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第080話「階層01!実戦?指導?」


 迷宮都市メレンゲの近郊、人里から少し離れた山間部。

 私たちを乗せた馬車は、木々が生い茂る獣道の入り口で静かに停止した。

 ここから先は馬車では入れない。


「よし、到着ね!」


 私は意気揚々と馬車から飛び降り、大きく背伸びをした。

 目の前には、崖の斜面にぽっかりと空いた、大人三人が並んで歩ける程度の大きさの洞窟の入り口がある。

 これが、メレンゲの冒険者ギルドで噂になっていた『小規模な未踏破ダンジョン』だ。


 私の後ろから、大剣を背負ったサッカリンと、無表情なサラヤ、そしてサッカリンの足元をトコトコと歩く白いモフモフの大型犬――元・剣王にして現・駄犬のソーマチンが降りてくる。


「うーん、確かに魔力反応は薄いわね。

 入り口の雰囲気も、なんだか湿っぽくて地味だし。

 これなら高ランクの冒険者たちが見向きもしないってのも納得だわ」


 私は洞窟の奥を覗き込みながら、ニヤリと笑った。

 人気がないということは、中のお宝は全て私のものだ。

 ライバル不在の丸儲けステージ、まさに理想的な狩り場である。


「お嬢。

 いくらショボそうでも、未踏破は未踏破だ。

 何が飛び出してくるか分からねぇんだから、あんまり前に出すぎるなよ」


 サッカリンが呆れたような声で注意してくる。

 サラヤは既に無表情のまま周囲の索敵を始めている。


「わかってるわよ。

 でもその前に、ちょっとこれ試してみましょうか」


 私は懐から、ギルドマスターから押し付けられた……もとい、テスト運用を頼まれた『黒い板きれ(通信機)』を取り出した。


「えっと、ここに魔力を流すのよね」


 ピィィン、と軽い音が鳴り、板の表面に淡い光が灯る。


「もしもしー?

 こちらパルスイート探検隊。

 現在、ダンジョンの第1層入り口に到着したわよー!」


 少しの間をおいて、板きれからノイズ混じりの音声が返ってきた。


『……はい、こちら冒険者ギルド。

 通信感度、良好です。

 パルスイートお嬢様、くれぐれもご無理はなさらず、危険を感じたらすぐにお知らせください』


 受付のお姉さんの声だ。


「えっと、シンディさんだっけ?

 了解よ。

 お宝ザクザクの予感しかしないけど、何かあったら連絡するわー」


 私は軽いノリで通話を切り、端末をポケットにねじ込んだ。


「バッチリ通じるわね。

 これで安全面も完璧よ!」


 私が振り返ると、サッカリンとサラヤが、見事なまでに同じ渋い顔をして私を見ていた。

 足元のソーマチンまで「クゥン……」と呆れたような鳴き声を上げている。


「……おい、サラヤ。

 俺の気のせいか?

 お嬢が今、ものすごく『嫌な予感』ってやつを感じさせてくれたんだが…」


「……私も概ね同感です。

 『何かあったら連絡する』と言って通信を切った者は、大抵の場合、連絡する間もなく何かがあって通信不能になるのがお約束というものです…」


「ちょっと!

 アンタたち、勝手に不吉なこと言ってんじゃないわよ!

 ただの通話テストでしょ!?そんな訳ないじゃない。

 ダンジョン入り口の疎通確認で行方不明になってたら、この機械のテストしたメンバーは全員いなくなってるわよ。

 馬鹿な事言ってないで行くわよ、私の華麗なる宝箱ハンター伝説の幕開けよ!」


 私は二人の懸念をバッサリと切り捨て、右肩に愛用のモーニングスターを担ぎ、左腕にはビアンコ男爵から貰った『光の盾の腕輪』を装着した状態で、薄暗い洞窟の中へと足を踏み入れた。


     ◇


 ダンジョン第1層。

 そこは、ゴツゴツとした岩肌が続く、典型的な洞窟のエリアだった。


「暗いわね……。

 ちょっと灯りをつけるわ」


 私は左手に魔力を込め、『超高輝度フラッシュ』の出力を絞って、ランタン代わりの光の玉を作り出した。

 ナイター照明並みの光量が洞窟内を昼間のように照らし出す。


「……お嬢様。

 明るすぎるのですが。

 ダンジョン特有の緊張感や、薄暗さの情緒というものが完全に死んでいます」


 先行して罠の探知をしていたサラヤが、眩しそうに目を細めて抗議してくる。


「情緒なんてどうでもいいのよ。

 暗くて足元が見えない方が危険でしょ?

 トイレと夜道は明るい方が好きなのよ!

 さあサラヤ、罠があったらサクサク解除していってね。

 時間は金なりよ」


「……承知いたしました」


 サラヤは無表情のまま、岩の陰や足元の罠を調べていく。


「今のところ危険な罠はないようでした」


 こういう所は流石に有能よね。


「よしよし、その調子よ。

 ……ん?」


 しばらく進むと、少し開けた広場のような場所に出た。

 そこには、私たちの侵入を待ち構えていたかのように、多数の『魔物』が群れをなしていた。


 だが。


「……何あれ。

 ……案山子かかし

 定番のスライムとかゴブリンじゃないのね」


 そこにいたのは、ボロボロの布を纏い、木の棒を腕の代わりに突き出した、人間の背丈ほどもある「歩く案山子」の集団だった。

 ズリッ、ズリッと、一本足で跳ねるようにして不気味に動き回っている。


 ざっと数えて、10個小隊……いや、50体くらいはいるだろうか。


「ウゥゥゥッ、ワンッ!!(どれ、我が味見してやろうではないか!)」


 その群れを見た瞬間、これまでサッカリンの足元でおとなしくしていたソーマチンが、突如として低い咆哮を上げ、矢のように飛び出した。


「あ、ちょっとソーマチン!」


 私が止める間もなく、白い巨体が風を切って案山子の群れへと突っ込む。


 かつて『剣王』とまで呼ばれた男の魂が宿る犬。

 そのステップと体捌きは、並の魔物とは次元が違った。

 ソーマチンは群れの先頭にいた案山子の懐に瞬時に潜り込むと、回転の遠心力を乗せた強烈な体当たりをぶちかました。


 ドガァァァンッ!!


「ウソでしょ……!?」


 一撃必殺。


 たった一度の体当たりで、大人の背丈ほどある案山子が、藁と木片をまき散らしながら木端微塵に粉砕されたのだ。


 しかし、ソーマチンはそこから追撃することはなかった。

 砕け散った案山子の残骸の匂いをフンッと嗅ぐと、心底退屈そうに大口を開けて欠伸をした。


「……ふぁあぁ……(話にならんわ)」


 張り合いのない、完全な雑魚。

 そう見切ったソーマチンは、周囲でズリズリと動く残りの二体目、三体目の案山子には一切見向きもせず、クルリと背を向けてトコトコとサッカリンの足元へと戻ってきてしまった。


「よーしよし、ソーマチン。

 さすが犬王は強いな〜。

 ほら、ご褒美のオヤツだぞ〜」


「ワンワン♪」


 サッカリンから干し肉のジャーキーを貰い、嬉しそうに尻尾を振って齧り付くソーマチン。

 そこに、かつての剣王の威厳など微塵もなかった。


「……はぁ?

 なんなのよあの駄犬。

 でも……子犬の体当たりで瞬殺されるような敵なら余裕ね!」


 私はニヤリと笑い、右手のモーニングスターを握り直した。


「お嬢。

 いくら雑魚でも油断は……」


「大丈夫よ!

 あそこの奥に、赤い布を巻いた『赤い案山子』も混ざってるけど、どうせアレも大したことないわ!

 全部私が蹴散らしてやるわよ!」


 私はサッカリンの忠告も聞かず、意気揚々と案山子の群れへと突っ込んでいった。


 ◇


 私無防備な案山子を見つけ、その正面に回り込む。


「ふふん、アンタなんか楽勝よ!

 第1層の敵なんて……」


 私が完全に気を抜いたその瞬間だった。


 反応が遅れた。


 ポカッ!


 「痛っ!?」


 脳天に、鈍い衝撃が走る。

 案山子がその硬い木の腕を、私の顔面めがけて鋭く振り下ろしてきたのだ。


 私は思わず数歩、よろめいて引き下がった。

 ダメージは大したことないが、めちゃくちゃムカつく叩かれ方だ。


「不意打ちとは…や、やるじゃないの……。

 ムキーッ!!

 よくも私の美しい顔をガラクタがぁぁッ!!」


 私はブチギレて、叩いてきた案山子に鉄球を乱れ打ちにし、粉々にした。


「おいおい、お嬢。

 正面に棒立ちして『不意打ちとは…』はねぇだろ…」


 少し離れた場所から、サッカリンの呆れた声が飛んできた。


「普通の敵だと、殴られてからキレて殴り返すんじゃ遅ぇんだよ。

 致命傷を貰ったら終わりだからな。

 ……お嬢!

 盾使え、盾!」


「盾!

 ……そうだったわ!」


 私は左腕にはめた『光の盾の腕輪』に魔力を流し込んだ。

 ピィィン! と音を立てて、半透明の光のハーフシールドが展開される。


「そう、それでいいんだよ。

 武器は少し引き気味に構えて、盾を前面に出してスタンスを取るんだ。

 相手の攻撃を盾で受け流して、その隙に武器の遠心力を乗せて叩き込む。

 それが『盾持ち前衛』の基本だ」


 サッカリンが、実戦の中で的確な指示を出してくる。

 普段はただの脳筋傭兵だと思っていたが、教官としては驚くほど優秀だ。


「わかったわ!

 こうね!」


 私は盾を前に突き出し、腰を落とす。

 そこへ、奥で控えていた例の『赤い案山子』が、他の案山子とは比べ物にならない素早い動きで突っ込んできた。


 シュバッ!


 赤い案山子の尖った木の腕が、私の顔面を狙って真っ直ぐに突き出される。


「甘いわよ!」


 私は左腕の盾で、その突きを斜めに受け流した。

 ガキンッ! と硬い音が鳴り、赤い案山子の体勢が大きく崩れる。


「そこよぉぉぉっ!!」


 私は引いていた右手のモーニングスターに、体全体の回転と遠心力を乗せ、赤い案山子の胴体へとフルスイングで叩き込んだ。


 ドゴォォォォォンッ!!


 赤い布ごと、案山子の胴体が爆散し、藁と木片が宙を舞う。


「ふぅ……!」


 完璧なカウンター。

 盾の防御力と、鈍器の破壊力が見事に噛み合った瞬間だった。


「おお、筋がいいじゃねぇかお嬢!

 その調子で残りのやつらも片付けちまえ!」


 サッカリンが満足げに腕を組んで頷く。

 足元のソーマチンも、「ワンッ」と一声鳴いて私を認めたように尻尾を振った。


 私は盾の扱い方を完全にマスターし、次々と襲い来る案山子たちを、防御からのカウンターで次々と粉砕していった。


     ◇


 数十分後。


 広場には、一体の案山子も残っていなかった。

 地面には、大量の藁と木片が散乱しているだけだ。


「はぁ……はぁ……。

 終わった……わね」


 私は肩で息をしながら、モーニングスターを地面に下ろした。


 全身汗だくだ。


 たかが第1層のチュートリアル敵とはいえ、数が多ければそれなりに体力を消耗する。


「お疲れ様です、お嬢様。

 見事な殲滅戦でした。

 ……ただ、案山子からは売れそうな素材は何もドロップしておりません」


 サラヤが木片を足でつついて、無慈悲な報告をしてくる。


「いいのよ、今回は私の修行なんだから!

 それに、盾の使い方もバッチリわかったし!」


 私は展開していた光の盾を解除し、腕輪を撫でた。

 この装備があれば、私の防御力は飛躍的に跳ね上がる。


「フフン、案山子なんて私の敵じゃないわね!

 このダンジョン、やっぱり余裕だわ!」


 少し疲れたが、実戦で勝利を収めた高揚感が私を包み込んでいた。

 結局のところ、私はすぐに調子に乗る女なのだろう。


「おいおいお嬢、あんまり油断すんなよ。

 まだ第1層だぞ?」


「わかってるわよサッカリン!

 さあ、この調子でガンガン進むわよ!

 お宝はすぐそこよ!」


 私は自信満々に胸を張り、第2層へと続く下り階段の方へと歩き出した。


 この時の私は、これから始まる10層までの道のりが、とんでもない舐めプの連続になると全く疑っていなかった。


 そしてその先に、逃げ場のない絶望が待っていることも。


「さあ、次の階層の敵はなにかしらね〜♪」


 強欲令嬢の迷宮探索は、まだまだ始まったばかりである。


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