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第065話「実家巡礼!報告?自慢?」


 冒険者ギルド・メレンゲ支部での報告と手続きを終え、私たちは颯爽と建物の外へと出た。


 午後の一時は過ぎ、日は少しずつ傾き始めている。

 街は相変わらずの喧騒に包まれていたが、今の私たちの心持ちは、つい数日前にここを訪れた時とは天と地ほども違っていた。


「……ふふっ。

 まさか、こんなに早く、しかもこんな形で戻ってくることになるなんて思いませんでしたね」


 ピローネが眩しそうに空を見上げる。

 その手には、先ほどシンディさんから託された『人材斡旋の紹介状』と、私たち自身の『雇用契約書の写し』が大切に握りしめられている。


「ええ、全くだわ!

 数日前は、死にそうな顔で安宿の硬いパンを齧っていたのが嘘みたい」


 私は腰の『フルール・エッジ』の位置を直し、目の前に停まっている豪華な馬車を見上げた。

 漆塗りの車体に、金で縁取られたアスパルテーム家の紋章。

 御者さんが恭しく扉を開けて待ってくれている。


「さあ、皆さん。

 参りましょうか。

 ボスの命令通り、自分達の実家にもしっかりと筋を通しに行きますわよ!」


 大張り切りのピローネ


「……ん。

 筋を通す、大事。

 あと、自慢もする」


 ソルティがボソリと呟き、私たちは顔を見合わせて笑った。

 そう、これはただの報告ではない。

 私たちを「変人」扱いして追い出した(あるいは見送った)家族への、痛快な凱旋なのだ。


 私たちはふかふかのシートに乗り込み、御者に行き先を告げた。

 目指すは、それぞれの生家である。


     ◇


 最初に訪れたのは、鍛冶屋通りにある私の実家、『マゴローク鍛冶店』だ。

 通りに近づくにつれ、カンッ、カンッという懐かしい金属音が聞こえてくる。

 相変わらず、景気のいい音だ。


「ここで止めてください」


 店の前で馬車が止まると、通りを歩く人々が何事かと振り返る。

 こんなむさ苦しい職人街に、貴族の紋章入りの馬車が停まるなんて滅多にないことだ。

 ザワザワと騒ぎになる中、私は大きく息を吸い込み、馬車の扉を開けた。


「父さん! 兄さん!

 帰ったわよ!」


 工房の入り口に仁王立ちする。

 中では、父マゴロークと三人の兄たちが、手を止めて呆気にとられていた。


「……ス、スティナ?」


 真っ先に反応したのは、接客担当の三兄カッパールだ。

 彼は私の姿と、背後の豪華な馬車を交互に見て、目を丸くしている。


「お前……その馬車はどうした?

 まさか、どこかの貴族に捕まって……」


「人聞きが悪いわね!

 『就職』したのよ!

 それも、超一流の好条件でね!」


 私はドヤ顔で懐から羊皮紙を取り出し、ビシッと突きつけた。

 アスパルテーム伯爵家の紋章が入った、正式な雇用契約書だ。


「見て!

 私、パルスイート・アスパルテーム伯爵令嬢様の『専属鍛冶師』として採用されたの!」


「はぁ!?

 は、伯爵家だと!?」


 父マゴロークが金槌を取り落としそうになる。

 長兄のゴルディスも、次兄のシルバインも、口をぽかんと開けて固まっていた。


「う、嘘だろ……?

 お前のあの……フリフリでキラキラした、実用性度外視の趣味全開な剣が……認められたのか?」


「失礼ね!

 実用性もバッチリだって証明されたわよ!

 それに、パルスイート様もお隣のエリスリトール様も、『なんて可愛くて素晴らしいの!』って大絶賛してくださったんだから!」


「エリスリトール様……って、あの元公爵令嬢のか!?」


 兄たちがのけぞる。

 無理もない。

 彼らにとって、私の作るものは「奇抜なガラクタ」でしかなかったのだから。

 それが、雲の上の存在である高位貴族の令嬢たちに認められたとなれば、価値観が崩壊するのも当然だ。


「これからは専用の工房を与えられて、素材も使い放題!

 鉄甲イノシシの素材だって、山ほどあるって言われたわ!」


「て、鉄甲イノシシ……!?

 あの硬度を誇る高級素材が使い放題だと……?」


 職人肌の次兄シルバインが、羨ましさでギリリと歯噛みする。

 ふふん、勝った。


「そういうわけだから。

 父さん、兄さん。

 私、自分の場所を見つけたわ。

 これからはパルスイート様のために、世界一可愛くて強い武器を作るから!」


 私が胸を張って宣言すると、父は煤けた顔を手で覆い、肩を震わせた。


「……そうか。

 認められたか、お前のその……拘りが」


「父さん……?」


「……立派になったな。

 貴族様の専属なんて、わしらでも夢のまた夢だ。

 お前は、わしらの想像を超えていったんだな……」


 父が顔を上げると、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 兄たちも、悔しそうにしつつも、どこか誇らしげな表情をしている。


「……調子に乗るなよ。

 貴族様相手だ、粗相のないようにな」


「わかってるわよ!

 じゃあ、私道具を取りに来ただけだから。

 またね!」


 私は急いで自分の荷物をまとめ、馬車へと戻った。

 長くいると、こっちまで泣いてしまいそうだったからだ。

 背中で、父たちの「元気でな!」という声を聞きながら、私は大きく手を振った。


     ◇


 続いて向かったのは、中級宿屋『ピローケース』。

 ピローネの実家だ。


「……緊張します」


 馬車の中で、ピローネが小さく呟く。

 彼女は姉と喧嘩別れのようにして出てきたらしい。


「大丈夫よ。

 今のピローネには、立派な肩書きがあるじゃない」


 私が励ますと、彼女はコクリと頷き、意を決して馬車を降りた。

 宿の入り口には、打ち水をする女性――姉のフェザーの姿があった。


「あ……お姉様」


「ピローネ?

 あんた、どうしたのその馬車……」


 フェザーが、箒を持ったまま固まる。

 ピローネは一歩進み出ると、かつてないほど優雅な仕草で一礼した。


「ただいま戻りました、お姉様。

 本日は、就職のご報告に参りました」


「就職……?」


「はい。

 私、アスパルテーム伯爵家が開発を進める、街道沿いの大型複合施設……その宿泊部門の『支配人』に抜擢されました」


「はぁっ!?」


 フェザーの目が飛び出るかと思うほど見開かれた。

 箒がカランと音を立てて倒れる。


「し、支配人って……あんた、まだ18でしょう!?

 何をどうしたら、そんな大役を任されるのよ!

 まさか、騙されてるんじゃ……」


「いいえ、正規の雇用です。

 パルスイート様は、私の『観察眼』と、お客様の微細な心の機微を察する『おもてなしの心』を、高く評価してくださいました」


 ピローネは淀みなく言い切った。

 その言葉には、「覗き」や「カップルの観察」といった不穏なニュアンスがたっぷり含まれているのだが、それを「おもてなしの心」と言い換える手腕は見事だ。


「観察眼……。

 まあ、あんた、昔から人のことばっかり見てたもんね……」


 フェザーは何かを察したように、微妙な顔で納得した。

 妹の「業」の深さを知っているからこその反応だろう。


「それに、私が目指していた『理想の空間作り』も、あそこなら叶うかもしれません。

 ……防音設備も、照明の演出も、全て私の裁量で決められるのです」


 ピローネがうっとりと頬を染める。

 フェザーは一瞬、「どんな宿よそれ」という顔をしたが、妹の幸せそうな表情を見て、ふっと力を抜いた。


「……そう。

 あんたのその、ちょっとズレた情熱を受け入れてくれる場所があったのね」


「はい!」


「よかったじゃない。

 支配人なんて大仕事、あんたに務まるか心配だけど……。

 まあ、あんたなりに頑張りなさい」


「ありがとうございます、お姉様!

 落ち着いたら、是非遊びにいらしてくださいね。

 特別室をご用意してお待ちしております」


「……遠慮しておくわ。

 あんたの特別室なんて、何が仕掛けられてるか分かったもんじゃないから」


 姉妹は笑い合い、ピローネは晴れやかな顔で馬車に戻ってきた。

 手には、実家から持ち出した愛用のアロマオイルセットがしっかりと握られていた。


     ◇


 最後は、大衆食堂『メシア』。

 ソルティの実家だ。

 昼のピークを過ぎ、店内では親父さんが片付けをしているのが見えた。


「……行ってくる」


 ソルティは短く告げると、音もなく馬車を降り、店の中へと入っていった。

 私たちは馬車の窓からその様子を見守る。


「……ん。

 親父、ただいま」


 背後から声をかけられ、親父さんがビクッと肩を震わせて振り返る。


「うおっ!?

 ソルティか! 気配消して入ってくんじゃねぇ!

 ……で、どうした?

 金が尽きたか? 賄いなら残ってるぞ」


 ぶっきらぼうだが、娘を心配する親心が滲み出ている。

 ソルティは首を横に振り、一枚の紙をカウンターに置いた。


「違う。

 就職、決まった」


「あ?

 就職だぁ?」


 親父さんが手を拭いて紙を覗き込む。

 そこには『グルコース男爵家・食品研究開発員』の文字。


「グ、グルコース男爵家……?

 貴族様んとこか!?

 研究員って……お前、まさか……」


 親父さんの顔が青ざめる。

 娘の作る料理が「劇薬」であることを知っているからこその反応だ。


「……スープ、売れた。

 『元気が出るやつ』、貴族様が認めてくれた」


「はぁ!?

 あのアブねぇスープをか!?

 貴族様の舌はどうなってんだ!?」


「……効果、抜群だった。

 予算、いっぱい。

 材料、使い放題。

 マムシもスッポンも、『龍の粉』も」


「りゅ、龍の粉……?」


 親父さんは絶句した。

 娘がとんでもない世界に足を踏み入れたことを悟ったのだろう。

 しかし、ソルティの表情は、かつてないほど生き生きとしていた。


「私、作る。

 世界一元気が出るご飯。

 ここで出来なかったこと、全部やる」


「……そうか。

 お前のその……行き過ぎた探究心を、買ってくれる物好きがいたってことか」


 親父さんは深い溜息をつき、そしてニカッと笑った。


「だったら、とことんやってこい!

 中途半端なもん作ったら、メシアの暖簾に関わるからな!」


「……ん。

 任せて。

 親父も、体に気をつけて」


「おう、お前もな。

 ……実験のしすぎで死ぬなよ?」


 ソルティは小さく頷き、愛用の調理器具を抱えて店を出た。

 その背中は、以前よりも少し大きく見えた。


     ◇


 全員が報告を終え、馬車は再び動き出した。

 車内には、安堵と達成感、そしてこれからの未来への希望が満ちていた。


「……やりましたわね、私たち」


 ピローネがしみじみと言う。


「ええ!

 お父さんも兄さんも、あんな驚いた顔初めて見たわ!

 最高の気分よ!」


「……ん。

 新しい厨房、楽しみ」


 私たちはそれぞれ、実家という「枠」からはみ出した存在だった。

 けれど、その「はみ出した部分」こそを必要としてくれる場所に出会えたのだ。


「さあ、帰りましょう!

 私たちの新しい居場所、パプリカ領へ!」


「ええ!

 サービスエリアの建設、楽しみすぎです!

 私の『理想の城』の設計図、早くパルスイート様にお見せしないと!」


「……私は、新作の試作。

 今度は『眠らなくていいスープ』、作る」


 馬車は夕日を背に、街道をひた走る。

 その先には、私たちの雇用主である、あのちょっと変わった……いいえ、最高にクレイジーで魅力的な領主代行様が待っている。


 これから始まる毎日は、きっと冒険者稼業よりもずっと刺激的で、忙しくなるに違いない。

 それでも、私たちは笑っていた。

 だって、ここには私たちの「好き」を貫ける自由があるのだから。


「……あ、そういえば」


 スティナがふと思い出したように言った。


「シンディさんから預かった『人材斡旋の手紙』、パルスイート様に渡すって仕事が残ってるのを忘れるところだったわ」


「あら、大変!

 戻ったら一番にお渡ししませんと!」


「……ん。

 また人、増える。

 実験台、増える」


 馬車の中に、楽しげな笑い声が響く。

「混沌の三女神」の帰還。

 それは、パプリカ領の更なる発展と混沌の幕開けでもあった。


※2026/03/13

 微修正

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