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第071話「番外篇『義姉爆誕』:本家帰還!結婚?胃痛?」


 グルコース領、『ワンニャン・ランド』。


 オープンから数日が経過し、運営も軌道に乗り始めた頃。

 私は、VIP用テラス席で優雅に紅茶を傾けていた。


 眼下には楽しそうに行き交う人々の波。

 右を見れば、犬と戯れて骨抜きにされている貴族たち。

 左を見れば、猫に貢物を捧げている商人たち。

 そして何より、地平線の彼方まで続く街道には、ここへ向かう馬車の列ができている。


「……素晴らしいわ」


 私は手元の売上報告書(速報値)を眺め、うっとりとため息をついた。

 エリスの経営するランドの収益も凄いが、私が注目しているのはそこではない。


「通行料収入が右肩上がり……

 サービスエリアの売店も絶好調。

 ふふふ、エリスが頑張れば頑張るほど、私のインフラにチャリンチャリンとお金が落ちるシステム……完璧よね」


 道路建設への投資は巨額だったが、このペースなら回収も早いだろう。

 夢の不労所得ライフ、完成形に近づきつつある。


 クッキーを齧りながら、私は勝利の余韻に浸っていた。

 だが、そんな平和な時間は長くは続かないのが、私の人生の常らしい。


「パルスイートお嬢様!!」


 血相を変えてテラスに駆け込んできたのは、領主館の若手使用人だった。

 手には、アスパルテーム本家の紋章が入った封筒が握られている。


「本家より、早馬が到着しました!

 アスパルテーム伯爵様より、至急の書状とのことです!」


「お父様から?」


 私は眉をひそめた。

 定期報告は送っているし、特に緊急の用件などないはずだ。


 嫌な予感がする。


 使者の顔色が、死人のように青白かったのも気になる。

 私は封筒を受け取り、ペーパーナイフで封を切った。


 中から出てきたのは、震える文字で書かれた、父の重たい綴り書きだった。


『パルスイートよ。

 元気にしているかい?

 こちらも、まだなんとか生きているよ…

 胃薬はもう飲み切ってしまったがね

 急ですまないのだが、至急本家シュガーヒルへ戻ってくれないか?』


「……っ」


 何よ…

 出だしから暗雲マックスじゃない!?


 あのお父様が弱音を吐くなんて、よっぽどのことだ。


 私は続きを目で追う。


『実は、アドバンテームと、オリゴ子爵家の縁談が決まった。

 お相手は次女のスクラロース嬢だ。

 ゼブラー商会としてうちに出入りしていたから、お前もよく知っている顔だろう』


「は?」


 私は思わず声を上げた。


 お兄様と、スクラロースが?

 結婚?


『だが、状況が良く掴めないのだ。

 私から見た限りでは、二人の会話が噛み合っているように思えなくてな。

 なのに、結婚に向けた準備だけは、着々と進んでいる状況だ。

 当人達の決めたことに反対はしないが、見ていて胃に穴が開きそうだ。

 このままではアドバンテームが、変な方向に爆走するのではと気が気では無いのだ。

 頼む、パルスイート。

 一度戻って、状況を確認してくれないか?

 では、一時的とはいえ、帰ってくるのを楽しみにしているよ。


 父さんより』


 手紙はそこで終わっていた。


 文字の最後の方が少々走り書きなところが、父の憔悴ぶりを物語っている。


「……結婚、ねぇ」


 私は手紙を置き、遠い目をした。


 ゼブラー商会のスクラロース。

 私の商売仲間であり、腐れ縁の友人だ。


 彼女が、あのお兄様と?


 私の脳裏に、二人の姿が浮かぶ。

 銀髪碧眼、絶世の美貌を持つが中身は残念なシスコン兄、アドバンテーム。

 そして、派手なドレスに身を包み、脂肪という名の鎧を纏った巨漢オネエ、スクラロース。


(……すごい絵面ね)


 美と肉の饗宴。

 美女と野獣ならぬ、美男と魔獣?

 想像するだけで胸焼けがするカップリングだ。


「あのお兄様が…

 確かに面食いでもないし、人を見る目はあるとは思うけど……」


「まさか、スクラロースがあの巨体で押し切った?

 いや、お兄様はそういうゴリ押しに屈しないし、どちらかと言えば自身がゴリ押ししてくる方だし……」


 そこまで考えて、私はハッとした。


「……ゴリ押しッ!?

 もしかして…

 これ『私』が原因かも?」


 あの変態なお兄様のことだ。


 スクラロースが私の友人であり、ビジネスパートナーであることを利用しようという腹づもりに違いない。


 彼女を手元に置けば私との接点が太くなる。

 私の情報も入りやすくなる。


 そのためなら、相手の容姿や性格など二の次、三の次、使える手段は何でも使うスタンスの最たるものがこの結婚ということか。


「やりかねないわね……お兄様なら」


 自分の欲望のために、家格も常識も投げ捨てる。

 すがすがしいほどの変人っぷりに、ある意味感心する位だ。


 まあ、スクラロースの方もゼブラー商会と言う大商会から、女だてらに支店を任されるような、商魂たくましい女なのは間違いない。

 確かに極度の面食いだったとは思うが、美男子相手なら変態でも我慢するのか、はたまた玉の輿に乗れるならと考えたのか…

 とにかく何かあると思って良いだろう。


「貴族家の正式な婚姻だし、二人もいい歳した大人。

 本人がいいなら私が口出しすることじゃないけど……お父様から頼まれてしまっては、放置するわけにはいかないわよね」


 アスパルテーム家の当主が倒れたら、私の不労所得計画にも支障が出る。

 ここは一つ、親孝行をしておくべきか。

 現段階で、こちらの収益システムは盤石だし、留守はソルビトールと、サービスエリア支配人のピローネに任せれば問題ないだろう。


「……ソルビトール!」


 私は立ち上がり、指示を飛ばす。


「急だけど、本家に戻ることになったわ。

 お兄様が結婚だって。

 いつかは来るとは思ってた話だけど、相手がスクラロースとはねぇ…

 とにかく、少しパプリカは空けることになるから、準備をお願い。

 あと、サッカリンとサラヤも連れて行くわよ」


「畏まりました。

 息子からの報告で婚約を聞いた時は驚いたものですが、まさか本当にご結婚なさるとは…

 ……旦那様の胃薬も、多めに用意させましょう」


 ソルビトールが察したように頷く。


「なにアンタ、また知ってて言わなかったのね?

 そういうサプライズはいらないわよ…

 あ、それと。

 ソーマチンのキャリーケースは、本家滞在期間のために入れておいて。

 移動中はサッカリンが見てるでしょうけど、現地でまで終始犬の世話ばかりされても困るしね」



     ◇



 出発の準備のため、ソルビトールが一足先にパプリカ領主館へ戻った頃、私はエリスの元を訪れていた。

 本家からの呼び出しにより、パプリカ領を離れることの報告だ。


「あら、パルス。

 もうお帰りになりますの?

 本日もまだ開園したばかりですのに」


 エリスが残念そうに眉を下げる。


「ええ、ちょっと実家で事件が……じゃなくて、兄の慶事の件で呼び戻されたのよ。

 すぐに戻ってくるつもりだけど、その間、交通インフラ側のことも頼めないかしら?」


「お兄様の慶事……ご結婚ですの?

 それはおめでとうございます!

 領地のことはお任せくださいな。

 パルスの分まで、しっかりと稼いでおきますわ」


 エリスが頼もしく微笑む。


「さすがは飛ぶ鳥を落とす勢いのグルコース男爵様。

 頼もしい限りだわ。

 よろしくお願いします」


「あらあら、そんなに畏まらなくても、私とパルスの仲ですのよ?」


「親しき仲にも礼儀ありってね。

 じゃ行ってくるね」


 エリスに見送られ、私は馬車に乗り込んみピメントへと向かった。


     ◇


 ピメントのパプリカ領主館では、一足先に戻ったソルビトールが、既に出立の準備を整えており、本家への帰省に帯同する面々は、すぐに別の馬車へと乗り換える。


 今回の移動は、私とサラヤが客車内。

 そして御者台には、サッカリンが座っている。


「へへっ、いい天気だな、相棒!」


「ワンッ!(風が心地よいわ!)」


 御者台のサッカリンの横には、白いポメラニアン――犬王ソーマチンがちょこんと座っていた。


 サッカリンが手綱を操り、ソーマチンが前を見据える。

 二人の(1人と1匹の)息はぴったりだ。


 もともとサッカリンは馬車の社内が苦手と言うこともあり、「ソーマチンと風を感じたい」という希望通りの配置。


(……楽しそうで何よりだわ)


 私は窓からその様子を見て、小さく息を吐いた。

 対面の席では、サラヤが無表情で手帳をチェックしている。


「お嬢様。

 本家への移動……手当は出ますか?」


「出るわよ。

 あとでソルビトールに出張申請書を回しなさい」


「ありがとうございます」


 通常運転だ。

 馬車は滑らかに、領都シュガーヒルへと向かう道を走り出した。


「……快適ね」


 私はシートに背を預け、感嘆のため息をついた。

 以前ならガタゴトと揺れ、お尻が痛くて仕方なかったこの道。

 だが今は、私たちが整備した『鉄甲舗装』と『コンクリート』のおかげで、まるで氷の上を滑るようにスムーズた。


「さすが、舗装されると違うわね。

 これならお尻も痛くならないし、移動の疲れも段違いだわ」


 自画自賛しつつ、私は窓の外を流れる景色を眺めた。

 この道が富を運び、人を運ぶのだ。


     ◇


 数日後。

 私たちは無事に領都シュガーヒルにある、アスパルテーム伯爵本邸に到着した。


「おお……パルスイート……!

 よく戻ってきてくれた……!」


 出迎えてくれたお父様は、以前に増してやつれていた。


 頬がこけ、目の下には隈ができている。

 その手には、既に空になった胃薬の瓶が握りしめられていた。


「お父様、大丈夫ですか!?

 はい、これ!

 エリスのとこで作った新作の『龍の粉(滋養強壮剤)』です!」


 私は慌ててお土産の粉末を渡した。


 お父様はそれを震える手で受け取り、「ありがとう……」と涙ぐんでいる。


「それで、お父様。

 お兄様とスクラロースは?」


「……ほら、そこの応接間にいる。

 もう、私の胃はストレスで限界だ…

 後は任せたぞ…」


 お父様が力なく指差す先。


 私は覚悟を決めて、応接間の扉をノックした。

 間もなく「どうぞ」と声が聞こえたので、扉を開けて中に入る。


「失礼しますわ」


 そこには異様な光景が広がっていた。

 ソファに座っているのは、相変わらずキラキラと無駄なオーラを放つ兄、アドバンテーム。


 そして、その隣に座っているのは――。


「……誰?」


 私は思考停止した。


 そこにいたのは、私の記憶にある「巨漢のオネエ」ではなかった。


 スラリと伸びた手足。

 モデルのように引き締まったウエスト。

 美しく艶やかに整えられた髪。

 そして恐ろしいまでに整った顔立ちの、絶世の美女が座っていたのだ。


 着ているドレスはピンク色で派手だが、それが霞んでしまうほどの美貌。


(え、本当に誰なの?)


 私の周りは自分も含めて、美女、美少女は多い筈なんだけど、このご令嬢に関しては、悔しいけど「ド美人!」以外の表現が思いつかない。


(国が傾くレベルの美貌ってのはこういうのを言うのかしら……)


 私は呆気にとられた。

 こんな美女、アスパルテーム家の関係者にいただろうか?


 いや、いない。


(は……はは~ん?

 さては、こっちの美人さんが『本妻』で、スクラロースが『第二夫人』という流れで同時に結婚するのね!

 あの変態お兄様も、やるじゃない。

 隅に置けないわね)


 私は勝手に納得した。


 貴族の結婚は基本は政略結婚だ。

 相手が複数いてもおかしくはない。


 概ねスクラロースとの結婚は「私の友人だから」という理由だろうが、この美女との結婚は、お兄様自身の好みか、あるいは別の有力貴族との縁談なのだろう。


 私が混乱していると、お兄様が私に気づき、パァッと顔を輝かせた。


「おお!

 パルス!

 我が愛しの妹よ!

 帰ってきてくれたのかい!?」


 お兄様が立ち上がり、私に駆け寄ろうとする。


 私は条件反射的にサッと身をかわし距離を取る。


「ただいま戻りましたわ、お兄様。

 まずはお客様へのご挨拶をさせてくださいな」


 私はカーテシーをしながら、目の前の美女に水を向けた。


「初めてお目にかかります。

 私、アスパルテーム伯爵家の娘、パルスイートと申します。

 以後、お見知りおきくださいませ」


 初対面の方だ。

 礼儀を尽くさねばならない。


「それはそうとお兄様。

 こちらの、お美しい方はどなたですの?

 まずはご紹介くださいな。

 それと……スクラロース嬢『とも』ご結婚されると伺いましたが、彼女のお姿が見当たりませんわね?

 そちらも何かご存じでして?」


 私が尋ねると、お兄様はきょとんとした顔をした。


「何を言っているんだい、パルス?

 スクラなら、目の前にいるだろう?」


「……え?

 目の前?」


 私はキョロキョロと周囲を見回した。


 いない。


 いるのは、お兄様と、この美女だけだ。


 まさか、ソファの後ろに隠れているとか?

 あの高さにスクラロースの巨体が隠れられるとは思えないが。


 すると。


 目の前の美女が、困ったように眉を下げ、そして――


「やだわぁん……♡

 パルスちゃん、私、忘れられてるぅ~ん?」


「……っ!?」


 その声。

 その独特すぎる語尾。

 そして、にじみ出る強烈な「圧」。


 間違いない。

 スクラロースを感じる!


 美女が立ち上がり、体をくねらせてポーズを取った。


「ちょっと痩せちゃったけどぉ、スクラロースよぉん♡

 お久しぶりねぇん、パルスイートお嬢様ぁん!

 …えっと私、アドバン様と結婚するわけでしょぉ?

 そうするとアナタは妹になるんだから、今後はパルスちゃんでいいわよねぇん?」


「ス、スクラロース……なの?

 アンタ、その体……どうしたの!?」


「うふふぅ~ん♡

 愛の力でぇ、シェイプアップしましたのよぉ~ん!」


 ちょっとちょっと!

 これのどこがちょっとなのよ?

 それどころの騒ぎじゃない。


(半分……いや、3分の1くらいになってるじゃない!)


 ライザ○プも真っ青の激変ぶりだ。

 人間、恋煩いをすると変わるとは言うが、物理的に質量保存の法則を無視して変わるとは聞いていない。


「パルス、わざわざ僕達の結婚を祝いに戻ってきてくれたのかい?」


 お兄様が、恍惚とした表情で語り出した。


「ありがとう、嬉しいよ。

 これも全てスクラロース、君と婚約したお陰だ。

 ありがとう、これからも頼むよ」


 お兄様が、スクラロース(美女)の手を恭しく取り、熱い視線を送る。


 スクラロースは頬を染め、身もだえしながら答えた。


「滅相もないですわぁん!

 もっと頼ってくださっていいのですわよぉん?

 アタシ、アドバン様のためなら、何でもいたしますわぁ~ん♡」


「ああ、頼もしいな。

 君がいれば、パルスとの絆もより深まるというものだ」


「うふふ、うふふふふ……♡」


 見つめ合う二人。


 美女と美男。


 絵面だけ見れば、完璧なカップルだ。

 絵画にしてもいいくらい美しい。


 だが。


 会話の中身が、決定的にズレている。

 兄は「妹(私)のために」と言い、スクラロースは「貴方(兄)のために」と答えている。

 互いに自分の見たいものしか見ていない。


 完全に「会話のドッジボール」状態だ。


(……なるほど。

 お父様の胃が死ぬわけだわ)


 私は遠い目をした。


 この空間に長時間いたら、私の胃にも穴が開くかもしれない。


「……あの、お二人とも。

 盛り上がっているところお邪魔いたしますが…」


 私はこめかみを押さえながら、割って入った。


「とりあえず、状況は理解いたしましてよ。

 とにかく……お二人の利害は一致、結婚もお互いの気持ちの上で同意しているということで宜しいかしら?」


「その通りだよパルス!

 さすが我が妹、理解が早いね!」


「そうですわぁ~ん!

 愛の勝利ですわぁ~ん!」


 二人が同時に頷く。


 眩暈がした。


「はぁ……。

 承知いたしましたわ。

 貴族同士の結婚ですし、当人たちがそれでいいなら私が止める理由はございませんもの。

 ……ただ」


 私はスクラロースに向き直り、真顔で告げた。


「アンタ、本当にそれでいいのね?

 お兄様はちょっと普通とズレてるけど、わかってるのよね?

 結婚したら、毎日私の話を3時間くらい聞かされることになるわよ?

 新婚初夜も、私の成長記録ビデオ(魔法映像)の鑑賞会になるかもしれないわよ?」


 私の忠告に、スクラロースはニッコリと笑って答えた。


「望むところですわぁ~ん♡

 アドバンテーム様の愛するものは、アタシも愛しますわぁ~ん!

 パルスイートお嬢様のお話なら、一晩中でも聞けますものぉ~ん!」


「おお、パルス!

 それは素晴らしいアイデアだ!

 君の成長記録の鑑賞会は、ぜひ挙式のメインイベントにしようじゃないか!」


「…………」


 ダメだこいつら。


 愛(と狂気)で脳みそまで溶けてる。


「……クゥ~ン」


 私の後ろでは、サッカリンに抱かれた犬王ソーマチンが、ドン引きしたように小さく鳴き、太い腕の中に顔を埋めて小さくなっていた。


 歴戦の剣王の魂でさえ、この異常空間の狂気には耐えられないらしい。


「……勝手に幸せになっててくださいませ」


 私は完全に匙を投げた。

 もう、好きにすればいい。


 世界は広いのだ。

 こういうカップルがいてもいいだろう。

 多分。


「ありがとう、パルス!

 祝福してくれて嬉しいよ!」


 お兄様が感極まって抱きつこうとしてくるのを、そっとスクラロースが引き留める。


「アドバン様ぁん…

 流石にパルスちゃんも長旅で疲れてると思うのよぉん?

 部屋で休ませてあげましょうねぇん!

 無理させると嫌われちゃうわぁん」


「おっと、すまない。

 そうだね、パルスの健康が第一だ。

 ゆっくり休んでくれたまえ。

 ……ああ、パルスの寝顔が見られるなんて、今日はなんて素晴らしい日なんだ」


 お兄様がうっとりと天を仰ぐ。


 私は全身に鳥肌を立てながら、逃げるように部屋を出た。


 廊下に出ると、お父様が縋るような目で私を見ていた。


「どうだ……?

 何とかなりそうか……?」


 私はお父様の肩に手を置き、優しく、しかし無慈悲に告げた。


「お父様。

 何ともなりませんわ。

 ……諦めましょう。

 あれはもう、『そう言うもの』だと思うのが一番ですわ。

 触らぬ神に祟りなし、ですわ」


「そ、そうか……」


 お父様がガクリと項垂れる。


「大丈夫ですよ、お父様。

 お互いいい歳した大人、自分たちで勝手に幸せに過ごしますわよ。

 ささ、この『龍の粉』を飲んで、元気を出してくださいませ。

 こちらのお薬なら、後でいくらでも送って差し上げますから。

 ……あ、でも飲みすぎると鼻血が出るので注意してくださいね」


 私はそっと粉末の袋を握らせ、自室へと向かった。


 とりあえず、本家への挨拶は済んだ。

 兄の暴走も(ある意味で)落ち着いている。

 私の任務は完了でよいだろう。


「……はぁ。

 疲れた。

 早くピメントに帰りたい……」


 私の呟きは、廊下に虚しく響く。

 まだお兄様とスクラロースの結婚式が残っているのを思い出し、今度は自分の胃が痛くなるのを感じた。


 所得は増えたが、不労ライフへの道はまだまだ遠く、険しいようだった。

※2026/03/13

 微修正

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