第009話「難敵粉砕!命名?太郎?」
# 第009話「難敵粉砕!命名?太郎?」
「Lose-Lose……」
ゼブラー商会のスクラロースが去った後、私は執務室でその言葉を反芻していた。
悔しい。
あの巨漢オネエ(リアル女)の言う通りだ。
どんなに良い商品を作っても、届ける道が凸凹で、時間がかかりすぎては意味がない。
特にモヤシのような鮮度が命の食材は、輸送スピードがすべてだ。
「……だったら
やってやろうじゃない!!」
私は机をバンッ!と叩いて立ち上がった。
物理的に距離を縮めることはできない。
だが、移動効率を上げることで「時間を縮める」ことならできるはずだ。
「ソルビトール! サッカリン!
裏庭の工房へ行くわよ! 職人たちを集めて!
サラヤ!
午後のお茶は工房に運んでちょうだい」
◇
領主館の裏手にある、急造の工房スペース。
そこには、私が新たに開発を命じていた「ある機械」が鎮座していた。
集まったのは、私と護衛のサッカリン。
そして、後ろに控える執事のソルビトール。
サラヤはお茶を準備して待機だ。
対面には、この領地の大工や鍛冶屋をまとめる棟梁が、緊張した面持ちで頭を下げている。
「お嬢様。
ご命令の『新型機』、組み上がりました」
棟梁が覆われていた布を引く。
バサァッ!
現れたのは、水車(動力源)に接続された、巨大な丸太のような回転軸。
そして、その表面には――あの「鉄甲イノシシ」の巨大な牙が、何本も突き刺さっていた。
禍々しい。
鈍色に輝く牙が、不規則に、しかし計算された角度で植え込まれている様は、まさに処刑器具だ。
「見て驚きなさい!」
私は胸を張って宣言した。
「これぞ、我が領地の道路革命を担う新兵器……
『イノ牙回転式岩石粉砕機・砕太郎』よ!」
「…………」
その場の空気が、スッと凍りついた。
サッカリンがこめかみを押さえ、ソルビトールが虚空を見つめる。
棟梁は「えっ?」という顔で固まっている。
「……あの、お嬢様?」
静寂を破ったのは、ソルビトールだった。
彼は極めて慇懃に、しかし有無を言わせぬ口調で問いかけた。
「素晴らしい機構だとは思いますが……その、お名前は決定事項でございましょうか?」
「え? 当然でしょ?」
「……『砕太郎』というのは、いささか……その、あまり上品な響きではないかと存じますが」
「はぁ!?
なによ、分かりやすいじゃない!」
私は反論した。
「イノシシの牙が!
回転して!
岩を粉砕するのよ!?
機能美を追求した完璧な名前でしょ!」
「……お嬢」
サッカリンが深いため息をついた。
「あんたの発想も、行動力も、商才も……正直、すげぇと尊敬してる。
だがな……ネーミングセンスだけはだめだ」
「なっ……!?」
「左様でございますな……」
サッカリンの止めが胸に刺さる。
そして棟梁までもが、申し訳なさそうに口を開いた。
「手前ども職人の間でも、呼び名というのは大事なものでして。
その……もう少しこう、『ボア・クラッシャー』のような、威厳あるお名前の方が、皆の士気も上がるかと……」
「なんでよ!
太郎でいいじゃない!
親しみやすくて!
ぐぬぬぬぬ…」
私の抗議は、男性陣の冷ややかな視線の前に虚しく響いた。
おかしい。前世ではセンスあると言われていたはずなのに。
(※と思っているのは本人だけ)
「コホン。
……まあ、名前は後で協議しましょう」
ソルビトールが強制的に話題を変えた。
さすが元執事、進行がスムーズだ。
「では棟梁。
この機械の性能について、ご説明を」
「は、はい」
棟梁が機械の刃――つまりイノシシの牙を指差した。
「正直、驚きました。
図面を頂いた時は耳を疑いましたが……この牙、鉄よりも硬い上に、凄まじい切れ味です。
これを加工せずにそのまま使うとは……」
彼は感嘆したように首を振った。
「普通なら、このような装置で使う刃は、炉で熱して叩いて、形を整えるものです。
ですが、アイアン・ボアの牙は硬すぎて、うちの設備じゃ加工できませんでした。
それを……」
「そう!
加工なし!!
無・加・工よ」
私が事も無げに言うと、ソルビトールとサッカリンが顔を見合わせた。
「……は?」
「だってこの牙、最初から絶妙な『反り』が入ってるじゃない?
土を掘り返し、獲物を引き裂くための、自然界が作った最強のカーブよ。
だから、軸(丸太)にそのままドスッと埋め込んだだけ」
私は牙の一本を撫でた。
「角度さえ調整すれば、勝手に岩を噛み砕く形状なのよ。
わざわざ削るなんて面倒なこと……いえ、コストのかかること、私がするわけないでしょ」
「…………」
男たちが絶句する。
「素材の形状をそのまま利用する……まさに『適材適所』で、その発想に感服いたしました」
棟梁だけが感心しているが、サッカリンの顔色は青い。
「加工なしかよ……。
つまりあれか?
あの魔獣の殺傷力の高い牙を丸太に刺して、ただそのまま回転してるだけってことか?
そんなケチ臭い構造、本当に大丈夫かそれ?」
「うっさいわね。
それが一番コスパがいいのよ!
さあ、論より証拠!
試運転いくわよ!」
私はドン引きする彼らを無視して、動力レバーを入れた。
ギギギギギ……!
水車の動力が伝わり、巨大な軸が唸りを上げて回転を始める。
「棟梁! 岩を投入して!」
「は、はいっ! かかれ!」
職人たちが、河原で拾ってきた大きな石を投入口へと放り込む。
その瞬間。
ガゴォォォォォォン!!
バキバキバキバキッ!!
凄まじい破砕音が響き渡った。
回転する牙が、硬い岩をまるでクッキーのように噛み砕き、粉砕していく。
轟音が鳴り響き、粉塵が舞う。
そして、排出口からは――。
ザラザラザラ……。
均一なサイズに砕かれた、細かな砂利が大量に吐き出される。
「……ひぇっ」
未来のゲーム世界で死神と謡われるサッカリンが、思わず乙女のような声を上げて後ずさった。
「凶悪すぎるだろ……。
岩があれなら、人が落ちたら即ミンチだぞ……
こう、ヒュンッと寒くなったわ」
「お嬢様……これ、本当に土木用ですよね?
処刑道具では…ございませんよね?」
ソルビトールも顔を引きつらせている。
「何言ってるのよ!
そういう使い方もできるけどやらないわよ!
とにかく、これで砂利は作り放題!
この砂利と、領内で採れる石灰土を混ぜれば……簡易コンクリートができるのよ!」
私は高らかに笑った。
「これで凸凹の街道を舗装して、平らな『コンクリートロード』にするわ!
そうすれば馬車の揺れはなくなり、移動速度は倍増!
あのデブ……じゃなくてスクラロースにも文句は言わせない!」
「お嬢様……目的は立派なんですが、まさかコンクリート用の砂利を作るため『だけ』にわざわざこんなものをおつくりになられたと?」
「だって仕方ないじゃない。
コンクリート技術自体はありふれたものであっても、材料の砂利なんて買ってたら赤字よ赤字!
作れるものは何でも作る!
DIY精神が利益を生むのよ!
そうだ!これも量産して売りましょう!
決定よ。
量産型の砕太郎の開発もよろしくね!」
棟梁が、回転する『砕太郎』を恐る恐る見つめながら呟いた。
「これを使う職人たちには、くれぐれも足を滑らせないよう、命綱をつけさせます……。
落ちたら、葬式をする遺体も残りませんから」
「ええ、安全第一で頼むわね。
行け! 砕太郎!」
「……ですから、名前は再考を……」
ソルビトールの嘆願は、轟音にかき消された。
こうして、ピメント領の「インフラ革命」は、凶悪な回転音と共に幕を開けたのだった。




