第007話「密造製造!疑惑?水耕?」
ナト達を「野菜探しの旅(営業活動)」に送り出してから数日後。
領主館の地下にある、かつてワインセラーだった部屋。
今は空っぽで、ジメジメとした薄暗いその場所に、私は籠もっていた。
「くくく……育てよ……増えろ……」
私は木箱や桶を並べ、ブツブツと呟きながら水を撒く。
この湿気、この暗闇。最高だ。
これなら上物が育つ。
「……おい、お嬢」
背後から、呆れたような声が響く。
サッカリンだ。
彼は怪訝な顔をしながらも、後ろから桶の中を覗き込んでいる。
「こんな暗がりで何やってんだ?
まさか『違法な葉っぱ』じゃねぇだろうな?
この国の法律じゃ貴族でも一発アウトだぞ」
「失礼ね!
コレが違法なわけないでしょ!
これは貧困家庭に差す光!
圧倒的コスパ、それなりの美味しさ。
そして歯応えの妙!
大根と大豆の新芽!
そう、カイワレ! アーンド、モヤシよ!」
私は桶の蓋を大きく開けて中を見せた。
そこには、湿った布の上に敷き詰められた、無数の種と豆。
「……種?
と、豆か?
どちらも芽が出てるな」
「そう。
私はここで『カイワレ』と『モヤシ』を作っているのよ!」
◇
事の発端は、数日前の厨房での会話だった。
イノシシ肉地獄に耐えかねた挙句、切羽詰まって料理番を問い詰めたのだ。
「アンタたち、肉を食う前はいったい何を食べて生きていたのよ?」と。
答えはシンプル。
「豆」だった。
「この辺りの土地は、痩せている上に塩害があって作物が育ちません。
ですが、その塩害の元である『塩』が少し採れるんです」
料理番の話によると、乾季になると地面から塩が吹くらしい。
それを集めて精製し、たまに来る行商人に売って、代わりに一番安い「乾燥豆」を大量に買い込む。
それを煮て、塩味で食べるのがピメント流の食生活だったそうだ。
「なるほどねぇ……」
私は顎に手を当てた。
特産品というほどの量ではないが、塩はある。
本当なら、ここにサトウキビでもあれば最高なのだが。
(サトウキビがあれば、砂糖が作れる。
砂糖精製の副産物である『糖蜜』があれば、発酵させて……あのアミノ酸結晶体、『味○素』が作れるのに!)
あの魔法の粉があれば、獣臭いイノシシ肉も極上の旨味爆弾に変わる。
だが、ないものねだりをしても仕方がない。
私は目の前の現実に目を向けた。
「で、その豆見せてよ」
出されたのは、カチカチに乾燥した黄色い豆。
私はそれを手に取り、しげしげと観察した。
「……これ、大豆じゃない」
「ええ、一番安い豆ですから。
煮ても硬いし、ボソボソして美味しくないんですが……保存だけは効くので」
「これ、畑に植えたりしないの?」
「やりましたが、ダメですね。
芽は出るんですが、ひょろひょろと伸びるだけで、実がなる前に枯れちまいます」
料理番は肩を落としたが、私は逆に目を輝かせた。
安くて?
大量にあって?
実がなるまでは育たない?
「……最高じゃない」
「へ?」
「何言ってるのよ。
食べるのは豆じゃなくて、その『ひょろひょろ』の方よ」
私はビシッと豆を指差した。
「食べるのよ、『モヤシ』を!」
◇
「……で、その『モヤシ』ってのがこれか?」
地下室に戻り、サッカリンが桶の中身を指差す。
そこには、水を含んで膨らみ、白い根を出し始めた豆が入っている。
「そうよ。いい? よく聞きなさい」
私は桶に霧吹きで水をかけながら、得意げに解説を始めた。
「植物の種子というのはね、発芽するためのエネルギーの塊なの。
乾燥した状態では眠っているけど、水を与えれば目覚める。
その際、豆の中のタンパク質が分解されて、ビタミンCやアミラーゼといった『栄養素』が爆発的に合成されるのよ!」
「びた……なんだって?」
「つまり、ただの豆が『野菜』に進化するってこと!
しかも、見ての通り土はいらない。水だけでいい。
さらに暗闇で育てることで、光合成を阻害し、白くて柔らかい、えぐみのない茎に育つわ」
私は指を三本立てた。
「第一に、天候に左右されず、室内で安定供給できる。
第二に、収穫までわずか一週間。超高速サイクル。
第三に、これが一番重要なんだけど……」
私はニヤリと笑った。
「水を含んで発芽することで、重量が5倍から10倍に増えるのよ」
「……は?」
サッカリンが目を丸くした。
「1キロの豆を買えば、10キロの野菜になるってことか?」
「ご名答。
これぞ、私が編み出した『食材錬金術』よ!」
正確には私が編み出したわけではないが、この世界ではオーバーテクノロジーだ。
質量保存の法則? 知ったことか。水を取り込んでいるだけだが、腹は膨れる。
「ついでに、こっちの小さい種は『カイワレ大根』。
ピリッとした辛味が、脂っこい肉料理のアクセントになるはずよ」
「へぇ……。
まあ、麻薬じゃねぇならいいが、そんなのお嬢が自分でやるなよ」
「何言ってんのよ!
日の光もないところで、勝手に植物が育つこの楽しみ。
こういうのがいいんじゃない!」
サッカリンはまだ半信半疑だったが、私は確信していた。
この白い森こそが、私の肌荒れを救う救世主になると。
「俺にゃわからん世界だな。
そうそう、サラヤが飯できたってよ。
あんまり遅くならないようにな」
サッカリンは呆れ顔で、ヤレヤレといった仕草で去っていく。
私はその後ろ姿を見送った後も、一人ニヤニヤと新芽を鑑賞し続けるのだった。
◇
そして、数日後。
ついに収穫の時が来た。
桶から溢れんばかりに伸びた、白く太い茎。
先端には黄色い豆の名残があるが、立派なモヤシだ。
隣の箱には、青々とした双葉を広げたカイワレの群生。
「できた……私の『食べる水分』……!」
私は早速、それらを厨房へ持ち込んだ。
メニューは決まっている。
これだけ新鮮なシャキシャキ感を楽しむなら、火力勝負だ。
「強火でガンガンいきなさい!
まずは薄切りにしたイノシシ肉を、背脂とニンニクでカリッとなるまで炒める!
肉の脂が出たらモヤシを投入!
こっちは火を通しすぎないで、サッとでいいわ!」
ジュワアアアアッ!!
中華鍋(代わりの深鍋)から、香ばしい煙と爆音が上がる。
塩と胡椒だけのシンプルな味付け。
皿に盛り付け、最後に生のカイワレをトッピングして完成だ。
「さあ、実食よ!」
私はフォークを突き刺し、たっぷりのモヤシと肉を口に運んだ。
ザクッ。シャキシャキシャキ……。
「……んんっ!」
口の中に広がる、瑞々しい水分。
イノシシ肉の濃厚すぎる脂を、モヤシの淡白な水分が洗い流し、中和していく。
そして噛むたびに弾ける心地よい歯ごたえ。
最後に鼻に抜ける、カイワレのピリッとした辛味。
「……生き返るぅ……」
決して、高級料理のような複雑な味ではない。
だが、一ヶ月間「茶色の肉」しか見てこなかった私にとって、この「白と緑のコントラスト」と「シャキシャキ音」は、何よりのご馳走だった。
「どう? アンタたちも」
振り返ると、三人も黙々と食べていた。
「……なるほど。
正直、根が出たばかり豆に大した期待はしていませんでしたが……これは合いますな」
ソルビトールが感心したように頷いた。
「肉の脂っぽさが消える。
いくらでも食えるぞ、これ」
サッカリンは既に二皿目に突入している。
どうやら、元・死神と執事の舌にも合ったようだ。
そして、サラヤは。
「…………」
彼女は静かに、しかし一口ずつ噛みしめるように味わっていた。
普段は感情を表に出さない彼女だが、その頬が微かに緩んでいる。
「……瑞々しいです。
ここ最近、脂っこい食事で胃が重かったのですが……
カイワレの辛味が気に入りました。
良い刺激で、いくらでも入ります」
元・暗部として過酷な食生活にも耐性があるはずの彼女だが、やはり女性だ。
彼女の味覚にはカイワレの爽やかな辛味が、戦場での休息のような癒やしを感じるのだろう。
「ふふん、そうでしょ!
これでビタミン不足も解消!
私の肌も守られたわ!」
私は勝利宣言をした。
肉はある。
野菜も確保した。
食住は完璧…
うん、まぁそれなりだけどね。
あとは、この大量の在庫を金に変えるだけ――。
「――お嬢様!」
その時、タイミングを見計らったように、ナト達と入れ違いで館に残っていた使用人が飛び込んできた。
「た、大変です!
街道の方から、見慣れない馬車が一台……!」
「……馬車?」
「はい!
ナトさん達の姿は見えませんでしたが、あれは荷馬車でした。
多分……行商人かと」
私はフォークを置いた。
口元についた脂をナプキンで拭い、口角を吊り上げる。
撒いた餌に、魚がかかったらしい。
「来たわね……私のカモ……じゃなくて、肉より野菜が欲しいんだからネギの方かしらね。
とにかく、大切なお客様よ!」
私は立ち上がった。
腹は満ちた。気力も充実している。
さあ、待ちに待った「商談」の時間だ。




