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第097話「番外編『連鎖する疑心暗鬼』:暗部事情!密談?全肯?」


 迷宮都市メレンゲの高級宿泊施設。

 あてがわれた最上級の客室は、静寂に包まれていた。


 ビアンコ男爵から明かされた、親世代の凄惨な因縁。

 そして、ソーヴィニオン王家が企てている、他国侵攻に向けた『四大至宝』のパワーバランス操作という恐るべき国家の陰謀。


 風呂を上がり、肌触りの良いナイトガウンに着替えた私は、フカフカのソファに深く身を沈めながら、今日一日の怒涛の展開を頭の中で反芻していた。


(……思った以上に、この世界の裏側はキナ臭いわね)


 所詮は乙女ゲームの舞台だと思って舐めていた。


 自分が悪役令嬢の取り巻きというモブポジションを利用して、上手く立ち回って玉の輿に乗り、一生左団扇で暮らす。

 そんな前世の過労死OLらしい、ささやかで強欲な夢は、気付けば国家間の覇権争いという巨大な渦の真ん中へと引きずり込まれようとしている。


 私がアンホーリー属性を持つ『天敵』として王家から追放されたのが事実なら、これからパプリカ領の力を強めれば強めるほど、王家の目は厳しくなるはずだ。

 ならば、まずは足元を固めなければならない。

 私自身の、一番身近にいる『戦力』の確認だ。


 私は、部屋の隅で音もなく控えている専属侍女へと視線を向けた。

 黒髪をきっちりと纏め、銀縁の眼鏡をかけたクールビューティ。


 サラヤ。


 表向きは私の有能なメイドだが、その正体は『王家暗部』に所属する情報屋だ。

 以前、王都の路地裏で皿を割って泣いていた彼女を私が金で雇い入れたのが始まりだが、今日の話で王家とアセスルファム公爵派閥の状況を聞いた後では、彼女の立ち位置をはっきりさせておく必要がある。


「……サラヤ。

 今回の件で王家のきな臭い話がでたでしょ?

 ついでだから、あなたに少し聞きたいことがあるのよ」


 私が静かに声をかけると、サラヤは無表情のままスッと一歩前に出た。


「何でしょうか、お嬢様」


「この部屋、人払いできてる?」


 私の問いに、サラヤは眼鏡の位置を中指でクイッと押し上げ、淡々と答えた。


「いえ」


「……じゃあ、聞かれて問題ないことだけ答えて貰いたいんだけど、いいかしら?」


「はい。

 間者スパイはいませんので、問題御座いません」


(……なるほど。

 それって、アスパルテーム家の護衛がどこかにいるって事よね……)


 間者はいないが、人はいる。


 おそらく、天井裏か隣の部屋のバルコニーあたりに、お父様が雇った護衛が控えているのだろう。

 我が家の過保護ぶりには頭が下がる。


 私は一つ息を吐き、姿勢を正してサラヤを真っ直ぐに見据えた。


「サラヤ、あなた、王家の暗部とどういう建て付けでここにいるのよ?」


 ド直球の質問。

 サラヤの肩が、ほんの僅かにピクリと動いた。


「……なんのことでしょう?」


「とぼけないでちょうだい。

 別にクビにするとか、そんな話をしたいわけじゃないわ。

 あなたがどこまで信用できるのかってだけよ」


 私は扇子をパチンと開き、口元を隠した。


 王家が私の母を英雄から一転して危険視し、私を追放したというなら、王家の暗部であるサラヤが私の側にいる理由が不自然になる。

 監視か、それとも暗殺の機会を窺っているのか。


 少しの沈黙の後。

 サラヤは観念したように、低く抑揚のない声で答えた。


「……監視と報告です。

 それ以上でも以下でもありません」


「あ、そ。

 エリスのところは?」


 私が親友であるエリスリトール(現在は独立してグルコース男爵)の状況を尋ねると、サラヤの眼鏡の奥の瞳が、スッと冷たい光を帯びた。


「グルコース男爵様のところに関して、私からの直接的な関与はございません。

 叙爵後に王家より間者が二名送り込まれたとの情報を掴み、警戒の強化策を模索していたのですが…」


「それってアナタが間者ってことも疑われるわよね。

 その情報、暗部のサラヤのもの?

 それとも闇の情報屋サラヤの方かしら?」


「情報屋として調べたものです。

 暗部構成員間でこのような作戦の情報は連携することはありません」


「今もエリスのところにはその二人がいるの?」


(もし居るなら、明確に隔離しなければならないわね)


「いえ、エリスリトール様の領地到着前にアセスルファム公爵様の手の者に『処理』されました」


「ッ……」


 私は思わず、扇子の下で顔を引きつらせた。


 処理。


 その隠語が意味するものは、言うまでもなく『抹殺』だ。

 あの優しくて高潔なエリスの実家であるアセスルファム公爵家が、王家の放ったスパイを人知れず、しかも事前に消し去っている。

 鳩派(穏健派)の筆頭だと言いながら、裏の顔は容赦がない。

 貴族社会の恐ろしさを肌で感じる瞬間だ。


「で、うちは大丈夫と。

 ずいぶんと舐められたもんね?」


 公爵家には手を出せないが、格下の伯爵家(しかも追放された娘の陣営)なら暗部を堂々と居座らせても文句は言われないと思われているのだろうか。

 私が少しムッとして言うと、サラヤは静かに首を横に振った。


「いえ、誤解のないようにお話しますが。

 私が侍女としてお仕えすることは、旦那様(アスパルテーム伯爵)から許可を頂いております」


「当たり前でしょ?

 私の専属侍女なんだから」


「いえ。

 私が『王家暗部所属である』ということを知った上で、です」


「……は?」


 私は目を見開いた。

 どういうことだ。

 お父様が、サラヤが王家のスパイだと知っていて、私の側につけた?


「なんで、敵対派閥になる王家の暗部を、私の侍女としてお父様が許可するのよ」


「取り引きです」


 サラヤは淡々と、しかし衝撃的な事実を告げた。


「監視と報告は目を瞑るから、お嬢様の安全を確保すること。

 それが、旦那様と私との間で交わされた契約です」


(……お父様……!)


 私の脳裏に、いつも胃薬を飲んで土気色の顔をしていた、あの気弱そうな父親の姿が浮かんだ。

 だが、その裏で彼は、潜入してきた王家の暗部構成員と交渉を行い、娘の盾として逆利用するという、とんでもない綱渡りをやってのけていたのだ。

 あの胃痛の半分は、間違いなくこういう命懸けの神経戦から来るものだろう。

 親の愛の深さと、貴族当主としての凄みに、私は密かに舌を巻いた。


「それ、あんたになんのメリットがあんのよ!」


 私はサラヤに問い詰めた。

 いくらお父様と取り引きしたとはいえ、暗部である彼女が敵対勢力の娘を守る義理はないはずだ。


「もし私がお嬢様の侍女としてお仕えできず、任務失敗として戻っていた場合……。

 足が付かないように王家側に『処理』されるだけです」


 サラヤの言葉には、一切の感情がこもっていなかった。

 それが彼女たちにとっての『日常』であるかのように。


「グルコース男爵様の方へ送られた者達は、既にこの世にはおりません。

 ……今の、生き延びている状況が、私にとって十分なメリットです」


 失敗=死。


 使い捨ての駒としての、暗部の過酷な現実。

 お父様はそれを見抜き、「ここで私に始末されるか、王家に始末されるか。生き延びたければ娘の盾になれ」と、彼女の命を握って飼い慣らしたのだ。


 私は、改めて目の前の地味な侍女を見つめ直した。

 ただの守銭奴でお菓子好きなメイドだと思っていたが、彼女は常に死と隣り合わせの綱渡りをしながら、私の側で紅茶を淹れていたのだ。


「……ついでだから、もう一つ聞きたいんだけど」


 私は扇子を閉じ、膝の上に置いた。


「最初に出会ったときの事。

 あの王都の路地裏で、アンタがお皿を割って泣いてたアレ……仕込み?」


 私の脳裏に、王都の裏路地で出会った日のことが蘇る。

 高価な皿を割り、給仕長に怒られると絶望していた彼女を、私が金貨で救い、情報屋として雇い入れたあの出来事。


「あの場所でお皿を割り、ああやって佇んでいた事に関して、確かに仕込みではあります」


 サラヤは悪びれる様子もなく認めた。


「が、お嬢様に向けたものではありません」


「どういうこと?」


「たまたま声を掛けて貰えれば、別の貴族でも良かったのです。

 私たちはそうやって同情を引き、貴族の懐に入り込むのです。

 そういう、情報収集の縁を作る手立ての一つだとお考えください」


「……なるほどね」


 完璧な演技だった。

 確かに私は声をかけた。

 あの悲壮な姿を見れば、他の気まぐれな貴族がパトロンになろうと声をかけてもおかしくはない。


「そんな危ないことばかりやってるってこと?」


 一歩間違えれば、不審者として切り捨てられるか、悪趣味な貴族の慰み者にされる危険もある。


「私達は幼少期より、高度な戦闘技術や、様々な座学を徹底的に学びます。

 大概のことにおいて、普通の方に遅れをとるような事はありませんので、危険は少ないと考えております」


「幼少期って?」


「物心が付いた時は施設にいますので、生まれて間もないころからです」


 淡々と語られる過去。

 私は思わず、眉をひそめた。


「親や兄妹は?」


「存じ上げません」


 サラヤの顔には、寂しさも悲しさもなかった。

 最初から与えられていないものを、失う悲しみはない。

 ただ、国のために情報を集め、人を欺き、不要になれば消されるだけの『部品』として育てられたのだ。


(……この子、私が思ってた以上に、ハードな人生送ってんのね)


 私は、小さく息を吐いた。

 乙女ゲームの裏側に潜む、名もなきキャラクターたちのリアルな痛み。

 それを知ってしまった以上、ただの「便利なNPC」として扱うことは、もうできない。


「そう。

 ……だいたい想像がついたわ」


 私は深くソファに腰掛け直し、サラヤの目を真っ直ぐに見つめた。


「何故、お父様との取り引きに応じたの?」


「え?」


「王家の洗脳まがいな教育を受けてきたんでしょ?

 任務至上主義なら失敗を悟った時点で自刃するとか、お父様に特攻して果てるとか、そういう選択肢もあったはずじゃない」


 私の鋭い問いに。

 サラヤの肩が、初めて大きくビクッと跳ねた。


「……ッ!」


 彼女は唇を強く噛み締め、視線を床へと落とした。

 鉄仮面のような無表情が崩れ、人間としての葛藤が、その顔にありありと浮かび上がる。

 数秒の重苦しい沈黙の後、彼女は絞り出すように口を開いた。


「……暗部構成員として、あるまじきことですが」


 サラヤの拳が、ドレスのスカートをギュッと握りしめる。


「私は……死にたく無いと、思ってしまいましたので……」


 それは、感情を殺す訓練を受けてきたはずの彼女の口から漏れた、初めての人間らしい『本音』だった。


 国の道具として生きることを強要されながらも、彼女の魂の根底には、確かに『生きたい』という生物としての根源的な欲求が残っていたのだ。

 だからこそ、彼女は任務を放棄し、二重スパイという綱渡りの道を選んででも、生き延びる道にしがみついた。


 私は、その震える肩を見つめながら、フッと口元を緩めた。


「……それでいいのよ」


「……え?」


 サラヤが、驚いたように顔を上げる。


「生きたいのなんて、当たり前じゃない」


 私は断言した。


 前世で、ブラック企業にこき使われ、安月給で働き詰めになり、最後は自分の体すら労われずに過労死した私。

 死んでから気づいたのだ。

 どれだけ惨めでも、どれだけ泥臭くても、生きていなければ美味しいものも食べられないし、お金を使うこともできないということを。


「変な回答だったら、それこそお父様に報告してクビにしてやろうと思ったのに。

 ……残念ね」


 私は冗談めかして肩をすくめた。


「ほんと、あんたも碌な人生じゃないわね」


 少しの同情と、同じように理不尽な世界を生き抜こうとする者への共感を込めて。


 サラヤは、私の顔をじっと見つめ返し、やがて静かに一礼した。


「……他を知りませんので。

 お気遣い、痛み入ります」


 その声は、先ほどまでの無機質なものとは違い、どこか温度を持っていた。


「なら、王家からの粛清の恐怖なんて忘れるくらい、ウチでしっかり働きなさい」


 私は扇子をパチンと開き、いつもの悪役令嬢(強欲)スマイルを浮かべた。


「命の心配もなく、お給料も弾んであげる。

 何より、私の専属侍女なら、毎日美味しいお茶菓子スイーツが食べられるわよ?

 ……その代わり、しっかり私の盾として、そして私の目と耳として働いて頂戴」


 金と待遇。

 そして何より「美味しいお茶菓子」という名の最高の報酬。

 私は、彼女の命ごと、私の欲と利益の渦へと丸抱えにする宣言をしたのだ。


 サラヤは、大きく目を見開き、それから……

 今日一番の、心からの(打算込みの)笑みを浮かべて、深々と、完璧なカーテシーを披露した。


「……割の良い職場ですので。

 生涯、お供いたします」


 それは、王家でも父親でもない、私とサラヤという個人同士で結ばれた、新たな主従の再契約だった。


「よろしい。

 じゃあ、冷めちゃったから、新しい紅茶を淹れて頂戴。

 ……それと、さっき届いた『新作タルト』、まだ残ってるわよね?」


「いえ、残念ながらそちらは既に品切れしておりまして、別の新作をお取り寄せいたします。

 ……もちろん、私が先に毒味をさせていただきますが」


「だから、勝手に食うなっつってんでしょ!」


 夜のメレンゲの宿屋に、いつもの騒がしいやり取りが響く。


 世界の裏側には陰謀が渦巻き、四大至宝という兵器が睨み合う恐ろしい時代。

 だが、私にはこの頼もしくも現金な仲間たちがいる。


 どんな暗闇が待ち受けていようとも、私たちはきっと、しぶとく生き抜いてみせるだろう。

 そんな確信を胸に、私はサラヤが淹れてくれた温かい紅茶を、美味しくいただいたのだった。

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