第077話「熱烈歓迎!腕輪?光盾?」
私たちの乗った馬車は、整備されたばかりの高速道路を快適に走り抜け、ついに迷宮都市メレンゲの城門前へと到着した。
未踏破ダンジョンでのお宝探し。
誰も足を踏み入れていない未知の領域から、金銀財宝をガッポリと持ち帰る。
そんな甘美な野望に胸を弾ませて窓の外を覗いた私の目に飛び込んできたのは、予想だにしない光景だった。
パァァァァン! パラパッパーー!!
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れた。
メレンゲの巨大な城門前。
そこには、どこから湧いてきたのか、数十人規模の鼓笛隊が綺麗に整列し、高らかにファンファーレを吹き鳴らしていたのだ。
真昼の太陽の下、彼らの真鍮の楽器がキラキラと輝いている。
それだけではない。
彼らの背後には、城壁の端から端まで届きそうなほど巨大な横断幕が掲げられているではないか。
そこには、極太の金色の文字でこう書かれていた。
『熱烈歓迎!
パルスイート・アスパルテーム伯爵令嬢様!
パプリカ領との末永い友好を!』
「……なによこれ」
「おいおいお嬢、なんかえれぇ歓迎されてるぞ。
うちの軍隊の凱旋パレードでも始まるのか?」
御者台からサッカリンが呆れたような声をかけてくる。
「ワンッ(大げさな奴らだ)」
サッカリンの横に座る犬王ソーマチンまでが、鼻で笑うように短く吠えた。
「ちょっと、どういうこと?
私、今日はお忍びでお宝探しに来たはずなんだけど!?」
私が混乱して馬車の中で右往左往していると、鼓笛隊の列がモーセの十戒のように左右に綺麗に割れ、一人の紳士が歩み出てきた。
身なりの良い、しかしどこか苦労の滲む初老の男性だ。
「ようこそおいでくださいました、パルスイートお嬢様!」
紳士は馬車の前で深く、それこそ地面に額がつく勢いで最敬礼をした。
「私はこの地を治める、ビアンコ男爵と申します。
本日は貴女様を直接お出迎えすべく、急ぎ馳せ参じました」
ビアンコ男爵。
その名前を聞いて、私の脳内で前世のシナリオデータが高速検索される。
(ビアンコ男爵……って、あ! 原作ヒロインのロザリオの義理のお父様じゃない!
そういえば、メレンゲってビアンコ領の都市だったわね。
ロザリオは家出していなくなっちゃって、実家からお金を横領したとかサラヤが言ってたけど……この人がその被害者のお父さんか。
可哀想に……)
「あの、ビアンコ男爵様。
このような盛大な歓迎、大変光栄なのですが……一体どういった風の吹き回しで?」
私が馬車から降りて恐る恐る尋ねると、ビアンコ男爵はパッと顔を上げ、涙ぐんだ目で私の手を取らんばかりの勢いで語り出した。
「パルスイート様!
貴女様は我が領地の、いえ、メレンゲの救世主です!
私費を投じて建設してくださった『高速道路』のおかげで、我が領から他領への物流は劇的に改善しました!
さらに、ギルドで食い詰めて治安の悪化を招いていた『あぶれた若者たち』を、大量に労働力として雇用してくださった!
おかげでメレンゲの犯罪率は低下し、税収も上がり、何より娘の家出で荒れていた私の胃痛も治ったのです!
この御恩、一生忘れません!!」
なるほど。
私が「自分の利益のため」と「不労所得のため」に勝手にやったことが、結果的に隣の領地の問題を一気に解決してしまったらしい。
(ま、まあ?
感謝されるのは悪い気はしないわね。
っていうか、高速道路の効果って凄いわね!
やっぱりインフラ整備は最高だわ)
「あ、ああ、そういうことでしたのね。
ふふふ、お気になさらず。隣人として当然の助け合いですわ」
私は扇子を開き、完璧な貴族スマイルを浮かべてみせた。
「おお、なんと慈悲深い……!
しかし、我がビアンコ家は中立派。アセスルファム派閥の重鎮であるアスパルテーム家と、公に大っぴらな交流を持つことは、政治的に少々難しく……」
ビアンコ男爵は周囲を気にしながら、声を潜めた。
「ですので、これはあくまで『個人的な礼』として受け取っていただきたいのです」
そう言って、男爵が懐から恭しく取り出したのは、鈍い光を放つ意匠の凝らされた銀色の『腕輪』だった。
中央には透明な魔石が埋め込まれており、只者ではないオーラを放っている。
「これは……?」
「先日、メレンゲダンジョンの下層で発掘された、古代の魔導具です。
少し、魔力を流してみていただけますか?」
私は言われるがままに腕輪を受け取り、左腕にはめてみた。
ひんやりとした金属の感触。
そして、私の持つ「光魔法(物理)」の魔力を、ほんの少しだけ流し込んだ。
ピィィィン!
その瞬間、腕輪の魔石から眩い光が溢れ出し、私の左腕の前に「半透明の光の盾」が展開されたのだ。
「うおっ!?」
サッカリンが驚いて身構えるが、私はその軽さと機能美に目を奪われた。
「これ……光の盾!?」
「はい。魔力に反応して展開し、物理攻撃と魔法攻撃の両方を防ぐシールドを展開する逸品です。
パルスイート様が未踏破ダンジョンを攻略されると小耳にはさみまして、防御の要としてお役に立てるかと存じまして」
私は展開された盾を動かしてみる。
驚くほど軽い。
全く重さがないのに、右手の拳で軽く叩いてみるとカチンと確かな硬度がある。
(これ最高じゃない! 今まで右手にはモーニングスターを持っていたけど、左手がガラ空きで防御面が手薄だったのよね。
右手には鈍器、左手には光の盾! まさに私のための完璧な装備だわ!)
「カッコいい!!」
私は完全にテンションが上がり、思わず素の声で叫んでしまった。
「ありがとうございます、男爵様!
これは素晴らしいものですわ!
大切に使わせていただきます!」
「お気に召していただけて何よりです。
それでは、他派閥の目もありますゆえ、私はこれにて失礼いたします。
パプリカ領の更なるご発展を!」
ビアンコ男爵は素早く一礼すると、風のように足早に去っていった。
残された鼓笛隊も、曲を吹き終えるとサーッと蜘蛛の子を散らすように撤収していく。
見事なヒットアンドアウェイだ。
「……嵐のようなおっさんだったな」
サッカリンが呆れ顔で呟く。
「まあいいじゃない。こんな良いお宝がタダで手に入ったんだから!
さあ、幸先がいいわよ! 次は冒険者ギルドに乗り込むわ!」
◇
迷宮都市メレンゲ、冒険者ギルド支部。
私たちがギルドの重厚な扉を開けると、そこには既に「待ち構えていた」人物がいた。
「おおお!
お待ちしておりました、パルスイート・アスパルテームお嬢様!」
顔に無数の古傷を持つ強面の壮年男性――このギルドを束ねるギルドマスターが、両手をもみ手にして駆け寄ってきた。
その背後には、緊張した面持ちのギルド職員たちがズラリと並んで頭を下げている。
「ようこそ、我がメレンゲ支部へ!
ささ、こんなむさ苦しいロビーではなく、奥のギルド長室へどうぞ!」
「あら、ご丁寧にありがとう」
私はギルマスの案内に従い、ギルドの奥へと進む。
通されたギルド長室は、見事な調度品で整えられていた。
「どうぞ、お掛けください。
こちらは王都でも名高い『ハニー・ポット』の焼き菓子と、特級茶葉で淹れた紅茶でございます!」
テーブルには、これでもかと豪華なお茶会セットが並べられていた。
明らかにVIP待遇、大名接待だ。
「お嬢様、こちらのお菓子、私が毒味を」
背後に控えていたサラヤが、無表情のままスッと手を伸ばし、一番大きな焼き菓子を自分の口に放り込んだ。
「……ん。安全です。そして絶品です」
「アンタ、ただ食べたいだけでしょうが。私の分まで取らないでよね」
サラヤは無言で次のお菓子をハンカチに包み、こっそりと懐へ回収し始めた。守銭奴メイドは今日もブレない。
一方、部屋の隅では。
「……おいソーマチン。
俺たち、なんか場違いじゃねぇか?」
「クゥン……(紅茶など犬の飲み物ではない)」
サッカリンとソーマチンが、高級すぎるソファの端で居心地悪そうに縮こまっていた。
彼らにはこの優雅なティータイムの空気は合わないらしい。
「さて、ギルドマスター。
今日はこちらに伺ったのは他でもないわ。
ちょっとお願いがあってね」
私は紅茶を優雅に一口啜り、本題を切り出した。
「お願い、でございますか?
我がギルドの不良債権……いえ、若手冒険者たちを大量に雇用していただいた大恩人であるお嬢様のお願いとあらば、何なりと!」
ギルマスは前のめりになって聞いてくる。
「実はね、ウチの領地で雇っている労働者たちの『福利厚生』について考えていたの。
日々の土木作業ばかりじゃ、彼らもストレスが溜まるでしょう?
だから、ちょっとしたレクリエーションとして、ダンジョン探索なんかどうかなって思って」
「ほう、ダンジョン探索をレクリエーションに。流石は先進的な経営者でいらっしゃる」
「ええ。
それでね、噂で聞いたんだけど……この街の近郊に、小規模な『未踏破ダンジョン』が見つかったそうじゃない?」
私がニッコリと笑って告げると、ギルマスの顔からスッと血の気が引いた。
「み、未踏破……!?
お嬢様、あの噂をお聞きになられたのですか?
確かに見つかってはおりますが、あそこはまだ調査も入っていない完全な危険地帯です!」
ギルマスが慌てて立ち上がる。
「いくら魔力測定器の反応が低く、小規模だと予測されていても、未踏破は何が潜んでいるか分かりません!
罠があるかもしれませんし、未知の毒ガスが充満している可能性だって……!
福利厚生などとんでもない!
絶対にお止めください!」
(あ、やっぱりそう言われるわよね)
真っ当な懸念だ。ギルドマスターとしては、大恩人である貴族令嬢をそんな危険な場所に送り込むわけにはいかないだろう。
だが、私には「最強の手札」があるのだ。
「ふふふ……心配ご無用よ、ギルドマスター」
私は扇子をパチンと閉じ、後ろに控える二人を指差した。
「私の護衛を誰だと思ってるの?
そこのむさ苦しい大男は、かつて『死神』と呼ばれた最強の傭兵、サッカリンよ。
未知の魔物が出たって、あの巨大な大剣で一刀両断よ」
「お?おう。
任せとけ」
サッカリンが立ち上がり、凶悪なオーラ(殺気)を軽く解放する。
ビリビリとしたプレッシャーに、ギルマスが息を呑んだ。
「そしてこっちのメイドは、とある施設で厳しい訓練を積んだエリート情報屋、サラヤ。
罠の発見と解除なんて、目を瞑っていてもできるレベルよ」
「……お任せを。
追加の危険手当とボーナスさえいただければ、ダンジョンの底まで安全にご案内いたします」
サラヤが眼鏡を光らせ、一切の気配を消したままお辞儀をする。底知れない不気味さが部屋を満たした。
「この二人がいれば、10層程度のショボいダンジョンなんて、近所の公園を散歩するのと同じよ。
違うかしら?」
私の圧倒的な舐めプ発言と、従者二人が放つ常軌を逸した実力者の気配。
ギルマスは何度もサッカリンとサラヤを交互に見つめ、冷や汗を拭った。
「……確かに。
これほどの方々が護衛につかれるのであれば、あの小規模ダンジョンで遅れを取ることはない……かもしれません。
私が間違っておりました。お嬢様の布陣は完璧です」
ギルマスは深くため息をつき、調査の許可を出すことを決断したようだ。
「よろしいでしょう。
お嬢様に、あの未踏破ダンジョンの特別調査権を発行いたします」
(よし!
話が分かるギルドマスターじゃない!)
私は心の中でガッツポーズを決めた。
これで手付かずのお宝は私のものだ。
ライバル不在の丸儲けステージ開幕である。
◇
「ただ、許可を出すにあたり、一つだけ条件……いえ、お願いがございます」
ギルマスが執務机の引き出しから、何かを取り出した。
それは、真っ黒で薄い、手のひらサイズの長方形の板だった。
「なによこれ?
黒い板きれ?」
「こちらは、ダンジョン管理課が最近導入を進めている、新型の魔導具『通信端末』です」
「通信端末……?」
「はい。
緊急時に魔力を流すことで、外部の管理課へ直接救援を呼ぶことができる最新設備です。
今回、お嬢様方が未踏破ダンジョンに入られるということで、この端末の『テスト運用』をお願いしたいのです。
ダンジョンの奥深くでも通信が通じるか、確認していただきたいのです」
ギルマスが端末を私に差し出す。
「へぇ、テストねぇ。
ま、私たちには無用の長物だろうけど、持って行ってあげるわ。荷物になるような重さでもないし」
私は軽い気持ちでそれを受け取った。
しかし。
その後ろで、サッカリンとサラヤがピクリと反応した。
「……おい、お嬢」
サッカリンが顔をしかめ、小声で囁いてくる。
「なんか、すげぇ嫌な予感がするんだが。
『緊急時に救援を呼べる道具を渡される』って……それ、絶対に使わなきゃいけなくなるようなヤバい事態が起きるってフラグじゃねぇのか?」
「私も同感です」
サラヤも真顔で頷く。
「経験上、こういう『念のための安全装置』を渡された任務は、大抵の場合、安全装置が機能しないほどの絶体絶命のピンチに陥ります。いわゆる『死亡フラグ』というやつです。
お嬢様、やはり追加の危険手当の再交渉を……」
「アンタたち、考えすぎよ!」
私は二人の懸念をバッサリと切り捨てた。
「未踏破って言っても、魔力反応の低いショボいダンジョンよ?
お宝を回収して、サクッと帰ってくるだけなんだから!
さあ、サラヤ、接待のお菓子は全部包んだわね?」
「はい。
一つ残らず回収済みです」
「よし!
それじゃあ出発よ!
いざ、未踏破ダンジョンへ!」
私は通信端末をポケットにねじ込み、意気揚々とギルド長室を後にした。
新しい光の盾、最強の護衛、そして手付かずのお宝。
私の冒険者(宝箱ハンター)デビュー戦は、これ以上ないほど完璧なスタートを切ったのだった。
ギルドを出た直後。
奥の事務室で書類仕事をしていた銀色のお団子ヘアの少女が、「なんか今、すごい成金オーラを感じた」と首を傾げていたことなど、この時の私は知る由もなかった。
(待っていなさい、金銀財宝!
このパルスイート様が、骨の髄までしゃぶり尽くしてやるんだから!)
強欲なオーラを全身から立ち上らせながら、私はダンジョンへ向けて足取り軽く歩き出した。
サッカリンとサラヤの「嫌な予感」が、最悪の形で的中することになるなど、この時の私はまだ知る由もなかった。




