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第095話「真実開示(後編)!陰謀?贖罪?」


 重たい雰囲気に呑まれたかのように、窓の外の喧騒は相変わらず嘘のように遠ざかったままであった。

 それはこの真実の開示を、世界そのものが推し進めているかのような静寂なのかも知れない。


 完全な密室と化したギルド長室。

 張り詰めた冷たい空気の中、私は扇子を握る手にギリッと力を込め、ビアンコ男爵の次なる言葉を待っていた。


 親世代の凄惨な因縁。


 私の母、パルスエットが教国の聖女を討ち取った『聖女殺し』であったという事実。

 そして、教国の新たな聖女こそが、その戦火の中で男爵に拾われた、目の前にいるグレース――ロザリオ・ビアンコだということ。


 これだけでも私の頭のキャパシティを超えるほどの衝撃だったが、男爵はさらに「王家の思惑」と「私が追放された本当の理由」があると言うのだ。


「……男爵様。

 恐ろしい陰謀とは、どういうことですの?」


 努めて冷静な、しかし僅かに震える声で私が促すと、男爵の隣に座るメリア夫人が、悲痛な面持ちで口を開いた。


「パルスイートお嬢様。

 これは、あくまで私たち夫婦の、そしてかつて冒険者として裏社会の動きも見てきた者としての推察に過ぎませんが宜しいでしょうか……」


 メリア夫人の静かな声が、部屋に響く。


「ええ、勿論構わないわ。

 聞かせてくださるかしら?」


「承知いたしました。

 まず、現在のソーヴィニオン王家は、他国への侵攻と大陸制覇を目論む『鷹派』でございます。

 彼らは常に武力を背景に周辺諸国への圧力を強め、自国の領土を広げることばかりを考えております。

 対して、我が国には他国との無用な争いを避け、友好と交易による繁栄を重んじる『鳩派』が存在します。

 その筆頭が、お嬢様の主家にあたるアセスルファム公爵家が率いる派閥なのです」


「鷹派と、鳩派……」


「はい。

 国王陛下をはじめとする王家の方々にとって、この公爵派閥の存在は、自分たちの野望を阻む極めて邪魔なものでした。

 平和を唱える彼らの声は、戦を望む王家にとって耳障りなだけでなく、実質的な脅威でもあったのです。

 なぜなら、この国を根底から支える『四大至宝』と呼ばれる強大な兵器のパワーバランスが、著しく公爵派閥に偏っていたからです」


 メリア夫人が語る「四大至宝」。


 それはこの国の軍事バランスを決定づける四つの戦略兵器の総称である。

 私が知る限り、その管理と継承状況はこうだ。

 

 - 聖剣ソルビニオン

  管理:ソーヴィニオン王家

  継承:アーリー第二皇子?


 - 滅杖アゼズルガル

  管理:アセスルファム公爵家

  継承:不明


 - 魔槍ズールティン

  管理:王家(元はズルチン侯爵家の至宝だが、継承者チクロの輿入れにより移管)

  継承:チクロ第二王子妃


 - 絶鎧アスラムテイル

  管理:アスパルテーム伯爵家

  継承:現在は行方不明


(『聖剣ソルビニオン』はホーリースイートにも出てきた武器。

 アーリー第二皇子が聖剣の継承者、ロザリオが聖女という、異世界ラブロマンスではありふれた構成だった。


 本来の至宝は四つ。


 『魔槍ズールティン』はチクロが持っているのを知っているからわかる。

 でも、アセスルファム公爵家所有の『滅杖アゼズルガル』の話はエリスから聞いたことがない。

 『絶凱アスラムテイル』についても、当家所有といわれているが見たこともないのよね…)


 いずれも一国の命運を左右する力を持ち、その管理権と継承者は政治的にも軍事的にも絶大な意味を持つ。


 四大至宝という名を聞き、私は背後に控えるサッカリンとサラヤの気配が僅かに鋭くなったのを感じた。

 彼らのような裏社会や戦闘のプロであれば、その名前が意味する絶大な力を嫌というほど理解しているはずだ。


「当時王家が所有していたのは、絶対的な力を持つ『聖剣ソルビニオン』のみ。

 対して、公爵派閥は三つの至宝を擁しておりました。

 一つは、アセスルファム公爵家が管理する、拠点防衛に特化した絶対障壁の『滅杖アゼズルガル』。

 一つは、公爵派閥の武の要であるズルチン侯爵家が代々受け継ぐ、一振りで地形をも書き換える広域戦略兵器『魔槍ズールティン』。

 そして最後の一つが……アスパルテーム伯爵家が管理する、所有者へのあらゆる外部干渉を弾き返す絶対防御の『絶鎧アスラムテイル』です」


 私は息を呑んだ。

 先日、チクロが『ガス抜き』と称して魔獣の森を更地にした、あの規格外の魔槍ズールティン。

 そして、亡くなった私の母が契約者であり、今は行方の知れない絶鎧アスラムテイル。

 これほどの戦略兵器が公爵派閥に集まっていれば、王家といえども容易には手出しができないだろう。


「王家は、なんとしてもこのパワーバランスを崩し、公爵派閥の力を削ぎたかった。

 武力において優位に立たなければ、自分たちの思うような他国侵攻が進められないからです。

 そこで目を付けられたのが……お嬢様、貴女様の引き起こした『あの騒動』です」


「……私の、あの騒動?」


 私の脳裏に、数年前の王城での出来事がフラッシュバックする。

 エリスリトールと第二王子アーリーの婚約破棄騒動。

 私が悪役を演じてエリスの悪評を流し、婚約を白紙にさせた、あの玉の輿簒奪計画だ。


「王家は、お嬢様の暴走をあえて止めず、泳がせていたのでしょう。

 元々は平和的な按分のため公爵家の『滅杖アゼズルガル』をエリスリトール様と共に王家へと差し出すつもりでおりました。

 しかし、第二王子の婚約者たる公爵令嬢の醜聞を広めたという『瑕疵かし』を公爵派閥に押し付け、それを大義名分として婚約を破棄した。

 さらに、公爵家への当てつけと戦力の分断を狙い、武門の名家であるズルチン侯爵家のご令嬢、チクロ様を新たな婚約者として王家側に引き抜いたのです」


「なっ……!?」


「これにより、広域戦略兵器である『魔槍ズールティン』は王家の管理下に置かれました。

 公爵派閥の武力は大きく削がれたのです。

 そして……王家の盤面操作はそれだけでは終わりません。

 騒動の『生贄スケープゴート』として、お嬢様を辺境のパプリカ領へと追放しました」


 メリア夫人の言葉が、鋭い刃のように私の心に突き刺さっていく。


「それは単なる罰ではありません。

 新たな聖女であるロザリオを王家に取り込み、国の切り札として運用するにあたって……。

 聖属性の回復を『なかったこと』にできるアンホーリー属性の血を引く貴女は、王家にとって最も警戒すべき『天敵』だったのです。

 だからこそ、体よく辺境へと『隔離』した。

 すべては、王家の盤石な支配を確立し、大陸制覇の野望を推し進めるための、恐ろしい陰謀だったのです」


「…………」


 私は、開いた口が塞がらなかった。

 頭の中で、ガラガラと音を立てて自分の前提が崩れ去っていく。


(……なんてこと。

 私がエリスのために泥を被ったフリをして玉の輿を狙ったあの計画は……。

 最初から王家に見透かされていて、都合の良い政治の駒として利用されただけってこと……?)


 私は扇子を握りしめ、ワナワナと肩を震わせた。


 自分が盤面をコントロールしているプレイヤーだと思っていた。

 悪役ムーブで立ち回り、最高の結果を掠め取るつもりだった。

 しかし現実は、国家という巨大な化け物の掌の上で踊らされていた、ただのピエロだったのだ。


(私の人生を賭けた計画が……王家の盤石な支配を確立するための、ただの『生贄』だったなんて……!)


 私が内心で冷たい戦慄と静かな怒り、そして圧倒的な無力感に震えていると、ビアンコ男爵が静かに深く息を吐いた。


「……これが、お嬢様が王都を追われた真実の裏側、その一端です。

 それとは別に、パルスイートお嬢様はアセスルファム公爵令嬢であられたエリスリトールお嬢様の処遇についてはどうお考えでしょう?」


(エリスのこと?

 出奔して男爵になった件なら、彼女自身が望んだことじゃないの?)


「それは、エリスリトール様が男爵になられた事かしら?」


 ビアンコ男爵は一度メリア夫人と目配せを交わし、お互いに頷き合った後で話を続ける。


「左様でございます。

 お嬢様はきっと、全てがアセスルファム公爵様がエリスリトール様のご意向を汲んで、親心として魔境(パプリカ領)の割譲を呑んだとお思いなのではございませんか?」


「勿論、公爵様がエリス自身の意向を汲むという点において、多分にその傾向は強いと思っておりますわ。

 ビアンコ男爵様は、それ以上の真実がある……と仰りたいのですわよね?」


「ええ、私達夫婦の考えはもう少し違うものです。

 こちらも憶測に過ぎませんが、お話ししても?」


「是非、伺いたいですわ」


 一瞬目線を落とした男爵が、少し深呼吸をして改めて語り始める。


「アセスルファム公爵様は、王家と事を構えるつもりではないかと考えております」


(……!!)


「まさか? 謀反を?」


「あくまでも憶測です。

 至ってはパルスイート様のお父君であるアスパルテーム伯爵様も同じお考えかもしれません…

 ただ、当代のズルチン侯爵様はチクロ様の第二王子への輿入れを後押しした可能性が高く、王家とのなんらかの繋がりが疑われますが」


「そんな……そこまでの事が……」


「少なくとも王家側にはあるのですよ。

 チクロ様を取り込み『魔槍』と言う巨大な力を手にし、『絶鎧』は行方が知れず、さらには天敵たるその後継者候補であられるお嬢様を辺境へ追いやった。

 今、アセスルファム公爵派閥に残っているのは『滅杖』のみ。

 王家は、この絶好の機会に乗り、敵対派閥を粛清しようと考えている節があるのです」


(王家はそこまでしてまで、世界の覇権を目論んでいるってこと?

 そこに何があるっていうのよ…)


「王家がそうまでして、大陸の制覇に拘る理由はなにかしら?」


「王家としての威信を盤石なものにする。

 それ以外はないでしょうな……

 建国における聖剣所有者の貢献により、彼らは王家としての成り立ちを得ました。

 しかし、今の王家は治世を疎かにし、強硬的な外交による他国との摩擦を生み、周辺国家との在り方はまさに針のむしろです。

 ならば国内を王家で全て平定し、周辺国家も一枚岩となった王家の力で捻じ伏せてしまえば良いとお考えなのでしょう」


「暴君のやり方ですわね」


「私も同じように感じております。

 エリスリトール様が魔境へ送られた理由、それは『滅杖』を中央から遠ざけるためでしょう」


「え?

 エリスリトール様が『滅杖』を継承されているとは伺っておりませんわ?」


「大々的には公表されておりませんが、当初の第二王子妃の候補であった理由は、『滅杖』を継承したことが理由でしょう。

 王家は四大至宝を取り込むため、エリスリトール様との婚約で公爵家と手を取り合った訳ですが、実際には広域破壊兵器として『魔槍』の方を欲したことで、狙いを変えたという別の流れもあると考えております」


(なるほど……。

 だからエリスは、王家から遠ざかるためにあんなにもあっさりと独立し、辺境へやってきたのか。

 親心だけじゃない、公爵家の最高戦力を王家から隠し、温存するための『疎開』だったってわけね)


「……ありがとう。

 私の話はここまででいいわ、少し考える必要がありそうですし。

 それよりも、ご家族のお話をなさってくださいな」


「お気遣い、感謝いたします。

 ロザリオ」


 男爵の視線が、再び真っ直ぐにグレースへと向けられる。

 グレースは両手を膝の上で固く握りしめたまま、義父の言葉をじっと受け止めていた。


「先ほども言った通り、我々はお前を王家から守り切ることができず、ただ不自由な生活を強いて苦しめることしかできなかった……」


 男爵の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


「だから……お前が自らの意志で家を出て、自由に生きる道を選んだと気付いた時。

 情けない話だが、私は少しだけ救われた気がしたのだ。

 ……ゆえに、あえて追手を差し向けるような真似はしなかった」


「え……?」


 グレースが、ハッと顔を上げる。

 その瞳には、ずっと抱えていた『自分は家を捨てた裏切り者だ』という罪悪感が、驚きによって塗り替えられていく色が浮かんでいた。


「王家には『懸命に捜索中ですが、未だ行方は知れず』とシラを切り通している。

 ……それが、お前にとって一番の『自由』だと思ったからだ」


 男爵は、かつて『戦場の魔狼』と呼ばれた勇ましい姿からは想像もつかないほど、弱々しく、悲痛な声で語った。


「王家からお前を守れず、ただ苦しめることしかできなかった。

 自分の無力が憎い。

 許してくれ、ロザリオ……。

 こんな、不甲斐ない父親を……」


 男爵はソファから立ち上がり、グレースの前に進み出ると、そのまま床に膝をつき、深く、深く頭を下げた。

 メリア夫人もまた、夫に寄り添うように床に崩れ落ち、顔を覆って泣き咽んでいる。


「お父様……! お母様……!」


 グレースは弾かれたように立ち上がり、二人の元へと駆け寄った。

 その瞳からは、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出している。


「ごめんなさい……!

 私、何も分かっていなかった!

 私に課せられたあの地獄のような淑女教育が、私を王家のお眼鏡に叶うようにして、命を繋ぐためのものだったなんて。

 お二人が、どれだけ私を愛してくれていたか。

 私の命を守るために、どれだけ苦しい思いをして、私に厳しくしてくれていたのか……!」


 グレースは、床に伏す義父母の背中を、小さな手でしっかりと抱きしめた。


「血が繋がっていなくても……。

 お二人は、私の本当のお父様とお母様です!

 私を拾ってくれて、育ててくれて……本当に、ありがとうございました!」


 涙声で紡がれる、心からの感謝と和解の言葉。

 男爵もメリア夫人も、顔を上げてグレースを強く抱きしめ返し、三人は床の上で涙を流しながら互いの温もりを確かめ合っていた。


 やがて、ひとしきり涙を流し終えたビアンコ男爵が、ゆっくりと立ち上がり、今度は私の方へ向き直った。

 そして、先ほどよりもさらに深く、頭を下げた。


「パルスイートお嬢様。

 ……厚かましいお願いであることは承知しております。

 ですが、中立派である我がビアンコ家が、これ以上メレンゲでロザリオを匿い続けるのは、限界が近うございます。

 王家の密偵が、いつこの街に嗅ぎ回りに来るとも限りません」


 男爵の悲痛な声が響く。


「どうか……独自の力と経済圏を持つパプリカ領で、彼女を匿ってはいただけないでしょうか。

 お嬢様の領地であれば、王家の手もそう簡単には届かないはずです。

 なにとぞ、娘を……!」


 頭を下げる男爵を見下ろしながら、私はすぐには言葉を返さず、静かに思い悩んでいた。


(私の母が、彼女の母を殺した。

 そして私の母も、その時の無理が祟って命を落とした。

 本当のパルスイートなら、母親を奪った遠因として、ロザリオを憎むのかもしれない。

 だが、転生者である私から見れば……ただどちらも、国という巨大な暴力と理不尽な運命に翻弄された、可哀想な被害者でしかない。

 私に過去は変えられないし、何か大層なことができるわけでもない。

 でも……だからこそ、せめて目の前にいる彼女には良くしてあげたい)


 それが、親世代の凄惨な因縁に対する、私なりの静かな『贖罪』だった。


 少しの沈黙の後、私は扇子を静かにパチンと閉じ、落ち着いた声で語りかけた。


「……男爵様。

 顔を上げてくださいな。

 案がないわけではありませんのよ……」


「お嬢様……?」


 私はくるりと振り返り、部屋の隅で事態を見守っていたギルドマスターを真っ直ぐに見据えた。


「ギルドマスター。

 貴方に提案があるわ。

 ピメントに、冒険者ギルドの『支部』、および『人材派遣ギルド』を設立してちょうだい」


「……支部、ですか?」


「そう。

 そして、彼女……グレースと縁のある職員を、正規の人事異動としてそちらへ派遣するの。

 ギルドの業務命令という隠れ蓑があれば、王家の目も誤魔化せるはずよ。

 彼女たちのことは、すべてウチの領地で面倒を見てあげるわ」


 私の提案に、ギルドマスターはハッと目を見開いた。


「な、なるほど……!

 正規のギルド業務としての異動であれば、確かに王家の密偵の目も誤魔化せます。

 何より、パプリカ領とのパイプが太くなるのは我々にとっても願ってもない話……!」


「そういうことよ。

 男爵様、これでご安心いただけまして?」


 私が静かに微笑むと、ビアンコ男爵は感極まったように何度も何度も頷いた。


「おお……おおっ!

 感謝いたします、パルスイートお嬢様……!

 貴女様は、やはり我がビアンコ家の……いえ、ロザリオの救世主です!」


 深く頭を下げる義父母と、涙ぐみながら私を見るグレース。

 私はそっと目を伏せ、彼らの静かな再会の時間を守るように、部屋の空気を保った。


     ◇


 その夜。

 ギルドでの会談を終えた私たちパルスイート一行は、メレンゲの高級宿泊施設にて一泊することになった。


 豪華な夕食を取りながら、私、サッカリン、サラヤ、そして足元で高級肉を食らう犬王ソーマチンの三人と一匹で、本日の怒涛の展開を整理していた。


「……いやぁ、今日はとんでもねぇ一日だったな」


 サッカリンがエールを煽りながら、大きなため息をつく。


「あのグレースって嬢ちゃんが教国聖女の娘で、お嬢の母親がそれを殺した『聖女殺し』だったとはな……

 それに、王家の陰謀と、お嬢が追放された真実。

 俺たちが思っていた以上に、この世界はキナ臭い政治の盤面の上で動いているようだな」


「ええ。

 アンホーリー属性を持つ私が、王家にとっての『天敵』として排除された。

 ということは、これから私たちがパプリカ領で力をつければつけるほど、王家は私たちを危険視する可能性が高いわ」


 私はグラスのワインを揺らしながら、表情を引き締めた。


「お嬢様のおっしゃる通りです」


 サラヤが冷静に分析を加える。


「当時、王家は『聖剣』のみでしたが、現在はチクロ様の輿入れにより『魔槍』も有している状況。

 対してアセスルファム公爵様は『滅杖』を擁し、お嬢様のご実家は『絶鎧』との繋がりを持っています。

 もし王家が本格的に動けば、内戦に発展する危険性すらあります」


「……そうね。

 だからこそ、グレースの存在が重要になるのよ」


(とは言っても、絶鎧の行方なんて私は知らないわ…

 お母様のことが真実であるならば、その能力を受け継いだ私が継承している筈じゃないかしら?

 でも、私は絶鎧の契約者なんかじゃない…)


 私は窓の外、夜のメレンゲの街を見下ろした。


「ロザリオ、今はグレースだけど、彼女は規格外の武力を持っている。

 そして何より、王家が欲している『聖女』の力がある。

 彼女をパプリカ領の保護下に置くことは、私たちの最高の防衛力であり、王家に対する最大の牽制になるわ。

 ……これからのパプリカ領は、さらに忙しくなるわよ、あんたたち」


「へっ、望むところだ。

 退屈な庭いじりも悪くねぇが、そっちの方が性に合ってるってもんだぜ」


 サッカリンが不敵に笑う。


「ワンッ!(我も手伝ってやろう!)」


 ソーマチンも頼もしく吠えた。


 私たちは決意を新たに、気を引き締めてメレンゲの夜を過ごしたのだった。


     ◇


 同じ頃。

 冒険者ギルド・メレンゲ支部の内部では、ギルドマスターによる緊急会議が開かれていた。


「――というわけで!

 急遽、パプリカ領ピメントに当ギルドの『支部』を設立することになった!」


 ギルドマスターの宣言に、深夜のギルド内がどよめく。


「つきましては、ピメント支部へ向かう初期メンバーの異動を発表する!

 まず、グレースは専属冒険者としてピメントへ異動。

 そして、そのサポート役として……」


 ギルドマスターが視線を向ける先で、受付嬢のシンディと、斥候のトレハが、今にも飛び出さんばかりの勢いで手を挙げていた。


「はいっ!

 私が!

 私が行きます!」


「自分も行くっす!

 グレースっちの相棒は自分しかいないっす!」


「うむ。

 お前たちの異動申し出を許可する。

 シンディ、お前を『ピメント支部の支部長』に任命する!

 トレハはその補佐だ!」


「やりましたわーっ!!」


「よっしゃーっす!!」


 二人が歓声を上げて抱き合う。


 だが、その決定を聞いて、他の職員たちが黙っていなかった。


「ギ、ギルドマスター!

 俺も!

 俺もグレースの護衛としてピメントに行かせてください!」


 倉庫番の教官が、涙目で懇願する。


「私だって行きたいわ!

 グレースちゃんの新しいお洋服を見立てる係が必要でしょ!?」


 経理のお姉さんも机を叩いて抗議する。


「ええい、やかましいっ!!」

 ギルドマスターの怒号が響き渡った。


「お前ら全員が行きたい気持ちは痛いほどわかる!

 だが、お前らベテラン勢まで抜けたら、このメレンゲの本部が回らんようになるだろうが!

 お前たちは残って、こっちの業務を回せ!

 ……今回は我慢してくれ、頼む!」


 ギルマスの悲痛な叫びに、教官と経理のお姉さんは「そんなぁ……」と膝から崩れ落ちた。

 だが、彼らも大人だ。ギルドの運営が立ち行かなくなることまでは望んでいない。


「……仕方ない、か」


 教官が悔しそうに立ち上がり、シンディの肩を強く叩いた。


「シンディ。

 絶対に……絶対にグレースちゃんを守れよ。

 俺たちの分までな」


「ええ、分かっているわ」


「トレハちゃんも。

 あの子のこと、頼んだわよ」


 経理のお姉さんが涙を拭いながらトレハの手を握る。


「任せるっす!

 アタシたち、グレースっちをちゃんと守ってみせるっすよ!」


 仕方ないという諦めと、確かな信頼。

 皆が納得し、合意して二人にグレースの未来を託す、温かい空気がギルドを包み込んだ。


 こうして、様々な思惑と愛情(過保護)が入り交じる中、パプリカ領への新たな人材の流入が決定した。


 私たちの領地開拓と、世界の裏側で蠢く陰謀への対抗策は、ここに全ての役者を揃え、次なるステージへと進んでいくのだった。

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