第084話「階層04(後編)!剥衣?倫理?」
「よし!
いっちょ、真面目にやるわよ!」
古びた民家――第4階層の安全地帯での魔力制御の修行を終え、私は気合を入れて外へ出る。
そこには、相変わらず「生活感のない不気味な村」が広がっていた。
「……やっぱり、ちょっと怖いわね」
私が身を縮ませたのも無理はない。
村のあちこちに、人影があるのだ。
クワを持って農作業のフリをしている男、井戸端会議のフリをして向かい合っている女たち。
彼らは一様に、虚ろな目をして、どこか機械的な動きを繰り返している。
「お嬢、ありゃ全部『フレッシュゾンビ』だ。
生者の気配に気づいたら襲ってくるからな。
さっき覚えた『身体強化』で魔力のコーティングを切らさなきゃドレインは食らわねぇ。
落ち着いてやれ」
サッカリンが背後で腕を組み、大剣を抜くそぶりも見せずに言った。
つまり、これは私の実地テストということだ。
「わ、わかってるわよ」
私は右手にモーニングスターを、左手に光の盾を展開し、そっと一歩を踏み出した。
ガサッ。
私の足音が響いた瞬間、村中の「人影」の動きがピタリと止まった。
そして。
「アァァァァァ……」
不気味な呻き声と共に、十体近いフレッシュゾンビが一斉にこちらへ首を向け、猛烈なスピードでダッシュしてきたのだ!
「ひぃっ!?
ちょ、速!
速いわよ!!」
普通のゾンビのような、ノロノロとした歩き方ではない。
全力疾走だ。
私は恐怖のあまり、思わず背を向けて逃げ出そうとした。
「アァァッ!」
「キャッ!」
背後に回り込まれ、私の右腕を、農夫の姿をしたゾンビの冷たい手がガシッと掴んだ。
(やばっ、エナジードレイン……!?)
私は死を覚悟したが、体から生命力が抜けていくような感覚はない。
身体強化による魔力のコーティングが、ゾンビのエナジードレインを防いでいるのだ。
「……あれ?
効いてない……?」
私がホッとした、次の瞬間だった。
ビリッ!!
「あ…」
ゾンビが私の腕を強引に引っ張ったせいで、ドレスの右袖が肩の付け根から無残に破け、地面にヒラヒラと落ちた。
「…………」
静寂。
私の頭の中で、何かがプツンと切れる音がした。
「ちょ……。
ちょっとアンタ!!
これ高いのよ!!
王都で仕立てた特注品なのよ!!
なにすんのよぉぉぉぉぉぉっ!!」
恐怖は一瞬にして、お気に入りのドレス(高い服)を損なった激しい怒りへと変換される。
私は全身のバネを使い、腰の回転を乗せ、怒りに任せてモーニングスターをフルスイングした。
ブォンッ!!
ゴスッ!!
鉄球が、農夫ゾンビの顔面にクリーンヒット。
バシャッ……という水風船が弾けるような音と共に、ゾンビの頭部が砕け散る。
そこから飛び散った液体を顔に浴びて、私は悲鳴を上げた。
「え?
キモ!
なにこれ、緑色!?
気持ち悪る~~~~っ!!」
顔を拭うと、手にべったりと緑色の体液がついていた。
血液ではない。人間のそれでは絶対にない。
「な?
言っただろ、人間とは何の関係もねぇ魔物だって。
気兼ねなくぶっ叩いていいぜ」
サッカリンの言葉に、私の中にあった最後の「人型を殴る」という倫理的なハードルが完全に消え去った。
「……許さない。
私の高いドレスを破った代償、高くつくわよ!!」
私は身体強化を全開にし、迫り来るゾンビの群れへと自ら突撃していった。
◇
数分後。
村の広場には、頭部や胴体を粉砕されたフレッシュゾンビたちの「死体」が散乱していた。
ゲームや物語のダンジョンに出る魔物なら光の塵となって消えるのが王道だが、こいつらはそのまま残っている。
やっぱりこの世界は本来消える魔物でも、殺すとなぜか残る…変な設定よね。
「ふぅ、ふぅ……。
少しはスッキリしたわ」
私は肩で息をしながら、モーニングスターの血糊(緑色)を振って払った。
「サラヤ、戦利品の回収よ。
こいつは、何が取れるの?」
私は息を整えながら、期待に胸を膨らませた。
これだけ人間そっくりの魔物なのだ。もしかしたら、ポケットに小銭でも入っているかもしれない。
「服ですかね」
「……は?」
サラヤの淡々とした答えに、私は耳を疑った。
「服?
え、この貧相な村人服?」
「はい。見た目は貧相ですが、ダンジョン産なので素材は非常に良いものです。
デザイン的に人気はありませんが、ダンジョン内で着替えを現地調達できるということで、一部の冒険者には需要があるようです。
あと、とても着心地が良いそうですよ」
サラヤは眼鏡を光らせながら、ゾンビの着ている服をペラペラと捲って品定めしている。
「あ~お嬢、こいつら普段は土や葉っぱ食って生きてるミミズみたいな奴等だから、金目の戦利品は期待しないほうがいいぞ?
あと、なんか肉も食えるらしいが……俺は遠慮しとくわ」
サッカリンが露骨に嫌そうな顔をする。
「私だって人型の肉を食べるなんて御免よ」
私がドン引きしていると、サラヤも「同じく」と首をブルブルと横に振って全力で拒否の姿勢を示した。
だが。
「クチャ……クチャクチャ……」
「あ、こら!
ソーマチン!
そんなばっちいの食うんじゃねぇ!!」
サッカリンが慌てて止めに入っているが、足元では犬王ソーマチンが、おいしそうにゾンビの腕の肉に齧りついていた。
「……ホラーね」
私はその光景から目を逸らした。
駄犬の胃袋はどうなっているのだろうか。
「ま、まあいいわ。
服が売れるなら、塵も積もれば山となるわね。
この村のゾンビの服、全部ひん剥いて回収なさい!!」
私は号令をかけた。
「お嬢様、よろしいのですか?
死体から服を剥ぎ取るというのは、倫理的、および絵面的に少々問題があるかと存じますが……」
サラヤが珍しく常識的なことを言う。
確かに、人間そっくりの死体を素っ裸にしていく作業というのは、どう見ても盗賊のそれだ。
だが、服を剥ごうとしてゾンビのシャツのボタンを外したサラヤが、ピタリと動きを止めた。
「……お嬢様。
どうやら、倫理的な問題はクリアされたようです」
「え?」
私が覗き込むと、服を剥がされたゾンビの体は――『つんつるてん』だった。
胸も、おヘソも、大事な部分も、一切の凹凸がない。
マネキンのような、のっぺらぼうのツルツルな肌がそこにあるだけだった。
「な~んだ、脱がしてみたらつんつるてんじゃない。
人間そっくりだったら絵面が悪くてどうしようかと思ったわ!」
私は完全に安心し、気兼ねなく剥ぎ取り作業を進めることにした。
人間ではないと分かれば、ただの「素材」だ。
「さあ、村の過疎化を推し進めるわよ!
一匹残らずひん剥きなさい!」
こうして、私たちは村中のゾンビを倒しては服を剥ぎ取るという、シュール極まりない狩りを展開したのだった。
◇
「大漁よ~♪」
村のゾンビを狩り尽くし、大量の「村人服」をマジックバッグに回収した私は、ホクホク顔で下階層への階段へと向かっていた。
だが、その階段の前に、明らかに異質な存在が立ち塞がっていた。
「なんか……デカいのがいるわ…」
そこにいたのは、身長3メートルを優に超える、巨大なフレッシュゾンビだった。
丸太のような太い腕をだらりと下げ、虚ろな目でこちらを見下ろしている。
「初のフロアボスだな。
『フレッシュゾンビ・ジャイアント』か。
お嬢の身体強化の成果を見るには、ちょうどいい相手じゃねぇか?」
サッカリンが楽しそうに口笛を吹く。
「ざっと見で3m以上あるから、ただデカいだけの人じゃないのは確かよね。
流石に魔物だってのが分かりやすくていいけど…
あんなの、私一人で大丈夫なの?」
私は巨大なゾンビを見上げて、少しだけたじろいだ。
私が160センチそこそこだから、倍以上の体格差がある。
「普通はこんだけ体格差があれば、力じゃ敵わないもんだが……。
『身体強化』ってのはそれを覆す。
やってみればいい経験になるぞ。
ヤバくなったら俺が手を貸すから、とりあえず最初はお嬢一人でやってみるんだな」
サッカリンは完全に教官の顔になっている。
「……わかったわ。
やってやるわよ!」
私は右手のモーニングスターを握り直し、左腕の光の盾を展開した。
そして、体内の魔力を血液のように循環させ、極限まで高めていく。
「アァァァァァァッ!!」
ジャイアントゾンビが咆哮を上げ、丸太のような腕を私に向かって振り下ろしてきた。
まともに食らえば、ペチャンコにされる威力だ。
だが、今の私にはその動きが、まるでスローモーションのように見えていた。
「遅いわね!」
私は左手の光の盾を斜めに突き出し、巨人の一撃を受け流す。
ガギィィィンッ!!という轟音と共に、巨人の腕が大きく弾かれた。
「そこよぉぉぉっ!!」
私はがら空きになった巨人の懐に飛び込み、遠心力を乗せたモーニングスターを、巨人の膝へ向けてフルスイングで叩き込んだ。
ドゴォォォォォンッ!!!
「ギガァッ!?」
爆発のような音と共に、巨人の膝が砕け、その巨体がバランスを崩して前のめりに倒れ込んでくる。
「トドメよ!!」
私は倒れ込んでくる巨人の顔面めがけ、下からカチ上げるようにモーニングスターを振り抜いた。
バシャアァァァンッ!!
緑色の体液を撒き散らしながら、フロアボスの頭部が完全に粉砕された。
ズズーン……と、巨大な体が地響きを立てて倒れ伏す。
「ふぅ……!」
私はモーニングスターを肩に担ぎ、荒い息を吐いた。
「おお、見事なもんだ。
結構才能あるぜ。
身体強化の使い方も、盾での受け流しも完璧だ」
サッカリンが拍手をしながら近づいてくる。
「ふふん、私にかかればこんなもんよ!」
私はドヤ顔で振り返り、そして倒れた巨人の死体を見下ろした。
頭がなくなっても、その巨体は残っている。
「サラヤ、これも回収よ!
……って、待って」
私は巨人が着ていた服を、モーニングスターの先でつまみ上げた。
それは、私の身長よりも遥かに巨大な、テントのようなシャツとズボンだった。
「こんなバカデカい服、誰が着るのよ!
需要ないじゃない!」
「問題ありません」
サラヤが手際よく巨大な服を折りたたみながら、無表情で答えた。
「ただの『布』として売れるので大丈夫です。
むしろ生地が大きい分、高く売れます」
「布として……!
なるほど、その手があったわね!」
私の目に、再び金貨マークが灯る。
「じゃあ回収!
さあ、次いきましょ!
第5層のお宝が私を待ってるわ!」
私は意気揚々と、下階層へと続く階段を降りていった。




