表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/103

第066話「派遣提案!帰還?愛玩?」


 アスパルテーム伯爵家が管理する飛び地、パプリカ領ピメント。

 かつては荒野と寂れた村しかなかったこの地は今、魔獣動力による産業革命の熱気に包まれている。


 その中心地である領主館の前庭で、私は馬車の到着を待っていた。


「お帰りなさい、みんな」


 目の前に停まったのは、アスパルテーム家の紋章が入った豪華な馬車だ。

 扉が開き、中から三人の少女たちが降りてくる。


「戻りました」

「ただいま戻りました、パルスイート様!」

「……ん。

 ただいま」


 ボサボサ頭の剣士スティナ、清楚な宿屋娘ピローネ、そして無口な薬師ソルティ。

 以前、私が護衛として雇い、そのままそれぞれの才能を見込んでヘッドハンティングした「混沌の三女神」たちだ。

 彼女たちはギルドへの手続きと、実家への報告のために一時帰省していたのだが、どうやら無事に戻ってきたらしい。


「どうだった?

 手続きと、実家の方は」


 私が尋ねると、三人は顔を見合わせ、晴れ晴れとした表情で頷いた。


「はい!

 ギルドでの手続きは問題なく完了しました。

 実家の方も……父も兄たちも、私の就職を泣いて喜んでくれました!」


 スティナが胸を張って報告する。

 まあ、あのフリフリのデザインセンスを理解してくれる職場が見つかったのだから、鍛冶屋の頑固親父としても肩の荷が下りたといったところだろうか。

 泣いて喜ぶとは、よほど心配されていたに違いない。


「私もです。

 姉に報告しましたら、驚いて腰を抜かしそうになっていましたけれど……。

 『あんたなりに頑張りなさい』って、最後は笑って送り出してくれました」


 ピローネも嬉しそうに微笑む。

 彼女の実家は宿屋だ。

 同業他社への引き抜きみたいな形になってしまったが、どうやら円満に解決したようで何よりだ。


「……ん。

 親父、『中途半端なもん作ったら暖簾に関わる』って。

 応援、してくれた」


 ソルティが小さなガッツポーズを作る。

 彼女の作る料理は「効果」が劇的すぎるきらいがあるが、食堂の親父さん公認なら心強い。

 この子もこれで安心してエリスのところに引き渡せる。


「そう、みんな祝福されて送り出されたのね。

 よかったわ。

 これで心置きなく、ウチで働いてもらえるわね。

 ソルティはエリスのところになるけれど、良かったら遊びにいらして?」


 私は満足げに頷いた。

 彼女たちはそれぞれ、少し変わってはいるが、確かな技術と情熱を持っている。

 これからのパプリカ領開発には欠かせない人材だ。


「あ、そういえばパルスイート様。

 こちら、冒険者ギルドよりマスターの承認を得てお届けを依頼されたお手紙です」


 ピローネが懐から一通の封筒を取り出し、恭しく差し出した。

 ギルドの封蝋が押された、公式な書簡だ。


「ギルドマスター預かりで?

 丁寧ね。

 あなた達の手続き完了のお知らせかしら」


 私はその場で封を切り、中身を確認した。

 さらさらと目を通していくうちに、私の口元が自然と吊り上がっていくのを止められなかった。


『拝啓 パルスイート・アスパルテーム様


 此度の貴領による当ギルド所属冒険者の雇用、誠に感謝いたします。

 彼女たちのように、冒険者としての適性は未知数ながら、特定の分野で稀有な才能を持つ者は少なくありません。

 つきましては、一つご提案がございます。


 現在、当ギルドには「冒険者には向かないが、体力や特定の技術はあるものの、仕事にあぶれている者」が多数在籍しております。

 彼らを、貴領の開発事業における労働力として斡旋することは可能でしょうか?

 危険な魔物討伐ではなく、開拓や建設、生産といった安定した業務であれば、彼らの力も大いに役立つものと思われます。

 ご検討のほど、よろしくお願いいたします。』


「……!!

 これは……渡りに船じゃない!」


 私は思わず手紙を握りしめた。

 まさに今、私が一番欲しかった提案だ。


 現在のパプリカ領は、魔獣動力による工場稼働や、エリスの領地とを繋ぐ高速道路建設などで、慢性的な人手不足に陥っている。

 ナト達のような元農民や、近隣の村から集めた労働者だけでは、とても手が足りない状況だったのだ。


 そこへ来て、この提案だ。

 冒険者崩れや、適性がなくてくすぶっている若者たち。

 彼らは体力はあるし、組織での動きにもある程度慣れている。

 何より「食い扶持」を求めているハングリーさがいい。


「最高の『労働力(BP:ビジネスパートナー)』……いえ、人材供給源じゃない!」


 私は脳内で高速計算を開始する。

 単に労働者を受け入れるだけでは芸がない。

 これはもっと大きなビジネスチャンスに繋げられるはずだ。


(……待って?

 これをシステム化すれば……)


 私の脳裏に、前世の記憶にある一つの業態が浮かび上がった。

 そう、『派遣会社』だ。


 現状の冒険者ギルドは、魔物討伐や護衛といった「戦闘」メインの依頼仲介が主だ。

 だが、世の中にはもっと多様なニーズがある。

 建設作業、荷運び、工場のライン作業、イベントの設営……。

 そういった「肉体労働」や「単純作業」を専門に請け負う、新しいギルドの形。


(傭兵ギルドでもない、冒険者ギルドでもない……。

 そう、『労働派遣ギルド』を別部門として立ち上げるのはどうかしら?)


 ギルド側は、あぶれた冒険者の就職先を確保できる。

 依頼主(私)は、必要な時に必要なだけ、質の保証された労働力を確保できる。

 そして労働者たちは、危険なダンジョンに潜らずとも、安定した給料を得られる。

 Win-Win-Winの関係だ。


 ただし、条件はある。


「……ソルビトール!

 すぐに返事を書くわ!

 紙とペンを持ってきて!」


「はっ、こちらに」


 控えていたソルビトールが、手際よく筆記用具を差し出す。

 私はサラサラとペンを走らせた。


『冒険者ギルド

 ギルドマスター様


 ご提案の件、喜んでお引き受けいたします。

 当領地では現在、大規模な開発事業が進行中につき、体力のある人材を喉から手が出るほど求めております。

 まずは試験的に、30名ほどの人員を派遣していただけないでしょうか。

 住居と食事はこちらで用意いたします。


 ただし、本件に対し条件がございます。

 そちらで必ず「面接」と「選別」を行ってください。

 当領地が必要としているのは、真面目に汗を流せる「労働者」です。

 血の気の多い荒くれ者や、暴力で解決しようとする手合いは不要です。

 そういった「戦闘狂」は、然るべき傭兵ギルドへご紹介ください。

 あくまで「生産・建設」に従事できる、協調性のある人材をお願いいたします。


追伸

 今回の件に関連して、一つご相談がございます。

 今後、こういった「戦闘以外の労働力」を専門に扱う部門……仮称『人材派遣ギルド』のような枠組みを、貴ギルドと提携して設立することは可能でしょうか?

 詳細については、また後日、担当者を派遣して詰めさせていただければと存じます。』


「よし、書けたわ。

 これを至急、メレンゲのギルドへ送って!」


「畏まりました。

 ……お嬢様、また新しいことを始められるのですな」


 ソルビトールが片眼鏡を光らせてニヤリとする。

 彼も分かっているのだ。

 これがパプリカ領の発展を加速させる起爆剤になることを。


「ええ。

 人が集まれば、街が大きくなる。

 街が大きくなれば、金が落ちる。

 私の安寧な老後のために、バリバリ働いてもらうわよ!」


 その時だった。


「お嬢、戻ったぜ」


 野太い声と共に、庭師兼護衛のサッカリンが姿を現した。

 彼は隣のグルコース領、旧・魔獣の森に建設中だった『ワンワン・パラダイス』の設営手伝いに行っていたはずだ。


「あら、サッカリン。

 お帰りなさい。早かったわね」


「ああ。

 向こうの設備も大体整ったしな。

 それに……こいつを連れてこなきゃならなかったんでな」


「こいつ?」


 サッカリンの腕の中を見る。

 そこには、白い毛玉のようなものが抱えられていた。


「……犬?」


 それは、小型犬だった。

 フワフワの白い毛並み、つぶらな瞳、愛らしい姿。

 前世の知識で言えば『ポメラニアン』だ。


 だが、何かがおかしい。


 そのポメラニアンは、サッカリンの腕の中で行儀よく前足を組み、私をじっと見据えていた。

 愛想を振りまくわけでもなく、尻尾を振るわけでもない。

 ただ静かに、鋭い眼光でこちらを値踏みしている。


「……なによ、その犬。

 全然可愛くないんだけど」


「可愛くねぇとは失敬な。

 こいつは孤高なんだよ」


 サッカリンは愛おしそうに犬の頭を撫でる。

 犬は「フン」と鼻を鳴らし、満更でもなさそうに目を細めた。


「パラダイスの犬たちは、基本平和主義でな。

 それはそれで最高に尊い楽園なんだが。

 周りが平和すぎて、こいつは『孤高主義』が過ぎて浮いちまってたんだよ」


 サッカリンが少し切なそうに語る。

 どうやらこの数日で、この犬と魂の交流を深めてきたらしい。


「このままじゃ、他の犬も、こいつ自身も幸せになれねぇ。

 だから俺が引き取ることにしたんだ」


「ふーん……。

 まあ、他の犬と喧嘩になるなら仕方ないわね」


「それに、俺がこいつと対峙した時だ。

 こいつ、俺の指を噛もうとして飛びかかってきやがったんだが……その動きがな」


 サッカリンの目が、遠くを見るように細められる。


「……見えたんだよ。

 残像が見えるほどの高速ステップ、死角からの踏み込み……

 そして何より、あの時の、あの爺さんの剣筋が」


「は?

 爺さん?」


「ああ。

 俺が殺した、『剣王ソーマチン』だ」


 私は絶句した。


 何言ってんだこいつ?


 愛玩犬の噛みつきと、伝説の剣豪の剣技を重ねるとか…


 正気か?


「ステップの踏み込み、首のひねり、そして噛みつく瞬間の呼吸……。

 完全に一致してやがった。

 俺は思わず聞いちまったよ。

 『お前……ソーマチンの爺さんか?』ってな」


「……で?」


「そしたらこいつ、『ワンッ!』って答えやがった。

 短く、力強く、肯定の意を込めてな」


 サッカリンは真顔で頷いた。

 腕の中のポメラニアンも、同意するように「ワンッ」と短く吠えた。

 その鳴き声は、確かに小型犬にしては野太く、腹に響くような重厚感があった。


「だから決めたんだ。

 こいつの名前は今日から――」


 サッカリンは犬を高々と掲げ上げた。

 ライオンキングのように。


「『犬王ドッグ・キングソーマチン』だ!!」


「…………」


 時が止まった。

 私は持っていた扇子を取り落としそうになった。


「アンタ…愛玩犬になんて名前付けてんのよ!

 頭、大丈夫?

 ついに暑さで湧いたの!?」


 私のツッコミが、屋敷の前庭に響き渡る。

 よりにもよって、自分が殺した相手の名前を、拾ってきたペットにつける?

 しかも「犬王…けんおう」、絶対「剣王」から捩ったわよね!

 悪趣味にも程があるでしょ!


「いや、マジなんだって。

 ほら見ろ、この風格」


 サッカリンは私の罵倒を意に介さず、犬王ソーマチンを私に見せつける。

 犬は私を一瞥し、「フン」と鼻で笑うように顔を背けた。

 その態度は明らかに、「小娘が……わしを誰だと思っておる」と言いたげだった。

 ご機嫌を取るようにそっと喉元を撫でるサッカリンにイラッとする。


(……むかつくわね、この犬)


 確かに、ただの犬にしてはふてぶてしすぎる。

 本当に何かが入っているんじゃないかと疑いたくなるレベルだ。


「あら、可愛いワンちゃんですわね」


「……ん。美味そう」


「この装飾……首輪のデザイン、私が作ってあげましょうか?」


 後ろで見ていた三女神たちも集まってくる。

 ピローネが撫でようと手を伸ばすと、ソーマチンは「グルルッ」と低く唸り、威嚇した。

 その殺気に、ピローネがビクッと手を引っ込める。


「まあ……。

 随分と気性が荒いですわね。

 去勢済みか確認しようとしただけなのに」


(タマタマみようとしたら、偶々じゃなくて怒られて当然よピローネ……)


「……ん。

 こいつ、強い。

 非常食、無理そう」


 ソルティが真顔で呟く。

 彼女には分かるらしい。この小さな体に秘められた、歴戦の古強者のオーラが。

 ソーマチンはソルティに対し、一際鋭い眼光を向けて牽制している。

 食うか食われるかの緊張感が走った。


「まあ、いいわ。

 番犬として役に立つなら、飼うことくらい許可してあげるわ。

 というか、犬くらい好きに飼えばいいわよ」


 私は諦めてため息をついた。

 サッカリンがここまで入れ込んでいるのだ。ダメと言っても隠れて飼うだろうし。

 それに、これだけ賢そう(?)なら、不審者の撃退くらいはできるかもしれない。


「ありがとよ、お嬢!

 ほら、礼を言えソーマチン」


「……ワフ」


 犬王は面倒くさそうに一吠えすると、サッカリンの腕から飛び降りた。

 着地は見事な四点着地。ふわりと音もなく地面に立つ。


「さて、これで役者は揃ったわね」


 私は気を取り直して、全員を見渡した。

 優秀な職人と研究員、そして情報収集係。

 さらに、ギルドからの労働力供給ルートも確保した。

 おまけに最強の庭師と、その相棒の犬王まで加わった。

 パプリカ領の戦力は、盤石になりつつある。


「さあ、みんな!

 これからは忙しくなるわよ!

 パプリカ領の開拓スピードを倍にするわ!

 ついてらっしゃい!」


「はいっ!」

「おうよ!」


 全員の返事が重なる。

 私の野望――悠々自適な不労所得ライフへの道は、着実に切り拓かれている。

 私は希望に胸を膨らませ、高らかに天を指さした。


 ……その時だった。


 足元で、何やら温かいものを感じたのは。


「……ん?」


 ふと視線を落とす。

 そこには、私のドレスの裾のあたりに寄り添う、白い毛玉の姿があった。

 犬王ソーマチンだ。


 彼は、なんとも美しい姿勢で、片方の後ろ足を高く上げていた。

 まるで、剣の構えのように洗練されたフォームで。


 チョロチョロチョロ……。


 静かな水音が響く。

 私の足首に、生温かい液体が染みてくる。


「…………」


 時が止まった。

 サッカリンが口を開けて固まっている。

 三女神たちも息を呑んでいる。


 ソーマチンは用を足し終えると、スッと足を戻し、私を見上げた。

 そして、ニヤリと口角を上げてみせた。


「……ワン(制圧完了)」


「キィィィィィィィーーーッ!!!」


 私の絶叫が前庭に響き渡った。


「アンタ何してんのよこの駄犬!!

 私の!

 大事な!

 ドレスにぃぃぃぃ!!」


「ぶふっ!

 あはははは!」


 堪らず笑い出す三人娘達。


「ちょ、お嬢!

 犬は蹴るな!

 ソーマチン!めっ!

 お嬢スマン!マジスマン!!」


 サッカリンが慌てふためき、三女神たちが爆笑する中、私はソーマチンを追いかけ回した。

 だが、そのステップは無駄に洗練されており、私のキックはことごとく空を切る。


 前途多難。

 でも、まあ悪くないスタートかもしれない。


 騒がしい仲間たち(と生意気な犬)と共に、私の領地経営は今日も賑やかに続いていくのだった。


※2026/03/13

 微修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ