第096話「真実補足!裏側?本心?」
面白いかわかりませんが、ロザリオの中の人がどう思っていたのかというお話です。
読み飛ばしても問題ありません。
窓の外の喧騒が嘘のように遠ざかり、ギルド長室は完全な密室の静寂に包まれていた。
張り詰めた空気の中、俺……ことグレースは、義父であるビアンコ男爵と、義母であるメリア夫人の重苦しい様子を静かに見つめていた。
この世界の両親。
ロザリオのお父様、お母様。
確かに俺はこの世界で生まれた魂じゃないが、ロザリオを10歳まで育ててくれたのはこの二人だ。
今回、ロザリオとして目覚めた俺が家出したにも関わらず、居所を探り当ててまで、こうやって場を設けてくれたのには、それなりの理由があるのだろう。
男爵が一度だけ深く目を閉じ、そして、ゆっくりと重い口を開いた。
「……ロザリオ。いや、グレース。
お前に真実を話す前に、まず、私という人間の成り立ちについて語らせてくれ」
男爵は、かつて自分が『フェンリルの牙』というパーティーを率いる冒険者であり、『戦場の魔狼』と呼ばれていたことを語り始めた。
そして、妻のメリアと共に戦争で武勲を立てて貴族になったこと。
二人の間に出来た子供が死産であり、メリアが二度と子供を産めない体になってしまった凄惨な過去を明かした。
「そういった過去があるからこそ……お前に伝えなければならない、最も重要な事実がある。
お前は……我々の実の娘ではない」
「……え?」
俺は小さく声を漏らし、微かに目を見開いた。
(実の娘ではない、か)
このあたりはゲームの設定なのかも知れないが、ロザリオとしての記憶にも、それを知ってる節はない。
確かに驚きはある。
しかし、どこかで納得している自分もいた。
異世界転生という超常的な出来事を経験している以上、自分を取り巻く環境に何かしらの齟齬がある可能性は常に思考の片隅に置いていたからだ。
だが、血が繋がっていないからといって、なんだと言うのか。
厳しいながらも、この二人がこれまでロザリオを育ててきたのは間違いない。
血の繋がりという物理的な事実が欠けていたとしても、彼らが注いでくれた時間の重みは揺るがない事実だ。
本来のロザリオと二人の暮らしから、自分の都合で逃げ出したのは俺の勝手な判断だ。
だからこそ、俺は彼らの言葉を最後まで真摯に受け止めるべきだ。
そう思う。
俺は義父母を見つめ返し、静かに問いかけた。
「……私は、どこから来たのか?」と。
男爵は安堵したように息を吐き、12年前の聖リプトーン教国への大規模侵攻について語り始めた。
名もなき辺境の村。教国軍の駐留による激戦。
足止めと物資隠匿のための徹底した焦土作戦。
その焼け跡で、炎を寄せ付けない神聖な光の結界の中で泣き叫んでいた赤子――それが、ロザリオだったと。
(焦土作戦の跡地での奇跡の生存者……
それがロザリオの始まりというわけか。
ロザリオとしての記憶には、この出来事は一切残っていない。
本当に二人の子供だと思って暮らしていたんだろうな)
さらに男爵の推察として、教国の『先代の聖女』が、本格的な侵攻に備えて我が子を安全な辺境へ逃がしたのだろうと語られた。
「……じゃあ、私の本当の母親は……先代の聖女様は、どうなったの?」
俺が震える声で問うと、男爵は一人の凄絶な魔法戦士と死闘を繰り広げ、敗北し、命を落としたことを告げた。
そして、その魔法戦士こそが、目の前にいるパルスイートの母親、英雄パルスエットであると。
「…………」
隣に座るパルスイートの呼吸が完全に停止したのがわかった。
(なるほど…
『ロザリオの実母』は教国の先代聖女であり、目の前にいるパルスイートの母親である『聖女殺し』と呼ばれる英雄との死闘の末敗れた。
先代聖女の方はその時に亡くなったということだろうな。
そしてパルスイートの母親も、その時の無理が祟って命を落とした……)
俺は頭の中で、急速に状況を整理していく。
『ホーリースイート』という乙女ゲームがベースなのもあり、ただの『ほんわかファンタジー』世界だと思っていた。
だが、その裏側には、親世代が命を懸けた殺し合いの歴史と、血に塗れた因果が横たわっていたのだ。
沈黙を破ったのは、パルスイートの背後に控えていたサッカリンだった。
彼が当時の戦場の異常な激戦ぶりを語り、続いて侍女のサラヤが淡々と詳細を補足した。
理不尽なまでの回復能力を持つ教国の聖女。
それに対するパルスエットの力は、聖属性の治癒や加護を無効化する『アンホーリー属性』と、あらゆる攻撃を弾き返す絶対防御の『絶鎧』。
(回復反転のアンホーリーと、絶対防御の絶鎧。
理不尽なまでの回復を打ち崩すために特化した、完全な天敵としての構成……)
俺は密かに息を呑んだ。
それは、聖女の長所を完全に潰すための最適解。
凄絶なる相克の対峙。
ただ『聖女を殺す』
それだけに等しい存在。
しかし、問題はそこではない。
(パルスイートは、どんな気持ちでこの話を聞いている……?)
チラリと彼女を見る。
少し視線を落としながらも、冷静に話の内容を咀嚼しているようだった。
母親の命と引き換えの因縁。
パルスイートがロザリオに恨みを向けてきても、全くおかしくない状況だ。
だが、重い真実はそれだけでは終わらなかった。
男爵が、パルスイートが追放された『本当の理由』と、ロザリオに課せられた淑女教育の真実を語り始めたのだ。
国王デラウェアが下した、『出自を隠してビアンコ家の養女とし、いずれ王家に輿入れさせて国の切り札とせよ』という非情な勅命。
男爵の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「王家からお前を守れず、ただ苦しめることしかできなかった。
自分の無力が憎い。
許してくれ、ロザリオ……。
こんな、不甲斐ない父親を……」
男爵はソファから立ち上がり、俺の前に進み出ると、そのまま床に膝をつき、深く、深く頭を下げた。
メリア夫人もまた、夫に寄り添うように床に崩れ落ち、顔を覆って泣き咽んでいる。
「お父様……! お母様……!」
(……王命という絶対的な力。それに逆らえばロザリオは制御の難しい不穏分子として消される。
だからこそ、心を殺してあの厳しい教育をロザリオに課したのか)
俺は弾かれたように立ち上がり、二人の元へと駆け寄った。
視界が涙で滲む。
泣いているのはロザリオなのか、それとも俺が泣いているのだろうか…それは俺自身でも定かではなかった。
ただ、胸が張り裂けそうだった。
俺はこの人たちの苦悩も知らず、本来のロザリオの気持ちも考えず、ただあの第二王子への輿入れから逃げるため、自分の為だけに家を出たのだ。
結果としてこの二人にどれだけ重い荷物を背負わせてしまったのだろう。
(血の繋がりなんて関係ない。
この人たちのロザリオに対する行動の理由は、間違いなく子を愛する本物の『親』のそれだ)
「ごめんなさい……!
私、何も分かっていなかった!」
俺は床に伏す義父母の背中を、小さな手でしっかりと抱きしめた。
「血が繋がっていなくても……
お二人は、私の本当のお父様とお母様です!
私を拾ってくれて、育ててくれて……本当に、ありがとうございました!」
自然と溢れ出た、心からの感謝の言葉だった。
家族の絆を再確認し、涙を流して和解する俺たち。
だが、真実はまだ終わっていなかった。
俺(=ロザリオ)の出自の話ではない。
パルスイートに関する重大な秘密が残されているというのだ。
続いてメリア夫人の口から語られたのは、国家の裏側で蠢く、恐ろしい陰謀の全貌だった。
他国への侵攻を目論む王家(鷹派)と、それを阻む公爵派閥(鳩派)の対立。
公爵派閥に偏った『四大至宝』のパワーバランスを崩すため、王家はパルスイートの暴走を利用したという。
婚約破棄騒動を大義名分として、『魔槍ズールティン』を持つズルチン家を王家側に引き抜き。
そして、新たな聖女であるロザリオを王家に取り込むため、その『天敵』となるアンホーリー属性を持つパルスイートを、体よく辺境へ隔離(追放)したのだと。
また、本来の婚約者であったエリスリトール様が持つ『滅杖アゼズルガル』から、戦力として有利な『魔槍ズールティン』を持つズルチン家への鞍替え、そして公爵家派閥と王家との一触即発の状況が併せて語られる。
(四大至宝のパワーバランス……
なるほど、国家そのものが他国を侵略するための盤面操作をしていたのか。
とても恋愛を題材に楽しめるような世界観じゃないな…)
俺は改めて、その事実の重さを噛みしめた。
結果としてパルスイートの追放は、王家の聖剣と聖女であるロザリオの天敵を排除すること……
彼女もまた、国家という巨大な力に理不尽に搾取された被害者だったのだ。
ふと気になり、パルスイートの方を見る。
彼女は扇子を握りしめ、ワナワナと肩を震わせていた。
巨大な権力の掌の上で踊らされていた屈辱と怒りに、静かに戦慄しているのがわかる。
やがて、ひとしきり涙を流し終えた男爵が、パルスイートに向かって深く頭を下げた。
中立派であるビアンコ家がメレンゲでロザリオを匿い続けるのは限界が近い。どうか、独自の力を持つパプリカ領で匿ってくれないか、と。
だが、これはパルスイートにとって、あまりに酷な相談ではないだろうか。
(何も親の仇の娘であるロザリオを、恨んでいても仕方がない彼女に庇護させなくてもいいんじゃないか?
聖女である自分なら、教国に亡命するという方法も取れる。
なにも彼女だけが割を食う必要なんてないだろうに…)
そんな思考を巡らせながら、俺は息を呑んで彼女の反応を待つ。
本来なら、親世代の因縁で憎み合ってもおかしくないはずの相手だ。
自身の追放の真実を知り、俺のせいで自分が割を食ったと恨まれても仕方がない。
少しの沈黙の後、パルスイートは扇子を静かにパチンと閉じ、落ち着いた声で語りかけた。
「……男爵様。
顔を上げてくださいな。
案がないわけではありませんのよ……」
パルスイートはギルドマスターを真っ直ぐに見据え、静かで理にかなった提案を行った。
ピメントに冒険者ギルドの『支部』、および『人材派遣ギルド』を設立する。
そして、グレースと縁のある職員を、正規の人事異動としてそちらへ派遣する。
ギルドの業務命令という隠れ蓑があれば、王家の目も誤魔化せるはずだと。
(……)
俺は彼女の横顔を見つめ、静かに感嘆した。
(自身の追放の真実を知りながらも、恨み言一つ言わず、俺や義父母を救うための最適解を出す…か。
ギルドの業務命令という合法的な隠れ蓑。
感情に流されず、完全に理にかなっている)
彼女の器の大きさと、その論理的な思考回路に、俺は素直に頭が下がる思いだった。
(親世代の因縁はあるかもしれない。
だが、そんな呪いに縛られるような底の浅い女じゃないわけか。
……この合理性は、信頼に足る。
俺自身の勝手な解釈だが、この人となら、上手くやっていけるかもしれないな)
男爵とギルドマスターが歓喜と安堵に包まれる中、静かに微笑むパルスイートを見つめながら、これから始まるパプリカ領での新たな生活に、確かな希望を感じていた。
◇
その夜。
ギルドでの会談を終え、パルスイートの一行はメレンゲの高級宿に一泊することになった。
一方、冒険者ギルド・メレンゲ支部の内部では、ギルドマスターによる緊急会議が開かれていた。
深夜のギルド内に、ギルマスの宣言が響く。
「――急遽、パプリカ領ピメントに当ギルドの『支部』を設立することになった!」
どよめく職員たち。
グレースは部屋の隅で、その様子を静かに見守っていた。
「つきましては、ピメント支部へ向かう初期メンバーの異動を発表する!
まず、グレースは専属冒険者としてピメントへ異動。
そして、そのサポート役として……」
「はいっ!
私が!
私が行きます!」
「自分も行くっす!
グレースっちの相棒は自分しかいないっす!」
間髪入れずに手を挙げたのは、受付嬢のシンディさんと、斥候のトレハだった。
予想通りの反応だ。
「うむ。お前たちの異動申し出を許可する。
シンディ、お前を『ピメント支部の支部長』に任命する!
トレハはその補佐だ!」
二人が歓声を上げて抱き合う。
だが、その決定を聞いて、他の職員たちが黙っていなかった。
「ギ、ギルドマスター!
俺も!
俺もグレースの護衛としてピメントに行かせてください!」
「私だって行きたいわ!
グレースちゃんの新しいお洋服を見立てる係が必要でしょ!?」
倉庫番の教官や、経理のお姉さんまでが涙目で懇願する。
この人たちの過保護っぷりには、本当に頭が下がるやら呆れるやらだ。
「ええい、やかましいっ!!」
ギルドマスターの怒号が響き渡った。
「お前ら全員が行きたい気持ちは痛いほどわかる!
だが、お前らベテラン勢まで抜けたら、このメレンゲの本部が回らんようになるだろうが!
お前たちは残って、こっちの業務を回せ!
……今回は我慢してくれ、頼む!」
ギルマスの悲痛な叫びに、教官と経理のお姉さんは「そんなぁ……」と膝から崩れ落ちた。
だが、彼らも大人だ。ギルドの運営が立ち行かなくなることまでは望んでいない。
「……仕方ない、か」
教官が悔しそうに立ち上がり、シンディさんの肩を強く叩いた。
「シンディ。絶対に……絶対にグレースちゃんを守れよ。俺たちの分までな」
「ええ、分かっているわ」
「トレハちゃんも。
あの子のこと、頼んだわよ」
経理のお姉さんが涙を拭いながらトレハの手を握る。
「任せるっす!
アタシたちが、グレースっちを守ってみせるっすよ!」
仕方ないという諦めと、確かな信頼。
皆が納得し、合意して二人に俺の未来を託す、温かい空気がギルドを包み込んだ。
(……本当に、恵まれてるな、俺は)
俺は部屋の隅で、そっと胸の奥が温かくなるのを感じていた。
義父母の深い愛情。
そして、ギルドの皆の温かい想い。
王家の陰謀や、親世代の凄惨な因縁。
そんな重いものがのしかかってきても、この人たちが背中を押してくれるなら、きっと前へ進める。
パプリカ領での新たな生活。
俺と、パルスイートというもう一人の転生者。
ここから、俺たちの反撃が始まるのだ。




