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第076話「秘宝噂話!未踏?接待?」


「誰か!

 もっと血湧き肉躍るような、それでいて確実に私が丸儲けできるような、都合のいい冒険の話を知らないの!?

 このままじゃ、私のファンタジーライフが土木作業だけで終わっちゃうじゃない!!」


 私の悲痛な叫びが、領主館の食堂に虚しく響き渡った。


「……シャキ、シャキ……」

「……シャキ、シャキ……」


「……シャキ、シャキ……」

「……シャキ、シャキ……」


 しんと静まり返る室内に響き渡るモヤシの爽やかな咀嚼音。


 集められた元冒険者――今は我がパプリカ領の優秀な土木作業員――たちは、互いに顔を見合わせ、困惑したように瞬きを繰り返し、そして取り留めもなくモヤシナムルを口に運んでいる。


「シャキ、シャキ、ゴクッ……お嬢様。

 現実逃避もほどほどになさってください。

 血湧き肉躍り、かつ安全で確実な利益が約束された冒険など、この世に存在するはずがありません。

 それは投資詐欺の謳い文句と同じです」


 サラヤが冷徹な声で、私のささやかな夢を木っ端微塵に粉砕しにかかる。


(なにアンタまでモヤシ食いながら、いちいち人の夢に攻撃仕掛けてくんのよ)


 彼女は手元のメモ帳に「お嬢様、現実逃避の傾向あり。カウンセリング(有料)を推奨」と書き込んでいるのが見えた。


「ワンッ(諦めて寝ろ)」


 サッカリンの腕の中に抱かれた犬王ソーマチンまでが、呆れたように短く吠える。

 なんだこいつら。

 私の味方はいないのか。


「うるさいわね!

 夢を見るくらいタダじゃない!

 冒険者ギルドには毎日数え切れないほどの依頼が張り出されてるんでしょ?

 その中の一つくらい、私の理想に合致する『美味しい話』が紛れ込んでいてもおかしくないじゃない!」


 私がなおも食い下がっていると、元戦士の青年が、おずおずと手を挙げた。


「あ、あのぅ……お嬢様。

 確実とは言えませんが……一攫千金のロマンという意味なら、一つだけ、そういう話がないわけじゃありません」


「!!

 あるの!?

 早く言いなさい!」


 私はバンッとテーブルに手をつき、身を乗り出した。

 青年の顔にプレッシャーがかかる。


「い、いえ、あくまで俺たちがメレンゲのギルドを出る直前に聞いた『噂話』なんですが……。

 一攫千金と言えば、やはり『未踏破ダンジョンの宝箱』ですかね」


「『未踏破』ダンジョン……!」


 なんて甘美な響きだろう。

 誰も足を踏み入れたことのない未知の迷宮。

 手付かずの宝箱。

 眠れる古代のアーティファクト。

 それらを最初に発見した者が、すべての利益を独占できる!


「それよ!

 その未踏破ダンジョン、どこにあるの!?

 詳しく教えなさい!」


 私が目を『金貨』マークにして迫ると、青年はタジタジと引き下がりながら説明を始めた。


「ええと、迷宮都市メレンゲの近郊……少し外れた山間部に、新しいダンジョンの入り口が見つかったらしいんです。

 まだ誰も内部調査に入れていない、完全な未踏破ダンジョンのようで」


「メレンゲ近郊ね!

 いいじゃない、高速通ってるし馬車ですぐに行ける場所だわ!

 でも、なんでまだ誰も調査に入ってないの?

 冒険者なら、我先にと宝の山に群がるものじゃないの?」


 私の疑問に、今度は元斥候の少年が答えた。


「それが……。

 ギルドの魔力測定器で外から測ったところ、内部の魔力反応が異常に低かったらしいんすよ。

 入り口も狭くて、せいぜい地下10階層くらいで終わるような、超・小規模なショボいダンジョンだろうって予測が出てまして」


「ショボいダンジョン?」


「はい。

 だから、AランクやBランクの高位パーティーは、『あんな小さな穴ぐらに潜っても、時間と経費の無駄だ。大したお宝なんて出やしない』って、完全に見向きもしてないんです。

 逆に、俺たちみたいな低ランクの冒険者にとっては、いくらショボそうでも『未踏破』は何が出るかわからないから怖くて手が出せない。

 ……結果として、誰にも手を出されずに放置されている、手付かずのダンジョンになってるって噂です」


「…………」


 私は静かに目を閉じ、脳内で情報の整理を行った。

 メレンゲ近郊の未踏破ダンジョン。

 規模は小さい。

 高ランクは利益が見込めないと敬遠している。

 低ランクは危険を恐れて手を出さない。

 現在、完全な放置状態。


(……これって)


 私はカッと目を見開き、高らかに笑い声を上げた。


「おーっほっほっほ!!

 それってつまり、お宝が手付かずでライバル不在の『丸儲けステージ』ってことじゃない!!」


 私の都合の良いプラス思考が爆発した。


「小規模でショボい?

 上等じゃない!

 ダンジョンの奥底まで何日もかけて潜るなんて、お風呂にも入れないし肌にも悪いから嫌だったのよ!

 十層程度なら、日帰りでサクッとお宝だけ回収して帰ってこれるわ!

 ライバルがいないなら、宝箱は全部私のもの!

 最高の条件が揃ってるじゃないの!」


 私が一人でテンションを上げていると、横から冷や水を浴びせるような声が飛んできた。


「おいおい、お嬢。

 ちょっと頭の中がお花畑になりすぎてねぇか?」


 サッカリンだ。

 彼はソーマチンの耳の裏を撫でながら、ジロリと私を睨みつけた。


「美味い話には裏があるもんだ。

 未踏破ってのはな、規模がどうあれ『何が潜んでるか全く分からねぇ』から怖いんだよ。

 既知のダンジョンなら、どの階層にどんな魔物が出て、どんな罠があるか、マップと情報が売られてる。

 だが未踏破は、文字通り手探りだ。

 未知の毒ガスが充満してるかもしれないし、初見殺しの即死トラップがあるかもしれない。

 だから低ランクの連中は手を出さねぇんだ」


「サッカリンさんの仰る通りです」


 サラヤも眼鏡を押し上げ、きっぱりと同意する。


「お嬢様、情報が不確定な事業への投資は投機……いえ、ただのギャンブルです。

 せっかく今日の討伐で赤字を出して現実を知ったというのに、また同じ過ちを繰り返すおつもりですか?

 罠の解除に手間取り、未知の魔物と遭遇して装備が傷めば、また『経費倒れ』になるリスクが高すぎます。

 今回は絶対に反対いたします

 しかし、有能な斥候が先行してマッピングするという方法もございます。

 私ならば大金貨1枚でマップを…」


「高いわよ!

 大体、未踏破の醍醐味はマッピングありきでしょうが!」


(わかってないわね~

 マップ埋めるのが楽しいんじゃないの)


「ウゥゥゥ、ワンッ!!(馬鹿なことはやめておけ!!)」


 ソーマチンまでが、私の愚かな野望を打ち砕くように激しく吠えた。


「……アンタたちねぇ」


 私は扇子をパチンと閉じ、三人を交互に指差した。


「未踏破が危険?

 未知の罠?

 未知の魔物?

 ……何言ってるのよ。

 アンタたち、自分を一体誰だと思ってるの?」


「「え?」」


「サッカリン!

 アンタは数多の戦場を生き抜き、『死神』とまで呼ばれた最強の戦鬼じゃない!

 あの剣王ソーマチンすら打ち倒した、この世界でもトップクラスの武力を持ってるんでしょ!?

 未知の魔物が出たって、アンタの大剣で文字通り真っ二つにできるはずよ!」


「お、おう……。

 まあ、大抵の魔物なら負ける気はしねぇが……」


 不意におだてられ、サッカリンが少しだけ鼻の下を擦る。

 よし、筋肉ダルマは乗せやすい。


「サラヤ!

 アンタはわかってるみたいだけど、王家暗部で厳しい訓練を積んだ、エリート中のエリート情報屋。

 気配察知、罠の発見と解除。

 その能力からすれば、目を瞑っていてもできるレベルの朝飯前でしょ!?

 出張手当で十分じゃない!」


「……まあ、ダンジョンの初歩的な物理トラップや魔法トラップ程度なら、解除できないことはありませんが……。

 それでも、リスクは……」


 サラヤは冷静を装っているが、出張手当の言葉に少しだけ眼鏡の奥の目が泳いでいる。


「それにね、サラヤ」


 私は彼女の耳元に顔を寄せ、悪魔の囁きを落とした。


「今回の未踏破ダンジョン調査、もしお宝が出たら……さらに特別ボーナス(危険手当)を弾むわよ?

 出張手当とは別に、見つけた宝の何割かをインセンティブとして支給してあげる。

 どう?」


 ピクッ。

 サラヤの肩が跳ねた。


「……インセンティブ……」


 彼女の口から、魅惑の単語がこぼれ落ちる。


「ええ。

 頑張れば頑張っただけ、アンタの懐が潤うシステムよ。

 もちろん、道中の『お茶菓子(高級品)』も経費で落としてあげるわ」


「……お嬢様」


 サラヤはスッと姿勢を正し、私に向かって深々と一礼した。


「素晴らしい事業計画です。

 未知の領域を開拓し、新たな富を切り拓く。これぞ貴族のフロンティア・スピリット。

 このサラヤ、全身全霊をもってお嬢様の『安全』と『利益』を確保いたします」


「よし!

 交渉成立ね!」


「おい!

 サラヤ!

 お前、金と菓子で簡単に釣られんなよ!」


 サッカリンが抗議の声を上げるが、私はそれを手で制した。


「サッカリン、アンタにも特別手当を出すわよ。

 それに、ソーマチン用の『最高級霜降りビーフの缶詰』をダース単位で買ってあげるわ。

 どうせなら、可愛い相棒に美味しいものを食べさせてあげたいでしょ?

 ソーマチンもそろそろイノシシ飽きてきたんじゃない?」


「霜降りビーフの……缶詰……だと!?」


「ワンッ!?(なんだと!?)」


 サッカリンとソーマチンが、同時に息を呑んだ。

 一人と一匹の目が、完全に「霜降り」の三文字に囚われている。


「……し、仕方ねぇな。

 お嬢がそこまで言うなら、護衛の仕事としてキッチリ守ってやるよ。

 その代わり、危なくなったら俺の判断で即撤退だからな!」


「ワフッ!(異存はない!)」


(ふふふ……チョロいもんね)


 私は扇子で口元を隠し、会心の笑みを浮かべた。

 金と食い気。

 この二つがあれば、大抵の人間(と犬)は思い通りに動かせるのだ。


「いい?

 よく聞きなさい。

 アンタ(最強戦力)とサラヤ(最高峰スカウト)がいれば、ショボい小規模ダンジョンなんて、近所の公園を散歩するようなものよ!

 罠があったらサラヤが解除!

 敵が出たらサッカリンが粉砕!

 そしてお宝は私が回収する!

 完璧な布陣じゃない!」


 私の圧倒的な舐めプ発言に、元冒険者の労働者たちはポカンと口を開けていた。


「……お嬢様たち、本当に大丈夫なんすかね……」


「……まあ、あの死神の兄貴と、気配のないメイドさんがいれば、10層くらいのダンジョンなら散歩みたいなもんだろうけど……」


 彼らの小声は、私の耳には届いていない。


「さあ、そうと決まれば、さっそく迷宮都市メレンゲに乗り込むわよ!」


「待てお嬢。

 乗り込むって、いくら未踏破でも、ダンジョンに入るにはギルドの『調査権』とか『許可』がいるんだぞ。

 どこの馬の骨とも知れねぇ新人に、いきなり未踏破の許可なんて下りるわけねぇだろ」


 サッカリンが極めて常識的な指摘をしてくる。


「甘いわね、サッカリン」


 私はチッチッと指を振った。


「どこの馬の骨じゃないわ。

 私はパルスイート・アスパルテーム。

 アスパルテーム伯爵家の令嬢にして、パプリカ領の領主代行よ。

 それに……メレンゲのギルドには、ウチが『大きな恩』を売ってるじゃない」


 私は、食堂に集まった元冒険者たちをグルリと見渡した。


「ギルドで食い詰めて、路頭に迷いそうになっていた『不良債権(あぶれた労働力)』を、ウチが大量に引き受けて、衣食住まで保証してやってるのよ?

 ギルドマスターからすれば、私は雇用問題を一手に解決してくれた『救世主』であり、最大級の『お得意様(VIP)』のはずよ!」


 私の言葉に、元冒険者たちが「不良債権……」と少し傷ついた顔をしたが、事実は事実だ。


「直接ギルドに乗り込んで、VIPとして丁重に接待してもらいつつ、その未踏破ダンジョンの調査権をふんだくってくるわ!

 『ウチの労働力の福利厚生レクリエーションとして、ちょっとあのショボいダンジョン使わせてくれない?』って言えば、二つ返事でOKが出るはずよ!」


「接待……。

 いい響きです。

 ギルドの応接室なら、きっと高級な紅茶と、有名店の焼き菓子が出るはずです」


 サラヤが眼鏡を光らせて同調する。


「でしょ!?

 美味しいお菓子を食べて、未踏破の調査権もゲットする!

 まさに一石二鳥よ!」


「……お前ら、本当に貴族と暗部か?

 思考回路が強欲商人そのものじゃねぇか」


 サッカリンが頭を抱えているが、もう誰も私を止めることはできない。


「さあ、善は急げよ!

 ソルビトールに馬車の用意を伝えて。

 行き先は迷宮都市メレンゲの冒険者ギルド!

 強欲令嬢のダンジョン攻略ツアー、いざ開幕よ!」


 私は愛用の『モーニングスター(鈍器)』を肩に担ぎ、高らかに宣言した。


     ◇


 数時間後。

 私たちを乗せた馬車は、整備された高速道路(建設中)を抜け、迷宮都市メレンゲへと向かう街道をひた走っていた。


「ふふふ……お宝、お宝……♪」


 私は馬車の客席で、手持ちの布でモーニングスターのトゲトゲ部分をピカピカに磨きながら、鼻歌を歌っていた。

 頭の中は、未踏破ダンジョンの宝箱から出てくる金銀財宝でいっぱいだ。


「お嬢様、よろしいのですか?

 そんなに物騒なものを磨いていては、ドレスが汚れますよ」


 対面の席で、サラヤが手帳に何やら書き込みをしながら注意してくる。


「いいのよ。

 これは私の相棒なんだから。

 もし邪魔な魔物が出たら、こいつの遠心力で木っ端微塵に粉砕してやるんだから!」


「……素材を粉砕して赤字になった教訓、もうお忘れですか?」


「うっ……

 今回は宝箱狙いだからいいの!

 魔物の素材なんてどうでもいいわ!」


 私は痛いところを突かれ、少しムキになって言い返した。


 御者台には、サッカリンとソーマチンが風を切る、ほのぼのとした姿があった。


「おらよっ、ソーマチン!

 風が気持ちいいな!」


「ワンッ!(悪くない!)」


 なんだかんだで、あの二人(一人と一匹)も遠出を楽しんでいるようだ。


(待っていなさい、メレンゲのギルド。

 そして未踏破ダンジョン。

 このパルスイート様が、骨の髄までしゃぶり尽くしてやるんだから!)


 私は強欲なオーラを全身に纏いながら、馬車の窓から遠くに見え始めたメレンゲの城壁を見据えた。


 私の輝かしい冒険者(宝箱ハンター)デビュー戦が、まもなく始まろうとしていた。


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