第070話「開園初日!盛況?大金?」
その日、グルコース領の空は、これ以上ないほどの快晴に恵まれていた。
かつては鬱蒼とした魔獣の森が広がり、人々が恐れおののいていたその場所。
チクロ・ズルチンによって更地にされ、ガラスのように溶解し固まった大地の上に、今、信じられない光景が広がっている。
「……壮観ね」
私は領主館のテラス……ではなく、新設された『ワンニャン・ランド』のメインゲートを見下ろす管理塔の最上階で、眼下の光景に息を呑んだ。
「ええ、壮観ですわ……!
これが、私たちが作り上げた『夢の国』ですのね!」
隣に立つエリスリトール・グルコース男爵が、感極まったように声を震わせる。
そこには、巨大な遊園地が完成していた。
入り口には、鉄甲イノシシの素材で作られた巨大なアーチ。
その向こうには、色とりどりの旗がはためき、広大な敷地を埋め尽くすようにアトラクションや店舗が並んでいる。
そして何より目を引くのが、中央にそびえ立つ巨大な『大観覧車』だ。
スティナが設計し、現場の職人たちが血と汗と涙を流して組み上げた鉄骨の巨塔。
その動力は、地下の動力室で走る巨大ダチョウ型魔獣『ロックバード』を使った動力装置『鳥乃』から、長いシャフトとギアを通じて供給されている。
「準備は万端。
スタッフの配置も完了。
あとは……」
私は視線を遠く、地平線の彼方へと向けた。
そこには、ピメントから続く真新しい『高速道路』が伸びている。
『砕太郎』が砕いた砂利とコンクリートで舗装され、これまでの悪路が嘘のように滑らかな一本道。
その道の向こうから、土煙が上がっているのが見えた。
「来ましたわ!
お客様ですわ!」
エリスが叫ぶ。
土煙の正体は、数え切れないほどの馬車の列だった。
貴族の紋章が入った豪華な馬車、商人の荷馬車、そして乗り合い馬車。
それらが列をなし、怒涛の勢いでこちらへ向かってくる。
「……すごい数ね」
私はゴクリと喉を鳴らした。
宣伝は打った。
ゼブラー商会のネットワークを使い、王都や近隣諸国に『魔獣と触れ合える癒やしの楽園』『世界初の魔獣動力遊園地』という触れ込みでビラを撒いたのだ。
だが、まさかこれほどとは。
「さあ、開門ですわ!
パルス、号令を!」
「ええ、任せて!」
私は深呼吸をし、拡声機能のある魔導具を手に取った。
「これより!
世界初の複合エンターテインメント施設、『ワンニャン・ランド』を開園します!
皆様、心ゆくまでお楽しみください!
では、オープン!!」
(心ゆくまで財布の紐も緩めていきなさいな)
ファンファーレが鳴り響き、ゲートが大きく開かれた。
歓声と共に、人の波が雪崩れ込んでくる。
パプリカ領とグルコース領の歴史が変わる、運命の一日が始まった。
◇
「うわぁ……! 大きい!」
「あれが観覧車か! あんな高いところまで登れるのか!?」
園内は瞬く間に客で溢れかえった。
貴族も平民も関係なく、誰もが目を輝かせている。
一番人気はやはり、動物との触れ合いエリアだ。
『ワンワン・パラダイス』エリアでは、サッカリンが強面を崩壊させて接客にあたっていた。
「おう、いらっしゃい!
こいつは大人しいから撫でても大丈夫だ。
ほら、お手!」
彼が指を鳴らすと、大型犬が賢く前足を出す。
それを見て、着飾った貴族の令嬢たちが「きゃあ、可愛い!」と黄色い声を上げる。
「そっちの小さいのは気位が高いからな。
無理に触ろうとすると噛まれるぞ。
……おいソーマチン、愛想よくしろ」
サッカリンの足元には、白いポメラニアン――犬王ソーマチンが、玉座のように設えられたクッションの上でふんぞり返っていた。
客が差し出した高級ジャーキーを「フン」と鼻で笑い、気が向いた時だけパクりとやる。
その「塩対応」が逆に人気を呼び、なぜか彼の周りにはドMな貴族たちの行列ができていた。
「くぅ……! この冷たい視線がたまりませんわ!」
「王者の風格……! 是非とも抱っこさせて……キャッ!(甘噛み威嚇された)」
「ありがとうございます!!」
……世の中、何が受けるか分からないものだ。
一方、『ニャンコ・ガーデン』エリアでは。
「いらっしゃいませ。
猫たちは現在、お昼寝の時間です。
静かに、そして崇めるようにご覧ください」
普段は私の侍女をしているサラヤが、今日は猫耳カチューシャ(私の強制ではなく自前)をつけて案内していた。
彼女の指示に従い、客たちは静まり返って、日向ぼっこをして丸くなっている『マイルドキャット』の集団を見守っている。
「尊い……」
「ああ、あの肉球……触りたい……」
猫カフェ形式のこのエリアでは、猫のおやつや猫グッズが飛ぶように売れていた。
特に、スティナがデザインした「猫耳フード付きローブ」や「肉球手袋」は、女性客の間で争奪戦になっている。
「素晴らしいですわ……!
これほどの人出、王都の祝祭でもそうそう見られませんわ!」
視察に回っていたエリスが、興奮気味に私の肩を叩く。
「ええ。
しかも、みんなお金を使ってくれているわ。
入場料だけじゃない。
飲食、お土産、アトラクション利用料……。
客単価が予想以上に高いわ」
予想以上の反響にニヤニヤが止まらない。
屋台では、ソルティが開発した『元気が出るホットドッグ(イノシシソーセージ使用)』や『疲労回復スープ』がバカ売れしている。
「これを食べれば明日も遊べる!」というキャッチコピーが効いているようだ。
ちなみに中身は……まあ、合法ハーブ(薬草)と栄養満点なスッポンエキスなどだから問題はない。
その時だった。
「……ほう。
これは見事なものだ」
背後から、重厚で落ち着いた声が掛かった。
振り返ると、そこには数名の護衛を従えた、ロマンスグレーの紳士が立っていた。
上質な服に身を包んでいるが、そのオーラは隠しきれていない。
「お、お父様!?」
エリスが驚きの声を上げる。
アセスルファム公爵その人だ。
約束通り、一番客として(実際にはお忍びで)来てくれたらしい。
「公爵閣下!
ようこそおいでくださいました!」
私は慌てて最敬礼をする。
公爵は優しく手を振り、私を制した。
「よいよい、今日はお忍びだ。
一人の客として楽しませてもらおう。
……それにしても、エリスよ。
手紙や報告書では聞いていたが、まさかこれほどのものとはな」
公爵は、回転する観覧車や、笑顔で行き交う人々を見渡し、感嘆のため息をついた。
「更地になった魔獣の森を、これほどの楽園に変えるとは。
お前の経営手腕と、パルスイート嬢の発想力……。
恐れ入ったよ」
「ありがとうございます、お父様!
これも、お父様の出資のおかげですわ!」
「ふふ、投資した甲斐があったというものだ。
……さて、視察はこれくらいにして」
公爵の目が、キラーンと光った。
「犬はどこだ?
私は犬に癒やされたくて、激務の合間を縫って来たのだぞ」
「あちらですわ!
特別席をご用意しております!」
エリスの案内で、公爵は『ワンワン・パラダイス』のVIPルームへと消えていった。
後で聞いた話だが、彼はサッカリンと意気投合し、犬王ソーマチンに「お手」をしようとして鼻で笑われ、それでも「可愛い!」と喜んで最高級のジャーキーを貢いでいたらしい。
……疲れているんだな、公爵様も。
◇
日が暮れると、園内の雰囲気は一変した。
魔法の明かりが灯り、幻想的な夜の遊園地へと姿を変える。
「さあ、本日のメインイベントですわ!」
中央広場のステージにエリスが立つ。
彼女は杖を掲げ、夜空に向かって魔法を放った。
ヒュルルルル……ドォォォォン!!
夜空に大輪の花火が咲いた。
いや、ただの花火ではない。
エリスの得意な幻影魔法を組み合わせた、光のショーだ。
キラキラと輝く光の粒子が、空中で犬や猫の形になり、駆け回る。
音楽に合わせて色が変わり、最後には『ようこそ ワンニャン ランドへ!』という文字が夜空に浮かび上がった。
「おおぉぉぉーっ!!」
観客から割れんばかりの拍手と歓声が上がる。
子供たちははしゃぎ回り、恋人たちは身を寄せ合い、大人たちは酒を片手に空を見上げる。
「……綺麗ね」
私は管理塔のテラスから、その光景を眺めていた。
隣には、仕事を終えたスタッフたちが集まっている。
「やりましたね、お嬢様!」
「大成功ですよ!」
ギルドから派遣されてきた元冒険者の若者たちも、今は立派なスタッフとして誇らしげな顔をしている。
彼らはもう、「食い詰めた冒険者」ではない。
この夢の国を支える「キャスト」であり、「クルー」だ。
「……ん。
スープ、完売した。
追加生産、必要」
ソルティが疲れ切った、しかし満足げな顔で報告に来た。
「私の作った『お土産用の剣』も売り切れちゃいました!
可愛いって言ってもらえました!」
スティナも興奮冷めやらぬ様子だ。
「宿泊施設の予約も満室ですわ。
……ふふ、今夜は色々な『ドラマ』が生まれそうですわね(覗き見的な意味で)」
ピローネが怪しい笑みを浮かべているが、まあ、実害(客からのクレーム)がなければよしとしよう。
「みんな、お疲れ様。
今日は最高のスタートよ」
私は全員を見渡し、労った。
そして、ふと足元を見る。
そこには、いつの間にか戻ってきていたサッカリンと、その腕に抱かれた犬王ソーマチンがいた。
「お嬢。
公爵様、満足して帰られたぜ。
『また来る、絶対に来る』って言い残してな」
「そう。
それなら、追加融資の話もしやすくなるわね」
「……ワン(悪くない働きだったぞ)」
ソーマチンが偉そうに私を見上げて一鳴きする。
私は苦笑して、その白い頭を少しだけ撫でてやった。
今日は噛み付かれなかった。
◇
閉園後。
私とエリス、そしてソルビトールは、執務室で本日の売上集計を行っていた。
「……え?」
計算を終えたエリスが、目を丸くして固まっている。
「どうしたの?
赤字だった?」
「い、いいえ……。
逆の驚きですわよ。
見てくださいませ、この数字……」
彼女が震える手で差し出した羊皮紙を見る。
そこには、私の予想を遥かに超える数字が並んでいた。
入場料収入。
飲食売上。
物販売上。
そして、宿泊料。
合計金額は、目が飛び出るほどの額だった。
たった一日で、初期投資の数パーセントを回収してしまっている。
「……マジか」
私も絶句した。
これなら、借金の返済どころか、さらなる拡張工事もすぐに可能だ。
プールの建設、ジェットコースターの導入、ホテル棟の増築……。
夢(欲望)が広がる。
「やりましたわ……!
私たち、やりましたわパルス!」
エリスが私に抱きついてくる。
私は彼女を受け止め、背中をポンポンと叩いた。
「ええ、やったわね。
これは『勝ち』よ。
大勝利だわ!」
窓の外、月明かりに照らされた『ワンニャン・ランド』は、眠りについた後も静かな熱気を帯びているように見えた。
何もない荒野。
廃墟同然だった村。
厄介者扱いされていた魔獣の森。
それらが今、黄金を生む巨大なシステムへと生まれ変わったのだ。
「……ふふっ。
笑いが止まらないわね」
私は金庫にしまわれる売上金の山を見つめる。
これで、私の老後は安泰だ。
不労所得バンザイ。
左団扇バンザイ。
「さあ、明日はもっと稼ぐわよ!
ソルビトール、銀行への入金準備を!
エリス、次のイベントの企画を練るわよ!」
「畏まりました、お嬢様!」
「ええ、望むところですわ!」
私たちの夜は、まだ終わらない。
成功の美酒(と金貨の音)に酔いしれながら、グルコース領の熱い夜は更けていくのだった。
こうして、一連の『領地開拓騒動』は、予想外の大成功をもって一応の決着を見た。
独立した元悪役令嬢と辺境の影薄令嬢(その取り巻き)。
二人の快進撃は、王都に轟き、やがて国の運命をも巻き込む大きな波となっていくのだが――。
それはまた、後のお話。
領地開拓編 主要部完




