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第074話「実戦訓練!魔物?盗賊?」


 ソルビトールによる地獄の「護身術道場」が開幕してから、数日が経過した。


 筋肉痛で悲鳴を上げる体を誤魔化しつつ、私はひたすらに『鈍器』――モーニングスターの扱いを叩き込まれていた。

 遠心力の乗せ方、鎖の長さの測り方、そして何より、自分にトゲトゲの鉄球が当たらないようにする安全な立ち回り。

 繊細な剣術とは無縁の、ただただ「物理で叩き潰す」ための技術だ。


「よし……っ!

 いい感じじゃない!」


 領主館の裏庭で、私は藁人形に向かってモーニングスターを振り下ろした。

 ブォンッ! という重たい風切り音と共に、鉄球が藁人形の頭部を木っ端微塵に粉砕する。


「ふふふ……。

 すっかり板についてきたわね、私の鈍器さばきも」


 私はトゲトゲの鉄球を肩に担ぎ、満足げに息を吐いた。

 型稽古や藁人形相手の訓練では、もう十分に手応えを感じている。

 こうなってくると、うずうずしてくるのが人間の性というものだ。


「あー、早く実戦で試したい!

 早く魔物をぶっ叩いて、レアアイテムをゲットして大儲けしたいわ!」


 私が欲にまみれた本音を叫んでいると、屋敷の方からサラヤが足早に近づいてきた。


「お嬢様。

 ちょうど良いところへ、近隣の村から『魔物被害』の報告が入りました」


「魔物被害!?

 ナイスタイミングじゃない!

 で、どんな魔物なの?」


 私が食い気味に尋ねると、サラヤは手元のメモを淡々と読み上げた。


「『ロックタートル(岩亀)』という魔物です。

 普段は岩に擬態していますが、最近畑に現れて作物を食い荒らしているとのこと。

 刃物が弾かれるほど甲羅が硬く、村の自警団では手が出せないそうです」


「硬い甲羅……刃物が通らない……?」


 私は自分の肩に担いだモーニングスターをチラリと見た。

 そして、ニヤリと悪魔的な笑みを浮かべる。


「刃物がダメなら、鈍器の出番!

 まさに私のデビュー戦にぴったりのお膳立てね!

 サッカリンを呼んで!

 いざ出陣よ!」


     ◇


 私、サッカリン、そしてサラヤの三人は、馬車を飛ばして被害のあった村へと到着した。


 案内された畑の真ん中。

 そこには、一見するとただの岩石にしか見えない、巨大な亀が数匹、キャベツをムシャムシャと貪っていた。


「あいつらか。

 確かに硬そうな甲羅してやがるな」


 サッカリンが背中の大剣に手をかけながら言う。


「俺が大剣で叩き潰そうか?」


「ストップ!

 ダメよサッカリン、あいつらは私の獲物なんだから!」


 私はサッカリンを制止し、モーニングスターを構えて前に出た。


「いい?

 見てなさい、私の考えた最強の戦術を!

 まずは視界を奪うわよ!」


 私は左手に魔力を集中させ、光魔法を発動した。


『超高輝度フラッシュ』!!


 ピカーーッ!!


 真昼の太陽すら霞むほどの強烈な閃光が、畑一帯を包み込む。

 鉄甲イノシシ戦でも活躍した、私の代名詞とも言える目潰し魔法だ。


「ギョルルッ!?」


 ロックタートルたちは突然の閃光に驚き、一斉に手足と首を硬い甲羅の中へと引っ込めた。

 完全な防御態勢だ。


「ふふん、予想通りね。

 次はこれよ!

 『熱』の魔法で、あの硬い甲羅を炙ってやるわ!」


 私は光魔法の性質を「熱」に変換し、甲羅に引きこもった亀に向かって照射した。

 熱膨張を利用して甲羅の組織を脆くし、そこに鈍器の一撃を叩き込む。

 我ながら完璧な理詰めコンボだ。


 ジリジリジリ……。


 光の束が甲羅に当たり、微かな煙が上がる。


「いける……!

 このまま炙り続ければ……!」


 ……数分後。


「…………」


 私は無言で光魔法を解除した。

 そして、額の汗を拭う。


「お嬢?

 どうした、もう炙り終わったのか?」


 サッカリンが不思議そうに尋ねてくる。

 私は肩で息をしながら、忌々しそうに岩亀を睨みつけた。


「……ダメだわ。

 よく考えたら、私の光魔法の熱って『虫眼鏡で太陽の光を集めて紙を燃やす』程度の出力しかないじゃない」


 そう。

 紙や枯れ草なら燃やせるが、相手は分厚い岩の甲羅だ。

 こんなものを外から炙ったところで、表面がほんのり温かくなるだけで熱膨張で割れるなんて夢のまた夢だった。

 そもそも魔物だし、耐熱性もあるだろう。


「……面倒くさいわね。

 もういいわ…

 こうなったら力業でいくわよ!」


 私は作戦をあっさりと放棄し、モーニングスターを両手で構えた。

 そして、体ごと回転しながら、遠心力を極限まで高めていく。


 ブォンッ! ブォォンッ!!


「せいりゃぁぁぁぁぁっ!!」


 ドゴォォォォォォンッ!!


 遠心力と体重を乗せた、渾身のトゲ付き鉄球が、ロックタートルの甲羅に直撃した。

 凄まじい衝撃音と共に、刃物を弾くと言われた岩の甲羅もろとも、ロックタートルがクッキーのように木っ端微塵に砕け散った。


「ふふん、見た!?

 私の華麗なる武技を!」


 私は肩で息をしながら、ドヤ顔で振り返った。


「お嬢……

 人はそれを『ただ殴ってるだけ』っていうんだぜ?」


 サッカリンが、冷ややかなツッコミを入れてくる。

 うるさいわね。

 結果良ければすべて良しよ。

 魔物は倒したんだから、これで私の冒険者デビューは華々しく飾られたというわけだ。


「さあ、サラヤ!

 戦利品の回収よ!

 この硬い甲羅と肉を売って、私の懐を温めるわよ!」


 私は意気揚々と指示を出した。

 しかし、砕け散った残骸を検分していたサラヤが、無慈悲な宣告を下す。


「……お嬢様。

 回収するには少々問題が…」


「えっ」


「亀自体が粉々に砕けすぎて、肉も甲羅も内臓ごとミンチになり、泥と混ざって使い物になりません」


「うそっ」


 サラヤは無表情のまま、手元の計算機(頭脳)を弾いた。


「馬車の移動費、サッカリンさんの出動手当、私の護衛手当を含めると……。

 今回の討伐依頼は、『完全な赤字』です」


「嘘でしょおおおおおっ!?」


 私は畑の真ん中で、膝から崩れ落ちた。


 私の初陣が。

 記念すべき冒険の第一歩が、まさかの赤字!?


「認めない……こんなの認めないわーっ!

 こんなんじゃ駄目よ!

 次、次いきましょ!

 絶対に黒字にして帰るわよ!」


     ◇


「それならお嬢様。

 『六角ウサギ』の狩りはいかがでしょうか?」


 村に戻って別の依頼を探していると、村人の一人が提案してきた。

 聞けば、六本の角が生えたウサギの魔物で、角は薬の材料になり、肉も美味しいらしい。


「いいわね!

 ウサギなら弱そうだし、角だけ綺麗に回収すれば素材も傷まないわ!」


 私はすぐに飛びついた。

 しかし、横からサッカリンが渋い顔で口を挟む。


「いやぁ……お嬢には無理じゃねぇかな~」


「何よ、私を舐めないでよね!

 岩亀を粉砕した私の腕力を見せてやるわ!」


 私は意気揚々と、六角ウサギが出没するという森の浅い場所へと向かった。


 そして。


「いた!

 わね…」


 草むらの向こうに、ターゲットを発見した。

 額から背中にかけて、確かに六本の小さな角が生えている。


 だが。


「きゅっ?」


「…………」


 私はモーニングスターを振り上げたまま、固まってしまった。


 そこにいたのは、角が生えている以外は、どう見ても普通の、愛くるしいモフモフのウサギだったのだ。

 つぶらな瞳でこちらを見つめ、鼻をピクピクと動かしている。

 魔物特有の凶悪さなど微塵もない。


「……モフモフは、ちょっと狩りづらいわね……」


 私はそっとモーニングスターを下ろした。


 以前、魔獣の森で『バウンドドッグ』の群れに遭遇した時のトラウマが蘇る。

 あの時も、可愛すぎる犬たちを前に、私は攻撃魔法を放つことができなかった。


(え?

 放とうとしてたって?

 嫌なこと覚えてるわね…)


 どうやら私には、小動物系の愛らしい魔物を物理で叩き潰すという、冷酷なサイコパス的素養は欠けているらしい。


「だろ?

 だから無理だって言ってんだよ」


 サッカリンがやれやれと肩をすくめる。

 彼もまた、重度の犬好き(モフモフ好き)であるため、この手の魔物には手が出せないのだ。


「もっと魔物って感じのいないの?

 こう、スライムとか、ゴブリンとか、叩き潰しても良心が痛まないような醜悪なやつ!」


 私は八つ当たり気味に周囲を見回した。


 すると、森のさらに奥の方から、ガサガサと大きな音が聞こえてきた。

 何やら、野太い声と、下品な笑い声も混じっている。


「……ん?

 なんか凶悪そうなモンスターが居るわ!

 オークかしら?」


 私は目を凝らした。

 木々の隙間から見えたのは、薄汚れた革鎧を着て、錆びた剣や斧を持った、見るからに柄の悪い男たちの集団だった。

 顔は無精髭に覆われ、目は血走っている。


「ありゃ多分、冒険者崩れの盗賊だな。

 食いっぱぐれて、どこからかこの領地に流れてきたんだな」


 サッカリンが呆れたように言う。


「盗賊!

 人間のクズね!

 ちょっと、駆除しましょう駆除!

 あいつらなら身ぐるみ剥いでも良心は痛まないわ!」


 私は拳を握りしめ、意気込んだ。

 魔物がダメなら、悪人を狩って資金の足しにするまでだ。


「なんだ?

 お嬢がやるのか?」


 サッカリンが面白そうに聞いてくる。

 私はハッとして、すぐに首を横に振った。


「まさか!

 人はちょっと……」


 魔物ならまだしも、生身の人間を、このトゲトゲの鉄球でミンチにする覚悟は流石にない。

 血飛沫を浴びるのも嫌だし、感触が夢に出そうだ。


「お嬢様」


 横からサラヤが、無表情のままスッと前に出た。


「私が軽くシメて捕縛いたします。

 その後、彼らの隠れ家(拠点)を探して接収しましょう。

 盗品や隠し財産があれば丸儲けです」


「……あ~もう、頼んだわよ」


 私は完全に戦意を喪失し、サラヤとサッカリンに丸投げすることにした。


 そこからの展開は、言うまでもない。

 王家暗部の構成員兼情報屋と、元・中ボスクラスの死神傭兵。

 その二人が、その辺のチンピラ盗賊ごときに後れを取るはずがない。


「ぎゃあああっ!」


「ひぃぃぃっ、許してぇぇぇ!」


 森の中に、オークよりも醜い男たちの悲鳴が響き渡る。

 わずか数分後には、全員が簀巻きにされ、地面に転がされていた。


「お嬢様。

 盗賊の無力化、完了しました」


「ご苦労様。

 サラヤ、拠点の捜索は?」


「済ませました。

 ……が、残念ながら、彼らは本当に食い詰めていたようで、金目のものは何もありませんでした。

 あるのは小銭と、カビの生えた干し肉くらいです」


「……ちっ、外れか」


 私は舌打ちをした。

 盗賊を狩っても赤字とは、世知辛い世の中だ。


「お嬢、こいつらどうする?

 その辺に埋めとくか?」


 サッカリンが物騒な提案をしてくる。


「そんなことしたらアンタたちが捕まるわよ。

 ……そうね。

 囚役施設のあるところへドナドナしてちょうだい。

 犯罪者は国のために労働で罪を償うべきよ。

 ウチの領地に引き入れてもいいけど、変なのが混ざって治安が悪くなるのも嫌だしね」


「へいへい。

 じゃあ、戻ったら憲兵隊の詰め所まで運んでおくわ」


 サッカリンは簀巻きにされ気を失っている盗賊たちを荷馬車に放り込み、手際よく片付けを済ませた。


     ◇


 夕暮れ時。

 領主館への帰路につく馬車の中で、私はどんよりと落ち込んでいた。


「……はぁ。

 結局、なんにも成果なかったわね」


 岩亀を粉砕したものの、素材はゴミになり赤字。

 六角ウサギは可愛すぎて手が出せず。

 盗賊を捕まえても、金目のものはなし。


 私の華々しい冒険者デビュー(仮)は、見事なまでに空振りに終わったのだ。


「お嬢様、冒険者に紛れて流入してきた盗賊団を壊滅させたのですから成果はありました。

 領内の治安は確実に良くなりましたので、そんなにお気になさらずとも良いかと思います」


 サラヤが珍しくフォローを入れてくれる。


「……そうね。

 領地の安全を守ったっていう名目は立ったわ」


 私は窓の外、オレンジ色に染まる空を眺めながら、自分自身を納得させるように呟いた。

 自己完結でもしないと、やってられない。


 力任せにぶっ叩くだけでは、素材を壊して稼げない。

 可愛い魔物には情が湧いて攻撃できない。

 人間相手は生理的に無理。


「……私が冒険者として、お宝の山に囲まれて華々しく活躍できる日は、一体いつになるのかしら……」


 私は遠い目をして、暮れゆく空に深いため息を吐き出した。

 やはり私は、前線で泥にまみれるよりも、安全な後方で部下をこき使って不労所得を得る方が性に合っているのかもしれない。


(ま、でも。

 鈍器を振り回す感触だけは、悪くなかったわね)


 右手に残る、鉄球を振り抜いた時の重たい感触。

 それだけが、今日の唯一の収穫だった。


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