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第068話「遊園施設!野望?羨望?」


 グルコース領(旧・魔獣の森)、製薬工場の応接室。

 窓の外では、巨大なダチョウ型魔獣『ロックバード』こと「鳥乃ちょうの」が、今日も元気に奇声を上げながら回し車を疾走している。

 その動力によって工場はフル稼働し、次々と「女神の涙」と「龍の粉」が生産されていた。


「……順調ですわね」


 帳簿をめくりながら、この領地の主であるエリスリトール・グルコース男爵が、満足げに、しかしどこか誇らしげに呟いた。


「ええ、順調よ。

 生産ラインは安定してるし、何より販路の拡大が素晴らしいわ」


 私も紅茶を飲みながら同意する。

 当初はゼブラー商会頼みだった販売ルートだが、今や状況は変わっている。


「ゼブラー商会への卸しだけではありませんわ。

 近隣諸国の商人や、各地を巡る行商人との『直接取引』も増えてきています。

 もはや下請けではありませんわね。

 『グルコース商会』としてのブランドが、確実に確立されつつありますわ」


仲介料マージンを取られないのは大きわね。

 自社配送網も整ってきたし、利益率は右肩上がりよ」


 エリスの経営手腕は本物だ。

 彼女は単なるお飾り領主ではなく、自ら交渉の席に着き、独自ルートを開拓してきた。

 文句なしの成功と言っていい。


 だが、エリスの眉間には小さな皺が寄っていた。


「でも……パルス。

 何かが足りませんのよ」


「足りない?」


「ええ。

 確かに『物』は売れていますわ。

 ですが、それだけですの。

 商人が来て、物を積んで、去っていく。

 お金は落ちますが、それはあくまで『対価』としての支払いのみ。

 街にお金が落ちていないのですわ!」


 エリスがバンと机を叩く。

 なるほど、そういうことか。


 現在のグルコース領(と私のピメント)は、あくまで「生産拠点」だ。

 商人は仕入れに来るだけで、長居はしない。

 労働者たちは給料を貰うが、それを使う場所が少ない。


「人が来ない、滞在しない、消費しない。

 これではただの『工場街』ですわ。

 私が目指すのは、もっとこう……人が集まり、活気に溢れ、湯水の如く金貨が循環する『経済都市』なのです!」


「……ふふっ。

 強欲ねぇ、エリス」


 私はニヤリと笑った。

 いい傾向だ。

 現状に満足せず、さらなる利益を求める姿勢。

 それでこそ、私のビジネスパートナーだ。


「その悩み、解決策があるわよ」


「本当ですの!?」


「ええ。

 人が来ないなら、呼べばいい。

 用事がないなら、作ればいい。

 単純な話よ」


 私は立ち上がり、窓の外の広大な更地――チクロが更地にしたガラスの大地を指差した。


「あそこに作るのよ。

 誰も見たことがない、夢の国をね」


「夢の……国?」


「そう。

 名付けて、複合エンターテインメント施設『ワンワン・ランド(仮)』よ!」


「ランド……?」


 エリスが目を白黒させる。

 私は畳み掛けた。


「思い出してごらんなさい。

 先日の『魔獣の森』探索で、サッカリンが骨抜きにされていたあの犬たちを」


「ああ!

 あの愛らしい、跳ねるワンちゃんたちですわね!」


「そう。

 彼らを保護している『ワンワン・パラダイス』。

 あれを核にするのよ。

 ただ犬と触れ合うだけじゃない。

 そこに、この無限動力『鳥乃』のパワーを使った、巨大な遊具を建設するの。

 私の前世ではこういう施設を『遊園地』って呼んでたのよ?」


 私は懐から、書き溜めていた設計図(落書きに近いイメージ図)を取り出し、テーブルに広げた。


「まずこれ。

 『観覧車』っていう乗り物」


「車?

 あ、回るから車なのですわね。

 走らないのにと思ってしまいましたわ」


「うんうん。

 巨大な車輪にゴンドラを吊るして、ゆっくり回転させるの。

 高いところから、このガラスの大地と森を一望できるように配置しましょう。

 『鳥乃』のパワーなら安定して回せるはずよ」


「高いところから……!

 それは貴族の方々が好みそうですわね。

 絶景を見ながらのお茶会なんて、最高ですわ!」


「そしてこっち。

 『メリーゴーランド』っていう乗り物よ」


「めりー……

 これは良くわからない名前ですのね?」


「これは回転する床の上に、木馬が乗ってるものだったんだけど、今回は馬じゃなくて、可愛い木彫りのワンちゃんを配置して、音楽に合わせて上下させながら回るのよ。

 人はそれに乗って音楽と共に楽しく回るの。

 ファンシーな感覚で子供や女性はイチコロよ?」


「まあ!

 犬に乗るのですか!?

 なんて背徳的で……いえ、可愛らしい!」


「さらに夜は、魔法を使った『光のパレード(花火)』を開催するわ。

 キラキラした光の中で、音楽隊と一緒に犬たちが行進するの。

 これを夜の目玉にしておけば、見たくて日帰りできないでしょ?」


「泊まりますわ!

 絶対に泊まります!

 ホテルが必要ですわね!」


「その通り。

 併設したホテルに泊まらせて、高い夕食と朝食をご提供。

 売店にはお土産の『犬のぬいぐるみ』や『犬クッキー』。

 ……どう?

 これなら、人が来て、滞在して、お金を落とすでしょ?」


 エリスの瞳が、宝石のように輝いた。

 彼女の脳内で、凄まじい勢いで金貨の計算がされているのが手に取るようにわかる。


「完璧ですわ……!

 『癒やし』と『驚き』、そして『非日常』。

 これさえあれば、貴族も平民も、財布の紐が緩みっぱなしですわね!

 やりましょうパルス!

 すぐに着工ですわ!」


「ええ。

 でも、そのためにはクリアしなきゃいけない問題が二つあるわ」


 私は指を二本立てた。


「一つは『道』。

 客を呼ぶためのアクセス網よ。

 今の砂利道じゃ、貴族の馬車は来てくれないわ」


「もう一つは?」


「『金』、資金よ。

 遊園地の建設費は莫大になるわ。

 私たちの手持ち資金だけじゃ、完成までに何年もかかっちゃう。

 一気に作り上げてブームを作るには、スポンサーが必要なの」


「……なるほど。

 道と、金。

 任せてくださいな、パルス。

 私と貴女がいれば、不可能なことなどありませんわ!」


 私たちは顔を見合わせ、不敵に笑った。

 悪だくみ……もとい、一大プロジェクトの始動だ。


 ◇


 数日後。

 私たちは領主館の執務室で、大陸地図を広げていた。


「まずは『道』ね。

 ピメントからグルコース領への高速道路は建設中だけど、問題はその先よ」


 私は地図上の隣接する領地を指差した。


「北西に位置する『ビアンコ男爵領』。

 ここには迷宮都市メレンゲがあるわ」


「ビアンコ領……。

 あそこは我がアセスルファム派閥ではありませんわね。

 中立というか、独自の路線を行く家柄ですわ」


「ええ。

 だから、ここは私が動くわ」


 私はアスパルテーム家の紋章が入った書簡を用意した。


「アスパルテーム本家の名義を使って、正式に打診するわ。

 『貴領と我が領を結ぶ街道を整備したい。

 ついては、工事費・資材費・人件費は全額こちらが負担する。

 既存の道はそのままでいい、その横に新しい道を一本通させてくれ』とね」


「……全額負担?

 パルス、正気ですの?

 他人の領地のインフラ整備を、タダでやってあげるなんて」


 エリスが呆れたように言うが、私は首を振った。


「タダじゃない。

 これは投資よ!

 エリス、忘れてない?

 私たちが今、一番欲しているものが何なのか」


「一番欲しているもの……?

 お金、ではありませんの?」


「それも合ってるけど、少し観点が違うわ。

 今必要なのは『労働力ひと』のほうよ」


 私は地図上のメレンゲを強く叩いた。


「先日、冒険者ギルドから『人材斡旋』の申し出があったでしょ?

 冒険者崩れや、職にあぶれた若者たち。

 彼らは、今の私たちにとって喉から手が出るほど欲しい『資源』なの」


 現在、パプリカ領の開発スピードは、圧倒的な人手不足によって制限されている。

 近隣の村人どころか、パプリカ領内の人員をかき集めなければ、とても回らない。

 ギルドからの供給は、まさに救いの糸なのだ。


「でもね、今の道じゃダメなのよ。

 メレンゲからピメントまで、悪路を何日もかけて歩いてくるなんて、それだけで心が折れるわ。

 移動の疲れで、着いた頃には使い物にならなくなってるかもしれない」


 私はエリスを見据えた。


「だから、高速道路をここにも作るの。

 労働者を、大量に、迅速に、そして元気なまま運び込むための『パイプライン』をね。

 『人の流れ』をスムーズにすることは、金脈を掘り当てるのと同じよ。

 工事費なんて、優秀な労働者が確保できればすぐに回収できるわ」


「……なるほど。

 遊園地への客足だけでなく、労働力の供給路としても使う……。

 確かに、それなら投資する価値は十分にありますわね」


 エリスが納得したように頷く。


「ビアンコ男爵は堅実な人だと聞いているわ。

 派閥が違っても、自領のインフラがタダで整うなら断らないはず。

 それに、食い詰めた若者を雇用してくれるとなれば、治安維持の面でも歓迎されるでしょうしね」


(それに、あそこはヒロイン・ロザリオの実家だしね。

 恩を売っておいて損はない筈)


「わかりましたわ。

 では、その他の領地は私が担当しますわ」


 エリスが扇子を開き、優雅に微笑む。


「南と東に隣接する領地は、どちらもアセスルファム派閥の家ですわ。

 私の『実家』の威光と、元公爵令嬢としてのコネクションを使えば、説得は容易いですわね。

 『お父様(公爵)も推奨しておりますのよ?』と一言添えれば、喜んで土地を提供してくれますわ」


 これで「道」の問題は解決の目処が立った。

 次は、最大の問題「金」だ。


「さて……最後にして最大の難関。

 資金調達ね」


 私は分厚い資料の束をテーブルに置いた。

 徹夜で作成した『ワンワン・ランド事業計画書』と『収支試算表』だ。


「ターゲットは?」


「もちろん、この国一番の資産家。

 アセスルファム公爵――貴女のお父様よ」


 エリスがゴクリと喉を鳴らした。


「お父様……ですか。

 甘い顔をしてくださいますが、お金に関してはシビアな方ですわよ?」


「だからこそよ。

 情に訴えるんじゃなく、数字と実績で説得するの」


 私たちは通信魔導具を起動し、王都にいる公爵との直談判リモート・プレゼンに臨んだ。


『……ほう。

 独立したばかりの娘から連絡があると思えば、金の無心か?

 エリスリトールよ』


 魔導具の向こうから、重厚な声が響く。

 アセスルファム公爵だ。


「いいえ、お父様。

 無心ではありません。

 『投資案件』のご提案ですわ」


 エリスは怯むことなく、凛とした声で切り出した。


「お父様もご存知の通り、我がグルコース領は現在、独自の販路を開拓し、着実に利益を上げております。

 ゼブラー商会に依存せず、自力で商流を確立した……この実績を、まずは評価していただきたく存じます」


『……うむ。

 報告は聞いている。

 まさかあれほどの短期間で、黒字化するとはな。

 見事だ』


 公爵の声に、わずかに感嘆の色が混じる。

 エリスは自信を深め、畳み掛けた。


「その上で、さらなる事業拡大のためのご提案です。

 我が領と、隣接するパプリカ領で進めている共同プロジェクト。

 これは単なる娯楽施設ではありません。

 魔獣資源の有効活用、広域物流網の確立、そして何より……」


 エリスは私が作った資料を読み上げ、熱弁を振るう。


「高速道路網による『労働力の流動化』と、それによる生産性の大幅な向上。

 これが実現すれば、アセスルファム派閥の経済圏は、王都をも凌ぐ巨大な市場へと成長しますわ!」


『……計算書を見る限り、初期投資の回収は三年、五年後には利益率が二百パーセントを超えるとあるが……

 随分と強気な数字だな』


「はい。

 これは希望的観測ではなく、現在の実績に基づいた最低ラインの試算です。

 パルスイート・アスパルテーム嬢の技術力と、私の経営手腕。

 この二つが揃えば、数字は嘘をつきません」


 エリスの言葉に、一瞬の沈黙が落ちる。

 私は脇で、固唾を呑んで見守っていた。


 やがて、公爵の笑い声が聞こえてきた。


『ハッハッハ!

 よく言った!

 あの大人しかったエリスが、これほど堂々と商談を仕掛けてくるとはな!

 ……よかろう。

 その計画、乗った。

 アセスルファム家として、必要な資金を融資しよう』


「!

 ありがとうございます、お父様!」


『ただし、条件がある。

 完成の暁には、一番客として私を招待すること。

 ……私も最近、激務で疲れていてな。

 犬に癒やされたいのだ』


「……はい!

 喜んで!」


 通信が切れた瞬間、私たちは手を取り合って飛び跳ねた。


「やりましたわーっ!!」


「大勝利よエリス!

 これで勝ったも同然だわ!」


 資金、土地、動力、そして許可。

 全てが揃った。


「さあ、作るわよ!

 道を作り、人を呼び、金を吸い上げる!

 大陸一の集金システム……もとい、夢の国をね!」


「ええ!

 忙しくなりますわよ!」


 窓の外では、夕日に照らされた『鳥乃』が、今日も元気に回し車を回している。

 その轟音は、これから始まる建設ラッシュのファンファーレのように聞こえた。


 パプリカ領とグルコース領。

 二つの辺境が、まもなく世界中から注目される「魔境リゾート」へと変貌を遂げようとしていた。


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