第091話「最終階層(中編)!転生?羞恥?」
「パルスイートさんって人達の命、私が絶対に救ってみせます!」
迷宮都市メレンゲの冒険者ギルドを飛び出したグレースは、風のような速度でパプリカ領への街道をひた走っていた。
その脚力は、常軌を逸している。
幼い頃からギルドの訓練場で血の滲むような鍛錬を積み、数多の修羅場を潜り抜けてきた彼女は、今やシンディをも実力で上回る特記戦力である。
ギルド内でも最強クラスの武力を誇り、S級も間近と言われるほどの正真正銘の『A級冒険者』なのだ。
この世界で生き抜くために培ってきた経験と、研ぎ澄まされた直感。
それが彼女の動きから一切の無駄を削ぎ落としていた。
(急がねぇと…
あのギルマスの顔を見る限り、かなりヤバい状況なんだろうしな)
グレースは未踏破ダンジョンの入り口をくぐると、一切の躊躇なく暗闇へと飛び込んだ。
ここから先は、パルスイートたちが慎重に進んだ道だ。
だが、A級冒険者であるグレースにとって、この程度の浅い階層のギミックなど、もはや立ち止まる理由にすらならない。
「フッ!
はっ!」
床の落とし穴を、石畳の微かな違和感で察知し、前転回避で飛び越える。
壁から放たれる毒矢は、風切り音を聞き分けた最小限のステップでスレスレを躱す。
現れたフレッシュゾンビの群れには、目もくれずに壁を蹴って三角跳びで頭上を通過していく。
まさに、本物の『一流冒険者』による神速のダンジョン踏破だ。
パルスイートたちが時間をかけて進んだ道のり。
それをグレースは圧倒的な身体能力と、この世界での生涯で培ってきた冒険者としての集大成とも言える洗練された動きで、文字通り「一瞬」で駆け抜けていく。
そして、あれよという間に第10階層……最下層のボス部屋の扉前に到達。
グレースは足を止め、目の前にそびえる禍々しい両開きの扉を見上げた。
「……よし、ここね」
ドクロと鎖のレリーフが彫られた重厚な扉。
そこからは、肌を刺すような冷気と、ねっとりとした『負のオーラ』が漏れ出している。
(これって、普通に開く造りじゃないよなぁ…
……中から悲鳴も聞こえるし。
本当に一刻の猶予もないってことかも…)
グレースは扉に手を当て、自身の持つ『聖属性』の魔力を流し込んでみる。
パァンッ
一瞬だけ光が弾け、扉を覆う負のオーラが散る。
だが、瞬きする間に闇の力が再び集まり、光を飲み込んでしまった。
「えっ!?
何今の…もしかして出力不足ってこと?」
(なら、出し惜しみしてる場合じゃねぇな。
早速アレを試すしかないってことだよな!)
グレースは、ギルドマスターから言われた言葉を思い出した。
『グレースの持つそのナックルだが、祓双拳……トワイライト(右)と、ムーンライト(左)と言う知性ある魔法武器で、聖属性魔法を纏わせたときに、その名を呼べば真の力を発揮するとのことだ』
「……よし、やるわ!」
グレースは腰を落とし、両手の無骨な鈍鉄色のナックルに、全身の聖属性魔力を一気に流し込んだ。
「目覚めろ!
トワイライト! ムーンライト!
その真の姿を現せ!」
グレースが真名を叫んだ瞬間。
彼女の手に嵌められていた鈍鉄色のナックルが、眩い白銀の光に包まれた。
(くぅぅ!
こう言うの痺れるぜ!)
『――まったく、呼び出すのが遅いのだ。
我がトワイライトである』
『――フアァァァッ!
よく寝たわね!
私がムーンライトよ!』
「うわっ!?」
突如として、グレースの脳内に二つの声が直接響き渡った。
右拳からは古風な男の声、左拳からは勝気な女の声だ。
『――うむ、だが魔力の質は極上だ。
これならば存分に暴れられよう』
『――あら、随分と可愛らしいご主人様ね!』
「うるさーい!
同時に喋るの禁止!」
(頭の中が五月蠅くて堪らねぇよ…)
左右の拳から同時に違うことを喋り出した武器の意志にツッコミを入れざるを得なかった。
グレースは頭を振って意識を覚醒させる。
光が収まると、そこには無骨なナックルではなく、美麗な銀の装飾が施された、肘までを覆う拳闘用の小手が出現していた。
ゴウッ!!
グレースの全身から、先ほどとは比べ物にならないほどの、圧倒的な聖属性のオーラが立ち昇る。
それは暗い地下空間を、真昼のように照らし出していた。
(……へへっ。
まぁ、これで全力出せるってことだな?)
「よーし!
熱くなってきた~~~!!」
グレースは扉に向かって、右腕をぐるぐると大きく回した。
遠心力と共に、聖なる光の渦が腕に巻き付いていく。
「そーれ、どっこいしょ!!」
掛け声と共に右のストレートを扉へ叩き込む。
右拳から放たれた極大の光の波動が、扉にこびりついていた粘り気のある負のオーラを、悲鳴を上げる間も与えずに浄化し、完全に吹き飛ばす。
(良いねぇ!
威力が段違いだ!
なら…)
「これで…どう!」
闇の護りを剥がされ、無防備な石塊と化した扉。
その中心を見据え、グレースは深く腰を沈めて左拳を限界まで引き絞る。
そして、地を割るほどの踏み込みから生み出された全霊の左ストレートを扉へと叩き込む。
爆発のような轟音が地下空間を揺らす。
外からは決して開かぬよう強固に作られていたはずの重厚な扉は、中心から放射状に亀裂を走らせ、次の瞬間には木端微塵に粉砕されて奥へと吹き飛んでいった。
◇
ドガァァァン!
「……えっ?」
礼拝堂の中で、アビスハーヴェスタから逃げ回りながら辛うじて迎撃を続けていたパルスイートが、背後の扉が爆発した音に振り返る。
これまで外界とボス部屋を隔てていた忌まわしき扉。
それが吹き飛ばされていることに驚愕していると、その破られた扉から人影が現れるのが見て取れた。
土煙が晴れた入り口に立っていたのは、全身から凄まじい光のオーラを放つ、一人の少女だった。
「き、来たぁぁぁぁっ!
助けが来たわぁぁぁっ!!」
絶体絶命の窮地に現れた人影に、パルスイートは歓喜の声を上げた。
「待たせたな!」
「…え?」
パルスイートの口から素っ頓狂な声が漏れた。
「…お待たせしました!
冒険者ギルドから、救援に駆けつけました!」
すぐに言い回しを訂正するグレース。
「そんな些末な言い回しなんかどうでもいいわよ!
とにかく、アナタが壁を壊したお陰で、少なくとも逃亡ルートは確保できたってことよ。
本当に助かったわ!
好きな話し方で結構よ、気にしないで!」
「あ、うん…助かる!」
そんなやり取りの中、サッカリンやソーマチン、サラヤに至るまで、信じられないものを見る目でその少女を見つめている。
「なんだあの嬢ちゃん…
纏ってる魔力が半端ねぇぞ!?
くっそ、チクロの嬢ちゃんといい、まだこんなのが居んのかよ…」
「クゥゥンクゥン…(何という…我ですらも及ばぬ境地とは…)」
「間違いなく聖属性の魔力です。
その極地ともいえる程の膨大な魔力をヒシヒシと感じます。
あれならば、あの霊体にも通じるかも知れません」
グレースは足元に力を込めると、一瞬でアビスハーヴェスタの懐へと飛び込んだ。
「オラァッ!!」
白銀の小手から放たれる、怒涛の連続攻撃。
ジャブ、ストレート、アッパー。
研ぎ澄まされた格闘技のモーションが、アビスハーヴェスタのローブを切り裂いていく。
だが。
(……チッ!
打撃の感覚はあるのに、手応えが薄いぜ!)
攻撃で感じた違和感にグレースが舌打ちをする。
アビスハーヴェスタは確かにダメージを受けているようだが、すぐに青白い炎を揺らめかせ、自己修復していくのだ。
皆、グレースの攻防を息を呑んで見守っている。
「ゴァァァァッ!!」
ボスが反撃に転じ、巨大な大鎌を振り回す。
グレースはスレスレでそれを回避する。
「危ない!」
パルスイートが叫ぶ。
激しい攻防の中、大鎌の刃が彼女の頭部を掠めた。
パキィッ!
グレースが顔の上半分を隠していた、特徴的なヘッドギアが砕けて弾け飛び、宙を舞う。
それと同時に、隠されていた美しい銀髪が解け、二つのお団子ヘアがばらりと解けて広がった。
「あ、やばっ!」
グレースが慌てて顔を覆おうとするが、もう遅い。
パルスイートは、その顔、その髪の色、そして見覚えのある容姿を、ハッキリと視界に捉えていた。
「あれ?」
(ただの銀髪でもない、プラチナブロンドでもない、銀の光沢をもつシルバーブロンドの髪。
そして意外にもグラマラスなあのボディのシルエット…誰だっけ?
どこかで、すごーく、いっぱい見た記憶が…って)
「あ~~~~!!
思い出した!!」
ボス戦の最中であることも忘れて、グレースに向かって指を突きつけるパルスイート。
「アンタ、ロザリオでしょ!
行方不明の!!」
「えっ!?」
グレースがビクッと肩を震わせ、目を丸くして私を見た。
「なんで知ってんだよ!
エスパーか?」
「エスパー?
この世界にそんな言葉ないわよ!
アンタ『も』転生者ね!」
私の指摘に、グレース(ロザリオ)は「あっちゃー」という顔で額を叩いた。
まさか、こんな絶体絶命のピンチの最中に、お互いが転生者であることを確信するとは。
だが、今は身の上話をしている場合ではない。
アビスハーヴェスタが、再び大鎌を構えて私たちに迫ってきている。
「こんなピンチに子細は問わないわよ。
とにかくアンタ、ゲーム好き?」
パルスイートは、ボスから距離を取りながら戦うグレース向かって叫ぶ。
「なんで…今、そんな事聞くの、よ?」
ボスの激しい攻撃を避けながらも答えるグレース。
「ボス攻略の話だからよ!」
「好きに決まってる…でしょ!」
グレースが拳を構え直しながら答える。
よし、ガチゲーマーなら話が早い。
「よし!
なら聞きなさい!
このボスはQTEで倒すやつよ!」
「…な!
なんだそれ?」
「クイックタイムイベントしらないの!?
あの選択肢というかボタン出て押すやつよ!」
前世のゲーム用語説明を聞いたグレースの顔に、パッと理解の光が灯った。
「あ?
あ~っ!
あれか!
知ってる知ってる!」
ゴウッと振るわれる大鎌が空を切る。
「そうよ。
この敵はそれで詠唱を選んで正解すると倒せる。
そう言う敵なのよ!」
「でもこの状況っていうか、実際にはそんなボタンなんか出ないだろ?」
グレースが至極真っ当な疑問を口にする。
現実世界にコントローラーのボタンなど浮かび上がらない。
「だから!
私が正解の詠唱を教えるわ。
これから言うから、しっかり復唱しなさい!」
「お、おう!」
大きくバックステップし、ボスとの距離を取って答えるグレース。
グレースが頷くのを確認したパルスイートが、前世の記憶に刻み込まれていたであろう、「恥ずかしいイベント」の正解ルートを叫び始めた。
「行くわよ!
『暁の使者』!」
「暁の使者!」
「『月の申し子』!」
「月の申し子!」
アビスハーヴェスタの大鎌を躱しながら、私たちは奇妙なコールアンドレスポンスを繰り返す。
サッカリンとサラヤが「何やってんだあいつら」という顔をしているが、気にしない。
「『世界を穢す害悪を』!」
「世界を穢す害悪を!」
「『聖なる光で祓い清めよ』!」
「聖なる光で祓い清めよ!」
グレースが叫ぶごとに、彼女の拳に宿る聖属性の光が、限界を超えて膨れ上がっていく。
『祓双拳』が、その詠唱に呼応して真の力を引き出しているのだ。
「次が最後よ!
聖属性の魔法でも攻撃でもいいから準備して!」
「わかった!!
バッチリ決めてみせる!」
グレースが足を止め、右拳にすべての魔力を集中させ、一撃必殺の構えを取った。
眩いほどの光が、彼女の拳に凝縮されていく。
「いくわよ!
『ホーリー“ラブ”レーザー!愛のパワーで浄化しちゃうぞ!?』」
「……は?」
その瞬間、グレースの動きがピタリと止まった。
構えを解きかけ、信じられないものを見る目で私を睨みつける。
「は?じゃないわよ!
早く唱えて!」
言い淀むグレースを慌てて急かすパルスイート。
「マジで!
その最後のラブって部分意味あんの!?
大体、愛のパワーでなんで浄化されるのよ!
嫌だ絶対、そんな恥ずかしい技だせないわよ!」
中身がガチ目の格闘ゲーマーであるグレースにとって、魔法少女のようなその必殺技名は死ぬほど恥ずかしい羞恥プレイでしかないのだろう。
断固拒否の姿勢でグレースが答える。
「いいからやりなさい、死ぬから、マジでこっちが死ぬから!」
パルスイートが涙目で懇願する。
アビスハーヴェスタは、詠唱が完了するのを待ってくれない。
巨大な大鎌が、今まさに私たちの頭上に振り下ろされようとしていた。
「ゴァァァァッ!!」
死の刃が迫る。
グレースは葛藤に顔を歪ませたが、背に腹は代えられないと悟った。
「く、くそ…
もうどうにでもなれ!!」
彼女は半ばやけくそになって、羞恥心と共にその言葉を絶叫した。
「ホ、ホーリーラブレーザー!
愛のパワーで浄化しちゃう……ぞ!?」
そして軽くウインクまでしてから、間髪を入れず攻撃モーションに入る。
「ドリャァァァ!」
グレースが、顔を真っ赤にしながら、渾身のストレートをアビスハーヴェスタに向かって放った。
放たれたのはレーザーではない。
ただの極限まで聖属性を圧縮した『正拳突き』だ。
だが、その一撃はQTEの正解フラグを満たし、システム上の『絶対浄化』の力を帯びている。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
拳から放たれた光の奔流が、アビスハーヴェスタの巨体を真正面から貫いた。
「ギャアアアアアアァァァァァッ!!」
無敵仕様だったはずのイベントボスが、光の中でドロドロと溶け崩れ、悲鳴と共に完全に消滅していく。
礼拝堂を覆っていた負のオーラが、嘘のように晴れ渡っていった。
「……やった」
「終わった……」
パルスイート達に、安堵の空気が流れる。
だが、激闘の余韻に浸る間もなく。
「……ああぁ……」
グレースは、がっくりと膝をつき、そのまま四つん這いになって床に崩れ落ちた。
「恥ずかしい……。
マジで恥ずかしい……。
死にたい……」
彼女は両手で顔を覆い、羞恥心で悶えている。
強敵を倒した高揚感よりも、何かしらのプライドをへし折られた精神的ダメージの方が大きかったようだ。
パルスイートは、がっくりと膝をつくグレースに歩み寄ると、ポンと彼女の肩を叩いた。
「よく頑張ったわね、ロザリオ」
「グレース……今はそう名乗ってる。
もう、ロザリオって名前は捨てたのよ……」
顔を隠したまま呻くグレースに、柔やかな笑みを浮かべて語り掛ける。
「そう。
じゃあ、グレースでいいわ。
アンタ、今どうやって暮らしてんのよ?」
「え?」
「ビアンコ男爵のところから家出してきたんでしょ?
なら普通、帰る場所はないのが普通じゃない。
派閥違いのうちなら追手からも匿ってあげるから、良かったら一緒に来るのはどうかしら?」
私がパプリカ領へのスカウトを申し出ると、グレースは顔を上げ、不思議そうに私を見た。
「一緒にって……なんでまた?」
「先に自己紹介しておくわ。
私はパルスイート・アスパルテーム。
伯爵令嬢よ。
そんな説明よりも『転生者』の一人と言った方がいいかしら?
アンタと同じ『この世界を全力で生き抜こうとしてる』異邦人。
これは同郷の仲間としての提案よ」
私は扇子をバシッと開き、最強の武闘派聖女に向かって、最高の笑顔を向けてみせた。
こうして、第10階層の死闘は、奇妙な出会いと、恥ずかしい必殺技の絶叫によって幕を閉じた。
強欲令嬢と、格ゲーマー聖女。
二人の転生者が交わったこの日、物語は本来のシナリオから、さらに大きく逸脱していくことになるのだった。




