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第073話「冒険希望!至宝?鈍器?」


 領都シュガーヒルでの、あのカオス極まる兄の結婚式から数日。

 私と従者たちを乗せた馬車は、ようやくパプリカ領の中心地、ピメントの領主館へと帰り着いていた。

 

 「……はぁ。やっぱり、自分の領地シマの空気が一番落ち着くわね」

 

 私は執務室のフカフカのソファに深く身を沈め、大きく伸びをした。

 王都での社交や、本家での重苦しい空気は、私の性には合わない。

 やはり、自分が絶対的な権力(代行だけど)を握り、自分の思い通りに動かせるこの辺境こそが、私の安住の地である。

 

 思い返せば、あのアドバンテームお兄様とスクラロースの結婚式は、凄まじいものだった。

 外野のファンたちによる怒号とデモ行進から始まり、圧倒的な美の暴力による強制的な屈服、そして謎の方向(側室志願)への熱狂。

 当人たちは当人たちで、見ている方向が全く違うのに完璧な笑顔で誓いの口づけを交わすという、狂気の沙汰を見せつけてくれた。

 

 結果として大盛況のうちに幕を閉じたのだから、まあ良しとしよう。

 お父様…(マルチトール・アスパルテーム伯爵)の胃壁だけは深刻なダメージを負っていたようだが、私が置いてきた特製の『龍の粉』でなんとか持ち直してくれることを祈るばかりだ。

 

「お兄様も結婚して、いよいよ次期当主としての足場を固めたってところかしらね……。

 とはいえ、お父様はまだまだ現役バリバリだし。

 お兄様が正式に伯爵位を継ぐのは、もう少し先の話になるかしらね」

 

 私が実家の跡継ぎ問題についてぼんやりと思考を巡らせていると、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。

 

「お嬢様、お茶をお持ちしました」

 

 入ってきたのは、専属侍女のサラヤだ。

 彼女はいつものように無表情でワゴンを押し、私の前のテーブルに香り高い紅茶をセットする。

 その後ろからは、非番のはずの護衛兼庭師、サッカリンがのっそりと顔を出した。

 

「おう、お嬢。

 ハラペーニョの工場も、エリスの嬢ちゃんのワンニャン・ランドも、今日もトラブルなしで順調に回ってるぜ」

 

「そう。ご苦労様」

 

 私は紅茶を一口啜り、窓の外を眺めた。

 ピメントの街は活気に満ちている。

 魔獣動力による産業革命と、高速道路の開通。

 不労所得システムは完全に軌道に乗り、チャリンチャリンとお金が落ちる音が、私の耳には絶えず聞こえてくるようだった。

 

 金はある。

 生活は安定している。

 労働は部下がやってくれる。

 

 ……そうなると、人間というのは不思議なもので。

 

「……暇ね」

 

「は?」

 

 私の呟きに、サッカリンが素っ頓狂な声を上げた。

 

「暇なのよ。

 領地経営が順調すぎて、私が直接手を下すような案件がなくなってきちゃったのよね。

 ……ねぇ、サッカリン。

 あんた、最終的に傭兵やってたけど、冒険者業ってどうだったの?」

 

 私が唐突に話題を振ると、サッカリンは頭を掻きながら答えた。

 

「ああ?

 そういや戦うばっかで、殆どが『傭兵ギルド』の仕事やってたな。

 『冒険者ギルド』の依頼ってのはあんまり肌に合わねぇのもあって、殆ど行ってなかった。

 戦争やら襲撃やら、血なまぐさい仕事ばっかりだったぜ」

 

「ふーん。

 この世界って、そんなに戦いばかりなの?」

 

「お嬢は知らねぇかもしれねぇが、この国(ソーヴィニオン王国)は対外政策が高圧的でな。

 国境付近で、きな臭いことが多いんだよ。

 まぁ周辺国との小競り合いが意外と多くて、いっつもどこかしらで戦ってるんだよな。

 王家は為政者としては、あんまり褒められたもんじゃないと俺は思ってるぜ」

 

 サッカリンは腕を組み、窓の外の遠い空を見つめた。

 

「ぶっちゃけ、ズルチンのお嬢ちゃん(チクロ)の持ってたあのヤバい槍や、王家の聖剣、アセスルファム公爵家のところにも、確かそういう威圧的な武器があったはずだぞ?

 ああいうのがあるから、強気に出られるんだろうがな」

 

「……ん?」

 

 私は首を傾げた。

 

(あれ?

 ホリスイでそんな話あったっけ?)

 

 前世のゲーム知識を探るが、明確な設定としては思い浮かばない。

 だが、なぜか私の頭の奥底に、ある名詞が自然と浮かんできた。

 

(チクロの持ってるズルチン家の魔槍ズールティン……。

 ソーヴィニオン王家に伝わる聖剣ソルビニオン……。

 アセスルファム公爵家のもつ滅杖アゼズルガル……。

 あと一つあった筈……。

 ……確か、絶鎧アスラムテイル、って名前よね)

 

 これらは家名に準えた名称が付いたインテリジェンスウェポン。

 伝説の『四大至宝』として伝えられている……筈。

 

(これって、本来のパルスイートの記憶かしらね?

 ゲームにはなかったもの。

 きっとそうよね。

 ……絶鎧はどこにあるんだったかな……。

 まぁ後でエリスかチクロにでも聞いてみよっと)

 

 私は一人で納得し、コクコクと頷いた。

 

「確かにあるわよ?

 チクロのズールティン以外は、今誰が持ってるか知らないけど」

 

「まぁ、ソルビニオンは王家持ちだから城にあるんだろうけどな。

 とにかく、あの嬢ちゃんの槍みたいなとんでもない武器が、あと3つもあるんだ。

 ソーヴィニオン王家はそれを後ろ盾に、他国に圧力を掛けているわけだ。

 この間の、魔獣の森を更地にしたデモンストレーションがいい例だな」

 

 サッカリンは顔をしかめ、声を少し落とした。

 

「隣国のリプトーン教国は先の本国との戦争で聖女が死亡、特記戦力を失った。

 その後、本来であれば教国の領地内で新たな聖女が生まれている筈だが、まだ教国側でその発表はでていない。

 あちら側はかなり焦っているようだし、この機会に乗じてソーヴィニオン王国側は攻勢にでる可能性も高い。

 ……ま、ある意味、一触即発と思ってもいい状態だな」

 

「え~……。

 この国、結構不安定な情勢なのね……」

 

 聖女が教国側の特記戦力だったとか、確かにそういう話は知っている。

 なんか記憶がどうにも曖昧なのだけれど。

 

(ってことは……。

 ロザリオが教国で生まれてる筈の聖女で、それがビアンコ男爵の娘としてこの国にいるのでは……?

 そうだとしたら、占領した地域で攫ってきたか、略奪してきたってことよね。

 うわぁ……あのゲーム、バックグラウンドが真っ黒ね)

 

 ファンタジーな乙女ゲームだと思っていたが、裏設定はドロドロの覇権争いだったようだ。

 

「で、お嬢は何が聴きたいんだ?」

 

 サッカリンの問いに、私は本来の目的を思い出し、目を輝かせた。

 

「冒険したいのよね~」

 

「……は?」

 

 サッカリンが呆けた顔をする。

 

「ダンジョン潜って敵を倒したり、お宝ゲットしたり!

 そういうファンタジーのロマン、一度は味わってみたいじゃない!」

 

「あ~、なんだ。

 ガキンチョが小さいころによく言いだすやつだな!」

 

 サッカリンが腹を抱えて笑い出す。

 

「失礼ね!

 まぁ間違ってないけどね。

 ……サラヤはどうなの?

 冒険者みたいなことってやったことある?」

 

 話を振られたサラヤは、淡々と首を横に振った。

 

「いえ、私は暗部の新人として配属されるまでは、育成機関でずっと修練の日々でしたので。

 特に他のことはなにも経験はありません」

 

「そう。

 なんかロマンありそうに思っちゃうのよね~」

 

「わからんでもないが、お嬢は例の光魔法しか使えねぇだろ?」

 

 サッカリンが至極真っ当な指摘をしてくる。

 私の光魔法(物理)は、目潰しと加熱、そして照明にしか使えない。

 攻撃力は皆無だ。

 

「そ。

 基本、私はカワイイだけが武器の愛され令嬢だもの。

 物騒なスキルや武器とは無縁よ」

 

「そんなんでどうやって冒険すんだよ?」

 

「敵はアンタが倒せばいいし、危険はサラヤが回避させてくれれば大丈夫でしょ?」

 

 私が悪びれずに他力本願を宣言すると、サラヤが恭しく頭を下げた。

 

「流石はお嬢様、他力本願の至りに感服です。

 私は喜んで安全をご提供させていただきます。

 ……お手当次第ですが」

 

「相変わらずカネの亡者ね、アンタは」

 

 私が呆れていると、サッカリンが真剣な顔つきで口を挟んだ。

 

「おいおい、本気で言ってるのか?

 もし冒険者やりたいってなら止めねぇけどよ。

 それでも、お嬢自身で多少は身を守れるようにはしてくれねぇかな?

 いざって時に、足手まといになられちゃ困るんだよ」

 

 確かに、彼の言うことも一理ある。

 いくら護衛が優秀でも、自分自身の自衛手段がゼロでは、不慮の事故に対応できない。

 それに、少しは体を動かさないと、美味しいお肉を食べ続けている私のプロポーションにも悪影響が出かねない。

 

「しかたないわね~。

 修行パートってやつ?」

 

 私は立ち上がり、拳を握ってみせた。

 

「いっちょやってみ……はダメね。

 まずはソルビトールに相談よ!」

 

     ◇

 

「……馬鹿ですか?」

 

 執務室の隣の小部屋。

 私の唐突な「冒険者になりたいから鍛えて」という申し出に対し、老執事ソルビトールは開口一番、頭ごなしに罵倒してきた。

 

「ちょっと!

 仮にも主の娘に向かって馬鹿とは何よ!」

 

「馬鹿を馬鹿と言って何が悪いのですか。

 アスパルテーム伯爵家のご令嬢が、泥にまみれて冒険者などと……

 旦那様が知れば、今度こそ胃に穴が空いて倒れられますぞ」

 

 ソルビトールは片眼鏡を光らせ、深い溜息をついた。

 

「ですが……

 お嬢様が外で無様に死ぬようなことがあれば、それこそアスパルテーム家の恥。

 護衛に頼り切りというのも、いささか危ういのは事実です。

 ……よろしいでしょう。

 最低限の身のこなしと、自衛の術は私が叩き込んで差し上げます」

 

「本当!?

 さすがソルビトール、話が早いわね!」

 

 こうして、ソルビトールによる地獄の「護身術道場」が幕を開けた。

 

 まずは基礎体力の測定と、武器の適性検査だ。

 訓練場に出た私は、ソルビトールから渡された木剣を握ってみた。

 

「どうですかな?」

 

「……重い。

 それに、なんかこう、振った時に刃筋を立てるっていうのがピンとこないのよね」

 

 私が木剣をブンブンとデタラメに振り回すと、ソルビトールは無言で首を横に振った。

 

「剣の才能は皆無ですな。

 では、槍はいかがでしょう?」

 

 次に渡されたのは長い木の槍だ。

 チクロが持っていたようなスマートな武器だが……。

 

「長い! 邪魔!

 取り回しが面倒くさいわ!」

 

「……短剣は?」

 

「リーチが短すぎて、敵に近づくのが怖いわよ!」

 

「……弓は?」

 

「弦を引く筋力がないわ!」

 

 次々と武器を試すが、どれもしっくりこない。

 可憐な美少女…もう成人はしてるし、今は美女でいいかしら?

 そんな私(中身は34四歳で死んだOL)には、武芸の才能というものが決定的に欠如しているらしかった。

 

「はぁ……。

 困りましたな。

 何か一つでも、扱える武器がないことには……」

 

 ソルビトールが腕を組み、思案顔になる。

 その時、武器庫の隅に転がっていた、一つの鉄塊が私の目に留まった。

 

 短い柄の先に鎖がついており、その先端にはトゲトゲのついた鉄球がぶら下がっている。

 

「ねえ、ソルビトール。

 あれは何?」

 

「……あれは、モーニングスターですな。

 その中でも少々小さめのものですので扱えなくはないでしょうが…

 これは、いわゆる鈍器ドンキの一種で……女性が扱うにはあまりにも無骨で、品がありません。

 それに、鎖の遠心力を制御するのは非常に難しく……」

 

「ちょっと貸して」

 

 私はソルビトールの制止を振り切り、そのモーニングスターを手に取った。

 

 ズシリとした重み。

 だが、剣や槍を持った時のような「違和感」がない。

 重さも少し小さめの鉄球だからか、何とか使えなくもない感じだ。

 

 私は柄を握り、軽く手首を回して、鎖の先の鉄球を振り回してみた。

 

 ブンッ! ブォォンッ!!

 

 空気を裂く、重たい音。

 遠心力が腕に伝わり、鉄球が私の意のままに空中で美しい円を描く。

 

「……あら?」

 

 私は目を輝かせた。

 

「これ、凄くしっくりくるわ!

 細かい刃筋とか関係ないし、ただ遠心力に乗せて力任せに叩き潰す感じがたまらないわね!

 これよ! 私の武器はこれに決まりだわ!」

 

 私が嬉々としてモーニングスターを振り回し、訓練用の藁人形を粉砕している姿を見て。

 

「…………」

 

 ソルビトールは、言葉を失って立ち尽くしていた。

 その片眼鏡の奥の瞳は、目の前の私ではなく、もっと遠い過去の幻影を見ているようだった。

 

(……パルスエット奥様。

 奥様が愛用されていたのも、まったく同じモーニングスターでございましたな。

 あの華奢な体で、鉄球を軽々と振り回し、敵を粉砕していくお姿……

 まさか、お嬢様にもその才能が受け継がれていたとは……

 ……血は、争えませんな)

 

 ソルビトールは天を仰ぎ、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟き、そして遠い目をした。

 

「よし!

 ソルビトール、この『鈍器』の振り方、徹底的に教えて頂戴!

 冒険者パルスイートの伝説は、ここから始まるのよ!」

 

 私はトゲトゲの鉄球を肩に担ぎ、高らかに宣言した。

 カワイイだけが武器の令嬢は卒業だ。

 今日からは、物理で叩き潰す系・武闘派令嬢として、新たな人生の扉をこじ開けてやるのだ。

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