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第063話「即時出発!利権?獲得?」


 ソルティ特製、仮称『目覚めの龍鍋』の試食。

 地獄のような……もとい、活力溢れる朝食会が終わった直後、私はナプキンで口元を拭うと、満足げに息をついた。


 サラヤの二日酔いは消し飛び、新人たちの顔色も良い。


 エネルギー充填は完了だ。

 ならば、即座に動くのがアスパルテーム流である。


「ソルビトール。

 馬車の用意は?」


「既に玄関前に。

 馬は繋ぎ、御者も待機しております」


「よし」


 私は席を立ち、まだ食後のお茶を飲んでまったりしていた「混沌の三女神」こと、スティナ、ピローネ、ソルティの三人に声をかける。


「はい、アンタたち。

 食事は終わったわね?

 じゃあ、出発してちょうだい」


「え?

 出発?」


 スティナがキョトンとして首を傾げる。


「どこへでしょうか?

 まだ場所は聞いておりませんけれど……」


「どこって、メレンゲよ?

 アンタたちの実家がある、冒険者ギルドの街。

 はいはい、とにかく移動するわよ」


 私は有無を言わさず、彼女たちの背中を押してダイニングから連れ出した。


「いい?

 アンタたちは今日からウチとエリスの領地から内定を貰った仮採用の状態。

 でも、ギルドの登録は『冒険者』として、今は依頼遂行中のまま。

 わかるかしら?

 冒険者ギルドが依頼で雇用してる契約上、このままだと不都合があるのよ」


(中間マージン取られちゃうじゃない…)


 玄関ホールに出ると、そこには既に馬車が待機していた。

 御者が扉を開けて待っている。


「だから、一旦メレンゲに戻って依頼完遂の報告をしてきなさい。

 ギルドでスティナとピローネは『アスパルテーム家雇用』、ソルティは『グルコース家雇用』の証明書出して『冒険者登録』の『休止手続き』よ。

 これやらないで長期間依頼を受けない状態が続くと失効するらしいから忘れないこと。

 はいこれ、必要書類一式。

 アスパルテーム家の分と、グルコース家の分が入ってるから落とさないでよ?

 ついでに、実家にもちゃんと就職したことを伝えてくるのよ!

 心配かけてるんでしょうからね」


「えっ、ちょ、ちょっと待ってください!

 今からですか!?

 荷物とか、心の準備とか……!」


 ピローネが慌てるが、私は聞く耳を持たない。

 鉄は熱いうちに打て。

 彼女たちの気が変わらないうちに、既成事実を作ってしまうに限る。


「大きな荷物はこっちに置いときなさい。

 アンタ達用の私室を用意して運んどいてあげるわよ。

 手続きが帰ってくる頃には、ベッドも家具も用意できてると思うから、気にせず行ってらっしゃい!」


「えっ、私室!?

 本当ですか!?」


「……ん。

 私の厨房も?」


「ソルティの話はエリスに言っとくわ。

 だから安心して行ってきなさい!」


 私は躊躇う三人を馬車に押し込み、半ば強引に扉を閉める。


「御者さん、頼んだわよ!

 最短ルートで往復!

 寄り道はさせないでね!」


「へい、お任せを!」


 御者が鞭を振るい、馬車が砂利を蹴って走り出す。

 窓から「行ってきまーす!」という声が聞こえたかと思うと、馬車はあっという間に街道の彼方へと消えていった。


「……ふぅ。

 これでよし」


 私はパンパンと手を払う。


 騒がしいのがいなくなって清々しい。

 彼女たちが戻ってくるまでの数日間が、私にとっての勝負所だ。

 その間に、彼女たちを受け入れるための「箱」と「仕事」を用意しておかなければならない。


「さて、ソルビトール。

 エリスは?」


「応接室にてお待ちです。

 食後のハーブティーをご用意しております。

 それよりも、折角の護衛を帰らせてしまって宜しかったのですか?」


(…

 ……

 ………忘れてたわ)


「ご、護衛はソルビトールがしてくれれば十分じゃない!

 アナタ、確か本家で剣術指南してたくらい強かったわよね?」


 私の提案に、呆れ顔のソルビトールがやれやれと肩を竦ませた。


「どうせ失念なされていたのでしょうな…

 そう仰ると思っておりましたよ。

 畏まりました、お任せくださいませ。

 では、グルコース男爵様をあまりお待たせいたしませんよう」


「わかったわ。

 じゃあ、ここからは大人のビジネスの時間ね」


 私は表情を引き締め、踵を返した。


     ◇


 領主館、応接室。

 エリスリトール・グルコース男爵は、優雅にハーブティーを楽しみながら、窓の外を眺めていた。


「お待たせ、エリス。

 新人の教育的指導(送り出し)が終わったところ。

 ソルティの方は専用の厨房をご所望よ。

 準備できそう?」


 私が対面のソファに座ると、エリスはカップを置いて微笑んだ。


「早いですわね、パルス。

 もう少し、別れを惜しむかと思いましたのに。

 護衛は大丈夫ですの?

 こちらの厨房に関してはすぐに手配いたしますわ」


「時間は金なりよ。

 護衛はソルビトールが居るから問題ないわ。

 それに、あの子たちには早く戻ってきて働いてもらわないといけないしね」


 私は足を組み直し、本題に入った。


「さて、エリス。

 今日は貴女に、ある『提案』があって時間を取ってもらったの」


「あら、提案……ですの?」


「ええ。

 先日、貴女から相談のあった『グルコース領までの街道整備』の件についてよ」


 エリスの表情が、一瞬で「領主」の顔に切り替わった。


 彼女の領地であるグルコース領は、特産品である『女神の涙(美容液)』や『龍の粉』の生産が軌道に乗り始めている。

 だが、問題は輸送だ。

 ここピメントからグルコース領へ続く道は、未だに古い砂利道のままで、馬車の故障や商品の破損が絶えないという。


「……なるほど。

 その件でしたら、ぜひパルスにお願いしたいと思っておりましたの。

 パプリカ領で実績のある『コンクリート舗装』、あるいは『鉄甲舗装』……

 あれを我が領へ続く街道にも施工していただきたいのですわ。

 もちろん、工事費用は言い値で支払いますわよ」


 エリスの申し出は魅力的だ。

 工事を請け負えば、それだけでアスパルテーム家の利益になる。

 だが、私の狙いはそんな「一時の工事費」ではない。


 私はテーブルの上に地図を広げた。


「ねぇエリス…

 条件次第なんだけど、その工事……タダでやってあげてもいいわよ?」


「……はい?」


 エリスが目を丸くする。

 後ろに控えるソルビトールも、片眼鏡を光らせて沈黙を守っている。


「タダ、無料でということですの?

 技術料だけでなく、材料費や人件費も?」


「ええ。

 全てウチ(アスパルテーム家)持ち。

 掛かった実費も一切請求しないわ」


「……パルス

 貴女が損をするだけの取引を提案なんてありえませんわ。

 裏がありますのね?」


 さすがエリス、察しがいい。

 私は地図上のピメントとグルコース領を結ぶラインを指でなぞった。


「条件は一つよ。

 今の街道はそのまま残して、もう一本、別に『専用の舗装路』を引かせてもらうわ」


「専用の……道?」


「そそ。

 既存の道は、領民や貧しい行商人がタダで歩くための道として残すの。

 でも、私が作りたいのは、そんなのんびりした道じゃないのよね」


 私は地図を指先で叩く。


「規制なし、歩行者立ち入り禁止、往路復路で相互通行の一本道。

 馬車が最高速度で駆け抜けられる、物流の大動脈。

 名付けて『高速道路』よ!」


「高速道路……」


 エリスがその言葉を反芻する。

 彼女の頭脳なら、その価値はすぐに理解できるはずだ。

 移動時間の短縮は、商売において最大の武器になる。


「そして、ここからが重要よ。

 工事費を私が全額負担する代わりに……」


 私はエリスの目を真っ直ぐに見据えた。


「この道路の『管轄権』と、そこから発生する『収益』をこちらが独占することを了承してほしいのよ」


「収益……?

 通行料を取るおつもりですの?」


「その通りよ。

 『時は金なり』、時間を買いたい人間から対価を貰う。

 有料道路にするわ。

 それとは別に、経路上に商用施設を置くことを考えているの。

 その部分も含めた『収益の独占』という意味よ」


 エリスは少し考え地図の中間地点、ちょうどピメントとグルコース領の境界付近に印をつけた。


「なるほど、であればこの辺りに施設をお作りになられるのではないかしら?

 そこの商業権が一番の狙い…ということですわね」


 エリスの目が、すぅっと細められた。

 彼女の扇子がパチンと音を立てて閉じられる。

 計算しているのだ。

 その『商業権』が持つ意味を。


(長距離の高速移動となれば、馬も人も必ず休憩が必要。

 周りに何もない荒野の真ん中に、唯一の休憩所があればどうなるか……。

 そこはただの休憩所ではなく、客が逃れられない『独占市場』になりうる。

 エリスがそこまで見通している可能性は高いわね)


 エリスの視線が鋭くなる。

 さすがにバレるか。


「……貴女

 そこに『逃れられない集金所』……いえ、独占的な商業施設を作るおつもりでしょう?

 そこから上がる利益は、通行料の比ではありませんわね?」


「あら、人聞きが悪い。

 維持管理費を稼ぐための、ささやかな店よ。

 荒野の真ん中でどれだけ稼げるかは分からないけれど、赤字のリスクだってあるのよ?」


 私は肩をすくめてみせる。

 だが、エリスは騙されない。

 彼女は扇子で口元を隠し、冷徹に損得を天秤にかけている。


 沈黙が落ちる。

 ソルビトールが紅茶のお代わりを注ぐ音だけが響く。


 やがて、エリスは顔を上げた。

 その表情には、苦渋の決断と、為政者としての覚悟が浮かんでいた。


「……わかりましたわ」


 彼女は静かに告げた。


「その条件、飲みましょう。

 道路に面した商業施設の利権も合わせて、貴女に差し上げますわ」


「あら、いいの?

 結構な『小銭』になるかもしれないわよ?」


「ええ。

 そこの利益は、こちらも喉から手が出るほど欲しい部分ではありますけれど……。

 物流の大動脈たる道路の開通を優先する今は、仕方がありませんわね」


 エリスはニッコリと笑った。

 しかし、その目は笑っていない。


「悔しいですが、今回はパルスに花を持たせますわ。

 その代わり……工事は完璧に、そして迅速にお願いしますわよ?

 一日遅れるごとに、私の機会損失は増えていくのですから」


(……流石エリスね。

 損して得取れを地で行くとは。

 後の利益を捨ててでも、今は早急なインフラ基盤を安価に手に入れる方を選んだか)


 私は内心で舌を巻いた。

 彼女はただのお嬢様ではない。

 本物の経営者だ。


 だが、今回は私の勝ちだ。

 彼女はまだ知らない。

 高速道路における『サービスエリア』という現代知識が生み出す利益が、彼女の想像を遥かに超えるドル箱であることを。


「じゃ、交渉成立ね!」


 私は手を差し出した。

 エリスもまた、優雅にその手を握り返す。


「ええ。

 良い取引でしたわ、パルス」


 互いに腹の底で黒い笑みを浮かべながら、私たちはガッチリと握手を交わした。


     ◇


 エリスとの会談を終え、彼女を見送った後。

 私はすぐさま、ソルビトールを連れて執務室へと戻った。


「ソルビトール!

 すぐに測量の手配を!

 建設部隊には『砕太郎』と『吸太郎』をフル稼働させて、資材の増産を命じて!」


「畏まりました。

 ……しかしお嬢様、よろしかったのですか?

 あそこまで手の内を明かしてしまって」


「構わないわよ。

 エリスは賢いから、概ね気が付いてるみたいだしね。

 だったら最初に条件を提示して、合意の上で進めた方が後腐れないでしょ」


 私は地図を広げ、建設予定地である中間地点に赤丸をつけた。


「ここに作るのよ。

 『サービスエリア』を」


「サービスエリア、でございますか?

 ただの宿場町とは違うので?」


「ええ、全然違うわ。

 一階には、手軽に食べられる『軽食広場』と、地元の特産品を売る『売店』。

 そして何より重要なのが、誰でも無料で使える清潔な『公衆洗面所』よ」


「公衆洗面所……ですか?」


「そう。

 人間、生理現象には勝てないわ。

 お手洗いのために立ち寄った客は、ついでに何か買っていくものなの。

 お手洗いは最強の集客装置(撒き餌)なのよ!」


 私が力説すると、ソルビトールは「なるほど」と感心したように頷いた。


「そして二階には『宿泊施設』を作るわ。

 長旅で疲れた御者や、夜間の移動を避ける商人が泊まるための簡易ホテルよ」


 私はそこで、先ほど送り出したピローネの顔を思い浮かべる。


(宿屋の娘で、気が利いて、何よりあの『観察眼』……。

 あの子をここに配置するのが適材適所ってことよね)


 ピローネは宿屋をやりたがっていた。

 だが、ただの宿屋の娘にしておくには惜しい人材だ。

 サラヤが暗部として草の素養があるというのであれば、不特定多数の人間が出入りするサービスエリアにおいて、最高の防犯システム兼情報収集ツールになるはずだ。


「……ふふ。

 ちょうどいいのがいたものよね」


 私は地図上の「サービスエリア予定地」に、ピローネの名前を書き込んだ。


「お嬢様、まだ彼女は戻ってきておりませんが……」


「すぐに戻ってくるわよ。

 そのための馬車送迎なんだしね」


 私は窓の外、広がる荒野を見つめた。

 今はまだ何もないこの場所に、やがて一本の道が通り、富と人が流れ込んでくる。

 その中心に君臨するのは、この私だ。


「さあ、忙しくなるわよ!

 パプリカ領を起点とした『物流革命』の始まりよ!」


 私の号令と共に、領主館は再び慌ただしい熱気に包まれた。

 三日後、彼女たちが戻ってくるまでに、最高のステージを用意しておかなくてはならないのだから。

※2026/03/13

 微修正

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