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第089話「階層09!付与?気功?」


「さあ、次よ!

 夏の海で美味しいカニも獲ったし、スライムの生態も分かった。

 この調子でどんどん下層へ進むわよ!」


 私は灼熱の太陽が照りつけていた第8階層の海に別れを告げ、下へと続く石造りの階段を軽快な足取りで降りていった。


 だが、階段を降り進めるにつれて、周囲の空気が劇的に変化していくのを感じる。


 生ぬるかった空気が、急に湿り気を帯び、肌にまとわりつくような冷たさに変わっていく。

 同時に、鼻をつくようなカビと土の匂いが立ち込めてきた。


「……ん?」


 階段を降りきった先。

 そこは、濃い霧が立ち込める薄暗い空間だった。


 枯れ木が不気味な影を落とし、地面には苔むした石碑が乱雑に並んでいる。

 空(天井)はどんよりとした暗雲に覆われ、月明かりのような青白い光だけが、周囲を不気味に照らし出していた。


「え?

 ここって…墓地?」


(なにこの不穏な空気……)


 私は思わず顔をしかめた。

 夏の海からの落差が激しすぎる。


 リゾート感の欠片もない典型的なホラーエリアの登場に、私のテンションは一気に急降下した。


「クンクン……」


 私の足元にいたソーマチンがトコトコと歩き出し、近くにあった墓石の根元へと近づいていった。

 そして、土の匂いを熱心に嗅ぎ始める。


 ブルブルッ!


 ソーマチンは激しく首を振ると、「フッ……」と鼻で笑うような息を吐き、サッカリンの後ろへと戻っていった。


 その顔は「こんな場所に用はない」と言わんばかりに、完全に興味を失っている。

 ポメラニアンの愛らしい姿でありながらも、どこかハードボイルドな哀愁を漂わせていた。


「あ~やっぱりか。

 お嬢、あの墓は飾りだな。

 誰かが死んで埋まってるわけじゃねぇってことだ」


 サッカリンが、ソーマチンの行動を見て納得したように頷いた。


「飾り?」


「ああ。

 雰囲気づくりだろうな。

 このフロア、確実にアンデッドがでるぞ。

 こりゃ本格的にボスもアンデッドで間違いないな…」


 サッカリンは周囲を警戒しながら、大剣の柄に手をかけた。

 第4階層の『人が住んでいない村』と同じく、ダンジョンが用意した舞台装置セットに過ぎないということだ。


「私もそう思います」


 サラヤが眼鏡を指で押し上げて同意する。


「お嬢様は、この階の敵でアンデッド狩りの基本をマスターして置くべきかと」


「アンデッド狩りの基本?

 ただ叩き潰すだけでいいんじゃないの?」


「アンデッドにはそれぞれ特性があります。

 それを理解せずに戦えば、無駄に体力を消耗するだけです」


 サラヤの提案に、私は渋々頷いた。

 金にならないアンデッドを相手にするのは気が進まないが、ボス戦の練習だと思えばやるしかない。


「わかったわよ。

 雰囲気も悪いし、とにかくさっさと進むわよ!」


     ◇


 霧の立ち込める墓場をしばらく進むと、最初のエリアに到達した。

 そこには、多数の動く骸骨『スケルトン』が徘徊していた。

 錆びた剣や盾を持ち、カタカタと骨を鳴らしながらこちらへ向かってくる。


「骨ね!

 どうせ人間の骨じゃないんでしょ?

 ま、骨なら汚れないし、遠慮なく叩き潰せるわ!」


 私はモーニングスターを構え、一番近くにいたスケルトンの頭部めがけて鉄球を振り下ろそうとした。


「待てお嬢!」


 サッカリンの鋭い声が飛び、私の動きが止まる。


「なによ!?」


「スケルトンの頭は飾りみたいなもんだ。

 潰しても意味がねぇからやめとけ」


 サッカリンは前へ出ると、実践を交えて解説を始めた。


「トドメを刺す時は、左右の肩甲骨の間にある『背骨』を潰すんだ。

 そこが奴らの魔力の繋がりの中枢だ。

 足止めなら、骨盤や膝の関節を砕け」


「なるほど、関節破壊ね!」


 私はサッカリンの教えに従い、姿勢を低くしてスケルトンの膝関節めがけてモーニングスターを真横に振り抜いた。


 バキィィィンッ!


 見事に膝が砕け、スケルトンがバランスを崩して倒れ込む。

 そこへすかさず、肩甲骨の間の背骨をピンポイントで叩き割る。

 すると、スケルトンは完全に力を失い、ただの骨の山へと変わった。


「ふふん、骨なら汚れないわね!

 この調子でどんどん行くわよ!」


 私は教え通りに的確に関節と背骨を粉砕し、スケルトンの群れを難なく突破した。


 念のため骨らしきものは回収。

 売れるかもしれないし。


     ◇


 さらに奥へ進むと、今度は少し開けたエリアに出た。


 そこには、先ほどのスケルトンとは違い、全身の肉が腐り落ち、異臭を放つ『腐敗ゾンビ』が密集して徘徊していた。


「うげぇっ!

 今度はガチで腐ってる方のゾンビじゃない!」


 私は顔を引きつらせた。

 ドロドロに溶けた肉から、黄色い体液が滴っている。

 あんなの、近づくだけで臭いが移りそうだ。


「よしお嬢、こいつらの倒し方も教えといてやる」


 サッカリンが大剣を構えながらレクチャーを始める。


「このタイプのゾンビは、人と同じで制御が頭部にある。

 頭を斬って落とせば倒せはするが、即死はしねぇ…が行動はそこで止まる。

 胴体の方は、しばらくして動かなくなるまでは生きてる。

 絶対に油断しないことだ。

 ま、こいつらに生き死にっていうのも変だがな」


「わかったわ。

 頭を落とすのね!

 ……って、ちょっと待って!」


 私はモーニングスターを持ったまま、激しく首を横に振った。


「無理無理無理!

 あんな腐った肉の塊を鈍器で叩いたら、汚い汁が飛ぶじゃない!

 絶対に嫌よ!」


「おいおい、ワガママ言うなよ。

 ボス戦の練習だろ?」


「嫌なものは嫌!

 サッカリン!

 腐ってる方は任せたわ!

 頭部切断なんでしょ、その大剣で全部斬っちゃって!」


「……はぁ。

 俺だって汚ねぇのは嫌なんだけどな」


 サッカリンは渋々大剣を振り回し、腐敗ゾンビたちの首を次々と刎ね飛ばしていく。

 私は左腕の『光の盾』を展開し、絶対に汚い汁を浴びないよう防戦と回避に徹した。

 アンデッド狩りの基本をマスターするという名目は、私の潔癖症の前で完全に敗れ去っていた。


(戦利品?

 要らないわよ、こんなばっちいの…)


     ◇


 腐敗ゾンビのエリアを抜け、最後に到達したエリア。

 そこは、これまでの場所とは明らかに異質な空間だった。


「……なによアレ」


 空中に、半透明のボロ布を被ったような実体のない魔物――『レイス』が無数に渦巻いていたのだ。

 まるで、夏の夕暮れ時に発生する蚊柱のようである。

 レイス柱とでも呼ぶべきか、その光景は視覚的にも非常に不気味だった。


「チッ、面倒な奴が出やがったな」


 サッカリンはそう言うと、なんと早々に大剣を背中の鞘に収めてしまった。


「ちょっと!

 どうしたのよ?

 戦わないの?」


 私が驚いて尋ねると、サッカリンは両手の拳を強く握りしめ、私の前に突き出してみせた。


「俺は武器に『魔力を纏わせる』のが出来ねぇんだよ。

 だから、身体強化で魔力を循環させた『拳』で、直接ぶっ叩くってことだ」


 サッカリンの拳が、カッと微かな魔力の光を帯びる。


「……物理が効かない相手を、己の拳(物理)で殴るのね。

 相変わらずの脳筋ぶりだわ」


 私は呆れつつ、サラヤの方を見た。


「サラヤは大丈夫なの?」


「はい。

 短剣のような小さなものならなんとか」


 サラヤが手にした暗器(短剣)も、薄っすらと魔力の光を放っている。


「お嬢様も、ご自身の武器に魔力を流してみてください」


「なるほど。

 魔力を纏わせた武器なら、霊体にもダメージが通るってわけね」


 私は右手のモーニングスターを構え、体内で循環させている魔力の一部を、柄から鉄球へと流し込んでみた。


 すると。


 ペカーーーッ!!


「うわっ!」


 私のモーニングスターが、まるで太陽のように過剰に光り輝き始めたのだ。

 それはもう、武器というよりは巨大な照明器具だ。


「ま、まぶしいぞお嬢!

 そんなに溢れ出たら、敵に直接魔法掛けてるのと変わらねぇぞ!」


 サッカリンが目を覆いながら抗議してくる。

 その瞬間、サラヤが血相を変えて止めてきた。


「お待ちください、お嬢様!」


「えっ?」


「お嬢様の魔法は『反神聖アンホーリー』です!

 負の力で動くアンデッドにその光を浴びせれば、浄化するどころか逆に活性化させてしまう恐れがあります!

 危険ですので、その方法はやめましょう!」


「そ、そうだった!

 危うく敵をパワーアップさせるところだったわ!」


 私は慌ててモーニングスターへの魔力供給をストップした。


 前階層の海でホーリースライムの回復を反転させた『アンホーリー』の特性。

 その特性はまだ完全には把握できておらず、場合によってはアンデッドなどの不死者を強化してしまうかもしれない。


「じゃあどうすんのよ!

 私、戦えないじゃない!」


 私がジタバタしていると、レイスたちがフワフワと距離を詰めてくる。


「お嬢!

 魔力通した『盾』でぶっ叩いてみろ!」


 サッカリンが拳を構えながら指示を飛ばした。


「盾?」


「そうだ!

 『シールドバッシュ』ってやつだ。

 レイスはとにかく魔力を纏わせたもので殴ればいい。

 本体自体は耐久力がねぇから、すぐに霧散する。

 魔力があって身体強化さえできてれば一番雑魚だ!

 お嬢の左腕の『光の盾』は魔力を動力としてるが、お嬢と同じ属性効果がある可能性は低い。

 それで駄目なら下がっててくれ」


「シールドバッシュ!?」


 私の目に、キラリと星が輝いた。


「なるほど!?

 技名があるならやりがいあるわ!

 ものは試し、直接私の魔法をぶつけるよりはよさそうだしね」


 私は現金なもので、必殺技の名前がついた途端にモチベーションが跳ね上がった。


「行くわよ!

 食らいなさい、私の新技!」


 私は迫り来るレイス柱に向かって踏み込み、左腕に展開した半透明の光の盾を、力任せに横へ振り抜いた。


「シールドバーッシュッ!!」


 ガァンッ!!


 空気を叩いたような感触と共に、光の盾がレイスの半透明な体にクリーンヒットした。

 魔力の衝撃を受けたレイスは、「ヒュルルル……」と奇声を上げて霧散していく。


「やったわ!

 普通に効いてるじゃない!」


 私は歓喜の声を上げ、次々と迫るレイスを盾で弾き飛ばしていった。

 右手のモーニングスターは完全にお飾り状態だが、気にしない。


 サッカリンも魔力を纏った拳でレイスを殴り飛ばし、サラヤは暗器で的確に急所(?)を突いている。


 だが、乱戦の中。


 ヒュゥゥゥ……!


 一匹のレイスが、ふらふらと戦列を離れ、後方で待機していたソーマチンの方へと襲い掛かっていった。


「ああっ!

 危ない、ソーマチン!」


 私が駆け付けようとしたが、間に合わない。

 レイスの冷たい手が、ソーマチンの小さな体に触れようとした。


 その瞬間だった。


「ウーッ…ワンッ!!!」


 ソーマチンが、その場から一歩も動くことなく、ただ一声、短く鋭く吠えた。


 カッ!!


 目に見えない『何か』が、ソーマチンの口から放たれる。

 それは空気を歪ませるほどの衝撃波となってレイスに直撃し、襲い掛かっていた霊体が一瞬にして、文字通り『消し飛んだ』のである。


「……え?」


 私は足を止め、ポカンと口を開けた。


「お~、ありゃ俺にもできねぇな。

 流石はソーマチンだな」


 サッカリンが感心したように口笛を吹く。


「え?

 なにあれ?

 今、吠えただけよね?」


 私が混乱していると、レイスの処理を終えたサラヤが、眼鏡を押し上げて冷静に解説してくれた。


「あれは、言霊に魔力を乗せた『気功』のような技です」


「気功?」


「はい。

 たまに物語であるような、剣気を飛ばしたり、拳から気功波をだすようなものでしょうか。

 人間でいうと『喝ッ!』と声を上げることで、その気迫と魔力で敵を払った感じです。

 余程の達人でもそうそうできない、高次元な技となります」


「……喝ッ、って」


 私は、お座りをして尻尾をパタパタ振っている白いポメラニアンをまじまじと見つめた。

 ただの「ワン」という鳴き声に、レイスを消滅させるほどの『気』が込められていたというのか。


「ワフッ!(我にかかれば造作もないことよ!)」


 ソーマチンが、ドヤ顔で私を見上げてきた。

 またしても、この白いポメラニアンの底知れなさを見せつけられる結果となった。


     ◇


 アンデッドの群れをあらかた片付けた私たちは、再び霧の立ち込める墓場を奥へと進んでいった。


 だが、歩を進めるごとに、周囲の空気がさらに重く、冷たくなっていくのを感じる。

 息をするのも苦しいほどの、ねっとりとしたプレッシャー。


「……お嬢様」


 先行していたサラヤが、足を止めて振り返った。

 彼女の表情は、いつになく険しい。


「この階層の奥、あるいはその下から……。

 異常な質量の『負の魔力』を感じます。

 先程までの階層とは、明らかに次元が違います」


 サラヤの警告に、サッカリンも渋い顔で同意した。


「ああ。

 俺の勘も、さっきから全力で『帰れ』って警鐘を鳴らしてやがる。

 ここから先は、こんな小規模な未踏破ダンジョンに居ていい気配じゃねぇぞ」


 二人のプロフェッショナルが、揃って撤退を進言してくる。

 普段なら、安全第一の私はすぐに尻尾を巻いて逃げ出すところだ。


 だが。

 私の脳内では、まったく別の計算式が成り立っていた。


「なにビビってんのよ!

 ヤバそうなのは私だって見えてるわ」


 私は扇子をバシッと開き、二人を指差した。


「これだけヤバい気配がするってことはよ?

 その奥には、絶対に『国宝級のお宝』が眠っているはずなのよ!

 リスクとリターンは比例するの!

 ここまで来たら、最下層まで行くに決まってるじゃない!」


 私の強欲な叫びに、サッカリンは「やれやれ」と天を仰ぎ、ソーマチンは「クゥン」と呆れた声を出した。


 私は忠告を完全に無視し、ズンズンと墓場の最奥へと進んでいった。


 やがて、霧が晴れた先に、それは現れた。


 巨大な岩壁に穿たれた、禍々しい装飾が施された両開きの扉。

 ドクロと鎖のレリーフが彫られ、そこから漏れ出す冷気は、肌を刺すほどに冷たい。


 扉の横には、さらに下へと続く階段がある。

 どうやら、ここが第10階層……最下層への入り口に他ならない。


「ほら見なさい!

 いかにもボス部屋って感じの扉!

 この奥に、私の金銀財宝が待っているのよ……!」


 私はまだ見ぬお宝に胸を膨らませながら、不安を煽るかのような禍々しい扉の前に立つ。


 この扉の向こうに、決して触れてはいけない『絶望』が待ち受けていることなど、この時の私は知る由もなかったのである。


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