第082話「階層03!野菜?猛毒?」
「もう終わったわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
……という私の魂の絶叫が虚しく響き渡った第2層の最奥。
私は完全に無気力になっていた。
「金返せぇぇぇぇっ!!」
床に叩きつけた『案山子にもできる!宝箱の罠の確実な解除方法』というふざけたタイトルの指南書を、サラヤがそそくさと回収しているのを横目に、私はガクリと膝をつき、両手をついて四つん這いになっていた。
絶望だ。
金貨6枚と銀貨35枚という膨大なレクチャー代金、そして最後の宝箱の罠解除のために自力で払った労力……。
すべてが、古本一冊に化けたのだ。
「ぶっ……!
くくくっ……!!
ひーっ、腹痛てぇ! 最高だなお嬢、最高のオチだぜ!!」
サッカリンが腹を抱えて地面を転げ回り、大爆笑している。
その隣で、犬王ソーマチンも「クゥン……(馬鹿な女だ)」と心底呆れたようにため息をついていた。
「……笑うな。笑うな脳筋ども。私の精神は今、ガラスの靴より脆くなってるのよ」
「お嬢様、お気を確かに。
実はあの宝箱ですが、解除に失敗して作動していたら『笑涙ガス』をまき散らす仕掛けになっていたようです」
サラヤが淡々と報告してきた。
「笑涙ガス?
なにそれ」
「吸い込むと、涙を流しながら大笑いしてしまうという悪戯のようなガスです。
領主館から持ち出した薬草で簡単に治せる程度の効果でしたので、私としてはあえてお嬢様に実地訓練として開けさせた次第です」
「あえてって……アンタねぇ……」
まあ、安全が確保されていたのならいいが。
しかし、解せないことが一つある。
「ねえサッカリン」
「ヒィッ……ヒィーッ、腹痛ぇ……! なんだよお嬢?」
「罠は私が完璧に解除したから、ガスは漏れてないわよね。
なんでアンタはガス食らってないのにそんなに大笑いしてんのよ。
頭おかしくなったの?」
「ぶはははは!
お嬢の反応があまりにも完璧すぎて、ガスなんかなくても腹筋が崩壊したんだよ!
ああ~、いいもん見せてもらったぜ!」
「……解せぬ」
私はジト目でサッカリンを睨みつけた。
まったく、いい性格をしている。
「……次よ。
第3層こそ、絶対に儲けてやるんだから……!」
私は気を取り直し、涙を拭いて立ち上がった。
負けてたまるか。
こんなところで立ち止まっている場合ではない。
◇
気を取り直して階段を降り、第3層へと足を踏み入れた。
第1層の洞窟、第2層の罠だらけの迷路とは打って変わって、そこは異質な空間だった。
「なんか……急に自然豊かになったわね」
岩肌を覆うように蔦が絡まり、天井の隙間からは淡い光が差し込んでいる。
地面には短い草が生い茂り、甘い果実のような香りが漂っていた。
地下迷宮のはずなのに、まるで森の中にいるようだ。
「お嬢、前を見ろ。
早速お出ましだぜ」
サッカリンが顎でしゃくる。
その視線の先には……。
「……リンゴ?」
真っ赤なリンゴが、ぽつんと落ちていた。
いや、落ちているのではない。
よく見ると、そのリンゴの下から、細い木の枝のような手足が生えていて、トコトコと歩いているのだ。
「なんなのあれ……なんで実から木がでるのよ……意味が分からないわ」
「魔物なんてそんなもんだぜ?
ありゃ『ウッドアポ』っていうやつでな。
リンゴみたいな見た目だが、中身は完全に木の魔物だ」
「えっ?
あの見た目で食えないの?
詐欺じゃないの!」
私は思わず抗議した。
真っ赤で瑞々しい果肉(に見えるもの)にかぶりついたら、前歯が折れるということか。
あのリンゴなら、誰でも齧ると歯ぐきから血がでるわね。
「詐欺だよなぁ。
だが、あいつの木材は確か『香木』として結構な価値があるって話だ。
燃やすと良い匂いがするらしくて、貴族の館なんかで需要があるらしいぜ。
木っ端みじんにしても売れるんで、お嬢のモーニングスターで殴り倒して大丈夫だぞ?」
「香木……!
売れる……!」
私の目に『金貨』マークが灯った。
「折角だから、小銭稼ぎに回収していったらいいんじゃねぇか?」
「いいわね!
それ、採用!」
私はモーニングスターを構えた。
「って、流石に私一人でただ殴るだけなのはもういいから、アンタ達も手伝いなさいよ!
時間を短縮して効率よく稼ぐわよ!」
「しゃあねぇな。
ほらソーマチン、やるぞ!」
「ワン? クゥン……(我もか? まぁ仕方ない……)」
元剣王の犬も渋々立ち上がり、私たちはウッドアポの群れに突撃した。
木片が飛び散り、甘い香りが広がる中、サクサクと香木を回収していく。
「ふふふ……これだけあれば、金貨数枚にはなるわね……!」
私はマジックバッグに木片を詰め込みながら、ホクホク顔になっていた。
◇
さらに奥へ進むと、今度は壁一面に葡萄のツタが這うエリアに出た。
紫色の実が、たわわに実っている。
「え、今度は葡萄なの?」
「ワンッ! ワフッ!!」
そのツタを見た瞬間、ソーマチンが大興奮で駆け出し、実を食べようと飛びついた。
「ああっ!
ちょっと待ってソーマチン!」
私は大慌てでソーマチンの首根っこを掴んで引き戻した。
「犬に葡萄はだめよ!
中毒起こして死んじゃうわよ!」
前世の知識が警鐘を鳴らす。犬に葡萄やレーズンを与えてはいけないというのは、愛犬家の常識だ。
「お嬢様、ご安心を」
サラヤが眼鏡を光らせながら、ツタから実を一つもぎ取った。
「あれは葡萄ではありません。
見た目は似ていますが、『クラスタトメト』という野菜の魔物です。
分類としてはトマトに近いので、犬が食べても大丈夫でしょう」
「……紛らわしいわね!
どうやって倒すのよ?」
「ツタを根本から切ればよいだけで、基本的には無害な植物の魔物です。
……それに、かなり美味しいらしいので、食べてみますか?」
サラヤの口の周りが、ほんのりと赤く染まっていた。
「ちょっとアンタ、いつのまにか回収したクラスタトメトをモリモリと頬張ってるじゃない!」
「……ん。甘みと酸味のバランスが絶妙です。
フルーツトマトのようですね」
「もう食ってるし……」
私は呆れながらも、一つ実を取って口に放り込んだ。
プチッ。
弾けた皮の中から、濃厚な果汁が溢れ出す。
「……うまっ!」
本当にフルーツトマトのように甘くて美味しい。
これは良い食材だ。
「持って帰るわ!
回収よ!」
それからしばらく、私たちは冒険者であることを忘れて、ひたすらトマト狩りに興じた。
ソーマチンも口の周りを真っ赤にして、夢中で食べている。
「ふぅ……おなか一杯!
でも汁っぽいからもういいわ。
次へいきましょう」
私はお腹をさすりながら、満足げに立ち上がった。
◇
第3層のさらに奥、フロアの終盤に差し掛かった頃。
「クシュンッ!」
ソーマチンが、突然くしゃみをした。
「どうしたの、ソーマチン。
風邪?」
「クゥン……」
ソーマチンは鼻を前足でこすりながら、見るからに具合が悪そうにしている。
尻尾も下がり、足取りが重い。
「……ん?
なんか臭いわね」
私も鼻をヒクつかせた。
甘いフルーツトマトの香りから一転、何やらツーンとする、鼻の奥を突き刺すような刺激臭が漂ってきている。
「お嬢、こりゃアレだ」
サッカリンが顔をしかめて、前方にある湿地帯のような場所を指差した。
そこには、バレーボールほどの大きさの球根が、半分ほど土に埋まった状態で群生していた。
ゆらゆらと葉を揺らしながら、時折、黄色いガスのようなものを吹き出している。
「アレってアレのこと?
あのヤバそうなのなに?」
「『催涙の層球』って魔物だ。
猛烈に美味いが、猛烈に臭い玉ねぎの魔物だぜ」
「え、なに?
美味いなら回収しないと……」
私は食い意地を張って一歩踏み出そうとした。
あのトマトが美味しかったのだ、このダンジョンの野菜モンスターは食材の宝庫に違いない。
「お待ちください、お嬢様」
サラヤが私の前に腕を出して制止した。
「犬のソーマチンに玉ねぎは危険です。
葡萄の比ではありません。
あの成分を大量にした場合、最悪、血液中の成分が破壊されて命に関わります」
「えっ!?」
「クゥンクゥン……(臭すぎ、我もう駄目かも……)」
足元のソーマチンを見ると、既に目がトロンとして、今にも倒れそうになっている。
ただ匂いを嗅いだだけでも、犬の鋭い嗅覚にはクリティカルヒットしているらしい。
「あ!
これはダメね!
回収は諦めるわ!」
いくら強欲な私でも、仲間の命と天秤にかけるほどではない。
「どうする!?
引き返す!?」
「いえ、ここは超高速で走り抜けるべきかと。
このエリアを抜けた先、そこに下階への階段が見えます」
サラヤが前方を見据えて言った。
「よし、急ぎましょう!
ダッシュよ!」
私たちは一斉に走り出した。
◇
「はぁっ!
はぁっ……!」
私は必死に足を動かすが、黄色いガスが充満する湿地帯は足場が悪く、思うように進まない。
「お嬢、おせぇ!」
前方を走っていたサッカリンが、苛立たしげに振り返る。
彼は左腕にぐったりとしたソーマチンを抱えているのに、私よりも遥かに速い。
サラヤに至っては、無表情のまま風のように駆け抜けている。
「仕方ないじゃない!
私、ご令嬢よ!」
「あ~、そういや身体強化できねぇのか。
お嬢は魔力があんのに、使い方が極端なんだよな。
この後はそっちの修行だな」
サッカリンが呆れたように言いながら、私の元へ引き返してきた。
「え?
ちょ、何?」
「とりあえず担ぐぞ。
文句言うなよ?」
「は?」
次の瞬間、私の視界がぐるりと反転した。
サッカリンが私の腰のあたりを掴み、ひょいと肩に担ぎ上げたのだ。
いわゆる、米袋担ぎである。
「ちょっと!
担ぐのはいいけど、もう少し人らしい持ち方できないの!?」
私はサッカリンの広い背中でジタバタと暴れた。
頭に血が上るし、お腹が彼の肩に食い込んで苦しい。
「人だって死んでたらこうすんだろ。
いいから黙ってろ、舌噛むぞ?」
「私は生きてるわよぉぉぉっ!!」
サッカリンは私を米袋のように担いだまま、もう片方の腕でソーマチンを抱え、猛烈なスピードで湿地帯を駆け抜けていく。
「ぐぇっ、おぇっ……!」
揺れるたびに私の胃が圧迫され、さっき食べた大量のトマトが逆流しそうになる。
「お嬢様、そろそろ抜けそうです。
先に下階への階段が見えますので、そこまで一気にいきましょう」
先導するサラヤの声が聞こえる。
「わかったから!
早く!
早く下ろしてぇぇぇぇっ!!」
私の悲痛な絶叫が、玉ねぎの刺激臭と共にダンジョンの第3層に虚しく響き渡る。
こうして、果物と野菜のパラダイス(?)から始まった第3層は、ゲロ吐き寸前の米袋担ぎという最悪の形で幕を閉じた。
私の優雅な宝箱ハンター伝説は、いつになったら始まるのだろうか。




