恥心と郷愁に苛まれているうちに、馬車は立派な要塞――もとい、領主館の車寄せへと滑り込んだ。
◇
「ようこそ、ピメントへ!
待ってたわよ、グレース、それにシンディとトレハも!」
領主館の玄関ホールで出迎えてくれたのは、ピンク色の髪を揺らす美少女。
パルスイート・アスパルテームだ。
彼女の隣には、ピシッとした姿勢の執事と、凶悪な面構えの庭師、そして無表情な侍女が控えている。
「お招きいただきありがとうございます、パルスイート様。
ギルド・ピメント支部の立ち上げ、全力でサポートさせていただきます」
シンディさんが一歩前に出て、完璧な礼をとった。
それに倣って私とトレハも頭を下げる。
「堅苦しい挨拶は抜きよ。
今日から同じ領地で働く仲間なんだから。
……それよりグレース。
貴女に紹介しておきたい人がいるの」
パルスイートがニヤリと笑い、視線をホールの奥へと向けた。
コツ、コツ、と静かなヒールの音が響く。
「お待たせいたしましたわ、パルス」
奥の応接間から姿を現したのは、一人の令嬢だった。
艶めくシルバーの髪。
透き通るような白い肌。
洗練された深紅のドレスを身に纏い、扇子を片手に優雅に微笑むその姿は、一瞬でその場の空気を支配するほどの圧倒的な存在感を放っていた。
「……っ!」
私は、息を呑んだ。
(な……んっつぅ、すっげぇ美人……!!)
彼女が誰なのかは、パルスイートから事前に聞いていた。
エリスリトール・グルコース男爵。
本来のゲーム『ホーリースイート』における、悪役令嬢エリスだ。
ゲームのキャラ絵ではもちろん知っていた。
だが、現実は3Dどころの騒ぎではない。
立体として、生身の人間として目の前に立つ彼女の美貌は、私が脳内で補完していた『悪役令嬢』の枠を遥かに超えていた。
(本物はこんなにも美人だとは思わなかった……。
俺……いや、私が今の『ロザリオ』ってキャラの見た目が一番可愛いと思ってた。
そんな自分を、全力で恥じるわ。
レベルが…いや、格が違う)
私が呆然と見惚れていると、エリスもまた、扇子を下ろして私の顔をまじまじと見つめてきた。
その瞳が、驚きに見開かれる。
「パルスさん……
この、とても可愛らしい方は……どなたかしら?」
エリスが、ほうっと感嘆の吐息を漏らした。
「艶めくシルバーブロンドの髪……。
整った顔立ちに、どこか中性的な仕草。
力強さを秘めつつも、守ってあげたくなるような愛らしさ……
まさに、理想の『女の子』の具現化ではありませんか。
ここに来て、このような至高の目標(美少女)に出会えるなんて……」
エリスがうっとりとした顔で私を褒めちぎる。
中身が21歳の男である私は、同性(?)の超絶美人から面と向かって外見を褒められ、顔から火が出るほど羞恥心に襲われた。
「い、いえ!
私なんて、エリス様に比べたら全然……!」
「まあ、謙遜なさるお姿も愛らしいですわ」
私たちが互いに褒め合い、照れ合っていると、パルスイートがパンッと手を叩いて割って入ってきた。
「はいはい、ご挨拶と褒め殺し合いはそこまでよ。
二人とも、中に入って。
……ちょっと、込み入った話をするわ」
◇
通された応接室には、私とパルスイート、そしてエリスの三人だけが残された。
シンディさんやトレハたちは、別の部屋で荷解きをしている。
「エリス。
この子はね、グレースって名乗ってるけど……。
実は、ビアンコ男爵家から失踪していた、ロザリオ本人なのよ」
パルスイートの紹介に、エリスは目を丸くした。
「ロザリオ……!
あの、聖女の素質を持つと言われていた、ビアンコ家の?
まあ……
当家…いえ、実家のアセスルファム公爵家で情報は掴んでおりましたわ。
この方は本来、王家へ…第二王子アーリー様に輿入れするはずだった方ですわよね」
エリスの言葉に、私は少し気まずく頷いた。
「そう。
……でね、エリス。
ここからが本題なんだけど」
パルスイートは紅茶を一口啜り、真剣な眼差しで私とエリスを交互に見つめた。
そして、私たちだけが共有している『前世の記憶』――ゲーム『ホーリースイート』の本来のシナリオについて、エリスに明かし始めたのだ。
「私の知ってる……『ホーリースイート』っていう物語の知識の中ではね。
このロザリオが主人公で、第二王子アーリーと恋に落ちる運命だったのよ。
でね……言いづらいんだけど。
エリス。
貴女が学園で、この子を目の敵にする『悪役令嬢』だったのよね」
「……わたくしが?」
エリスは自分自身を指差し、不思議そうに首を傾げた。
「そう。
第二王子アーリーの婚約者であるエリスが、ロザリオに目移りしたアーリーをもう一度振り向かせるために、色々な妨害をしたり、ロザリオに嫌味を言ったりするのよ。
階段から突き落とそうとしたり、ドレスを切り裂いたりね」
パルスイートは苦笑いしながら肩をすくめた。
「……でもさ。
今のエリスを知ってる私からすれば、どう考えてもそんなことするはずないって思うのよ。
そんな陰湿なことするくらいなら、さっさと婚約破棄して商売始めるような子だもの」
パルスイートの言葉に、私も深く同意した。
目の前にいる高潔なエリスが、嫉妬に狂ってヒロインを虐める姿など到底想像できない。
だが。
エリスは静かに紅茶のカップを置き、ふっと伏し目がちに微笑んだ。
「……いいえ、パルス。
もし、実際にワタクシがアーリー王子の婚約者のままで、 学園という閉鎖空間で、殿方を取り合うことになるのであれば……
ワタクシは、間違いなくそうしますわね」
「「……え?」」
私とパルスイートの声が重なった。
エリスは顔を上げ、私を真っ直ぐに見据えた。
その瞳には、一片の嘘もない、貴族としての重い覚悟が宿っていた。
「そ、そうなの?
エリスって、そんな風に嫉妬で狂うような感じしないけど?」
私が戸惑いながら尋ねると、エリスは静かに首を横に振った。
「ワタクシには……いえ、その物語の中のワタクシなら。
きっと、懸命に自分が第二王子妃にならなければいけないと、そう思い詰めていたはずです。
国のため、家のため、それがワタクシの生きる全てだと。
そう考えても、おかしくはない環境だったのですわ」
エリスの言葉が、重く響く。
彼女はただの意地悪で悪役になったのではない。
背負わされた家の重圧と、義務感に縛られていたのだ。
「であれば、必死にできることを積み重ねていく。
それが、妨害や嫌がらせだったとしてもです。
だって……」
エリスはそこで言葉を切り、少しだけ悔しそうに、けれど清々しい笑顔で私を見た。
「そもそもこんな可愛らしい方に、ワタクシが正面から勝てる訳がありませんわよ」
「……っ!」
「正攻法で殿方の心を惹きつけることができないと悟れば、それは必死に、悪い方向へといってしまうでしょう?
ワタクシは、自分の器の小ささも、必死さも、よく理解しておりますもの」
エリスのその言葉は。
あまりにも真っ直ぐで、自分の弱さすら全肯定するような、恐ろしく高潔な自己分析だった。
私は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
前世でゲームのキャラクターとして消費していた「悪役令嬢」の本当の心。
それを突きつけられ、私は居ても立っても居られなくなった。
「そんなことないです……!」
私は身を乗り出し、エリスの手を強く握った。
「そんなことない。
ロザリオって子……っていうか、私は。
確かに、容姿は整っているとは思うけど……エリス様とは全然違う!」
私は必死に言葉を紡いだ。
「私は、冒険者ギルドでシンディさんや、相棒のトレハ、それにパルスイートお嬢様とか……。
いろんな綺麗だったり、カワイイ人を知ってる。
でも、エリス様は別格だと。
なんていうか……そう思って……
自分が一番だと思ってたのが恥ずかしくて、すごく、悔しいなって……!」
中身が男だからこそ純粋に感じた美への敗北感と、それでも『ロザリオ』という依代を愛しているからこその悔しさ。
それを包み隠さずぶつけると、エリスは少し驚いたように目を見開き、そして……
ふふっ、と。
今日一番の、心からの笑い声を上げた。
「……嬉しいですわ。
ワタクシも、とても悔しい……と、そう思いましたわ」
エリスもまた、私の手を両手で優しく握り返してくれた。
「だって、自由に家を飛び出し、冒険者になり、ご自分の力で道を切り拓かれた。
そして、私の理想の姿でもある、シルバーブロンドで愛くるしいお顔立ちの美少女。
……これを見て、嫉妬してしまう自分自身を肯定するくらい。
ワタクシも、アナタに嫉妬しておりましてよ」
互いの手を握り合い、互いの美貌と生き方を全肯定し、そして嫉妬すらも隠さずにぶつけ合う。
本来なら、王子を巡って血みどろの争いを繰り広げるはずだった『主人公』と『悪役令嬢』。
その二人が、運命の強制力を蹴り飛ばし、ただの「一人の少女」として本音で笑い合っていた。
「……ふふふっ。
なんだか、ワタクシたち、とても良いお友達になれそうですわね」
「はい!
エリス様、これからよろしくお願いします!」
私たちが互いの美貌と生き方を称え合い、微笑み合っていると、パルスイートがソファに深く腰掛けながら、やれやれといった顔で口を挟んだ。
「あんた達、自分の容姿に自信があるのは結構だけど、この世界では凄い美人って意外と近くにいるもんなのよ…」
パルスイートは誰かを思い出すような素振りで、視線を遠くに移した。
「それはスクラさんのことではございませんかしら?」
エリスの言葉で我に返ったパルスイート。
「そうよ…まさかあそこ迄の美人だったなんて…」
「ふふっ。
貴女の理想は彼女が持っていたということですわね。
スクラさんは元々美人でしたけど、お痩せになってますます磨きが掛かりましたから。
まさに傾国の美女と言っても過言ではないですわね」
「太ってる時から美人だって思ってたってこと?
エリスの審美眼には恐れ入るわね、まったく…」
呆れたようにスクラロースの話を終わらせたパルスイートが、早々に纏めの話へと主題を戻す。
「さて、友情が芽生えたところで悪いけど。
今日からグレースは、ウチとエリスの領地でこき使われる労働者なんだからね?
感動の再会はこれくらいにして、明日からバリバリ働いてもらうわよ!」
「まかせて!
望むところっすよ!って、トレハ口調が移っちゃったじゃない……」
パプリカ領、ピメント。
そこは、前世の記憶と今世の因縁が複雑に交差する、混沌と開拓の最前線だ。
遠く窓の外からは、ハラペーニョの工場の煙とワンニャン・ランドの観覧車が見える。
私たちの新しい冒険が今、ここから始まろうとしていた。
第5章 冒険者編 完




