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第069話「工事着工!労働?驚愕?」


 ピメントにあるパプリカ領主館前の広場。


 そこに30名ほどの若者たちが整列していた。


 彼らは、迷宮都市メレンゲの冒険者ギルドから斡旋されてきた、「冒険者崩れ」や「適性なし」と判断された人材だ。


 薄汚れた服装。

 覇気のない顔つき。


 その背中には、「どうせ辺境の開拓地で、死ぬまでこき使われるんだ……」というドナドナ的な絶望感が漂っている。


 そんな彼らの前に、私は仁王立ちした。


「ようこそ、パプリカ領へ!

 私がパプリカ領主代行のパルスイート・アスパルテームよ!」


 扇子をビシッと突きつけ、高らかに宣言する。


「今日から貴方たちは、夢破れた冒険者じゃなくなるわ。

 我が領地の発展を担う精鋭、その名も『企業戦士ビジネス・ウォリアー』よ!」


「き、企業戦士……?」


 若者たちがざわつく。

 聞き慣れない単語に戸惑っているようだ。

 一人が恐る恐る手を挙げた。


「あの……それって、やっぱり死ぬまで戦わされるってことですか?

 俺たち、荒事はもう……」


「勘違いしないで頂戴。

 戦う相手は魔物じゃないわ。

 『納期』と『品質』よ」


 私はニヤリと笑った。


「それに、24時間戦えなんて旧世代的にダサいことは言わないわ。

 ウチは効率至上主義なの。

 疲れた体でダラダラやられるより、万全の状態で集中して働く方が効率的なのよ!」


 私は後ろに控えていたソルビトールに合図し、用意していた「雇用条件書」を配布させた。


「よく聞きなさい!

 勤務時間は平日8時間!

 長くても4時間おきに、お昼休みを1時間か、休憩30分を必ず入れること!

 残業は原則禁止!

 もし違反したら……超過作業時間分の『強制休暇』を取らせるわよ!」


「「「!?」」」


 広場が静まり返った。

 若者たちが、信じられないものを見る目で私を見つめている。


「は、8時間……?」


「休憩あり……?」


「休暇……?」


「当然よ。

 食事は3食、栄養満点のメニュー(主にイノシシ肉とモヤシだけど)を提供するわ。

 寮は個室完備、お風呂もあるわよ。

 その代わり!

 働いている時間は、1秒たりとも無駄にせず、最高のパフォーマンスを発揮しなさい!

 わかったわね?」


 私の演説が終わると同時に、広場に爆発的な歓声が上がった。


「うおおおおおっ!!」


「ここが天国か!!」


「一生ついていきます、お嬢様ぁぁぁ!!」


 彼らの目に、光が戻った。

 絶望は希望へ、怠惰は勤勉への意欲へと変わった。


 単純な奴らで助かる。

 まあ、前世のブラック企業に比べれば、ここは楽園みたいなものだろう。


「よし、気合は十分ね。

 じゃあ早速、現場へ移動よ!

 A班は高速道路建設、B班は遊園地建設へ向かって!」


     ◇


 私は彼らを連れて、まずはピメント郊外の工事現場へと向かった。

 そこでは既に、我が領地が誇る『魔獣動力機械』たちが唸りを上げていた。


 ガガガガガガガッ!!


 轟音と共に、巨大な回転刃を持つ重機――『砕太郎(くだいたろう)Ver.Z』が、硬い岩盤を豆腐のように噛み砕いていく。

 以前の『砕太郎(くだいたろう)』からバージョンアップし、今は移動できるようになっている。


 その横では、強力な吸引力を持つ『吸太郎(すったろう)NEO』が、砕かれた瓦礫を一瞬で吸い上げ、運搬用の荷車へと吐き出していた。

 こちらも『吸太郎(すったろう)』本来の使い方ではなく、瓦礫移送用のカスタム機である。


「な、なんだあれは……!?」


「鉄の……魔物!?」


「ここだけ世界がおかしくないか!?」


 新入りたちが腰を抜かす。

 無理もない。

 剣と魔法の世界に、いきなり産業革命後の重機が現れたようなものだ。


「ビビってんじゃないわよ!

 あれがウチの主力、魔獣動力機よ。

 危険な力仕事は全部あの子たちがやってくれるわ。

 人間がやるのは、機械ができない繊細な作業と、仕上げの工程よ!」


 私は現場監督――古参の職人たちに彼らを引き渡した。


「A班、配置につけ!

 お前らは型枠の設置と、コンクリートの流し込みだ!

 モタモタすんな、機械は待ってくれねぇぞ!」


「は、はいっ!」


 彼らは戸惑いながらも、目の前の圧倒的な『効率化』された現場に飲み込まれていく。

 ツルハシ一本で岩を掘るような原始的な土木作業を想像していた彼らにとって、ここは異世界だった。

 だが、その目は輝いている。

 「これなら、俺たちでも凄いものが作れるかもしれない」という、職人としての誇りが芽生え始めているのだ。


 「ふふん、いい顔になってきたじゃない」


 私は満足げに頷き、次なる現場――グルコース領の建設予定地へと向かった。


     ◇


 ピメントから馬車で数十分。

 かつて「魔獣の森」と呼ばれていた場所、今はチクロによって更地にされた「ガラスの大地」の端。

 そこに、エリスと共に到着した。


「かなり進捗が出ているようですわね、パルス」


 エリスが図面を広げながら、目の前の光景に目を細める。

 そこでは、巨大な鉄骨が組み上げられ、遊園地のシンボルとなる『大観覧車』の骨組みが姿を現しつつあった。


「そうね。

 基礎はガラス地盤のおかげで完璧だしね。

 『鳥乃ロックバード』の動力を減速ギアで伝えれば、安定して回せるはずだわ。

 ギアの試作品をスティナに作らせてみたんだけど、まぁ他の鍛冶師でも行けそうって話よ」


 私たちは建設中のエリアを視察しながら、詳細な配置を確認していく。

 メリーゴーランドの位置、売店の動線、そしてトイレの数。


 その時だった。

 私がふと、エリスの持っていた地図の端に、見落としていたメモ書きがあるのに気づいた。


「……あれ?

 エリス、ちょっとその地図見せて」


「え?

 はい、どうぞ」


 渡された地図は、以前チクロが書き込んだ「チート地図」だ。

 その隅の方、建設予定地のすぐ裏手の藪の中に、小さな文字でこう書かれていた。


『ポイントG:マイルドキャット』


「……マイルド、キャット?」


 私は首を傾げた。


 普通、こういう魔物は「ワイルドキャット(ヤマネコ)」とか「キラーキャット」とか、勇ましい名前がついているものだ。


 マイルド?

 味が?

 性格が?


「これ、なんだと思う?

 ワイルドキャットの間違いじゃないの?」


「さあ……。

 わたくしも気になってはいたのですが、特に害もなさそうでしたので放置しておりましたわ」


「確認に行きましょう。

 もし危険な魔物なら、遊園地のすぐそばに置いておくわけにはいかないわ」


 私たちは護衛のサラヤを連れて、指定された藪の方へと向かった。


 ガサガサと草をかき分けると、そこに陽だまりのような開けた空間があった。


 そして――。


「にゃ~ん」


「ごろごろ……」


 そこには、無数の猫たちがいた。


 茶トラ、三毛、黒猫、白猫。

 大きさは普通の猫より一回り大きいくらいだが、その表情は一様に「虚無」というか、究極にリラックスしきっていた。


 人間が近づいても逃げるそぶりも見せず、あまつさえ腹を見せて寝転がっている。


「……これが、マイルドキャット?」


 私は恐る恐る手を伸ばしてみた。

 すると、近くにいた茶トラが、スリスリと私の手に頭を擦り付けてきた。

 ゴロゴロという喉の音が、振動となって伝わってくる。


「かっ……可愛いじゃない!」


 攻撃性ゼロ。

 警戒心ゼロ。


 ただひたすらに、人間に甘え、撫でられることを待っている生物。

 まさに「マイルド」だ。


「これはバウンドドッグに次ぐ、第二の金脈よ!」


 私は確信した。

 犬派がいれば、猫派もいる。

 このふてぶてしくも愛らしい生き物は、間違いなく人間を骨抜きにする。


「エリス!

 急遽、施設名は変更!

 『ワンワン・ランド』じゃなくて、『ワンニャン・ランド』!

 併設で猫カフェも作るのよ!」


「まあ、猫まで!?

 ……でも、確かにこの愛らしさは武器になりますわね。

 やりましょう!

 猫派のお客様も取り込めますわ!」


 エリスも即決だ。

 商機を逃さない嗅覚はさすがである。


「よし、すぐに設計変更を……って、あれ?」


 ふと見ると、私の後ろにいたはずのサラヤの姿がない。

 

「……あ、あう……かわい……」


 視線を下げると、草むらの中で四つん這いになっている不審な影があった。

 普段は鉄仮面のような無表情を崩さない、元暗部のサラヤだ。

 彼女は今、白猫に顔を埋め、見たこともないようなデレデレの表情で、猫の吸入スーハーを行っていた。


「……アンタなにしてんの?」


 私が冷ややかに声をかけると、サラヤはビクッと体を震わせ、しかし猫を離そうとはしなかった。


「お、お嬢様……。

 こ、これは……なんという……吸い付き……」


「猫、食べないでよ?」


「食べません!

 猫など飼ったことないのですが……まさかこんなにも、可愛らしく、尊いものだとは……」


 サラヤの眼鏡が曇っている。

 興奮で鼻息が荒い。


「サッカリンさんは犬を飼う許可を得たそうですので……

 私にも、猫を飼う許可を……!」


「却下」


 私は即答した。


「侍女と諜報員を兼務してるアンタが、猫の面倒みてる時間あるわけないでしょうが。

 忙しいのよ、ウチは」


「……では」


 サラヤは真顔で、猫を抱きしめたまま言った。


「どちらかを辞めるという方向で……」


「はぁ……馬鹿でしょアンタ」


 私は頭を抱えた。

 サッカリンの犬狂いといい、こいつの猫中毒といい。

 私の周りの人間は、どうしてこうも魔獣ペットに弱いのか。

 やはり、魔獣の森の生物には、人間を惑わす何らかの精神干渉能力があるのではないだろうか。


「サッカリンは犬狂病けんきょうびょうだし、アンタまですっかり猫の魅力にあてられて腑抜けちゃうなんて……。

 確かに魔獣の森の魔物だけあるってことよね」


 私は諦めてため息をついた。

 ここでダメと言ったら、この有能なメイドは本当に仕事を辞めて野良猫として生きかねない。


「わかったわよ。

 屋敷に1匹貰ってきなさい。

 それでいいでしょ?」


「!!

 流石はお嬢様、素晴らしき采配です!

 このサラヤ、不肖の身ながら生涯お供いたします!」


 サラヤが白猫を高く掲げ(ライオンキングのように)、涙ながらに忠誠を誓う。

 現金な奴だ。


「いらないわよ、生涯なんて。

 アンタもいい歳なんだから、こないだみたいなコンパでいい人見つけたら、さっさと後釜用意して結婚でもしなさい」


 私が言うと、サラヤの動きがピタリと止まった。

 彼女は猫を下ろし、樽単位でヤケ酒をあおったあの日の修羅場を思い出したのか、遠い目をして呟いた。


「……それは……当面、いえ、生涯において非常に難しい話ではないかと……」


「なんでそんなとこだけ自信ないのよ。

 トラウマになってるじゃない…」


 私は呆れて肩をすくめる。

 容姿は悪くない(眼鏡美人だ)し、仕事もできるのに。

 まあ、中身が「守銭奴」で「変人」だから仕方ないか。


(……ま、私も人のこと言えないけどね!)


 前世は仕事に生き、今世も金と領地経営に生きている。

 「結婚運のなさ」という点では、私とサラヤは似たもの同士なのかもしれない。


「とにかく!

 猫エリア追加よ!

 戻ったら急いで設計変更しましょ!」


 私は雑念を振り払い、急いで現場へと向かった。


     ◇


 それからの工事は、まさに神速だった。


 ホワイトな労働環境と、豊富な食事、そして魔獣動力による機械化。

 さらに「猫カフェ」という新たなモチベーション(主にサラヤと一部の職人たちの)が加わり、作業は爆発的なスピードで進んだ。


 そして数か月後。


 ついに、その日はやってきた。


 「……できたわね」


 私は、ピメントの街外れに立った。


 そこには、地平線の彼方まで一直線に伸びる、真新しい灰色の道――『パプリカ高速道路(下り線)』が完成していた。

 まだ片側一車線だが、馬車が全力疾走しても揺れない、完璧な舗装路だ。


 そして、その道の先。

 グルコース領の入り口には、色とりどりの旗がはためく巨大なゲートが見える。


『夢と癒やしの楽園 ワンニャン・ランド』


 その奥には、ゆっくりと回る巨大な観覧車と、楽しげな音楽を奏でるメリーゴーランド。

 犬たちの鳴き声と、猫たちの気配が満ちている。


「ええ……できましたわ」


 隣に立つエリスも、感無量といった表情で完成した施設を見上げている。


「これで舞台は整いましたわね。

 道を作り、箱を作り、中身も揃えました」


「そうね。

 あとは……お客さんを待つだけよ」


 犬と猫、そして遊具。最強の布陣だ。

 さらに高速道路によるアクセスの良さ。


 これで客が来ないわけがない。


「さあ、開店準備よ!

 パプリカ領とグルコース領の、新しい歴史の始まりだわ!」


 私の号令と共に、それぞれの持ち場へとスタッフたちが散っていく。

 いよいよ、グランドオープンの時が迫っていた。


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