第083話「階層04(前編)!循環?外部?」
「わかったから!
早く!
早く下ろしてぇぇぇぇっ!!」
私の悲痛な絶叫が、玉ねぎの刺激臭と共にダンジョンの第3層に虚しく響き渡る。
黄色いガスが充満する湿地帯を、サッカリンに米袋のように担がれたまま猛ダッシュで抜け切り、ようやく下り階段へと辿り着いた。
「……ほらよ、お嬢。
着いたぜ、第4層だ」
「おえっ……ぐえぇ……」
石造りの床に乱暴に下ろされ、私は四つん這いになって咳き込んだ。
胃の中身が逆流しそうで、さっき食べた美味しいフルーツトマトの記憶が最悪の形で蘇りそうになる。
頭に血が上り、髪の毛もボサボサだ。
およそ貴族令嬢の姿とは思えない有様である。
「死ぬかと……思ったわよ……。
もう少し、ご令嬢としての扱いってもんがあるでしょうが……」
「大丈夫かお嬢?
まぁ、あのままモタモタ歩いてたら、玉ねぎの毒気で本当にぶっ倒れてたからな。
感謝してほしいくらいだぜ」
私が涙目で抗議している間にも、先行していたサラヤが周囲の安全確認を済ませて戻ってきた。
「お嬢様、このフロアの入り口付近は安全なようです」
「……おい、サラヤ。
アレ見てみろ。
このフロア……」
サッカリンが、階段を降りた先にある空間を見渡して眉をひそめた。
「すぐに建物を確認してきます。
お嬢様、ここから動かないでください」
サラヤは音もなく闇の中へ溶け込み、すぐに戻ってきた。
「建物の中は空です。
使われた形跡もないので、あそこでソーマチンさんを救護しましょう」
「建物?」
私が顔を上げると、そこには薄暗い空間の中に、ポツンと建つ「民家」のようなものがあった。
私たちは促されるまま、その民家の中へと足を踏み入れた。
「クゥン……」
サッカリンの腕の中で、犬王ソーマチンがぐったりと息をしている。
第3層の玉ねぎの激臭をまともに食らい、犬の鋭い嗅覚にはクリティカルヒットだったようだ。
「いけない、このままじゃソーマチンが危ないわ!
早く手当てを!」
私が叫ぶと、サラヤは無表情のまま自分のマジックバッグから、大きな救急箱を取り出した。
中には包帯や薬瓶、様々な器具が綺麗に整頓されて収まっている。
サラヤは手際よく小瓶を取り出し、水に溶かしてソーマチンの口に流し込んだ。
「なにその万能治療箱……。
何でも入ってるのね」
「何でも……ではありませんが、キズや解毒、気付けは基本です。
領主館から持参した『気付け薬』と『毒抜き』を飲ませましたので、これで大丈夫でしょう」
「ワンッ!(復活!)」
薬を飲んだ瞬間、ソーマチンの目がカッと見開き、一気に元気を取り戻した。
尻尾を振り、サッカリンの腕から飛び降りて「ブルブルッ」と体を震わせる。
見事な回復力だ。
「アンタ、ホント気が利くわね!」
「メイドの嗜みです。
では、薬代と処置費用として費用申請を出しておきます」
「薬は領主館の備品だから、処置費用だけね」
「……残念です」
息を吸うように経費をちょろまかそうとするサラヤと、それを的確に防ぐ私。
このやり取りもすっかり板についてきた。
◇
ソーマチンが復活し、一息ついたところで、私は改めてこの「民家」を見回した。
木製のテーブルがあり、椅子があり、ベッドのようなものまである。
だが。
「……なんか違和感を感じるわ。
古びた感じはあるのに、生活した形跡が全くないのよ」
人が住んでいれば、必ずつくはずの傷や、生活の匂い、埃の積もり方が不自然なのだ。
まるで、誰かが「民家という舞台セット」をそのまま置いたような。
「お嬢、この建物を拠点に身体強化の修行をしておくぞ」
サッカリンが大剣を壁に立てかけながら言った。
「なんでまた急に?」
「ああ、多分なんだが……。
ここは村タイプのダンジョンフロアだ」
「村タイプ?
ダンジョンなのに村って、人がいるの?」
「いや、『人』は居ねぇな。
ここはダンジョンが人の村を模して作った仮の空間だ」
サッカリンの説明に、私は少し背筋が寒くなるのを感じた。
「人が居ないって……。
まぁ、人は魔物じゃないんだから、代わりに人型の魔物が村人面してウロウロしてるってことかしら?」
「その認識で相違ございません」
サラヤが眼鏡を光らせながら補足する。
「このような『村タイプ』のフロアが存在する場合、概ね人を模した不死属性の魔物が配置されています」
「不死属性……吸血鬼とか?」
「いいえ。
そう言った高位の不死者は知能が高く、このような浅いダンジョンには定着しません」
「え、じゃあもしかして……ゾンビとかってこと?」
私は前世のホラー映画を思い出し、顔をしかめた。
あんな腐った肉の塊をモーニングスターで叩き潰すなんて、衛生的に最悪だ。
「そうだ。
だが、お嬢が想像してるようなドロドロのやつじゃねぇ。
基本は『フレッシュゾンビ』っていう、腐ってないやつだ。
生きていない人間の精巧なレプリカだな」
サッカリンが事もなげに言う。
「……なんか、それはそれで怖いわね……」
「まぁ、人っぽい何かでしかないからな。
ダンジョンが生み出した魔物であって、元・人間ってわけじゃない。
なんの関係もねぇから気兼ねなくぶっ叩いていいぜ?」
「そう言われてもねぇ……」
私は腕をさすった。
フレッシュゾンビ。
腐っていない分、より人間らしく見えるということだ。
そんなものを容赦なく粉砕するには、少し精神的なハードルがある。
「それよりも問題なのは、この手の『村マップ』があるダンジョンは、決まってダンジョンのボスも『不死属性』ってことだな」
サッカリンの言葉に、私は顔を上げた。
「ボスも?」
「ああ。
物理で叩き潰せるゾンビはいいが、実体のない『死霊系』はちょっと厄介でな。
身体強化で体に魔力を巡らせてないと攻撃も通らないし、触られるだけで生命力を持っていかれちまうんだよ。
エナジードレインってやつだ」
「攻撃が通らないのはわかるけど、触られるだけで……!?」
「対策がないと、この先には進めません」
サラヤが冷徹な事実を突きつける。
「……要するに、お嬢様の魔力制御(身体強化)の修得は『急務』ということです」
「そういうこと……。
わかったわ、真面目にやるわよ!」
私は気合を入れ直し、立ち上がった。
逃げ帰るという選択肢はない。私の投資(赤字)を回収するまでは。
◇
「よし。
まずは理屈を感覚に落とし込む必要があるな」
サッカリンが腕を組み、教官の顔になった。
「いいかお嬢。
体内循環する血液のイメージを魔力に置き換え、それを覚えて感覚で使うんだ。
その際に魔力の滞留や貯まり方のイメージで、強化される場所や強さを変える。
まぁ、慣れってやつだ」
「血液の循環ね……」
私は前世の知識である『血管の図』や『心臓のポンプ機能』を頭に思い描いた。
心臓から送り出された血液が、動脈を通って全身の毛細血管へと行き渡り、静脈を通って戻ってくる。
そのイメージなら分かりやすい。
「基本的に魔力の根源は下丹田(おへその下あたり)に貯まるのが通説だが、実はこれは個人差があるんだ。
昔はそういう理屈は無かったから、下丹田以外に魔力の根源がある場合に、それが感じられず魔法が使えないと思っていた人も多かったらしい」
サッカリンは自分の腹のあたりをポンと叩く。
「だが、実際には別の場所にある魔力の根源位置を認識できさえすれば、他の人と同じように使えるようになるわけだ。
要するに、自分の魔力の場所を特定し、循環ルートを頭で考え、実践し、慣れたら考えないで使えるようにするってこった」
「なるほど。
まずは自分の魔力のタンクの場所を見つけるのね」
私が頷いていると、サッカリンがニヤリと笑った。
「そういえばお嬢は、魔力は多少は見えるんだよな?」
「まぁ、ダンジョンとかの雰囲気や、そういう魔力濃度とかは感覚的にわかるわね。
あ、ここ魔力溜まってるなー、とか」
「じゃあ魔力制御に慣れたら、俺たちやソーマチンの魔力の流れを感じてみるといいぜ」
「アンタ達のはわかるけど、ソーマチンのを?」
私が足元で毛繕いをしている駄犬を見下ろすと、サッカリンは深く頷いた。
「ああ。
そうしたら俺がコイツを『ソーマチンの爺さん』だって言ってるのがわかるはずだ」
◇
「少し、お嬢様の魔力について補足してよいでしょうか」
そこで、今まで静かに聞いていたサラヤが口を挟んできた。
「私がこれまで、お嬢様が魔法を使う際の魔力の流れを見てきた限りですが、使用する魔力量、そしてお嬢様自身の魔力消費量が一致しないことがわかっています」
「どういうことよ?」
「要するに、魔法で使用している魔力量が、お嬢様の魔力消費量を上回っているということです」
「ん?
それじゃあ他に、どこかから魔力使ってるってこと?」
サラヤは眼鏡をクイッと押し上げた。
「はい。
そう考えています。
多分ですが……お嬢様は、体内循環と外部取込の『ハイブリッド』で魔力を運用している可能性が高いです」
「『ハイブリッド』!
へ~、なんかエコじゃない」
私は感心した。
自分の魔力だけでなく、外部の魔力からもエネルギーを引っ張ってきているということか。
「エコ……はわかりませんが、大気中に魔力がある環境では、体内循環のみの運用よりも魔力使用効率は非常に高くなりますし、逆に外部取込のみで問題となる『大気中魔力が薄い場合』においても、自身の魔力で運用が可能というメリットは大きいです」
「なんか一晩中、光魔法使ってもあんまり疲れないから変だなと思ってたのよね。
ある意味勝ち組ってことかしら?」
私は『イノシシコロコロ』の深夜のトンネル工事で、一晩中LEDライト並みの光魔法を出し続けていたことを思い出した。
普通なら魔力枯渇で倒れてもおかしくない労働環境だったが、私はただ眠かっただけだ。
「そういやお嬢はイノシシコロコロのときは、スゲぇ光を一晩中出してたよな?
ありゃそういうことか」
サッカリンも合点がいったように手を叩く。
「確かに思い当たる節があるわね…」
「その認識で相違ございませんが、身体強化の場合には注意が必要です」
サラヤのトーンが、一段低くなった。
「どういうこと?」
「自身の身体強度を超えた大量の魔力をため込む可能性がございますので、体のキャパシティを超えてしまう恐れがあります。
風船に空気を入れすぎれば破裂するように……これは命に関わることですので、充分に注意が必要でしょう」
「ひっ……」
自爆の危険性。
それは笑えない。
「じゃあその点も含めて、魔力制御自体も少し真剣に修練した方がいいだろうな」
「順序的にはまず魔力制御です。身体強化はその後が良いかと思われます」
サラヤが真面目に進言し、サッカリンもそれに頷いた。
◇
というわけで、私は民家の中央に立ち、目を閉じた。
(魔力の循環……
まずは自分の魔力の根源を探して……胸の奥……心臓のあたりね。
ここから、血液と一緒に魔力を全身に巡らせる……)
私は前世の知識を総動員し、全身の血管に魔力が流れるイメージを強く思い描いた。
ただ流すだけではいけない。魔力を外に漏らさず、体内に留めるのだ。
(力よ……漲れ……!
そして、私の体を覆う、強力なオーラとなるのよ!!)
「ん~~~~っ!!」
私が気合を入れた、その時だった。
ピカァァァァァァッ!!
「うおっ!?」
「……眩しいですね」
私の全身から、強烈な光が放たれた。
人間電球、あるいは歩くフラッシュバンである。
「なぁお嬢、なんかピカピカ全身光って眩しいんだけどよ。
どんなイメージでやってるんだ?」
サッカリンが目を細めながら突っ込んでくる。
「こう……ゴゥッて白い炎が『気』として立ち上る感じ?」
私は某格闘アニメのキャラクターが、オーラを爆発させている姿をイメージしていた。
強者たるもの、やはりオーラは可視化されてナンボだろう。
「なんじゃそりゃ?
そんなのイメージしたら、体内の魔力が外に放出されて意味ねぇだろ。
押し止めるってのが大事なんだよ」
「え~!
立ち上る気はロマンなのに……」
「ロマンじゃ強くなれねぇぞ?
理論と理屈ってのは、ちゃんと考えられてるんだよ。
漏らすな。
体の中に留めろ」
サッカリンのド正論に、私は唇を尖らせた。
仕方ない。
ロマンは諦めて、実用性を重視しよう。
(立ち上る炎じゃなくて……皮膚のすぐ下を、高密度のエネルギーがピタリと張り付いて循環しているイメージ……。
そう、全身タイツみたいに!)
私は再び目を閉じ、魔力の漏れを完全に塞ぐイメージを作った。
スゥッ……。
全身から放たれていた光が収まる。
代わりに、体の内側からじんわりとした温かさと、筋肉の繊維一本一本にまで力が満ちていくような感覚が生まれた。
「……できた」
目を開ける。
視界がクリアだ。自分の体が、羽のように軽く感じる。
試しに軽くその場でジャンプしてみると、天井に頭をぶつけそうになるほど高く跳べた。
「おお、この短時間で見事なもんだ。
魔力の漏れが完全に無くなったぜ」
サッカリンが感心したように頷く。
「ふふん!
どう?
私、天才じゃない?」
私はドヤ顔で胸を張った。
そして、ふと気づく。
「……それに、思ったより疲れないわね」
全身の細胞をフル稼働させているはずなのに、息切れ一つしない。
むしろ、魔力が満ちていることで疲労が回復しているような気さえする。
「それが外部取込型の利点ですので。
ダンジョンのように魔力が濃い場所では、外部取込イメージでの運用が安定すれば、殆ど疲れないで魔力を使うことができると思われます」
サラヤが解説してくれる。
「そっか、それってお得ってことよね!
無限のスタミナ! 燃費最高!
じゃあちゃんと練習しないとね」
お得、という言葉に私のモチベーションは最高潮に達した。
これで魔物相手にも疲れ知らずで戦える。
「よし。
じゃあ魔力制御に慣れたことだし、サッカリンの言ってた『魔力視』ってやつ、試してみようかしら」
私は魔力を瞳に集中させ、世界を別の視点から覗き込んだ。
「お……」
サッカリンの体には、荒々しくも太い、大河のような魔力の流れが見えた。
サラヤの体には、細く、静かで、しかし決して途切れることのない冷たい水流のような魔力。
二人とも、さすがはプロだ。
そして。
私は足元で大あくびをしている白い毛玉――ソーマチンへと視線を移した。
「……っ!?」
私は息を呑んだ。
ソーマチンの小さな体。
その内部で循環している魔力は……。
極限まで無駄がなく、静謐でありながら、サッカリンのそれよりも遥かに強大で、恐ろしいほどの密度を持って完璧に循環していたのだ。
一切の漏れも、淀みもない。
それはまさに、武の極致に達した者だけが持つ、完成された『剣王の気』そのものだった。
「……あ、アンタ……やるわね……」
私が震える声で呟くと、ソーマチンは私を見上げ、胸を張って、最高にふてぶてしいドヤ顔を見せた。
「ワワンッ!(今更気が付いたか!)」
……腹立つわー。
でも、認めざるを得ない。
この駄犬、本当に『剣王』なのかもしれない。
私の魔力制御の修行は、犬のドヤ顔というなんとも言えないオチと共に完了したのだった。




