第067話「番外編『犬王浪漫譚』:他種転生!孤独?屈辱?」
短話です。
我が名はソーマチン。
かつて「剣王」と呼ばれ、数多の剣士を葬り去り、最後はサッカリンという名の傭兵に敗れて散った。
知らぬと?
……まぁ儂が自身を知ればそれで良いのだ。
そんなこともあるだろう。
あの時、儂は死に場所を得た。
そう思っていた。
戦鬼として生き、戦場で散る。それこそが本望だった。
死ぬその瞬間、喜びで笑いが溢れた。
だが、再び目が覚めた時、儂は低い目線と二足で立ち上がれないことに気が付いた。
四つん這いの白い毛玉になっていたのだ。
毛むくじゃらの手足、低い目線、近くの水場で水面に映る自分を見る。
それは愛玩犬の代名詞たる『ポメラニアン』の姿だった。
その後、儂は『ワンワン・パラダイス』なる施設に収容されることになった。
「きゃ〜!
可愛いポメちゃ〜ん!」
「見て見て!
この子、手足が短くてコロコロしてる〜!」
見知らぬ女たちに抱き上げられ、顔を胸に埋められ、肉球をプニプニと弄ばれる屈辱。
「クッ…ふざけるな!
離せ! 貴様ら、儂を誰だと思っている!」
そう叫んだつもりだったが、口から出たのは「キャン! キャンキャン!」という、情けないほど甲高い鳴き声だけだった。
絶望した。
こんな愛らしい姿で生き恥を晒すくらいなら、いっそ舌を噛んで……と思ったが……
『腹が減った』
目の前に出された『最高級干し肉』の芳醇な香りに、抗うことができなかったのだ。
『……美味い』
悔しいが、美味かった。
噛めば噛むほど溢れ出る肉の旨味。塩加減も絶妙だ。
儂が生前、泥水を啜りながら食っていた保存食とは雲泥の差だ。
気付けば皿まで舐め回し、尻尾を千切れんばかりに振っていた。
……屈辱である。
『ワンワン・パラダイス』、そこは地獄だった。
周りの犬どもを見よ。
どいつもこいつも、人間に媚び、腹を見せ、ボール一つ投げられただけで「取って参ります!」と尻尾を振って駆け出す。
プライドはないのか!
貴様らは狼の末裔ではないのか!
(クッ、追いかけたい…だが耐えねば!
儂こそが剣王よ!)
儂は彼らを啓蒙しようとした。
ボール遊びの時間、儂は動かず「人間ごときに踊らされるな!」と吠えた。
だが、彼らは儂を「ノリの悪い奴」という目で見て、遠巻きにした。
孤独だった。
孤高の剣王は小型犬の群れの中で浮いていた。
剣王の時と変わらずボッチだった。
そんなある日、運命の男が現れる。
儂を殺した傭兵、サッカリンだ。
奴が檻の前に立った瞬間、儂の血が騒いだ。
今更だ。
これは復讐ではない。
このふやけた楽園で、唯一「死の匂い」を纏う男の登場に、魂が歓喜したのだ。
儂は咆哮と共に飛びかかる。
狙うは喉笛。必殺の『牙突』だ。
だが、今の儂の顎は小さすぎた。
奴の手に阻まれ、分厚い指の皮を甘噛みすることしかできなかった。
しかし、奴は言ったのだ。
『お前……もしかしてだが…ソーマチンの爺さんか?』と。
なんと、一連の動作だけで分かったというのか!?
この愛くるしい毛玉の中に眠る、修羅の魂を感じ取ったというのか…
儂は震えた。
こやつなら、儂を理解できる。
こやつとなら、この姿でも「戦士」として在れるかもしれん。
だから儂は、肯定の意を込めて吠えた。
奴が名付けた『犬王』というふざけた二つ名も、まあ、この姿にしては悪くはないだろう。
だが、あのピンク髪の小娘……パルスイートとか言ったか。
あやつだけは気に食わん。
あろうことか、儂を見た瞬間に「可愛くない」と言い放ちおった。
何より、あの目だ。
儂を「犬」としてすら見ていない。
「コスト」か「リスク」か、あるいは「利用価値」か。
値踏みする商人の目だ。
生意気な小娘め。
ここは儂の縄張りであることを教えてやらねばならん。
故に、儂は奴の足元に忍び寄り、最大の侮辱と所有権の主張を行ってやったのだ。
「キィィィーッ!」と叫ぶあの顔。
ふん、いい気味だ。
これに懲りたら、儂を敬うことだな。
「ソーマチン、飯だぞ〜!
今日はお嬢が用意してくれた『最高級霜降りビーフの缶詰』だぞ!」
……む。
サッカリンが呼んでいる。
あの小娘が用意した霜降りビーフの缶詰だと?
……くっ、口の中に唾液が。
し…仕方ない、行ってやるとするか。
あの小娘への追撃は、腹を満たしてからでも遅くはない。
戦士には休息と栄養が必要なのだからな。
…とはいえ、これだけの美食を用意するのであれば、あの小娘も認めざるを得んな。
「ワンッ!(うむ、苦しゅうない!)」
儂は抗えぬ本能に従い、ポメラニアン特有の軽快なステップで駆け出した。
ふかふかの体毛が風になびくのを感じながら。
……チッ、尻尾が勝手にブンブン振られる!
ソーマチンが犬王としての威厳を取り戻す戦いは、まだ始まったばかりである。
※2026/03/13
可愛がられる時系列修正




