第090話「最終階層(前編)!絶体?絶命?」
禍々しい装飾が施された、巨大な両開きの扉。
ドクロと鎖のレリーフが彫り込まれたその扉からは、肌を刺すような冷気が漏れ出している。
いかにも「この先は危険です」と主張しているような扉だったが、私の目には「この先には国宝級のお宝が眠っています」という看板にしか見えなかった。
「さあ、開けるわよ!
私の金銀財宝、いざご開帳!」
私は気合を入れ、サッカリンと二人で重厚な扉を押し開けた。
ギギギギギ……と、錆びた蝶番が不快な音を立てて、未知の空間が口を開く。
中から淀んだ空気が流れ出してきたが、お宝への欲望が勝る私は、躊躇うことなく第10階層へと足を踏み入れた。
サッカリン、サラヤ、そして犬王ソーマチンも後に続く。
全員が中に入りきった、その瞬間だった。
バタンッ!!
「えっ?」
背後で、巨大な音が鳴り響いた。
振り返ると、今開けたばかりの重厚な扉が、まるで自らの意志を持っているかのように完全に閉ざされていたのだ。
「おいおい、冗談だろ?
お約束じゃねぇか!」
サッカリンが慌てて扉に駆け寄り、取っ手を掴んで力任せに引く。
だが、扉はビクともしない。
「……お嬢、こいつは外からしか開かねぇ造りだ。
完全に閉じ込められたぜ…ったく。
お嬢はいつも楽しませてくれるな」
サッカリンが渋い顔で首を横に振るが、その表情には諦め以外の何かが見え隠れしていた。
そこに、サラヤが冷静に絶望を添えてきた。
「しかも、扉そのものが闇属性の力で封鎖されています。
これでは、仮に外から誰かが開けようとしても、簡単には開けられない可能性が高いです。
…これは特別手当案件ですね」
「ちょと、何で平常運転なのよ!
退路が断たれたってことでしょ!?
もっと慌てなさいよ!」
私は慌てて扉を叩いたが、冷たい石の感触が返ってくるだけだった。
「クゥン……(だから言っただろうに)」
足元のソーマチンが、呆れたようにため息をついている。
「ええい、こうなったら仕方ないわ!
前へ進むしかないじゃない!
ボスを倒せば、クリア報酬で扉も開くはずよ!」
私は強がって見せ、前を向いた。
扉の先は、果てしなく暗い空間だった。
「見えないわね……。
『超高輝度フラッシュ』、照明モード!」
私は左手に魔力を込め、光の玉を作り出して前方を照らした。
「……ここは」
光に照らされて浮かび上がったのは、朽ち果てた広大な『礼拝堂』のような空間だった。
両脇には崩れた長椅子がズラリと並び、最奥の祭壇へと続く一本道が伸びている。
天井は高く、ステンドグラスがあったであろう窓は黒く塗り潰されていた。
そして。
「……お嬢、あそこだ」
サッカリンが、大剣の柄に手をかけながら顎でしゃくる。
一本道の遥か奥。
本来であれば、神像が祀られているであろう祭壇の上。
そこに、異常な質量の『負の魔力』を放つ、黒い影がフワフワと浮遊していたのだ。
「あれが……このダンジョンのボス……」
サラヤが眼鏡を押し上げ、暗器を構える。
「これは…思っていた以上に危険そうですね…
今までの魔物とは雰囲気が段違いです」
「ああ。
俺の勘も、警鐘を鳴らしてやがる。
気を引き締めろよ、お嬢」
二人のプロフェッショナルが、冷や汗を流しながら臨戦態勢に入る。
私はゴクリと唾を飲み込み、光をさらに奥へと向けた。
光に照らされた影の正体。
それは、ボロボロの漆黒のローブを羽織り、手には禍々しい大鎌を持った、骸骨の魔物だった。
空ろな眼窩の奥で、青白い炎が揺らめいている。
「ヒィッ……!
骸骨の幽霊!」
(あれって、もしかして霊体系の最上位『エルダーリッチ』じゃないの!?)
私は悲鳴を上げそうになった。
だが、その姿をよく観察した瞬間、私の脳内に前世のゲーム知識がフラッシュバックした。
(……いや、違う!)
私は目を見開いた。
(あれはエルダーリッチなんかじゃない!
アイツの姿……ローブの模様と大鎌の形!)
「アレは『アビスハーヴェスタ』よ!!」
私の心臓が、恐怖で早鐘を打ち始めた。
「アビスハーヴェスタ?
知らなねぇ魔物だな…」
「私も存じ上げません」
サッカリンもサラヤも知らない魔物。
アビスハーヴェスタ。
それは、ゲームのシナリオ進行上でヒロインであるロザリオが必ず戦わなければならない、数体いる『ワイルドハント(死の猟犬)』のうちの一体。
つまり、固有の名前を持つ『イベントボス』だ。
(なんでよ!
なんで、こんな名もなき小規模ダンジョンの最下層に、あんなネームドボスが配置されてるのよ!
まさか、ここにイベントボス持ってくるなんて卑怯よ!)
私は内心で運営(神様?)に向かって全力でメタなツッコミを入れた。
だが、文句を言っても現実は変わらない。
「サッカリン! サラヤ!
アイツは霊体の最上位よ!
サッカリンの物理攻撃はすり抜けるし、私の魔法も、回復していないアンデッドには何の意味もないわ!」
「お嬢、そんな奴をどうやって倒すんだ!?
何か知ってるんだろ?」
「聖属性よ!
聖属性の攻撃魔法じゃないと、アイツにはダメージすら通らないわ!」
私の言葉に、サッカリンとサラヤの顔が絶望に染まる。
この場に、聖属性の魔法を使える者はいない。
普通は聖属性の魔法が使える冒険者なんて殆どいないのだから当然だ。
本来ならヒロインのロザリオが倒す魔物…
さらに私は、ゲームにおけるアイツの『仕様』を思い出し、絶望のどん底に突き落とされた。
(アイツ……特定の条件を満たさないと絶対に倒せない『無敵仕様』のボスだったはず……!
無理無理!
私らじゃ絶対に倒せない負けイベ(詰み)じゃん!!)
だが、パニックになる脳内で、一つの希望の光が閃いた。
(待って。
ゲーム通りなら、敵は無敵なだけで、攻撃力や強さ自体はそこまで理不尽じゃなかったはず。
それに、絶対に『ロザリオ』じゃないとダメってわけじゃないかもしれない。
ロザリオじゃなくても聖属性が使える人間なら、『例の詠唱』でなんとか倒せるかもしれない……!)
私はハッとして、サッカリンたちの服を引っ張った。
「入口に戻りましょ!
幸いにも、ボス側からこっちに来る気配はないわ。
今戦闘になったら不味いわ!」
「お、おう。
分かった」
私たちは抜き足差し足で、音を立てずに、閉ざされた入り口の扉の前までそっと戻った。
祭壇の上のアビスハーヴェスタは、まだこちらに気づいていないようにフワフワと浮いている。
「ふぅ……。
とりあえず、距離は取れたわね」
私は深呼吸をして、ポケットから『ある物』を取り出した。
それは、メレンゲの冒険者ギルドで、ギルドマスターから押し付けられた『黒い板きれ(タブレット端末)』だった。
「お嬢……それ」
「ええ。
まさか本当に使う羽目になるとは思わなかったけどね!」
私は端末に魔力を流し込み、通信を試みた。
ピィィン……
『……はい、こちら冒険者ギルド管理課。
どうされましたか?』
端末から、受付嬢のシンディさんの声が響いた。
「何だ……。
ちゃんと通信できるじゃねぇか。
こういうのは肝心な時に壊れるもんかと思ってたぜ」
サッカリンが安堵の息を吐く。
「それだけは良かったですが、決して安心できる状況ではありませんね……」
サラヤが、以前の『通信機のテスト=死亡フラグ』という懸念を見事に回収しつつも現状を憂いた。
「もしもし!
私よ、パルスイートよ!
最下層に到達したんだけど、入って直ぐに扉が閉まって出られないの!」
私は端末に向かって早口でまくし立てた。
「敵が最上位のアンデッドで、聖属性攻撃がないと手も足もでないのよ!
最悪、この扉を外からぶち破れる戦力があれば逃げれるから、なんとかして~!」
『えっ!?
閉じ込められた!?
最上位のアンデッド!?
ちょ、ちょっと待ってください!』
通信の向こう側で、ギルド内が慌ただしくなる気配が伝わってくる。
その時だった。
『ゴァァァァァァァァッ!!』
突如として、礼拝堂の奥から、空気を震わせるほどの凄まじい魔物の咆哮が響き渡った。
ビリビリと空間が揺れ、ステンドグラスの破片がパラパラと降り注ぐ。
「ヤバッ!
ボスに気づかれた!
とにかく急いで!
頼んだわよ!」
『大至急対応します!!
念のため、タブレットの通信は切らないでください!』
「わかったわ!
…ってマジ??」
祭壇の上にいたアビスハーヴェスタが、青白い炎の目をこちらに向け、大鎌を構えてゆっくりと向かってくるのが見えた。
「ギャーッ、こっちきたー!
サッカリン、サラヤ、しばらく逃げましょう!
ソーマチンも早く!!」
「ワンッワンッ!!」
私たちは礼拝堂の崩れた長椅子などを盾にしながら、フロア内を逃げ惑う。
「ヒィィィッ!
鎌が!
鎌が掠ったわ!」
「お嬢、危ねぇ!」
サッカリンが拳に魔力を纏わせ、アビスハーヴェスタに殴りかかるが、その体は霧のようにすり抜けてしまう。
「チッ!
やっぱり物理は完全に無効か!」
「お嬢様、このまま逃げ続けるのは無理です!
閉鎖空間ではいずれ追い詰められます!」
サラヤが冷静に状況を分析する。
確かに、逃げ場のないこの空間で、疲労知らずのアンデッドから逃げ切ることは不可能だ。
「ええい、少しでも時間稼ぎよ!
アイツ自身の攻撃力はそこまで理不尽じゃないはず!
とにかく迎撃して、救援が来るまで耐え凌ぐのよ!」
私は左腕の光の盾を展開し、覚悟を決めてアビスハーヴェスタと対峙した。
◇
場面は変わり、迷宮都市メレンゲの冒険者ギルド。
通信を受けた受付カウンターは、パニックに陥っていた。
「どうしよう!
パルスイート様たちが最下層で閉じ込められたわ!
相手は聖属性しか効かないアンデッドだって!」
通信機を握りしめたシンディが、血相を変えて叫ぶ。
「聖属性!?
そんなの、このギルドに使える奴なんていねぇよ!」
「教会の神官でも連れてくるか!?
いや、間に合わねぇぞ!」
職員たちが右往左往する中、ギルドの奥からギルドマスターが足早に現れた。
「騒ぐな!
状況は聞いた」
ギルマスは周囲を制すると、フロアの隅で事態を見守っていた一人の少女――銀色のお団子ヘアの冒険者、グレースを指差した。
「グレース、お前が行ってやれ」
「……え?」
指名されたグレースは、目を瞬かせた。
「なんで私?
確かに私、聖属性の魔力は使えますけど?
でも、どうしてそれを……ギルドマスターが知ってるんですか?」
グレースの言葉に、周囲の職員たちが「え~!? なんだって~!」と驚きの声を上げる。
無理もない。
彼女はこれまで、己の力と格闘術だけでダンジョンを攻略してきたのだから。
「今は誰とは言えないが……。
お前の『出自』を知っている人からの情報だ」
ギルドマスターの言葉に、グレースの表情がハッと変わる。
「俺も聞いたときには正直驚いたが……とにかく時間がない、行ってくれないか」
ギルマスはさらに言葉を続ける。
「それと、その方からの伝言だ。
グレース、お前の持つそのナックルだが……。
『祓双拳』……トワイライト(右)と、ムーンライト(左)と言う、知性ある魔法武器だそうだ」
「祓双拳……!?」
「それに『聖属性魔法を纏わせ、その名を呼べば、真の力を発揮する』とのことだ。
……頼んだぞ、グレース」
ギルマスの真剣な眼差しを受け、グレースは自分の両手にはめられた無骨なナックルを見つめた。
(まさか、その情報はお父様……
ビアンコ男爵から?
でもどうやって…しかも今更?)
グレースは、自分の正体を知るであろう人物を思い浮かべ、小さく頷いた。
「わかりました。
でもギルドマスター、後で必ず教えてくださいね!」
「わかった……約束しよう。
戻ったら話す。
堅く口止めされているが、俺が責任を取ろう」
「お願いグレース、助けてあげて!」
シンディが涙目で祈るように手を組む。
「任せてください、シンディさん!
パルスイートさんって人達の命、私が絶対に救ってみせます!」
グレースは力強く頷くと、ギルドの扉を蹴り開け、パプリカ領へ続く道へと猛烈なスピードで飛び出していった。
最強の武闘派聖女の出撃。
それが、絶体絶命のパルスイートたちにとっての、唯一の希望の光であった。




