第085話「階層05!遊戯?換金?」
巨大なフレッシュゾンビからひん剥いた特大の服(布地)をマジックバッグに押し込み、私たちはホクホク顔で下り階段を進んだ。
いよいよ、未知の未踏破ダンジョンも折り返しの第5層である。
「さあ、次はどんなお宝が待ってるかしら!」
階段を降りきった先は、これまでの洞窟や不気味な村の景色とは打って変わり、見渡す限りの明るい草原地帯だった。
人工的な太陽のような光が天井から降り注ぎ、青々とした草が風に揺れている。
「へぇ、随分と開けた場所ね。
ピクニックにでも来たくなるような雰囲気だけど……」
私が警戒しながら周囲を見渡すと、草むらのあちこちで、何かがチョロチョロと動いているのが見えた。
ずんぐりとした茶色い袋に、細い手足が生えたような奇妙な魔物だ。
頭のてっぺんを紐で縛ったような形状をしており、走るたびに「チャリン、チャリン」と硬貨が触れ合うような小気味良い音を立てている。
「なにアレ。
……走る金貨袋?」
「『コイン・パース』ですね。
微小な魔力を帯びた硬貨を体内に溜め込む習性のある魔物です」
サラヤが眼鏡を光らせながら解説する。
「倒すと硬貨を落とすのね!?
最高じゃない!」
私は目を輝かせ、手近にいたコイン・パースに忍び寄ると、モーニングスターの鉄球を軽く振り下ろした。
パツンッ!という音と共に袋が弾け、中からジャラジャラと何枚かの硬貨がこぼれ落ちる。
「やったわ!
……って、あれ?」
拾い上げてみると、それは見慣れた王国の金貨や銀貨ではなかった。
見たこともない意匠が刻まれた、くすんだ金属のメダルだ。
「なによこれ、偽金?
金でも銀でもないじゃない」
私が落胆してメダルを放り投げようとすると、サラヤが素早くそれを受け止めた。
「お待ちください、お嬢様。
これは『ダンジョンコイン』と呼ばれる特殊な硬貨です。
一般の市場では使えませんが、好事家やマニア、蒐集家に売れば、それなりの値段で取引される代物ですよ」
「売れるの!?」
「はい。
塵も積もれば山となります」
その言葉を聞いた瞬間、私とサラヤの目の色が変わった。
蒐集家に売れるなら、立派な資産だ。
「サッカリン!
ソーマチン!
この草原にいる金貨袋、一匹残らず狩り尽くすわよ!!」
「……へいへい。
お嬢の金への執着は魔物より恐ろしいぜ」
サッカリンが呆れながらも手伝ってくれ、私たちは草原を駆け回り、チャリンチャリンと音を立てる魔物たちを片っ端から狩り尽くした。
◇
「ふぅ……。
大体こんなもんかしらね」
草原からコイン・パースの姿が完全に消え失せた。
しばらく待ってみたが、イノシシの時のようにすぐリポップ(再出現)するタイプではないらしく、新たな個体が湧いてくる気配はない。
「枯渇しましたね。
これ以上の滞在は時間の無駄かと」
「仕方ないわね、先へ進みましょう」
集めたダンジョンコインを袋に入れ、私たちは草原の奥へと歩き出した。
しばらく進むと、草原の真ん中に、なんとも不釣り合いな建造物が見えてきた。
「……なにこれ。
悪趣味な建物ね」
ネオンサインのような極彩色の魔法の明かりがチカチカと点滅する、大きく煌びやかな施設だった。
ダンジョンの最中に、突如として現れた場違いな娯楽施設。
恐る恐る中へ入ってみると、そこには前世の記憶にある「スロットマシン」や「ルーレット」のような、怪しげな『遊戯ギミック』がズラリと並んでいた。
「お嬢、こりゃ遊技場だ。
そいうタイプのフロアってことだな。」
サッカリンが大剣を背負ったまま、興味なさそうに機械を眺める。
機械の横には、ご丁寧に共通語で書かれた説明板が立てられていた。
『当カジノはダンジョンコインで遊べます!
一攫千金のチャンス!
ただいまストックあり!
大量払い出しの期待大!』
「カジノ……!
しかもダンジョンコインで遊べるのね!」
私の血が騒いだ。
前世ではパチンコやスロットの類には手を出さない堅実なOLだったが、ここは異世界。
しかも「ストックあり」「払い出し期待」などという甘美な言葉が躍っているではないか。
「……くだらねぇな。
修行の息抜きにはいいが、あんまり羽目を外すんじゃねぇぞ?
まあサラヤもいるから大丈夫だとは思うが…
とにかく俺は遠慮しとくわ。
ほら、ソーマチン。ボール遊びでもするか」
「ワンッ!」
サッカリンは全く興味を示さず、フロアの隅で丸めた布を投げてソーマチンと戯れ始めた。
武人(と犬)には、こういう俗物的な娯楽は理解できないらしい。
「ふん、勝手に遊んでなさい。
私たちはここで資産を倍に増やすわよ!
ねえサラヤ!」
「御意。
確率と統計に基づき、最も期待値の高い台を攻略いたします」
金に目がない私とサラヤは一切の躊躇なく遊技台の前に座り、先ほど狩り集めたダンジョンコインを投入し始めた。
◇
「ああっ!
また外れた!
もう少しで絵柄が揃ったのに!」
「……確率の偏りですね。
次は必ず来ます」
一時間後。
私たちは、完全にカジノの魔力に飲まれていた。
最初は調子良く当たりが出てコインが増えていたのだが、次第に台が牙を剥き始め、手持ちのコインがゴリゴリと削られていく。
「くっ……悔しい!
あと少し!
あと少し回せば、絶対に『ストックフル(大当たり)』が来るのに!」
私は台をバンバンと叩いた。
だが、無情にも私の手元の袋からは、最後の一枚のダンジョンコインも消え失せていた。
サラヤの方も同様で、彼女の眼鏡の奥の瞳には、かつてないほどの血走った狂気が宿っている。
「……コインが、尽きました。
しかし、この台の波は間違いなく上昇傾向にあります。
ここでやめるのは、あまりにも惜しい……!」
「どうすんのよ!
さっきの草原の魔物はもう湧いてこないわよ!」
私たちが頭を抱えていると、ふと、遊技台の説明画面の横に、小さく点滅している文字があるのに気づいた。
『コインが足りないお客様へ!
手持ちの私財をダンジョンコインに換金する装置は、フロアの奥にございます!』
「「……!!」」
私とサラヤは顔を見合わせた。
あるじゃない、換金装置!
私財なら、マジックバッグの中にいくらでも入っている。
「早速換金よ!」
「換金しましょう!」
私たちは立ち上がり、血走った目でフロアの奥へと突進しようとした。
次の瞬間。
スパーーーンッ!!
スパーーーンッ!!
「痛っ!?」
「ぐふっ」
私とサラヤの後頭部に、強烈な平手打ちが炸裂した。
「馬鹿かお前ら?」
振り返ると、そこには鬼のような形相をしたサッカリンが立っていた。
「な、何すんのよサッカリン!
今から確変が……」
「確変じゃねぇよ!
罠に決まってるだろ!!」
サッカリンは私たちの首根っこを掴み、奥の「換金装置」の方を指差した。
冷静になってよく見てみると、その装置の周囲には、禍々しい赤黒い魔法陣が描かれており、不気味なオーラを放っていた。
「いいか。
こりゃ全部の持ち物をはぎ取って、最後には『生命力』まで換金させるタイプのエグい悪質な罠なんだよ!
ダンジョンが用意したギャンブルに客が勝てるわけねぇだろうが!
お嬢ならまだしも、サラヤならいい加減気付くと思ったんだがな…
お前ら二人、金が絡むと本当に駄目だな。
頭大丈夫か!?」
サッカリンの怒号に、私の頭に冷水がぶっかけられた。
生命力まで換金……?
エナジードレインのギャンブル版ってこと!?
「……マジ?」
「……不覚でした。
欲に目が眩み、初歩的な罠の構造を見落とすとは」
私とサラヤは青ざめて後ずさった。
もしサッカリンが止めてくれなければ、私たちは全財産どころか、干からびたミイラになるまでスロットを回し続けていたかもしれない。
「くぅん……(本当に世話の焼ける奴等だ)」
ソーマチンが、呆れ果てた目で私を見上げていた。
命まで搾取しようとするダンジョンの悪辣さに震え上がり、私たちはすごすごとカジノ施設を後にした。
6階層への階段は施設を出てすぐ裏手にあったが、欲に目がくらんだ人間はそこに辿りつくことはできず、ダンジョンの栄養となって消えていくのだろう。
やはり、ギャンブルは身を滅ぼす。
地道な不労所得こそが、真の勝ち組への道なのだと、私は固く心に誓ったのだった。




