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第086話「階層06!滑走?強制?」


「……やはり、ギャンブルは身を滅ぼすわね」


 私は暗く冷たい石造りの階段を下りながら、深々と、そして重苦しい溜息を吐き出した。


「まったくです。

 地道な不労所得こそが、真の勝ち組への道なのだと、改めて骨の髄まで理解いたしました」


 私の呟きに、後ろを歩くサラヤも深く頷き、眼鏡の位置をクイッと直す。

 彼女の目もまた、先ほどの「カジノ」での熱狂から完全に冷めきり、反省の色が濃く浮かんでいた。


 第5階層で私たちを待ち受けていた、煌びやかなダンジョンカジノ。


 「ストックあり」「大量払い出し期待大」という甘美な言葉に踊らされ、私たちは集めたダンジョンコインをすべてスロットマシンに飲まれてしまった。

 あまつさえ、手持ちの私財を換金しようとして、サッカリンに物理的(平手打ち)に止められる始末。


 もしあのまま換金装置に手を出していれば、生命力まで搾取され、干からびたミイラになっていたかもしれない。


「いい加減、お前らも学習しろよな。

 ダンジョンが用意した甘い汁なんて、毒が入ってるに決まってんだろうが。

 金が絡むと途端にポンコツになりやがって……」


 最後尾を歩くサッカリンが、呆れたように肩をすくめている。

 その足元では、犬王ソーマチンが「クゥン(まったくだ)」と同意するように鼻を鳴らした。


「うるさいわね。

 ちょっと魔が差しただけよ。

 次は絶対に引っかからないわよ!」


 私はプイッとそっぽを向き、階段を早足で下りきった。


     ◇


「……着いたわ。

 ここが第6階層ね」


 階段を下りきった先は、カジノのあった開けた草原フロアとは打って変わって、ゴツゴツとした岩肌が剥き出しの薄暗い洞窟だった。

 ただ、一つだけ異質なものがある。


「お嬢、アレを見ろ。

 なんだありゃ。

 こんなところでトロッコ、鉱山か何かか?」


 サッカリンが指差した先。

 洞窟の床には、奥の暗闇へと続く二本の鉄のレールが敷かれていた。

 そして私たちの目の前には、そのレールの上に乗った、一台の乗り物がポツンと置かれていたのだ。


 木と鉄で組み上げられた、四人乗りほどの箱型の乗り物。

 前世の知識で言えば、まさに「トロッコ」だ。


 だが、ただの鉱山用のトロッコではない。


 座席にはそこそこ質の良さそうなクッションが敷かれ、側面には魔力で発光するランプが取り付けられている。

 いかにも「乗ってください」と言わんばかりの、親切設計な魔導駆動のトロッコだった。


「……お嬢、こいつぁ流石に怪しいのはわかるよな?」


 サッカリンが警戒心を露わにし、大剣の柄に手をかける。


「こんなダンジョンの途中に、こんな親切な移動手段が用意されてるわけがねぇ。

 どう考えても罠だ。

 乗ったら最後、どこに連れて行かれるか分かったもんじゃねぇぞ」


「罠……でしょうか?」


 サラヤも目を細め、トロッコの周囲を慎重に確認する。


「魔力的な爆発物などは仕掛けられていないようです。

 動力源が不明な点と、行き先が読めない点は、サッカリンさんの仰る通り極めて危険かと」


 二人のプロフェッショナルが、口を揃えて警戒を促す。

 普通の冒険者であれば、この不気味なトロッコを無視して、レールの脇の歩けるスペースを徒歩で進むことを選ぶだろう。


 だが。


「何言ってんのよ!

 カジノの次は遊園地のアトラクションみたいなものよ!

 歩かなくていいなんて最高じゃない!」


 私は躊躇することなく、トロッコの最前列の座席へと乗り込んだ。


「ちょ、お嬢!?」


「いいから早く乗りなさいよ!

 第1階層からずっと歩き通しで、もう足がパンパンなのよ!

 これに乗れば、次の階層までスィーッと自動で運んでくれるに違いないわ!」


 先ほどの「甘い汁には毒がある」という教訓は、歩き疲れた私の前ではすっかりどこかへ消え去っていた。

 楽ができるなら、なんだって利用してやる。

 それが私のモットーだ。


「はぁ……。

 お嬢のその謎の行動力、時々本気で殺意が湧くぜ……」


 サッカリンは深いため息をつきながらも、私の後ろの席に乗り込んだ。

 サラヤも「万が一の時は私が盾になります」と呟きながら、隣に座る。

 ソーマチンはサッカリンの膝の上に丸まった。


「よし、全員乗ったわね!

 出発進行ー!」


 私が上機嫌で号令をかけた、その瞬間だった。


 ガシャンッ!!


「え?」


 突如として、トロッコの側面から頑丈な鉄の安全バーが振り下ろされ、私たちの太ももをガッチリとホールドした。

 カチリ、カチリとロックがかかる音がする。

 手で押しても引いても、ピクリとも動かない。


「……なんだこれ。

 足が金具で固定されたぞ!?」


 サッカリンが力任せにバーを持ち上げようとするが、ビクともしない。

 私は少しだけ冷や汗をかきながらも、努めて明るく言った。


「な、なんだ、意外と安全設計じゃないの!

 振り落とされないようにしっかり固定してくれるなんて、ダンジョン側も気が利くわね!」


 私がそう言い終わるか終わらないかのうちに。

 トロッコの底部から、キュィィィィン……という高い魔力駆動音が鳴り響いた。


「……お嬢。

 なんか、嫌な予感しかしないんだが?」


「奇遇ね、私もよ」


 次の瞬間。


 ドゴォォォォォォンッ!!


「ギャアアアアアアアアアッ!?」


 尋常ではないG(重力)が私たちを背もたれに叩きつけた。

 トロッコは、まるで大砲から撃ち出された砲弾のように、猛スピードでレールの上を駆け出し始めたのだ。


     ◇


「速い!

 速いわ!

 速過ぎよぉぉぉっ!!」


 私の悲鳴が、薄暗い洞窟の中に木霊する。

 トロッコのスピードは、前世で乗ったどんな絶叫コースターよりも速かった。

 暴風が顔に叩きつけられ、息をするのすら苦しい。


「お嬢ぉぉぉ!

 だから言っただろうがぁぁぁっ!!」


 後ろの席で、サッカリンの顔が風圧でブルドッグのように歪んでいる。

 膝の上のソーマチンに至っては、風をモロに受けて、ただの白い毛玉と化していた。


 右に左に、トロッコは急カーブをノーブレーキで曲がっていく。

 そのたびに体が外に投げ出されそうになるが、ガッチリと固定された安全バーのおかげで、辛うじて命を繋ぎ止めている状態だ。


「これ!

 絶対安全設計じゃなくて、逃がさないための拘束具じゃないのよぉぉぉっ!」


 私が涙目で叫びながら、弾丸のように過ぎ去る景色を見つめていた、その時だった。


 ふと、レールの脇の壁面に、何かキラキラと光るものが見えた。


「……え?」


 猛スピードで流れる視界の中で、私はその正体を的確に捉えた。

 レールから少し離れた壁に、不自然に突き出た出っ張りがある。

 そこには、眩い光を放つ金貨の山と、豪華な装飾が施された宝箱、そして古代の魔法が記されていそうなスクロールが、これでもかと無造作に積まれていたのだ。


「お……お宝ぁぁぁぁっ!?」


 私は反射的に手を伸ばした。

 だが、安全バーに固定されているため、身を乗り出すことができない。


 ビュンッ!


 お宝の山は、一瞬にして後方へと過ぎ去っていった。


「ああっ!!

 私のお宝が!!」


 だが、絶望するのは早かった。

 少し進むと、またしても壁の出っ張りに、今度は巨大な宝石の原石と、銀貨が山のように積まれているのが見えた。


「ちょ、ストォォォップ!!

 止まれ! 止まりなさいよこのポンコツトロッコ!!

 私のお宝がぁぁぁぁっ!!」


 私はトロッコの縁をバンバンと叩きながら絶叫した。

 しかし、無情にもトロッコは減速するどころか、さらにスピードを上げている。


 ビュンッ! ビュンッ!


 次々と現れては、手の届かない場所で消え去っていくお宝の山。

 推定数十万ゴールド、いや、数百万ゴールドの価値があるかもしれない財宝が、ただの背景(書き割り)のようにスルーされていく。


「あぁぁぁ……っ、嫌ぁぁぁ……っ!!」


 私は絶望の涙を流した。

 これは、命を奪う罠よりもエグい。

 強欲な私の『精神』をピンポイントで削りにくる、悪辣極まりないダンジョンの拷問だ。


 隣のサラヤはなぜかいつもの無表情なまま、冷静に流れゆくお宝を見届けている。


「ねえサラヤ!

 アンタの暗器かなんかで、あの宝箱を引っ掛けて回収できないの!?」


 私が藁にもすがる思いで叫びに、サラヤは冷静な声を返す。


「……お嬢様。

 あれらは多分、すべて『偽物』です」


「はぁ!?

 なんでそんなことがわかるのよ!

 あれだけキラキラ光ってたじゃない!」


 私は抗議したが、サラヤは風の中でも聞こえるように、大声を張り上げて解説を始めた。


「配置場所が不自然すぎます!

 壁に突き出た出っ張りに置かれていますが、そもそもあそこへ辿り着ける歩行ルートが存在しません!

 トロッコから飛び移るにしても、距離がありすぎます!」


 サラヤの言う通り、お宝のある出っ張りの下は、底なしの暗いクレバスになっていた。


「要するに、あれは無理に取ろうとする侵入者を落とすための罠です!

 きっと周辺には、壁に擬態した魔物が潜んでいて、何とか辿り着こうとジャンプした侵入者を空中で迎撃して、クレバスに突き落とす仕組みかと推測されます!」


「……えっ?」


「その程度の撒き餌の罠であれば、わざわざ本物のお宝を置く必要はありません!

 宝箱は空、スクロールも白紙、金貨に至っては表面を塗っただけの偽造硬貨で十分な効果が見込めるため、本物は置かれていないと予想されます!」


 王家暗部の構成員兼情報屋の、冷静で論理的な分析。

 それを聞いた瞬間、私の心の中で燃え盛っていた未練の炎が、スッと鎮火した。


「……なーんだ、偽物なのね!

 じゃあ、取れなくても全然悔しくないわ!」


 私は手のひらを返し、ケロッとした顔で涙を拭った。

 偽物に執着するほど、私は暇ではない。


「お嬢、お前ホントに現金だな……」


 サッカリンが呆れ果てた声を出したが、トロッコのスピードはそんな会話も許さないほどに加速し続けていた。


     ◇


 ゴゴゴゴゴゴッ!!


 お宝(偽物)エリアを抜け、トロッコはさらなる急勾配を下っていく。

 車輪が火花を散らし、魔導駆動の音が悲鳴のように高まっている。


「……お嬢!

 前だ! 前方に光が見えるぞ!」


 サッカリンが叫んだ。

 見れば、暗いトンネルの出口に、ぼんやりと青白い光が差し込んでいる。


「ゴールか!?

 やっとこの絶叫マシンから解放されるのね!」


 私は歓喜の声を上げた。

 だが、出口に近づくにつれ、サッカリンの顔色が変わっていくのが見えた。


「……違う!

 お嬢、あれはゴールじゃねぇ!

 レールが……レールが途切れてるぞぉぉぉっ!!」


「えっ!?」


 私が前方を凝視した瞬間。

 トロッコはトンネルの出口を飛び出し、そのまま何もない虚空へと放り出された。


 フワッ……。


 一瞬の無重力状態。

 レールの途切れた先は、巨大な地下空間の空中だった。


「ウソでしょぉぉぉぉぉぉっ!?」


 ガシャンッ! という音と共に、私たちを拘束していた安全バーが唐突に跳ね上がった。


「ここで拘束解除かよ!?

 ふざけんなぁぁぁっ!!」


 サッカリンの怒号も虚しく、私たちはトロッコごと空中でバラバラに投げ出され、真っ逆さまにダイブしていく。


 落ちる。


 落ちる~~~~!


「なんで私がこんな目にぃぃぃぃっ!!」


 私の絶叫が地下空間に響き渡る中、眼下には猛烈な勢いで流れる巨大な水脈が見えてきた。


 ドッボォォォォォンッ!!!


 凄まじい水しぶきと共に、私たちは地下水脈の急流へと叩き込まれた。


「ごぼっ、ぷはっ!

 冷たっ!?」


 ずぶ濡れになりながら水面に顔を出したのも束の間、そこは猛スピードで流れるウォータースライダーのような急流だった。

 息をする暇もなく、波に揉まれながら流されていく。


「お嬢!

 息を止めろ!

 滝が来るぞ!!」


 前方を流されるサッカリンの声が聞こえた直後、水流がふっと途切れ、体が再び宙に浮いた。

 滝壺への落下だ。


「キャアアアアアアアアッ!!」


 ザバーーーーンッ!!


 深い水底へと沈み込み、私は必死に手足を動かして浮上する。

 肺が空気を求めて悲鳴を上げている。


「ぷはっ!

 げほっ、ごほっ……!」


 水面から顔を出し、大きく息を吸い込む。

 死ぬかと思った。


「あー、助かった……。

 もう、最悪よ。

 ドレスもずぶ濡れだし……」


 私は文句を言いながら、顔の水を拭った。

 だが、ふと気がついた。


「……あれ?」


 冷たい地下水脈を滑り落ちてきたはずなのに、今私が浸かっている水は、なんだかじんわりと温かい。

 しかも、ふわりと独特の香りが鼻をくすぐる。


「この匂い……硫黄の香り?

 それにこれ、お湯じゃない……」


 私は周囲を見渡した。


 私たちが落ちた滝壺は、広く開けた空間になっており、そこにはモウモウと湯気を立てる『天然の温泉』が広がっていた。


「お湯……?

 って、ここどこよ!」


 私は呆然と呟きながら、周囲の景色を視界に収めた。


 そこには、地下迷宮の第7階層が用意した、さらに悪辣なコンボが私たちを待ち構えていたのだった。


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