第081話「階層02!解除?課金?」
「フフン、案山子なんて私の敵じゃなかったわね!
このダンジョン余裕とみた!」
私は意気揚々と、第2層へと続く下り階段を降りて行く。
第1層で大量の歩く案山子を粉砕し、ビアンコ男爵から貰った『光の盾の腕輪』とモーニングスターのコンビネーションも完全にマスターした。
今の私は無敵の宝箱ハンターだ。
相変わらず無表情なサラヤが先行し、その後ろに私、私の後ろからは、呆れ顔のサッカリンと、そしてサッカリンの足元をスタスタと歩く犬王ソーマチンが続いている。
「さぁて、次の階層のお宝はどこかしらね〜♪」
階段を降りきる寸前、突然足を止めたサラヤを追い抜いて第2層のフロアへと足を踏み出そうとした、その瞬間。
「――お待ちください、お嬢様」
背後から、サラヤの冷たく静かな声が響いた。
同時に、私の肩がグッと後ろに引かれる。
サラヤが私の服の襟首を掴んで、強引に引き止めたのだ。
「ちょっと!
何するのよサラヤ!
首が締まるじゃない!」
「失礼いたしました。
ですが、そのまま足を踏み出していれば、今頃お嬢様は串刺しの刑でしたので」
「……は?」
サラヤは無表情のまま、私の足元のすぐ先、フロアの最初の床のタイルを指差した。
「フロアの最初の床から、すでに罠が張られています」
「ちょっと!
一歩目から罠ってこと!?」
私は慌てて一歩後ずさった。
見れば、ごく普通の石畳の床だが、言われてみれば一枚だけ僅かに色が違うような、浮いているような気がしないでもない。
いつの間にか足元に居たソーマチンが、そんな私を鼻で笑うようにチラリと見上げ、危ないタイルの匂いを嗅ぎいだかと思うと、サッカリンの横に戻って座り込んだ。
野生の勘か剣王の勘か、どうやらこの駄犬には罠の位置が完全に分かっているらしい。
床にしゃがみ込み、念入りに罠を確認するサラヤ。
「はい。
どうやら底に上向きのスパイクが仕込まれた、古典的な落とし穴のようです。
技術的には大した事が無い罠ですが、効果が高く、油断して階層を降りてきた者の足元をすくう『初見殺し』にはかなり有効です」
サラヤは立ち上がると同時に眼鏡をクイッと押し上げ、ビジネススマイルを浮かべた。
「いかがいたしますか?
私が解除いたしましょうか?
罠解除サービスの初回特典として、最初の一つは特別価格、銀貨2枚で解除いたしますが」
「また金か……。
って、そりゃアンタはそうよね……」
私は深いため息をついた。
この元・王家暗部の女は、息を吸うように課金を要求してくる。
だが、このままでは一歩も前に進めないのは事実だ。
「……念のために聞くけど、2個目からはいくらなのよ?」
「銀貨5枚です。
また、解除した罠を新しく設置し直す『再設置オプション』も、追加の銀貨3枚で承っております」
「要らないわよ!
って解除は要るけど、再設置してどうすんのよ!」
「後方から追われている場合に、追っ手の足止めとして非常に有効ですので。
お勧めオプションとなっております」
「追われてないから!
ライバル不在の未踏破ダンジョンだって言ってるでしょ!」
私は小銭入れを取り出そうとしたが、ふと手を止めた。
銀貨5枚。
決して払えない額ではないが、このフロアの規模がわからない以上、罠がいくつあるか見当もつかない。
その度に銀貨5枚をむしり取られていては、お宝を見つける前に私の財布が底をついてしまう。
そもそもダンジョンに潜るのに、銀貨なんて何十枚も持ち歩いているわけもない。
「……ねえ、サラヤ」
「なんでしょうか、お嬢様。
お得な『罠解除10回 回数券(銀貨45枚)』のご購入ですか?」
「違うわよ!
……解除代金は後で一括で請求書回していいから。
どうせなら、この機会に私に『罠解除のレクチャー』をしてくれない?
講師代として、罠一つにつき追加で銀貨3枚あげるから」
「ほぅ」
サラヤの眼鏡の奥の瞳が、チャリンと音を立てて輝いた。
「つまり、私が罠を発見し、お嬢様に解除の方法を指導する。
その対価として、罠一つにつき合計銀貨8枚を頂ける、ということですね?」
「そうよ。
私が自分で解除できるようになれば、今後のダンジョン探索でも役に立つでしょ。
長い目で見れば、その方が私にとっても安上がりだしね」
「素晴らしい自己投資の精神です。
喜んでお受けいたします。
毎度ありがとうございます」
サラヤは深々と、かつてないほどに美しいカーテシーで一礼した。
「はぁ……分かりやすいわね、アンタは」
「お褒めいただき光栄です」
(褒めてないわよ!)
こうして、第2層での私の「実践・罠解除セミナー(有料)」が幕を開けた。
◇
「ではお嬢様。
まずはこの落とし穴から実践していただきましょう」
サラヤは懐から、細い金属製のピンやワイヤーが詰まった『盗賊道具』のセットを取り出し、私に渡してきた。
「この床のタイル、四隅のうちの一箇所だけ、目地が少し広くなっているのがわかりますか?」
「ええと……あ、本当だ。
ここだけ少し隙間があるわね」
「そこに、このL字型のピンを差し込み、テコの原理でタイルの裏側にあるストッパーの留め金を外します。
力任せにやると作動してしまうので、指先に伝わるカチッという感触を頼りに……」
私はサラヤの指示通りに、石畳に這いつくばってピンを差し込んだ。
冷たい石の感触。
ピンの先が何かに引っかかる。
「……ここ?
なんか確かに引っかかるわね」
「はい、そこです。
ゆっくりと、ピンを右に90度回して……」
カチリ。
微かな音がして、タイルの縁がフワッと少しだけ浮き上がった。
「成功です。
これでストッパーが外れ、床が落ちることはなくなりました。
……では、銀貨8枚を計上しておきます」
「あ、うん。
……って、なんかすごく地味な作業ね」
「罠解除とはそういうものです」
私は立ち上がり、服の埃を払った。
まあ、これで第一関門は突破だ。
「さあ、どんどん進むわよ!
この階層もサクッとクリアして……」
ズンッ。
私が意気揚々と三歩目を踏み出そうとした、その時。
「お待ちください」
またしても、サラヤに首根っこを掴まれ、三歩目を踏むことはなかった。
「な、なによ今度は!」
「右の壁をご覧ください。
不自然な小さな穴が三つ、横に並んでいるでしょう?
あれは『毒矢の罠』です。
お嬢様が今踏み出そうとした床のタイルと連動しています」
「……はぁ!?
さっきの落とし穴から、まだ三歩も歩いてないわよ!?」
「ダンジョンとはそういうものです。
では、こちらの壁の裏側に仕込まれたワイヤーの切断方法をレクチャーいたします。
追加の銀貨8枚、計上いたします」
「くっ……!
わかったわよ、教えなさい!」
私は再び這いつくばり、サラヤの指導のもと、壁の隙間にピンセットを差し込んでワイヤーを慎重に切断した。
「ふぅ……。
これでいいわね?」
「はい、完璧です。
では、進みましょう」
私は警戒度を最大に引き上げ、抜き足差し足で進む。
その後ろを、ソーマチンは私が必死に解除したルートではなく、最初から安全なタイルだけを器用に踏んでスタスタと付いてくる。
どうやら本当に罠の位置がすべて見えているらしい。
無駄に腹立つ。
五歩。
十歩。
「お待ちください」
「今度は何よ!?」
「頭上にご注意を。
天井の岩の隙間に、『タライ』……いえ、重さ数十キロの重量物が仕掛けられています。
この細い糸に触れると落下する仕組みです」
「タライって聞こえたわよ!?」
「何のことでしょう?
重量物が仕掛けられていると申し上げましたが」
「……いや、どっちでもいいけど数十キロって、そんなの当たったら首の骨が折れるじゃない!」
「はい。
では、この糸を無効化する手順を……」
「……銀貨8枚ね、わかってるわよ!」
◇
それから数時間。
第2層は、まさに『罠の博覧会』だった。
落とし穴。
毒矢。
鉄のタライ落とし。
床から飛び出す槍。
壁から噴き出す火炎放射。
一定時間で部屋が水没する水責め部屋。
一つ一つは小ぢんまりとしていて、大掛かりな仕掛けはない。
だが、その配置がいちいち絶妙に腹立たしいのだ。
安全だと思った通路の曲がり角。
宝箱の形をしたただの空箱を開けた瞬間。
前の罠を解除してホッと息をついた、まさにその足元。
これでもかというほど、陰湿で嫌らしい位置に罠が張られている。
「ムキィィィーッ!!
なんなのよこの階層は!
設計した奴、絶対に性格ひん曲がってるわよ!」
私は髪を振り乱し、罠の部品であるワイヤーを力任せに引きちぎった。
「お嬢様、落ち着いてください。
力任せに扱うと、二重に仕掛けられた罠が作動しますよ。
ほら、そちらの振り子刃の解除も残っています。
……これで本日の講義は32回目。
しめて金貨2枚と銀貨56枚のご請求となります」
「あぁぁぁぁっ!
私の利益がぁぁぁっ!!」
お宝を見つけるどころか、借金(サラヤへの支払い)だけが雪だるま式に膨れ上がっていく。
これでは宝箱ハンターではなく、ただの罠解除の出張業者ではないか。
「……おいお嬢。
なんか罠の解除ばっかりで、俺の出番が全くねぇな」
後ろからついてくるサッカリンが、退屈そうに大剣の柄で肩を叩きながら欠伸をした。
彼の足元では、ソーマチンも同じように大口を開けて欠伸をしている。
この一人と一匹にとっては、緊張感も何もないただの散歩道である。
「それにこの階層、罠ばっかりで魔物が一匹もいねぇんだよな。
おまけに俺は、罠の解除中は離れて見てるしかないし、暇で死にそうだぜ。
なぁ、相棒」
「ワンッ!」
「アンタたちはいいわね!
私は神経すり減らして、財布の中身もすり減らしてるっていうのに!
暇って言う割には、ソーマチン撫でてマッタリを満喫してるじゃない」
私は八つ当たり気味にサッカリンとソーマチンを睨みつけた。
「大体、こんなに罠が密集してるなんて異常よ!
絶対におかしいわ!」
「まあ、これだけ罠が厳重ってことは、奥に行かせたくない理由があるんだろ。
つまり、それなりの『お宝』が眠ってるってことじゃねぇのか?」
サッカリンの言葉に、私はハッとした。
「そ、そうよね!
これだけの防犯設備を敷いているってことは、奥には絶対に国宝級のアーティファクトか、金貨の山があるに違いないわ!」
私の脳裏に、再び一攫千金の妄想が浮かぶ。
「よし!
そうと分かれば、こんなところで立ち止まっていられないわ!
サラヤ!
ガンガン行くわよ!
次の罠はどこ!?」
「お嬢様、素晴らしいモチベーションです。
では、あちらの『見えない糸』の解除方法から……」
私は数多の罠解除技術を身につけ、課金を重ねながらもフロアの奥へと突き進んでいった。
◇
そして。
気が遠くなる程の罠を潜り抜け、ついに私たちは第2層の最奥の部屋へと辿り着いた。
「……あったわ」
私は息を呑んだ。
部屋の中央、一段高くなった石の台座の上。
そこには、鈍い金色の光を放つ、立派な宝箱が鎮座していた。
いかにも「お宝が入っています」と言わんばかりの神々しいまでのオーラ。
「つ、ついに……!
私の苦労が、この金貨6枚と銀貨35枚の赤字が報われる時が来たのね!」
私は宝箱に向かって駆け寄ろうとした。
「お待ちください、お嬢様」
またしても、サラヤのストップがかかる。
「もう!
今度は何よ!
宝箱の周りに落とし穴でも張ってあるの!?」
「いえ、床には罠はありません。
ですが……」
サラヤは眼鏡を光らせ、宝箱を冷ややかに見据えた。
「あの宝箱自体が、ミエミエの罠です」
「……え?」
「お嬢、俺も同意見だ」
サッカリンも腕を組み、渋い顔で宝箱を睨んでいる。
「これだけ道中にいやらしい罠を張り巡らせておいて、最奥の宝箱がこんな無防備に、堂々と置かれているわけがねぇ。
どう考えても『開けたらドカン』の即死トラップだ。
無視して、さっさと第3層への階段を探した方がいい」
「…………」
二人のプロフェッショナルが、口を揃えて「無視しろ」と警告している。
彼らの言うことは、冒険者のセオリーとしては100%正しいのだろう。
だが。
「……嫌よ」
私は、首を横に振った。
「は?」
「こんなに!
こんなに苦労して!
泥だらけになって、神経すり減らして、挙句の果てにサラヤに莫大なレクチャー代まで払わされて!
ここまで来て、目の前のお宝を無視して帰れるわけないじゃない!!」
私は地団駄を踏んで叫んだ。
「お宝が入ってるかもしれないじゃない!
万が一、いや億が一でも、中に伝説の宝石が入ってたらどうするのよ!
見逃したこと、一生後悔して死にきれないわ!」
「お嬢様、感情と欲望でリスク計算を見誤るのは三流の投資家です。
ここは撤退が……」
「開けるわ!!
私が!
私の手で!
今日習ったばかりのこの『罠解除スキル』で、開けてみせるわよ!!」
私はサラヤの制止を振り切り、宝箱の前に陣取った。
「お嬢……死んでも知らねぇぞ?
やるなら盾展開しとくの忘れんなよ」
サッカリンがため息をつき、私から距離を取って大剣を盾代わりに構える。
サラヤもまた、無言で後退し、万が一の爆発に備えて防御姿勢をとった。
「ふん、見てなさい。
私の執念と、金貨6枚と銀貨35枚分の技術を!」
ブンッ!
自分の身を守るため、最初に光の盾を展開する。
私は盾に身を隠しながら、宝箱の鍵穴にシーフツールのピンを差し込んだ。
(……集中よ。
サラヤに教わった通りに。
まずは毒針の連動ワイヤーを探り当てて……これね。
次に、爆破魔法の起動トリガーを……よし、固定完了。
最後に、鍵のシリンダーを……)
カチャリ。
額から滝のような汗を流しながら、私は格闘すること十分。
ついに、宝箱の錠前が外れる音がした。
「……やった」
私は荒い息を吐きながら、シーフツールを引き抜いた。
「やったわ!
すべての罠を解除したわよ!!」
「おお、マジかお嬢。
やればできるじゃねぇか」
サッカリンが感心したように近づいてくる。
サラヤも「お見事です」と短く称賛した。
「ふふふ……さあ、いざご開帳よ!
私の財宝、姿を現しなさい!」
私は震える手で、宝箱の重い蓋を押し上げた。
ギィィィ……。
宝箱が開く。
中から、まばゆい光が……。
「…………ん?」
光は、溢れなかった。
金貨の山も、伝説の宝石も、古代のアーティファクトもなかった。
宝箱の底に、ポツンと、置かれていたのは。
「……革の本?」
私は呆然と、それを取り出した。
古びた羊皮紙で綴じられた、一冊の分厚い書物。
「魔導書かしら?
古代の強力な魔法の呪文書?
それとも、秘密の錬金術の書かれた秘蔵の書!?」
私はすがるような思いで、その本の表紙の埃を払った。
そこには、この世界の共通語で、はっきりとこう書かれていた。
「ええと……」
私が文字を読み上げる前に、横から覗き込んだサラヤが、無慈悲な声でそれを代読した。
「……『案山子にもできる!宝箱の罠の確実な解除方法 ~初心者から上級者まで~』という指南書のようです」
「…………」
「…………」
静寂。
第2層の最奥の部屋に、冷たい隙間風が吹き抜ける。
私は、手の中のその本を、震える目で見つめた。
苦労して。
泥まみれになって。
大金をサラヤに支払い。
即死の危険を冒して、今まさに、すべての罠を自力で解除した私の手に。
『宝箱の罠の確実な解除方法』
「…………」
私は、本を閉じた。
そして、床に向かって。
「もう終わったわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
バァァァァァァァァァァァンッ!!!!
全力で、これでもかというほどに、本を石畳に叩きつけた。
「今更こんなもん読んでどうすんのよぉぉぉっ!!
もう解除し終わった後でしょうがぁぁぁっ!!
金返せぇぇぇぇっ!!」
私の魂の絶叫が、ダンジョンの奥深くへと虚しく響き渡る。
「ぶっ……!
くくくっ……!!
ひーっ、腹痛てぇ!
最高だなお嬢、最高のオチだぜ!!」
サッカリンが腹を抱えて地面を転げ回り、爆笑している。
その横で、犬王ソーマチンも「クゥン……(馬鹿な女だ)」と心底呆れたようにため息をついていた。
「お嬢様、この指南書、内容はともかく羊皮紙の本はアンティーク価値が高い一品物です。
古書店に売ればそれなりの回収はできるかと存じます。
回収しておきますね」
サラヤが落ちた本を拾い上げ、埃を払ってマジックバッグに仕舞い込んだ。
私は膝から崩れ落ち、冷たい石畳の上で涙を流した。
やはり、ダンジョン探索などというものは、私のような守銭奴には向いていないのかもしれない。
心と財布に深い傷を負いながら、私の第2層攻略は、最悪のオチと共に幕を閉じたのであった。
「……次よ。
第3層こそ、絶対に儲けてやるんだから……!」
強欲令嬢の迷宮探索は、涙と借金を抱えながら、まだまだ続く。




